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True Necromancy  作者: 匿名係長
一章 降霊術ユウリの憂鬱(仮)
4/7

3話


 カーテンの隙間から、朝の光が差し込んでいた。


 ユウリは、目を開けた。


 一瞬、ここがどこだったか分からず――すぐに思い出す。

 王立魔導学院。学生寮の個室。


 ゆっくりと上体を起こすと、ベッドの軋む音が静かな部屋に響いた。

 窓の外から、遠くで誰かの足音が聞こえる。


 まだ早い時間らしい。


 ユウリはそのまま立ち上がり、顔を洗うために洗面台へ向かった。

 冷たい水が、指先を伝う。


 鏡に映った自分の顔を、少しだけ眺める。

 寝癖はついているが、目はしっかり開いていた。


「……うん」


 それだけ言って、タオルで顔を拭く。


 枕元に置いていた荷物に手を伸ばし、位置を確かめる。

 昨夜と変わらず、そこにある。


 それで十分だった。


 窓を少し開けると、朝の空気が流れ込んできた。

 冷たくて、澄んでいる。


 遠くから、学院の鐘の音が聞こえた。


 ユウリは私服のまま、荷物を整え始める。


 入学式までは、まだ数日ある。

 この静かな朝も、きっと今日で終わりだ。


 ――そう思いながら、ユウリは部屋を出た。


 

 それから数日後。


 学院の鐘が、少し長めに鳴っている。


 朝の静けさが完全にほどけ、敷地内に人の気配が増えていく。

 今日は入学式の準備日――新入生は事前説明と、制服の最終調整を受けることになっている。


 ユウリは案内に書かれていた通り、指定された講堂へ向かっていた。


 いつもより人が多い。

 私服の新入生らしき姿と、制服の在校生が混じって行き交っている。


(……これが全員学生なのか、さすが学院って感じだな)


 講堂前の広場では、すでに列ができ始めていた。

 名前を呼ばれ、順に中へ案内されていく。


 ユウリは列の後ろに並び、ぼんやりと周囲を見渡す。


 その時だった。


 視界の端で、明らかに雰囲気の違う人物が動いた。


 背は高くない。

 だが、姿勢がいい。迷いがない。

 周囲を見てはいるが、きょろきょろしていない。


 ――服装が、違う。


 王国の流行とは明らかに異なる意匠。

 布の重ね方、装飾の位置、色の選び方。

 どれもこの国の「やりたい放題」とは方向性が違う。


(……他国、か)


 その人物――少女は、列を確認しながら、ユウリのすぐ前で足を止めた。


 一瞬、視線が合う。


 灰がかった淡い色の瞳。

 感情を探らせない、静かな目。


 ほんの一拍遅れて、彼女が口を開いた。


「……ここ、新入生の列?」


 発音は流暢だが、どこか癖がある。

 王国の共通語ではあるが、母語ではないとすぐ分かる。


「あ、うん。多分」


 ユウリが答えると、少女は小さく頷いた。


「助かる。ありがとう」


 それだけ言って、彼女は列に並ぶ。

 距離は近いが、妙に圧を感じない。


 少しだけ、風向きが変わった気がした。


(……変わった人だな)


 そう思った瞬間、今度は彼女の方から視線が戻ってきた。


「あなたも?」


 唐突だった。


「え?」


「服。実用寄り。王都育ちじゃない」


 昨日聞いたような指摘に、ユウリは思わず苦笑する。


「王国だけど、北の辺境。ノースヴェルグ」


 そう答えると、彼女は一瞬だけ目を見開いた。


「……北」


 短く、それだけ呟く。


「私はリナ。列島諸国からきたの」


 それ以上は語らない。

 だが、それで十分だった。


 名前。

 出身が「王国外」だという事実。


 それだけで、この学院において彼女がどれほど特殊な存在かは伝わる。


 係員の声が響き、列が動き始めた。


「じゃ、また後で」


 リナはそう言って、自然に前を向いた。


 たったそれだけのやり取り。

 会話と呼ぶには短すぎる、すれ違いに近いものだった。


 それなのに――


 ユウリは、前を向いたはずの彼女の背中から、なぜか視線を外せずにいた。


(……なんだろう)


 理由ははっきりしない。

 印象的な言葉を交わしたわけでもないし、特別なことが起きたわけでもない。


 ただ、

 あの場にいた他の誰とも違って見えた。


 辺境出身だと見抜かれたことか。

 異国の訛りか。

 それとも、感情をほとんど見せない目か。


 どれも決定打ではない。


 それでも、胸の奥に小さな引っかかりが残ったまま、消えない。


 ――そう遠くないうちに、また会う気がする。


 そう思った自分に、ユウリは少しだけ戸惑いながら、列の流れに身を任せた。



  ――北。


 列に並びながら、リナはその言葉を頭の中で反芻していた。


 王国の北。

 地図の端。

 それ以上の情報は、ほとんど残っていない場所。


(……まだ、人が暮らしていたんだ)


