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13話 リナが見た景色


 翌日。


 王立学院・降霊術学科教室。


「ユウリ、リナ、ラグナ」


 低い声。


 名前を呼ばれただけで、三人の背筋が伸びた。


「無断欠席一日」

「事前連絡なし」

「事後報告も遅延」


 淡々と、指を折る。


「規則違反だ。三重だ」


「……すみません」


 三人が同時に頭を下げる。


「反省しているかどうかは、態度で示せ」


 眼鏡の奥で、視線が鋭くなる。


「命を賭ける現場に行く以上――」

「生きて戻る義務があることを、忘れるな」


 一拍。


「……次は、必ず連絡しろ」


 低い声だったが、

 どこか、わずかに震えていた。


「「「はい……」」」


 ようやく解放される。


 三人が席に戻ると――


 すぐに、ざわめきが広がった。


「マジで帰ってきた……」

「死んだって噂あったぞ」

「三人まとめて何してたんだ?」

「顔やばくね?」


 ひそひそ声が飛び交う。


 ユウリは、苦笑した。


「……噂って怖いな」


「ほんとね……」

 リナも、困ったように笑う。


 ラグナは、肩をすくめた。


「盛られなくてよかっただけマシだろ」


 そのとき。


 シャオが、椅子に座ったまま振り返った。


「……で?」


 間延びした声。


「どうだったんだよ」


 ユウリは、少し考えてから答える。


「……すごかったよ」


 脳裏に浮かぶのは、

 ノエルの戦い。


 三体のアバター。

 圧倒的な制圧力。


「降霊術って、あそこまで行けるんだなって思った」


「???」


 シャオは、大きな瞳で見返してくる。


「なにそれ」

「現場でそんなの見たの!?」

「ずるくね?」


「いいなぁー」


「いや……来ない方が良かったと思うぞ」

 ラグナが、呆れた声で言う。


「一歩でも違えてたら、三人とも今頃ここにいない」


 小さく、付け足す。


「マジかよ〜」

 相変わらず軽い調子。


 少しだけ、間が空く。


「……しばらく狩りは休みだな」


 ユウリが、ぽつりと言った。


 リナも。

 ラグナも。


 静かに、頷いた。


 ◇

 

 昼休み。


 医務室。


 ベッドに腰を下ろしたユウリの前で、

 保健担当が包帯を巻き直していた。


「無茶しすぎ」


「……すみません」


 視線を落とす。


 その横で。


 リナは、黙ったまま、ユウリを見ていた。


 包帯の隙間から覗く、腕。


 そこに――


 かすかに見える、黒い紋様。


(……あれ……)


 胸の奥が、ちくりとする。


 どこかで、見た。


 どこかで――


 記憶が、静かに揺れ始める。


 あの日の戦場。


 霧。

 魔影(ゴースト)

 叫び声。


 そして――


 倒れていく、ユウリ。


 リナの意識は、

 ゆっくりと過去へ引き戻されていった。


 ◇


  ――私たちがツヴァイ班と合流した時。


 すでに、戦場は地獄だった。


 抉れた地面。

 倒れ伏す仲間。

 霧に混じる、血の匂い。


 そして――

 その中央に。


「……あれは……」


 首のない、人型の魔影。


 歪んだ外殻。

 空洞に灯る濁光。


 “首無し”。


 それと正面から向き合っていたのが――


 ノエルさんだった。


「……三重同調、維持」


 低い声。


 次の瞬間。


 三体のアバターが、一斉に動く。


 ファントムが背後へ。

 アサルトが正面へ。

 キャスターが後方へ。


 完璧な連携。


 ――轟音。


 雷撃が直撃し、

 装甲が砕け、

 衝撃波が吹き荒れる。


「……すご……」


 思わず、声が漏れた。


 圧倒している。


 本当に。


 あの化け物を、

 一人で押し切っている。


(……勝てるかも)


 本気で、そう思った。


 でも――


 それは、長く続かなかった。


「……削れて……ない……?」


 私は、気づいた。


 砕けたはずの外殻が、

 ゆっくりと再生している。


 濁光も、消えない。


 ノエルさんの動きも――


 わずかに、鈍り始めていた。


「……っ……」


 唇を噛む。

 額に滲む汗。

 荒くなる呼吸。


 三体同時制御。


 限界が、近い。


(……無理してる……)


