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14話 置いていかれる


 王国魔法学院・第一演習場


 季節は夏。大規模依頼での傷が癒えた頃。


 セオドールが宣言する。

 

「今日から、王国規格アバターの運用訓練を始める」

「いよいよ実戦に向けた取り組みだ。くれぐれも勝手な真似はしないように」


「「はい」」


◇


 演習中。

 

「ラグナは……アサルトか?」


「まずは、な。

 狩りの時も無駄になりにくいだろうと思ってさ」

 ラグナは得意げに答えた。

「ユウリは――」


「今日は見学だそうだ」

 

 まだ顕現ができないから。


 あれからも、放課後のアンディとの特訓は続けている。

 リナとラグナ、たまにシャオが特訓に加わるようになったが、ユウリは相変わらずだった。


 ――魂が反応しない。


 原因不明。

 魔法陣も術式も完璧。

 安定もしている。

 だが、何故か最後の工程――魂を下ろす工程で失敗する。


 (いつも感じる、底が見えない“何か”)

 (何者かの妨害……?)


「まあ、気に病むなよ」

「ユウリが誰よりも努力してるのはみんなも知ってるし、

 きっと何かの間違いさ」


「ああ」

 ユウリは、笑って見せた。


「ユウリは4種類の規格アバター、どれを選ぶの??」

 シャオが横から話しかけてくる。

「私は、ファントムにしたよっ!」


 思案する。

(降霊術師を志したきっかけ……)

(俺が目指している者……)

 

「どれもしっくり来ない、かな」


「なんだそれ〜」

 シャオは小馬鹿にして笑う。


「でも、わかる気がするな」

 リナは静かに頷きながら言う。


「リナは何を選んだんだ?」


「私は、ガーディアンかな」

「攻撃用はもうあるしね」

 翠霊石を握りしめる。


「いやあ、あれには驚いたぜ。なあユウリ」

 興奮した様子で、ラグナが大きく腕を振る。

「なになに? こないだの依頼の話?」

 シャオが身を乗り出す。


「リナが実戦でアバターを使ったんだよ!」

「しかもすげえんだ」


 ユウリも頷く。

 

「Bランクハンターでも苦戦する魔影の腕を両断だぜ?」


「え?そんな事できるのっ?!」

 シャオは羨望の眼差しでリナを見る。


「故郷で少し、学んでたから……」


「少し……ね」

 シャオは意味ありげに言う。


「だから、みんなと一歳しか違わないし」

「ほとんど同い年だよ?」


「え?」


 空気が、一瞬止まった。

(歳上だったのか)

 

「お姉さんだったのか!お姉ちゃん!」


「やめてよー」


「じゃあ、あのアバターは列島諸国の?」


「そう。サムライフレームって言うの」

「王国から降霊術を学んで、独自に進化させたらしいわ。」


「それでも、納得いってなさそうだ」


「……だからここにいるの」

 

 あの実力。

 それでも。

 まだ足りない何か。

 

 ふと、リナを見る。


 リナも、こちらを見つめていた。


 いつもの穏やかな表情。

 けれど。


 どこか遠くを見るような目。


「――次は俺の番だ」

 ラグナが呟く。


 演習場中央では、ガルドが顕現したアサルトアーマーがゆっくり動いていた。


「ここで見てるから、頑張れよ」


「――次、ラグナ」

 セオドールがラグナを呼ぶ。


「はい」


「じゃあ行ってくる」


 ◇


 その後も授業は順調に進んだ。


 ラグナとガルドは、アサルト・アーマー。

 シャオが、ファントム・スケイル。

 リナとアイリスが、ガーディアン・フレーム。

 エルヴィンさんが、アーク・キャスター。


 他のみんなも、自分のスタイルに合う規格アバターを選んだようだ。


 全く動かせない者、

 指示通り動かせない者、

 初回からそこそこできる者。


 様々ではあるが、全員顕現は成功。


 (自分だけ……)


 みんなの背中が遠く感じる。


 (降霊術師を目指すきっかけか)


 ユウリは遠い日の記憶を思い返していた。


 あの日、故郷を魔獣の集団が襲った。

 それを"たまたま"居合わせた旅人が救った。


 言葉にすればそれだけ。


 ただ、ユウリの脳裏にはあの時の映像が焼き付いていた。


 豹のような"何か"が青白い光をまとって魔獣を蹂躙していた。


 怖くは無かった。

 まだ小さいユウリの目にもそれが味方だとすぐに分かったから。


 豹の隣には、肩を並べて戦う旅人の姿。

 淀みのない、しなやかな連携だった。


 (あれ?)


 規格外?それにしては高い出力と汎用性を兼ねていた。


 魔獣が弱かったのか。


 否。


 故郷の大人たちは皆、戦士だ。

 エンマくらいの強さの魔獣なら日常的に跳ね退けてきた。


 頭の中を違和感が満たす。


 (おかしい)


 あれは何かと父に尋ねると、降霊術だと教えてくれた。


 (だから、俺は……)


 その時。


「ユウリ」


 後ろからリナの声。


「絶対に大丈夫。ユウリはすごい降霊術師になれる」

 リナが微笑みながら優しく言った。


 ユウリは、うなずいた。


 ……けれど。

 胸の奥の不安は、消えなかった。


 ◇


 ――数日後。


 王国魔法学院・第一演習場。


 実習開始前。


 他の生徒たちとは少し離れた位置で、ユウリだけが立っていた。


「……ユウリ」


 セオドールが呼ぶ。


「本実習に入る前に、簡易顕現テストを行う」


「はい」


 分かっていた。


 自分だけ。


 まだ、スタートラインに立てていない。


 足元に、小型の簡易魔法陣が展開される。


 訓練用。

 最低出力。

 負荷も低い。


 本来なら、失敗する方が難しい術式だ。


(……今度こそ)