 彼女は前を向いたまま、表情を変えずに息を整える。


 この学院には、予想外が多い。

 だが――あの少年は、その中でも少しだけ、気になる分類だった


 ちらりと、後ろを振り返る。

 すでに彼は前を向いていて、こちらを見ていない。


 実用一点張りの服装。

 余計な動作のない立ち方。

 視線は落ち着いているのに、どこか警戒が抜けていない。


(……向こうも、気づいてる)


 何に、とは言語化しない。

 必要ない。


 列が進み、視界から彼の姿が少しずつ遠ざかる。


 ――まあ、いい。


 この学院にいる限り、

 また、どこかで会うことになるだろう。


 リナはそう結論づけて、何事もなかったように前を向いた。



 ◇


 

 列は、思ったよりも早く進んだ。


 講堂の中は広く、天井が高い。外観ほどの装飾過多はなく、音が不思議と吸われていくような静けさがある。新入生たちは等間隔に配置された机に案内され、係員の指示に従って腰を下ろしていった。


 ユウリも空いている席に座る。


 周囲を見渡すと、私服のままの生徒がほとんどだった。王都風の洒落た服装の者もいれば、旅装に近い実用的な格好の者もいる。出身地も、育ってきた環境も、ばらばらなのが一目で分かる。


(これが、全員同じ学院の仲間たち……。)


 小さく息を吐く。


 講堂の前方に、事務局の職員が数名並んだ。全員、制服とは異なる落ち着いた色合いのローブ姿で、どこか研究者のような雰囲気を纏っている。


「それでは、新入生の皆さん。入学準備の説明を始めます」


 淡々とした声だったが、不思議とよく通る。


 内容は事務的なものが多い。

 学生証の発行。

 履修登録の大まかな流れ。

 寮生活に関する注意事項。

 学内施設の利用時間。


 だが、その合間に挟まれる一言一言が、辺境育ちのユウリには新鮮だった。


「学科によって、立ち入り制限区域が異なります」

「研究目的での設備破損は、原則として不問です」

「降霊術学科の実習棟は、日没後の使用を禁止します」


(……最後の、さらっと言う内容じゃないだろ)


 思わず心の中で突っ込む。


 周囲からも、わずかにざわめきが起きた。

 だが、事務局員はそれ以上説明することなく、次の項目へ進んでいく。


 やがて、学科ごとに名前が呼ばれ、簡単な確認が行われた。


「降霊術学科、ユウリ・カミナギ」


「はい」


 立ち上がると、数人分の視線が集まるのを感じた。

 好奇心、警戒、無関心――その混ざり合った空気。


 だが、すぐに収まる。


 この学院では、“珍しい”こと自体が珍しくないのだろう。


 全体説明が終わると、新入生は小グループに分けられ、施設案内へと移動することになった。案内役は、事務局所属の職員だ。


「ではこちらの班、ついてきてください」


 呼ばれて立ち上がる。

 同じ班には、年齢も性別もばらばらの新入生が数人いた。


 廊下を歩きながら、職員は要点だけを簡潔に説明していく。


「こちらが共用講義棟。学科横断の座学は主にここで行われます」

「食堂は三食対応。栄養設計は錬金術学科監修です」

「寮は完全個室。門限はありませんが、騒音結界を破った場合は即指導対象になります」


 さらっと物騒な単語が混じるのも、この学院らしい。


 

 ◇


 一通り学院内の案内が終わり、講堂に戻ると、そこには新入生用の制服と教材がすでに準備されていた。

 

「次は制服の支給と最終調整です。番号順に移動してください」


 淡々とした声に従い、ユウリは割り振られた区画へ向かう。通路を進むにつれて、空気が少し変わっていくのが分かった。


 布の匂い。

 金属が触れ合う、かすかな音。

 そして、人の視線。


 様変わりした講堂内には、同じ色合いのローブが整然と並んでおり、だが近くで見るとどれ一つとして“同じ”ではない。


(……全部、微妙に違う)


 丈。

 肩の落ち方。

 袖の長さ。

 布の厚み。


 あらかじめ個人情報を元に調整されているのだろうが、それだけでは説明がつかない精度だった。


「ユウリ・カミナギ」


 名前を呼ばれ、前に出る。


 担当の職員は、年配だが背筋の伸びた人物だった。

 視線は鋭いが、どこか研究者めいた落ち着きがある。


「北の辺境。体格は平均よりやや細身……だが、姿勢がいい」


 独り言のように呟きながら、棚から一着を取り出す。


「試してみなさい」


 手渡されたローブは、見た目以上に軽かった。

 羽織った瞬間、肩にかかる重さがすっと消える。


(……馴染む)


