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竜輝士 ~Legend of Dragoon~  作者: 天川しずく
第2話 島に鳴り響く鐘の音
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PART2. ユーイ・アルファナ【1】



 世界一人口が多い島。

 世界一発展を遂げた島。

 世界一物価が高い島。

 世界一危険な島

 世界一熱狂的で蠱惑的な島。

 私たちが仕事をする上で拠点にしている島はそう呼ばれている。


 エクステリア連合王国の海外領土に属するブルーベル島は、アークス地図ポイントS1145E1419に位置し、陸地面積一六九九平方km、総人口三一〇万七八〇〇人、熱帯性気候により年中暖かく、年間平均気温は二五度、地理や気候条件だけで判断すれば、いわゆる典型的な〝南の島〟である。しかし実際のところ、ブルーベルは一般的にイメージされる平和で自然豊かな南の島とは大分かけ離れていると言えた。


 所狭しと屹立する高層ビル群、近未来を想起させるような建築物の数々、絶えることのない喧噪と街を彩るイルミネーション、シナプスのように張り巡らされた無数の道路、ひっきりなしに往来する船舶と航空機……開拓による開拓で島内の自然は数十年前にほぼ消失し、発展による発展で大都市中心部も顔負けの機械仕掛けの島へと変貌を遂げたブルーベル。


 一昔前まで自然豊かだったブルーベルがこうなった要因を挙げるとすれば、AC二〇四二年、特別指定生物()の対抗措置の一環として、エクステリア政府と竜騎士機関が主導で行った〝橋頭堡計画Ⅲ(通称、ブルーベル開発計画)〟によるところが大きい。


 この計画を端的に説明すると、人類が竜と戦う為の拠点として、エクステリア政府と竜騎士機関が島一つを丸ごと造り変えようとしたのである。そして、これにはもう一つの目的が存在した。それは島の売りである自然や観光ビジネスを切り捨てることによって、島民に移住を促すこと──つまり、島に襲来する竜の脅威から一般人を守るためでもあった。


 しかし、その計画の意に反してブルーベルの人口は増加の一途を辿り、島も際限なく発展していった。その理由を挙げるとすれば、島の観光ビジネスに取って代わった竜退治ビジネスが主な要因となっているのは間違いない。


 竜退治によって高給を得る竜騎士、その竜騎士に商才豊かな人間が近づき、商才豊かな人間の周りにも別の商才豊かな人間が近づく。みな危険を顧みず、野望と欲望を両手に携え集まってくる。つまり金が人々を引き寄せ、金に引き寄せられた人々が島の発展を促した。


 その連鎖が現在(こんにち)のブルーベル島を生み出したと言っても過言ではないだろう──良くも悪くも竜騎士たち中心の島を。



~~~~~~~~~~~~~



≪ご搭乗の皆様、まもなく当機は着水体勢に入ります。シートベルトをしっかりとお締めになり、そのままの体勢で暫くお待ちください≫


 大いに盛り上がりをみせていた私たちの歓談は、抑揚のない機械的な艦内アナウンスによって終わりの時間を告げられた。


「おっと、もうそんな時間か。さて、と……マイ、操縦席のほう頼むぞ」


「了解」


 何かを思い出したように席を立ったザックはリビングルームを出て機体後部の方へ向かい、マイはまだ喋り足りなさそうな顔をして渋々操縦席の方へ向かった。目的地のブルーベル島まで残りあと僅かの距離、二人ともアメンボ号から降りる準備を始めたといったところだろう。一応、私とレオはソファに備え付けられたシートベルトを着用して着水時の衝撃に備えるが……ザックとマイの艦内アナウンス無視はいつものことである。


 程なくして、アメンボ号はブルーベル島の二km手前で着水した。


≪着水完了、これより当機は水上航走形態(クルージングモード)に移行したのち、目的地ブルーベル島に入港致します≫