 分かってしまった。


 あれは。

 長く続けられる戦い方じゃない。


 なのに――


 ノエルさんは、止めなかった。


「……まだ……いける……」


 小さな呟き。


 誰に向けた言葉か。

 自分か。

 私たちか。


 分からない。


 でも。


 その声は、震えていた。


 その時。


 背後で――


「……危ない……!」


 誰かが叫んだ。


 戦場が、さらに崩れ始める。


 ――ここから、地獄が始まった。


「……っ……!」


 ノエルさんが、膝をついた。


 一瞬。


 本当に、一瞬。


 でも。


 その一瞬が――致命的だった。


 三体のアバターが、

 同時に揺らぐ。


 輪郭が、歪む。


 出力低下。

 同調率低下。


(……まずい……)


 私にも、分かった。


 限界だ。


 三重顕現は、

 もう維持できない。


「……まだ……」


 ノエルさんは、

 歯を食いしばる。


 口元に滲む、赤。


「……まだ……持つ……」


 けれど。


 詠唱は乱れ、

 雷撃は逸れ、

 ファントムの動きも遅れる。


 首無しが――

 それを見逃すはずがなかった。


 歪んだ空洞が、

 こちらを向く。


(……来る……!)


 息を呑む。


 次の一撃で――


 終わる。


 その時だった。


「――リナ!!」


 聞き慣れた声。

 必死な叫び。


 霧の中から――

 ユウリが、飛び出してきた。


「……ユウリ!?」


 理解が、追いつかない。


 なんで。

 ここに。

 危なすぎる。


 でも。


 彼は、迷わず。


 一直線に――

 “首無し”へ向かっていった。


「……やめて……!」


 無意識に、声が漏れる。


 無茶だ。

 無謀だ。

 死にに行くようなものだ。


 ――それなのに。


 体は、先に動いていた。


 私は反射的に、魔法陣を展開する。


「敵を断つ器に……命を宿せ……」

「サムライフレーム――顕現」


 震える声で、詠唱する。


 そして。


 胸元に揺れる、翠色の霊石。


 それを魔法陣の中央に置き、

 ありったけの魔力を注ぎ込んだ。


 瞬間。


 ――発光。


 眩い光が、霧を切り裂く。


 一瞬。

 世界が、白に染まる。


「……っ……!」


 思わず、目を細めた。


 視界が戻った時――


 そこにいたのは。


 私が顕現させた、

 故郷の規格アバターだった。


 細身の人型。

 削ぎ落とされた外殻。

 両手で握る刀が、妖しく輝く。


 防御は、ほとんどない。


 すべて――

 攻撃のためのアバター。


(……ここで……決める)


 祈るように、指示を送る。


(お願い……倒して……)


 一拍。


 サムライの姿が――揺らいだ。


 否。


 残像を残して、敵に迫る。


 次の瞬間。


 “首無し”の懐に、

 踏み込んでいた。


「……っ!」


 翠色の閃光。


 一閃。


 妖刀が、空気ごと裂く。


 ――ズバァァンッ!!


 鈍い衝撃音。


 黒い霧と魔力が噴き上がる。


 首無しの右腕が、

 宙を舞った。


「……!」


 一瞬。

 思考が、止まる。


 斬れた。


 本当に。


 あの化け物の腕を――


 私が。


「……やっ……」


 言葉にならない。


 胸が、熱くなる。


 希望が、

 確かに、そこにあった。


 でも――


 次の瞬間。


 空気が、歪んだ。


(……え……?)


 残った左腕に、

 黒い光が集束する。


 嫌な予感。


 ぞっとするほど、嫌な予感。


「……リナ……!」


 誰かの叫び。


 ――遅い。


 ――間に合わない。


 轟音。

 爆発。

 衝撃波が、正面から叩きつけてきた。


「……っ!!」


 視界が、弾ける。

 体が、宙に浮く感覚。

 そして――


 叩き落とされる。


 サムライ・フレームが、

 粉々に砕けた。


 光の破片になって、

 霧の中へ散っていく。


(……あ……)


 感覚が、追いつかない。


 魔力が、逆流する。

 神経が、焼かれる。

 内側から、魂ごと引き裂かれるような痛み。


「……ぐっ……!!」


 喉から、血がこぼれた。

 膝が、崩れる。

 立てない。

 息が、できない。


(……失敗……した……?)