 まるで、最初からそういう形だったかのように。


「問題なし」


 職員は即座に判断を下す。


「このローブには簡易的な適応結界が組み込まれている。動きを妨げず、魔力の流れも阻害しない。降霊術学科の学生には特に重要だ」


 その言葉に、周囲の空気がわずかに変わった。


 視線が、集まる。


 露骨ではない。

 だが、確かに“向けられている”。


(……もう、知られてるな)


 降霊術学科。

 人数の少なさ。

 扱うものの性質。


 ここでは、それだけで十分な理由になる。


 胸元に留められた銀色のバッジが、淡く光った。

 まだ学科紋様は簡易的なものだが、それでも意味は明確だ。


 ――王立魔導学院の学生。

 ――降霊術学科所属。


 その二つを、否応なく示している。


 講堂を出ると、すでに制服に着替えた新入生たちが通路に増えていた。

 私服の時とは、雰囲気がまるで違う。


 背筋が伸びる者。

 落ち着かなく裾をいじる者。

 鏡を探してきょろきょろする者。


 同じ服を着ているはずなのに、出る色はバラバラだった。


(……不思議だな)


 制服は“揃える”ためのもののはずなのに、

 むしろ個人差が強調されている気がする。


 ふと、視線の先に見覚えのある後ろ姿があった。


 灰がかった淡い髪。

 無駄のない立ち方。


 リナだった。


 彼女もすでに制服に身を包んでいる。

 だが、その印象は私服の時とほとんど変わらない。


 違和感がない。

 ――最初から、ここに属していたかのようだ。


 リナは誰かと短く言葉を交わし、視線を巡らせた。

 一瞬だけ、ユウリと目が合う。


 言葉はない。


 彼女は小さく頷き、すぐに視線を戻した。


 それだけ。


 だが、ユウリは胸元のバッジの存在を、はっきりと意識していた。



 

午後。


 制服支給が終わると、新入生たちは学科ごとに分かれて移動するよう指示された。


 通路に並ぶ案内板の前には、それぞれ小さな人だかりができている。


 錬金術学科。

 魔導工学科。

 戦技魔法学科。


 どの方向も、人の流れが途切れない。


 ――その中で。


 降霊術学科の案内板だけが、少し離れた場所に立っていた。


(……やっぱり、特別扱いなんだな)


 示されているのは、北側の旧講義棟。

 人通りの少ない区画だ。


 ユウリが指定された部屋へ向かう頃には、すでに何人かが集まり始めていた。


 一人で立っている者。

 小声で会話する二人組。

 壁際で黙って腕を組んでいる者。


 数は――ざっと見て、二十人前後。


(思ったより、多い)


 だが、賑やかさはない。


 誰もが必要以上に口を開かず、視線だけが忙しく動いている。

 互いを値踏みするようでいて、同時に距離を取っている。


 降霊術学科、という名前が生む空気だった。


 やがて、扉が開く。


 現れたのは、細身の女性だった。

年齢は判然としない。だが、姿勢と視線の置き方だけで、

「長くここにいる人間」だと分かる。

 


「――では、始めましょう」


声は低くも高くもない。

抑揚も少ないはずなのに、不思議と耳に残る。


「降霊術学科主任講師、エルドです」


 ざわつきは起きない。

 むしろ、空気が一段階引き締まった。


「今年度の新入生は、二十名。

 当学科は単一クラス制です。クラス分けは行いません」


 その言葉に、わずかに視線が交錯する。


 二十人。

 多すぎず、少なすぎない。

 だが――逃げ場のない数でもある。


「まず、最初に理解しておいてほしい」


 エルドは、ゆっくりと教室全体を見渡した。


「この学科では、“才能があるかどうか”は、評価基準にあまり関係がありません」


 何人かが、わずかに表情を動かす。


「重要なのは、降霊術を理解すること。

 ――2度と同じ悲劇を繰り返さないために」


 一拍。


「降霊術は、力を振るう学問ではない。

 力に振るわれないための学問です」


 静かだが、重い言葉だった。


 ユウリは、胸元のバッジの存在をはっきりと意識する。


(……二十人、か)


 この中で、全員が最後まで残るとは限らない。

 それだけは、直感的に分かった。


「では着席してください。

 今日は顔合わせと、最低限の説明のみ行います」


 椅子を引く音が、あちこちで響く。


 二十人分の音が重なっても、教室は静かなままだった。


 ――降霊術学科。


 数はいるが。

 この場にいる全員が、どこか孤独だった。


 ユウリは、その一人として席に腰を下ろし、

 これから始まる説明に耳を傾けるのだった。

 

 

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