 艦内アナウンスを聞き終えた私とレオは、シートベルトを外して甲板に上がった。照りつける太陽、肌に纏わりつくような潮風、そして、眼前にひろがる圧倒的な光景が私たちを出迎える。


 島を埋め尽くす摩天楼群、島を取り囲む巨大な人口港湾、空には幾十もの航空機が浮かび、海には幾百もの船舶が漂っている。そんな紺碧の大海に浮かぶ機械仕掛けの蒼鐘(ブルーベル)を前にして、レオは感嘆の溜息をついていた。そういえば私もまったく同じ反応をしていたっけ……と、昔の自分を思い出してなんだか少し可笑しくなる。



 接近から入港、そして五五支所専用のドックにアメンボ号を入渠(にゅうきょ)したのち、竜騎士本部に帰還報告を終えて、ようやく私たちは下船した。


 今日はいろいろ事が起こり過ぎたせいか、島を離れて半日と経っていないのに、随分と久しぶりに帰ってきたような気がする。そんな私の心内(こころうち)を代弁するかのように、ザックが上方を見つめながら独白染みた言葉を口にした。


「やあ、我が麗しのブルーベルよ。長らくおまえさんに会っていなかった気がするなぁ」


 言えてる──私は心の中で同意した。


「さて、俺は一旦家に帰らせてもらうぜ。()()()を家に置いてくるわ」


 ザックは地面に置いてあるクーラーボックスを顎で指した。私がその中身は何かと問うと、待っていましたと言わんばかりに、ザックは嬉々としてクーラーボックスを開けた。


 特大サイズのクーラーボックスの中は海水で満たされており、その小さな海の中で小さな魚が悠々と泳いでいる。魚は光沢のある鼠色をしていて、体長は一〇センチ程、頭にアンテナのような突起物があり、強いて他の魚に例えるならミニチュアサイズのアンコウと言ったところだ。


「それがよぉ、海に釣り糸を垂らした瞬間、そいつがいきなり食らいついてきてな? こんな雑魚釣り上げても何の自慢にもならないんだが……まぁ〝オツエァノ島に行った記念として〟って考えれば、釣ってやるのもやぶさかではないなと思ったわけよ。……いやしかし、釣り師の本能ってのは恐ろしいもんだね。無意識に絶好のポイントに竿を振っちまうんだもの。はぁ、腕があるのも少し考えようだよなぁ」


 聞いてもいないことを得意げに話すザック(まるで水を得た魚だ)。そんな饒舌を振るうザックに対して、マイは何かとても痛々しいものでも見てしまったかのように引きつった微笑を浮かべている。……この話は早く終わらせた方が良いのかも知れない。魚の名前を聞いて終わりにしよう。そう判断した私はザックに質問を投げかけた。


「この魚、何て名前なのかな?」


「え? ああ、そういえば何て名前なんだ、マイ?」


 ザックから質問のバトンを受け取ったマイは逡巡した。だが、次の瞬間、マイは諦めたように笑って、クーラーボックスの中を泳ぎ回る薄気味悪い魚について語り始めた。


「アンコウの一種だね。何にでも喰い付く習性があるアクジキアンコウ、通称()()アンコウだよ」


「……ど、どぶ?」


 ザックは困惑した表情でマイに聞き直した。隣にいたレオが笑いを堪える様にして顔を背ける。


「そう、汚い水を通す(みぞ)、言葉通り〝どぶ〟のことだよ。ほら、そんな色しているでしょ? あと、そいつは見た目が悪いばかりか、人間には消化不能の脂を持っていてね、食べたら三日三晩、()()()()()()()さ。食べるならそれなりの覚悟をした方がいいよ?」


「バカ野郎、そんなもの食うわけねえだろ!」


 ……思わぬ形で話は終結したが、少しばかり悪いことをしてしまった気分になるのは何故だろう。


「ああくそ、もうなんでもいい! とりあえず、この〝どぶなんたら〟を家に置いてくる。あとで俺も合流するから、それまでレオにブルーベルの街を案内してやってくれ。いいな?」


 キャッチアンドリリース完全否定派のザックは、どぶアンコウとやらを自宅の観賞魚にでもするつもりなのか、クーラーボックスを大事そうに抱えて車を停めている駐車場の方へと足早に歩いて行った。




 時刻は一五時五五分、まだ行先さえ決まっていなかったが、とりあえず私たちは近場でタクシーを拾い、ブルーベルの中心街を目指した。