 違う。


 分かっている。

 限界まで出し切った。

 できることは――全部やった。


 でも。


 足りなかった。


「……っ……ごめ……」


 誰に向けた言葉かも、

 分からないまま。


 視界が、揺れる。


 そんな中で――


 見えた。

 前に出る影。

 剣を握った、背中。


「……ユウリ……」


 彼だった。


 迷いもなく、

 私の前に立つ。


(……なんで……)


 なんで、そこまで。

 なんで、そんな顔で。

 必死に、立つの。


 首無しは、まだ動いている。


 さらに――


 森の奥。


 何かが、動いた。


 木が折れる音。

 枝が裂ける音。


 低い、獣の唸り。


「……まさか……」


 霧が、割れる。


 現れたのは――


 猿型の魔影。


 エンマ。

 一体じゃない。

 二体。

 三体。

 ……もっと。


(……嘘……)


 さっきまで、逃げていたはずなのに。


 弱った獲物を狙って――

 戻ってきた。


 戦場は、

 一気に崩れた。


「……っ……」


 バルドさんたちが応戦するが満身創痍。


 誰も、余力がない。

 私も、動けない。


(……終わる……)


 本気で、そう思った。

 

 このまま。

 ここで。

 みんな――


 その時。


 ユウリが、一歩踏み出した。

 血まみれのまま。

 震えながら。


 それでも。


 前へ。


「……やめて……」


 声にならない声。

 届かない。


 エンマが、跳ぶ。

 爪が、閃く。


 ユウリが、応戦する。


 剣と爪がぶつかり、

 火花が散る。


(……互角……?)


 違う。


 違う。


 無理してる。


 明らかに――無理してる。


 それでも。


 彼は、退かない。


 一体を、倒す。


 右腕を、犠牲にして。


 血が、飛び散る。


「……っ……!」


 息が、止まる。


 でも。


 まだ――終わらない。


 残り、二体。


 包囲。


 逃げ場は、ない。


 ユウリが、ふらつく。


 それでも、立つ。


 裂けた袖。

 覗く、黒い紋様。


 ――刺青。


(……あれ……?)


 一瞬。


 胸が、ざわついた。


(……この紋様……)


 でも、考える余裕はない。


 エンマが、構える。


 二体同時。


 殺気が、膨れ上がる。


(……もう……だめ……)


 唇を、噛みしめる。


 祈ることしか、できない。


 その時――


 ユウリが、笑った。


 血に濡れたまま。

 ボロボロなのに、どこか優しい笑顔で。


 それでも。


「……絶対に……生きて帰る……」


 小さく、呟いた。


 次の瞬間。


 空気が――震えた。


「――伏せろ!!」


 聞き覚えのある声。

 低く、鋭い声。

 ――レオン。


 直後。

 

 轟音が、戦場を飲み込んだ。

 爆風が、霧を吹き飛ばす。


 地面が、えぐれ。

 木々が、へし折れ。

 魔影たちが、悲鳴とともに宙を舞う。


「……な……」


 言葉が、出なかった。


 視界の先。


 そこに立っていたのは――


 蒼い外套を翻す男。

 剣を、肩に担ぎ。

 霧の中に、静かに立つ影。


 レオン。


 王都でも随一と噂される、

 Aランクハンター。

 “蒼翼”のリーダー――レオン。


 ――本物の、前線級。


「……遅れて悪い」


 低い声。


 淡々と。

 まるで、散歩に来たかのように。


 その背後。


 巨大な魔法陣が、空に浮かぶ。


「ネーブル、次はしっかり狙え」


「りょーかい」

 軽い返事。


「ミレイア、動けない奴らを保護してやれ」


「了解」


 次の瞬間。


 戦場が――支配された。


 無数の光弾が、雨のように降り注ぐ。

 結界が展開され、味方を守る。

 圧縮魔力が、地面を抉る。


 エンマたちは、

 逃げる間もなかった。


「――キィッ!!」


 悲鳴。


 断末魔。


 影が、次々と霧に溶けて消える。


 でも。


 まだ――終わっていない。


 中央。


 “首無し”。


 片腕を失っても、

 なお立つ異形。


 濁光が、激しく脈打つ。


「……しぶといな」


 レオンが、呟く。


 そして。


 剣を、構えた。

 一歩、踏み出す。

 空気が――変わる。


(……え……?)


 圧。


 見えない圧力が、

 戦場全体を覆った。


 首無しが、わずかに後退する。


 ――怯えた?


 あの化け物が?


「……やってくれたな」


 静かな声。

 

 首無しの間合いを超えてもまだ悠々と歩いている。


 静止。

 一瞬の静寂。


 焦れた首無しが先に動く。


 左腕を振り降ろす。


 しかしレオンに届く前に――


 一閃。


 斬。


 首無しの胴体に、

 一直線の光が走った。


 沈黙。


 そして――


 ――ズバァァンッ!!


