槁木死灰
「あぁ、暇だわ」
冒険者学校。
エントランスからすぐの所にある校内の売店。
そのカウンターで。
寝間着姿に、猟奇的なデザインのぬいぐるみを抱いたまま。
マナは時間を持て余していた。
冒険者達は、ゴブリン退治に行っているし。
今現在、リンスレットは、王城に帰っている。
ミラも、リンスレットの護衛に付けたので。
校内に残っているのは、マナ一人だけだった。
だから、だらけている。
いつもの魔術服に着替える事すら億劫で。
溶けているかのように、だらり、とふにゃふにゃになっている。
ちなみに。
ファルラント王国の姫君は、冒険者学校で3日か4日ほど滞在し、1日王城へ戻ったりを繰り返していた。
その度に、馬車が駆り出され、馬車の世話係の御者と、護衛の騎士一人が付いてくる。
そこにもう一人。
現在は、真っ白な髪とドレスの女児が付き添っていた。
その者の名は、ミラと言う。
いつもは、元大魔王マナのお付きをしている少女で。
プリムティスに姫の護衛を任された手前。
身辺警護役として、マナが姫に付けているのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
場所は変わって。
王城の馬車出立場。
そこで今まさに、馬車が準備されている所だった。
無論、王女リンスレットを王都まで送るための馬車だ。
二足歩行の四頭の白い地竜には、豪華な馬具と装甲が付けられ。
美しい装飾の馬車も、一見では分からない程の防御構造が整えられている。
晴れ渡る早朝の空。
その空を見上げ。
馬車の傍に置かれた木箱に座り。
脚をプラプラさせながら。
ミラはその場所で、大人しく王女がやってくるのを待っていた。
その手にもったライオネル饅頭にパクつきながら――。
そこに、兵士たちが、よいさよいさ、と追加の荷物を運んでくる。
木箱に入った重そうな代物だ。
それを認めるや否や。
饅頭を急いで食べきり。
パタパタとミラは走り寄っていく。
「――それも持ってく?」
「ええ。これで最後です。お願いできますか?」
「いいよー!」
ミラは、バンザイでそれを歓迎する。
姫が王城に戻る度にくっついてくる白い女児は、すでに兵士達とも既知の仲で。
いつものヤツお願いします、という体だ。
そしてミラは、魔鏡の神霊である。
故に。
ミラは、展開する。
【|合わせ鏡の無限世界《ザ・ワールド・オブ・インフィニット・ミラーズ》】
それは、あらゆるものを大きさや重量や数を問わず。
時間の停止した世界に収納できる、ミラの特殊能力であり。
地面に出現した、虹色の亜空間に二つの木箱は一瞬にして吸い込まれていった。
兵士は。
「おぉ」
と感嘆と感心の声をあげ。
「さすが、勇者様のお連れ様だ」
「姫様も、すごいコネクションをお持ちだ」
などと賛辞を述べつつ、パチパチと拍手を送る。
その様子は、絵ずら的に見れば。
お遊戯の良くできた娘を褒めたたえるパパやママ達のようでもあった。
そうして、暫くすると、お出かけ用の豪華なドレスにティアラを身に着けたリンスレットが護衛の騎士と共に姿を見せる。
兵士達に軽く礼を述べ。
そして。
「――おはよう、ミラちゃん」
少し屈んで、ミラに視線を合わせる王女は、この時ばかりは兵士達と対応が違っている。
国家の象徴として威厳や礼節で対応する兵士たちと違い。
ミラに対してはもはや、友人の域で。
礼節など知らないミラは。
「おはよ、リンス!」
「昨日はよく眠れましたか?」
「ううん? ミラずっとここに居た」
「昨日から?」
「うん」
「そうですか……」
姿勢を正しつつ。
リンスレットが、兵士や、馬車で待っている御者を見る。
王城に用意されている来賓用の部屋に案内するように言ってあるはずなのに。
ここ3度くらいの王城訪問の際、ミラは一度も、そこには行っていなかった。
咎められるか、と少しドキリとして冷やせをかく兵士と御者。
けど、リンスレットは既に、ミラが人間族ではないことは察している。
だから、そういうものだろうと思い。
「荷物は、ミラちゃんが?」
「うん、もう仕舞ったよ」
「そう、ありがとう」
ミラに笑顔を向ける王女。
えへへ、と笑う少女。
お口についた饅頭の欠片を、高価そうなハンカチーフで拭ってあげるリンスレットも含めて。
もはや姉妹めいた雰囲気が醸し出されていた。
やがて、全ての準備が完了して。
リンスレットとミラと騎士が馬車に乗り込み。
御者が馬車を走らせる。
王都の、冒険者の学校へ向けて――。
そうして、その馬車が校内へ到着した時。
そこにはちょうど、ゴブリン退治から戻った冒険者たちも到着していて。
一気に、賑やかさを取り戻すのだった。
エントランスから入った皆が目にしたのは。
「――……だらけてる……」
開口一番にプリムティスが飽きれる通り。
暇すぎて槁木死灰と化した大魔王の姿だった。