 タクシーが走り始めて間もなくのこと、レオが車窓からブルーベルの景色を眺めやって子供らしい率直な感想を漏らす。


「機械の島を機械の島が取り囲んでいる……まるで鉄でできた目玉焼きみたいだ」


「あはは、なるほど、そういう例え方もあったか。そうね、差し詰め、さっき私たちがいた港は()()()()()。で、これから私たちが行こうとしているブルーベルの中心街は()()()()()だね。そして、この橋は……ん~、()()()ってとこかしら?」


 レオが前述した通り、ブルーベル島は総延長二一五kmにも及ぶ巨大な人口港湾(メガドーナツ)によって取り囲まれている。そして、港湾から中心街へ向かう為には、間に架けられた〝チェインブリッジ〟と呼ばれる橋を渡らなくてはならない。現在私たちが乗車しているタクシーは、島内にある総本数四八もあるチェインブリッジの一本を通り、ブルーベルの中心街を目指していたところだった。


 第一二チェインブリッジから環状三号線へ移り、それから環状線を降りて中心街に近い第二西地区の目抜き通りに入ったところで、私たちを乗せたタクシーは大渋滞に捕まってしまった。至る所で鳴り響く車のクラクションと、通りを行き交う人々のざわめきをバックミュージックにして、車が動き出すのを暫く待ってみたが、進んでいくのは時間と料金表示の数字だけだった。いくら待っても渋滞が解消されないことに憂いたタクシーの運転手が思い出したように口を開く。


「ああ、なるほど……すっかり忘れていましたよ。今日が〝竜騎士祭り〟だってことを。どうりで人が多いはずだ。お客さん、ここで降りて歩いた方が良いかも知れないよ。こりゃ何時車が動くのかわからんからね」


 たしかにその方が良さそうだ。親切な運転手の助言に従い、私たちはここでタクシーから降りることにした。降車した途端、マイが意地悪そうな顔をして先程の話をまた持ちだす。


「ねえねえ、ひょっとしてお姉ちゃんも忘れていたんじゃない? 今日が〝竜騎士祭り〟だってこと」


「覚えていたわよ。当たり前でしょう。それに〝竜騎士祭り〟じゃなくて〝竜騎士機関設立の日〟よ」


 そう、今日三月二六日は竜騎士機関設立の日である。しかし、今日という日は別に祝日に定められているわけではない。それどころか、竜騎士機関や各国は記念日としてすら認めていない。それなのに、こんなお祭りもどきが世界各地に波及し始めたのは三年前の今日、どこぞの国の破天荒極まりない王子さまが仲間内でおこなった〝竜騎士祭り〟なる乱痴気騒ぎを、地元の新聞記者やテレビ局の人間が大々的に取り上げてしまったことが起因となっていた。


 それは私だって、お祭りごとは嫌いじゃないけど、年々過激さを増す、と言うか悪ノリが増してゆくこの〝竜騎士祭り〟はあまり好きにはなれないんだよね……。そう考えたら、これ以上街の中心部に行くのが億劫になってきたな。レオも疲れていると思うし、街の案内は明日以降にしようかな。丁度良いところに行き付けの店があるし、今日はご飯を食べて帰ることにしようか。よく考えたら、今後の打ち合わせもわざわざ街中でやる必要もないんだし……うん、そうしちゃおう。


 ──ということで、私たちは普段の三倍増しの喧噪と雑踏の中を掻き分けるように中心街の方へ進んだ。五〇メートル程歩き、五五支所(私たち)行き付けの店〝フレッシュフィールド〟の前に到着したが、店外に順番待ちの客が長蛇の列を作っていたので、斜向かいに店を構える〝鈴猫亭〟に入ることにする。実はここも私の行き付けの店なのだ。


 真鍮製の扉を開けると、子気味良い鈴の音が店内に響き渡る。そして、入店するなり鈴猫亭の店主からご丁寧な挨拶を賜った私たちはテラス席へと案内された。店主は流れるような動きで、冷たいおしぼり、冷水、メニュー表、それぞれを三つずつテーブルの上に置いた。機械であるマイにも人間と同じ応対をしてくれるのは、ここ鈴猫亭と先程入ろうとしたフレッシュフィールドだけである。いつもながら、その心遣いには恐縮させられてしまう。私はおしぼりで手を拭い、冷水で口の中を潤してから店主に料理の注文をした。