 爆発的な斬撃。


 外殻が、粉砕される。

 濁光が、四散する。


 身体が、崩れる。


 首無しは――


 完全に、沈黙した。


「……終わった……?」


 誰かが、呟く。


 霧が、ゆっくりと晴れていく。

 魔力の気配が、消える。

 敵影――なし。


 沈黙。


 そして。


 安堵が、広がった。


「……はぁ……」


 私は、その場に座り込んだ。

 力が、抜けた。

 指先まで、震えている。


 今になって――怖さが来た。


(……生きてる……)


 本当に。

 生きてる。

 視線を、前へ。


 ユウリ。


 彼は、倒れていた。

 地面に、ぐったりと。


「……ユウリ……!」


 反射的に、這うように近づく。

 胸に、耳を当てる。

 ――鼓動。

 ちゃんと、ある。


「……よかった……」


 声が、震えた。

 涙が、にじむ。

 拭う余裕もない。


 レオンが、近づいてくる。


「……よく守ったな」

 

 低い声。


 ユウリに向けて。


 そして――私に。


「無茶しすぎだ」


 少しだけ、苦笑して。

 ノエルさんも、支えられながら歩いてくる。


「……まったく……」

「後輩たちが、無茶ばかりで……」


 でも。

 その表情は、どこか安心していた。


 バルドさんたちも、合流する。


「……生きてるな、全員」

 

「奇跡だな」


 笑う。


 疲れ切った顔で。

 

 でも。


 笑っていた。


 私は、ユウリの手を、そっと握った。


 冷たい。

 でも――生きてる。


(……ありがとう……)


 心の中で、何度も繰り返す。


 守ってくれて。

 戻ってきてくれて。


 そして――


 ここに、いてくれて。


 霧の森に、

 静けさが戻っていった。


 長い、長い一日は――


 ようやく、終わった。


 ◇


「……リナ?」


 声がした。


 近くで。

 すぐそばで。


「……大丈夫?」


 はっとして、瞬きをする。


「……あ、ごめん」


 気づけば、医務室のベッドの横。

 椅子に座ったまま、ぼんやりしていた。


 ユウリが、心配そうにこちらを見ている。


「……また、考え事?」

 

「……ユウリ……ありがとう」

「守ってくれて」


 ◇


 静かな場所だった。


 どこかは分からない。

 ただ、外界の音が一切届かない部屋。


 一枚の報告書が、机の上に置かれる。


「……以上が、霧の森での顛末です」


 読み終えた人物は、しばらく黙っていた。


 やがて、静かに息を吐く。


「被害は?」


「最小限です」

「想定よりも、遥かに」


 その言葉に、

 わずかに安堵の気配が混じった。


「……蒼翼が間に合ったか」


「はい」

「レオンが、首無し(イレギュラー)を討伐」

「エンマ群も殲滅されています」


 短い沈黙。


「学生が……現場に居合わせていたな」


 問いではなかった。


「ええ」

「三名」

「いずれも、学院所属」


 紙をめくる音。


「偶然にしては、重なりすぎている」


 別の声が、そう言った。


 咎める調子ではない。

 事実を確認するだけの声。


「……“印”の反応は?」


 その一言で、

 空気が、わずかに張り詰める。


「確認されています」

「非常に微弱ですが……確かに」


 再び、沈黙。


 長く、重い沈黙。


「――だからこそ、だ」


 最初の人物が、ゆっくりと言った。


「我々は、過去を繰り返さない」


 静かな声。

 だが、強い意志。


「力は、守るためにある」

「暴走させないために、管理する」


「封じた理由を、忘れるな」


 誰も、反論しなかった。


「監視は続行」

「接触は不要」

「干渉も、今はしない」


 報告役が、頷く。


「学生たちは?」


「……“学生”として扱え」

「日常を奪うな」


 一瞬、柔らかい声。


「彼らは、何も知らなくていい」


 誰かが、小さく息を吐いた。


「それが、王国の役目だ」


 その言葉に、

 異を唱える者はいなかった。


 報告書が、静かに閉じられる。


「今回の件は――」

「“異常は収束した”と発表する」


 そうして。


 会話は終わった。


 外では、きっと今日も、

 人々が何事もなかったように暮らしている。


 それを守るための沈黙が、

 そこにはあった。

 

 

 

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