 拳を握る。


 深呼吸。


「――顕現」


 魔力を流す。


 術式が起動する。


 光が、集まり――


 ……かけて。


 揺らいだ。


 霧散。


 消失。


 何も、現れない。


「……」


 静寂。


 誰も、声を出さない。


 出せなかった。


 セオドールは、静かに告げる。


「……今日は、ここまでだ」


「……はい」


 ユウリは、頭を下げた。


「では、他の者は規格アバター運用実習に入る」


 号令がかかる。


 生徒たちが、自分が運用するアバターの種類ごとに集合する。


「まずはアサルト・アーマーから」


 ラグナ達、アサルト班が魔法陣を展開する。


「――顕現!」


 次々と現れるアバター。


 鋼の巨体。

 無骨なフォルム。

 兵装も無し。


 基本的な素体のみ。


 それでも、人によっては顕現維持が辛そうな様子が見て取れる。

 ラグナも、明らかに苦戦していた。


「あ、ガルドが倒れた」


「アサルト班、顕現解除」

 セオドールが慌てて止めに入る。


 次、ファントム班――


 実習は、続いた。

 可もなく、不可もなく。


 その日の放課後。

 アンディとの放課後訓練には、ラグナとリナも来ていた。


「今日の演習で規格アバターを使ったけどよ」

「ノエルさんて凄かったんだな」

「三体同時なんて理解できないぜ」


「そりゃそうでしょ」

「あの人は多分別格よ、そう何人もいないと思う……」


「気になる事があるんだけどさ」


「なんだよユウリ」


「自分が顕現したアバターと、連携して戦う事ってできるのかな?」


「できるかできないかで言えばできる……と思う。けど」

「私の場合は個別に動かしたほうが強いと思う」


「俺はそもそも降霊術使わないほうが強いぞ、今はな」

 ラグナは自嘲気味に言う。


「ノエルさんでも同じじゃないかな?」

 リナは真剣な表情で答えた。


「そうだよなあ」

 

 ユウリの中で、過去の記憶に対する疑念が広がった。


 ◇


 ヴァルトラント王国は、本格的な夏を迎えていた。

 

 真夏の太陽が照りつける演習場は、

 空気がゆらゆらと蜃気楼のように揺らいでいる。


 魔法学院には、初等教育と違い夏の長期休暇というものは無いらしい。

 給金が出るのだ、当たり前と言えば当たり前か。


 降霊術学科の20名は、制服の遮熱結界など無いかのように汗だくで実習に励んでいた。


「あと30秒アバターを維持しろ」


 セオドールの声が無情にも響き渡る。


 ユウリの顔から汗が雫となって落ちる。

 制服を脇に脱ぎ捨て、半袖姿になっている。


「くっ、まだまだ――」


 うつ伏せになり、つま先と両肘を地面で身体を支えるプランクの体勢で、授業を見学していた。


「……3、2、1、よし、顕現解除だ。」

「10分間休憩」


「よっしゃー耐えた!」

「もう無理だー」

「鬼教官め……」


 次々と学生が倒れていく。


「死ぬー」

 シャオも汗だくでその場にへたり込む。


「本当に……死にそうな時は……そんな事、言ってられないけどな」

 ラグナはかろうじてその場に留まりながら、途切れ途切れに呟いた。


 他に立っているのは、リナとエルヴィンだけだ。


「良い鍛え方だ。戦場では動けなくなった奴から死ぬ」

「死にたくなければ、持久力を鍛えるんだな」

「あそこで毎回見学している奴のようにな」

 余裕そうな表情でエルヴィンが褒めた。


 ユウリはまだあの体勢を続けていた。


「おーいユウリ」

 ラグナが手を振っている。


 脱いでいたローブを羽織りみんなのところへ向かう。


 同時に、セオドールが近づいてきた。


「すまないなカミナギ……我々もどうしたら良いかわからないんだ。教師失格だよ。」

「教えてやれる事が無いなんてな。恥ずかしい限りだ」


「いえ……大丈夫です」

 俯きながら返事をする。


「一つ質問があるのですが」


「なんだ?」


「人によって魔力量に差があるのは当然ですが、見たところアバターの維持はそれだけでは無いような……」


「良い質問だ。そこが降霊術の難しいところだ」

「熟練度だけじゃない。術者の状態、魂との同調率……いろんな要素が絡む」


「顕現維持に必要な魔力――維持コストは、決して一定じゃない」


 まるで堰を切ったように、セオドールは語り出した。


「そうなんですね、ありがとうございます」


 隣でリナが真剣な表情で聞いていた。


「ユウリはアバターと一緒に戦いたいんだね」

 リナがまっすぐ見つめてくる。


「ああ、スタートラインにも立てて無いけどな」

 目を逸らし、小声で返答した。

 

「でも、見たんだ。確かに」

「この目で」

 ユウリは、遠くを見るように呟いた。


「みんな起きろ!10分経ったぞ」

「ラスト一回、もう一度だ」


「……昔」

「まだ、俺が子供だった頃に……」


 小さな声。

 誰にも届かない声。


 それでも。

 確かに、胸の奥に残っている記憶だった。


 ◇


 その夜。


 寮の部屋。


 ベッドに横になっても、

 すぐには眠れなかった。


 目を閉じると、

 なぜか――


 焦げた匂いが、

 鼻の奥によみがえる。


 名も、正体も、分からない。


 ただ――

 あれを見てしまったから。


 俺は、ここにいる。


「……大丈夫だ」


 誰に言うでもなく呟く。


 やがて、

 意識が沈んでいった。

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