「マスター、()()()()お願いします。二人分で!」


 マイが驚きに満ちた顔をこちらに向けたが、私はそれを冷然と無視してやった。……ほんと失礼ね、この子は。


 店主が深々とお辞儀をして颯爽と厨房に戻って行くと、それと入れ替わるようにウェイトレスがミックスフルーツのスムージーを運んできた。ウェイトレス曰く、今日は店が混み合っていて、料理を給仕するまでいつもより時間がかかるかも知れない。だから、このスムージーはそのお詫びを兼ねたサービスであるとのことだった。


 時刻は一六時五〇分、通りを行き交う人々の流れが次第に激しさを増してゆく。これから夜にかけて祭りの賑わいは最高潮に達してゆくのだろう。そんな忙しなくもどこか哀愁漂う街の風景をテラス席で眺めながら、私たちは注文した料理が運ばれるのとザックの合流を待った。


「あの、ユーイさん? ちょっといいですか?」


「……」


 レオの問いかけに私はわざとらしく無視してみせた。その意を悟ったレオが顔を真っ赤にして再び私に問いかける。


「……ユ、ユーイ? き、訊きたいことがあるんだけど」


「あはは、まだまだ固いなぁ。で、訊きたいことって何?」


「ユーイもザックも、ぼくを竜騎士にするって言っていたけど、竜騎士ってそんな簡単になれるものなの?」


「たしかに普通の人だったら難しいかもね。でも、醒心力(パルス)をある程度扱える人ならそんなに難しいことじゃないの。言ってしまえば、体力試験と適性試験さえクリアできれば誰にでもなれる職業よ。それにレオは醒心武具(ドラゴンキラー)を使えるでしょ? 醒心武具保持者は竜騎士機関側からすれば喉から手が出るくらい欲しい人材のはずだからね、まず間違いなく一発合格だと思うよ。問題なのはレオの戸籍関連をどうするかだけど……それは心配しないで。私が上手くやっておくから」


「それはよかった。じゃあさ、もう二つだけ訊いていい?」


「どうぞどうぞ、何でも聞いてごらんなさいな」


醒心力(パルス)醒心武具(ドラゴンキラー)について教えて欲しいんだ。竜を斃すことでぼくの記憶が治ってゆくのだとしたら、知っておいた方がいいかなと思ってさ」


 ……改めて聞かれると説明するのがなかなか難しい。私は少し頭を悩ませながらも、できるだけ解り易い説明をするように努めてみた。


「じゃあ、まずは醒心力(パルス)のことについてね。醒心(イコール)精神──つまり醒心力は人間の脳に隠された力の一つで、特定の脳波を故意的に操作することによって様々な身体能力を向上させることができるの。凄く便利な力なんだけど、醒心力は人間だけが持ち得る力じゃないんだ。理論上、脳を持つ生物ならその力を使える可能性があるのよ。もちろん、人間の脅威である竜も醒心力が使える。そして、その竜を斃すことができるのは醒心力を使える生物だけってわけ。名前の由来は、醒心力使用時に脳波信号が特異な波長(パルス)を描くからそう云われるようになったんだって。昔は〝気〟とか〝超能力〟とか〝第六感の力〟とかで呼ばれていたこともあったらしいけど……おっと、これは蛇足ね。どう、なんとなくわかった?」


 レオは大きく頷いてくれたが……どうだろう、わかり辛くなかったかな? パルスって単語が多くて、途中から自分でもよくわからなくなってきちゃったんだけど……。私はストローでスムージーをかき混ぜながら、今一度頭の中で醒心武具(ドラゴンキラー)について思索し、浮かんできた言葉をそのまま口に出して説明してみる。


醒心力(パルス)を具現化して武器に変えたのが醒心武具(ドラゴンキラー)。レオは剣だけど、発現者によって武器の形状は変わるわ。槍だったり、斧だったり、槌だったりとね。でも、例外なく共通しているのは形状が巨大であること、武器の表面上に青白い光線群が幾何学的に走っていること、そして何と言っても、竜に対しての特効能力を有していることよ。その特効能力を解り易く説明すると……えっとね……例えば、私が醒心力一〇〇の力で竜に攻撃したとする。でも、その攻撃が竜に到達するころには良くても三〇くらいに減少しちゃうの。それに対して醒心武具の場合、一〇〇は一〇〇のまま竜に攻撃することができる。つまり、体内で錬成した醒心力をそのまま攻撃に転用できるのが醒心武具なの。だから、醒心武具は言葉通り〝竜殺しの武器〟って呼ばれていたりするんだ。まあ、簡単に説明するとこんなところかな?」


 自分の両手を大きく開き不思議そうに見つめるレオ──手の甲と手の平を何度も繰り返し見ては、醒心武具(ドラゴンキラー)という言葉を何度も呟いていた。どうやら大体のところは理解してくれた模様である。だが、傍で人形のように押し黙っていたマイが突然差し出口を挟んできた。 


「話が長い、六五点」


 ……()()()ときた。

 それはさあ、ザックとかよりは上手く説明できないかもしれないよ? でも、私なりによく考えた上で説明したのに……話が長いって何? しかも六五点って何? 怒っていいのか、喜んでいいのかわからない微妙な採点をするんじゃない(いや、もう怒っているけども)! そして、この姉を姉とも思わぬそのぞんざいな態度、もはや赦すまじ! 一度キツいお灸を据える必要があるみたいね。覚悟しなさい、その馬鹿みたいに長い両耳を二重結びにしてやるから。


 無言で席を立つ私に並々ならぬ怒気を感じ取ったのか、マイは席を立ってレオの後ろに隠れてしまった。ここは人目が多いテラス席、ただでさえ目立つ容姿をしているマイが更に目立つ行動を取ったので、隣卓の客たちや通りを行き交う人たちの視線が自然と私たちのテーブルへ集中した。「卑怯者!」と、大声で罵倒してやりたくなったが、お店の人や周りの客に迷惑をかけてはいけないし……くっ、ここは業腹ながら自重しておくとしよう。


 そんな時──。


「ユーイくん? ユーイくんじゃないか! 奇遇だな、こんなところで会えるとは」


 通りの方から聞き覚えのある声がした……ので、私は聞こえない振りをして静かに着席した。


「ユーイくん! 僕だよ! 君のグレイだ!」


 公衆の面前で誤解を招くようなことを叫ばないで欲しい。私はともかく、貴方には立場がおありでしょうに……。これ以上余計なことを大声で喚き散らかされるとのちのち面倒なことになりかねないので、とりあえず、男性ファッションモデルのような歩き方で、こちらに近づいて来る青年を私たちのテーブルに招くことにした。


 ムスクの香りを漂わせ、古代の美術彫刻像よろしく、芸術的とも奇怪的ともいえるポーズで私の前に佇む青年は長身で精悍な身体つきをしているが、それとは対照的に顔立ちは柔和であり、ライトブラウンの総髪、ややグレーがかったブラウンの瞳を持っている。

 上半身は白の半袖カッターシャツに青と赤のストライプネクタイ、下半身は黒のスリムスラックスにエナメル靴という一見シンプルな服装に見えるが、その実、全てが超一流メーカーによるオーダーメイド品である。

 そんな彼に初めて会う大抵の女性たちは目をハートにして「王子さまみたい」と口にするとかしないとか……。


 私は席を立ち、片膝を着いて挨拶をしようとしたが、青年の大きな手によって肩を掴まれて制止された。


「やめてくれ。僕と君の仲じゃないか。いつも通りに接しておくれ」


「では、お言葉に甘えて失礼致します。……先輩、世の中ゴシップ好きの人間がたくさんいるんですから、先輩の為にも私の為にも、不用意な発言はできるだけ控えてください」


「フッ、心配しなくても大丈夫。僕は誹謗中傷なんか気にしない。それに僕は心の中に決して折れない信念の剣を持っているからね。愛と誇りの為なら、いつでもどこでも誰とでも闘うことができるのさ」


「さすがは先輩、素晴らしい哲学をお持ちですね。でも、私は先輩みたいに強い人間ではないんです。貶されたら普通に傷つくし落ち込んじゃいますよ」


「安心して。その時は君の為に命を懸けて僕が闘うから」


 ……これが凡人と天才の差というものなのだろう。話が全く噛み合わないし理解できない。誰か教えて欲しい。この人は一体何を言っているの?


 自分で振っておいてなんだが、この話はもうここで止めにする。このまま話を続けているとこっちの頭までおかしくなりそうだ。早く話題を変えてしまおう。


 私は通りからこちらを見つめる若い女性二人組に視線を向けた。先程まで先輩と同伴していた人たちである。


「それより、先輩。祭りの主役がこんなところで油を売っていていいんですか? それに、あちらで待っている人たちもいるようですけど?」


「もう僕は祭りの実行委員長じゃないんだよ。今年から実行委員は大学の後輩たちに代替わりしたんだ。僕は後輩たちの仕事振りを見て回っていただけだよ。彼女たちはその実行委員でね、さっきたまたまそこで出会っただけさ。ユーイくんが心配するような間柄じゃない」


 否定の言葉を口にすることさえ面倒臭くなってきた私の横で、先輩は二人組の女性に身振り手振りで別れを伝えた。大きく手を振って雑踏の中に消えていく二人組の女性を見送ったあと、先輩はさも当たり前のように私の左隣の椅子に着席する。彼はそこで初めて、対面に座するレオの存在に気付いたらしく、大げさに驚いた素振りをして見せた。


「おおぅ、これは失礼をした。僕の無礼を許していただきたい」


 慇懃に頭を下げる先輩に、はにかみながら黙礼を返すレオ。


「ユーイくん、この子は君のお友達かな? それとも御親戚の方かな? もしよろしければ紹介してもらいたいのだが……」


 この質問に対し、私は余計なトラブルを作らない為にも、レオはアルファナ家の遠縁にあたる子だと説明するつもりだった。しかし、お喋り機能をオフにすることができない自称スーパーロボットくんが馬鹿正直にレオのことを話してしまう。


「その子はレオ。今度、五五支所(ウチ)に新しく入ることになった竜騎士見習いだよ。お姉ちゃんがスカウトしてきたの」


「うんうん、そうか。君たちの新しい仲間ってわけだね。これはめでたい……って、え? ………な、なんだって⁉ 五五支所の新しいメンバー? ユーイくんがスカウトした? そ、そんな……ユ、ユーイくん、どうしてだい⁉ 僕があんなに頼み込んでも駄目だったのに……どうしてこの子は……ザック氏は……そうだ! ザック氏はこれを認めたって言うのかい⁉」


 ほらぁ、言わんこっちゃない。


 先輩は半狂乱状態でマイに詰め寄り、事の真相を問いただした。それに対して、マイはこれ以上ない簡潔な言葉を使って答えを返す。


「うん、〝いいよ〟って」


「なぜだぁぁぁぁぁぁっ⁉」


 頭を両手で抱え、天を仰ぎ見るやんごとなき身分の御方は、まるでこの世の不条理を神に訴えるかのように絶叫した。周囲の人々が私たちのテーブルに好奇と哀惜の眼を向ける。


 ……ああ、終わった。これで明日の朝刊の見出しは決まったようなものね。


 人目も憚らずテーブルに突っ伏して嗚咽する先輩を見たレオは、申し訳なさそうな声で私に耳打ちをしてきた。


「ごめんなさい、ユーイの友達になんか悪いことしちゃったみたいだね」


「レオは何も悪いことしてないよ。別に気にしなくていいから。それとね、この人は──」


 私はレオに耳打ちを返し、そのまま先輩の素性を明かした。

 彼の名前はグレイ・フォンザウト・フェリックス。私が通っている大学の先輩であり、……一応、エクステリア連合王国の王太子という肩書を持つ青年だ。少し言動に()()なところは目立つが、基本的に人柄は温厚で明朗、知勇ともに優れた才能を持ち合わせた人物である。


 そんな彼は常日頃から、何ものにも代え難い崇高なる使命を心の中に掲げていた。それはエクステリアに住まう自国民の為に、勇気や希望を与えることであった。その為に、彼は幼い時分より様々ことに挑戦し続けてきた。勉学やスポーツの分野において優秀な結果を残し、ありとあらゆる慈善活動を精力的にこなし、エクステリアの歴史や文化を世界に向けて熱心にアピールした。


 もちろん、彼の行ってきた活動全てが正しいものであるのかどうかは、常に疑問符が付き纏うところである。彼の言動は混乱や諍いを生むことがしばしばあり、その度に愛すべき国民から、やれ偽善者だの、やれエクステリアの恥晒しだの、やれ王家の吹き出物だのと罵倒された。しかし、彼はそんな誹謗中傷には屈しなかった。どんなに馬鹿にされても不撓不屈の精神で我が道を突き進んだ。


 結果、現在に至っては、大半の人たちが活動結果の如何に関わらず、彼を好意的に受け入れるようになった。彼の熱意と誠意が白眼視する人たちを少なからず変えた。彼は以前より認められ愛されるようになったのだった。


 ──ここまではいい。何の問題もない。だが最近、彼のとある発言が巷間で……と言うよりも、竜騎士たちの間で物議を醸し出しているのだ。その問題発言とはこのようなものだった。


『わたしグレイ・フォンザウト・フェリックスは、大学を卒業後、人類の仇敵である竜を打倒するために微力を尽くしてゆきたいと思っている』


 つまり彼は、よりエクステリアの人々に勇気と希望を与える為、竜騎士になりたいと言うのである。

これは竜騎士たちにとって甚だ迷惑な話であった。それはなぜか? 理由は明白である。常に死と隣り合わせの職場で、誰が好き好んで一国の王太子の身柄を預かりたいと言うのか──そんな勇気ある竜騎士支所はブルーベルどころか世界中の何処にも存在する筈もなかった。


 それにも関わらず、彼の()()()()は毎日のように続いた。特に私たち五五支所へのアプローチは凄まじいものがあり、三日と開けずに事務所のドアを叩いては熱烈な自己アピールをしてゆくのだった。おそらく、アルファナ家の人間を快く迎え入れたザックの懐の深さに期待したのであろう。彼にとっては、その事実だけが唯一の光明だったのかも知れない。しかし当然の如く、さすがのザックもその期待には応えることができなかった。当たり前である。アルファナ家とフェリックス王家では格が違い過ぎるのだ。


 六日前、都合二〇回目の面談の後、ザックは彼にこう告げた。


『たしかに君は優秀だ。〝極めて〟と付け足しても良いくらいにな。だが、やはり俺の答えはノーだ。君の夢を壊すようで申し訳ないが、この世にはいくら頑張ってもどうにもならないことがある。それがグレイ・フォンザウト・フェリックスという人間と、竜騎士という仕事に当て嵌まってしまっただけなのさ』


 その日、彼は肩を落とし悄然と帰路に着いた。二日間ほど寝込んだという噂も耳にした。余程ショックだったのだろう。そんな未だ傷心癒えぬ最中に、何の前触れもなく、私の勝手な一存によって五五支所に新しいメンバーが加入したのだ。その事実を知った彼が悲しみに暮れるのも無理はない。


 ……あれ? そう考えると、なんか凄く悪いことをしてしまった気がする。……なんかごめんね、先輩。


 私から先輩の氏素性を聞いたレオは目を丸くして驚き、慌てて席を立ってたどたどしい自己紹介を始めた。


「ご、ごめんなさい! 先程は失礼しました。ぼく…じゃなくて、わたしの名前はレオでございます。王太子殿下におかれましては……おかれましては? ……え、え~と……今後ともよろしくお願い申し上げたく……申し上げます!」


 テーブルに突っ伏していた先輩は顔を上げて、虚ろな目でレオを見つめた。


「……うん、よろしく。レオくん、僕の分まで頑張ってくれたまえ。応援するよ、心から……本当に…………ぐうぅ…うおおおぉぉぉ‼」


 精一杯の声を振り絞り、激励の言葉をレオに贈った先輩は再びテーブルと抱き合って獣の如き慟哭をあげた。そして、悲哀と喪失感に打ちのめされてしまった青年は、再起のきっかけをアルコールに託すことにしたらしい。店内を巡回するウェイトレスに二〇九二年もののビンテージワインを三本注文すると、即座にそれを空けてしまい、今度はアルコール度数五〇以上もあるラム酒を二本追加注文していた。


 私とレオはテーブルを占拠する先輩に困り果て、何か声をかけようと思ったが、マイは『これ以上()()()に燃料を与えない方がいい』と言うので、その辛辣極まるも、もっともな助言に従って、このまま放置しておくことにした。そして、アルコールの精が一人の青年から悲しみを奪い去り、眠りの魔法をかけることに成功したのは、それから一五分後のことだった。



『お姉ちゃん、電話だよ』


 西日のトーンが僅かに変わり始めた一七時二七分、ミイが視界左端に現れ、電話の着信を告げた。着信画面には〝竜騎士機関通信司令部〟と表示されている。電話の内容は容易に予想がついた。なぜなら、通信司令部から直接連絡がかかってくる時は決まって緊急任務の要請だからだ。


 通信司令部からの電話を繋ぐと、いつもの如く、テレビ電話のモニターには〝SOUND ONLY〟の文字が映し出され、女性とおぼしき声のオペレーターが定型的な挨拶と報告を述べた。


『お疲れさまです、ユーイ・アルファナさま。私は竜騎士機関エリアⅢ通信司令部オペレーターのリムリー・クロイツェルと申します。先程、ブルーベル島に非常警戒態勢が発令されました。コード003‐Dです』


 コード003‐D──小規模から中規模の被害が危惧される竜の来寇、という意味合いの略号である。


 オペレーターのリムリーさんは一呼吸開けてから、現況報告の続きを口にした。


『南南東より八体の〝ギーブル〟がブルーベル島に接近中で、到達時刻は一八時三〇分から一八時四〇分の間と予測されております。つきましては、ユーイさまにギーブルの迎撃任務をご依頼申し上げます。お引き受けいただけますでしょうか?』


 ブルーベルには私にとって大切な人たちがたくさんいるのだ。断る理由などあろうはずもない。私は二つ返事でその依頼を引き受けた。


『ありがとうございます。尚、当迎撃任務はユーイさまの御同僚であるミハイル・ザックバーランドさまを含め、既に一一名の竜騎士から参加のご承諾をいただいております。他、当件に関する詳細はこれからお送りするデータにてご確認ください。それではよろしくお願い致します。そして、ユーイさまの御武運を心よりお祈り申し上げます』


 そう彼女が言い終えてから二秒後、私は通話を切った。そして、通話を切ってから一〇秒も経過しないうちに、依頼を受けた任務に関する詳細資料が私の携帯電話に送られてきた。その内容は、調査隊がギーブルに取り付けた発信機の信号データ、敵の予想到達地点及び主戦場となる港湾区域の3Dマップ、加えてこの任務に参加する竜騎士たちの名簿だった。


 早速、私は提供された資料に目を通してゆく。


 ……一ページ目……二ページ目……そして、三ページ目の竜騎士たちの名簿のところで目を止めた。その錚々たる顔ぶれに私は驚き、参加メンバーが記載されている部分を二度、三度と読み返した。


〔19‐03‐26 ブルーベル防衛任務に参加する竜騎士は下記の一二名〕

 第一七支所からフランソワ・シールズ、ジェシカ・シールズ、ブロンダ・モウン、テオ・リーの四名。

 第二〇支所からレイモンド・レインバック、アマギ・トモチカの二名。

 第三八支所からダークナイト(ショウ)、シャドウナイト(仮)の二名。

 第五五支所からミハイル・ザックバーランド、ユーイ・アルファナの二名。

 第三〇一支所からレッド、ブルーの二名。

 尚、現場指揮はフランソワ・シールズに一任するものとし、一七時〇五分より現地にて作戦会議を執り行う。よって、竜騎士各位は一八時〇〇分までにポイントHまで参集されたし。


 ──とのことだった。


 ブル―ベルどころか、エリアⅢトップクラスの竜騎士たちの名前を目にして、実戦の時とは違う不安と緊張が私の全身に駆け巡った。


 討伐任務と違って、絶対に失敗が許されない防衛任務には、常に現存の最大戦力が投入されることになっている。だからと言って、一〇体に満たないギーブル相手にこの面子は少々やりすぎのような気もするが……と言うか、私が行く意味ある?


「どうかしたの? なにかあった?」


 意気消沈する私に声をかけたのはレオだった。きっと、神妙な面持ちで資料に目を通す私を心配してくれたのだろう(レオには見えていないけれど)。私は憂い顔を向けるレオに事情を説明した。


「ごめん、レオ。さっき緊急の任務が入っちゃってね、いまから出掛けなくちゃいけないの。だから私が帰ってくるまでマイと一緒に待っていてくれる?」


「も、もちろん、頑張ってきてね」


「うん、ありがと。もう少し経てば、ブルーベルに一時避難勧告が発令されるはずだけど、マイが一緒に居てくれるから心配しないで。……ああそれと、そこの酔っ払いをよろしく頼むね。少し変なところはあるけれど、私の先輩だし、エクステリアにとってはとても大事な人だからさ」


「うん、任せといて」


 レオは毅然とした表情で頷いた。


「マイ、あとはお願いね。何かあったらすぐ連絡するのよ?」


「了解。お姉ちゃん、今日はこれで二回目の任務になるんだからさ、あまり無理しちゃ駄目だよ?」


「わかってる。でも、マイも参加メンバーの名簿を確認したでしょ? どう頑張ったって無理のしようがないわよ」


「まあ、たしかにそれはそうだね」


「じゃあ、頼んだわよ」


私は二人のお守役をマイに任せ、そろそろ集合場所に指定された第八港湾(ポイントH)へ向かうことにした。人混みを避けて移動する為、壁を蹴昇ってビジネスホテルの屋上まで上がった私は、ブルーベルの中心にそびえ立つ巨鐘付の時計塔〝ビッグ・ベル〟に目を遣った。


 あと十数分もすれば、ブルーベル全域にあの鐘の音が響き渡るだろう。無論、ブルーベルに住まう者にとって、その音色が何を意味するのか知らない者はいない。


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