追い詰める者、追い詰められる者
「そろそろ出てきてはどうかね。私に奇襲など通用しないと思った方が良い」
森の中、肩で息をしながら、カーフが背後に支線を持っていきながら口にする。気配を殺す術、森の中であっても物音を立てない移動能力から、技量は相当なものなのだろう。しかし、カーフの表情からは余裕すら感じられる。
「……息を切らしているというのに、随分と余裕そうだな、オッサン」
リーダー格なのだろうか、大柄な男が木の影から姿を表した。その風貌はまるで存在感の塊。見るものを圧倒するほどの威圧感を放っていた。
「……ふむ、暗殺術は一流でも、こんなオッサンの挑発にあっさりと乗るとはね。少々自分の実力を過信しているのではないかな?」
「はん、テメエの実力はテメエで把握しているわ。出て来たのはオッサンの実力の底が全く見えねえからだ。どうせ息を切らしているのも演技だろうが」
「なるほど。私の実力を測るために、挑発に乗るという下策をわざわざとったということか。確かに判断としては悪くない」
「荒削りとはいえ、ウチの原石を2人もとっ捕まえやがったからな。使える手は全て使わせてもらうぜ」
男の発言の最中、カーフの死角となる背後から矢が飛んできた。本命を通すための呼び餌。弓矢での奇襲おおよそ通用しないだろうと男は思考を巡らせ続ける。が、どうシミュレーションしても、自分たちが勝つビジョンが見えてこない。
「……はっ、俺たちが追い詰められる側になるとはな。何もんだお前さんはよ」
男の問いに、カーフは笑ったまま答えようとしない。
「なに、ただのしがないカフェのマスターだよ」
男の想像通り、カーフは放たれた弓矢をひょいと躱す。彼からすれば欠伸の出るような攻撃。しかしカーフは反撃をする素振りを見せない。
「出来れば、荒事にはしたくないんだがね」
その気になればいつでも捻り潰せる。そう言いたげなカーフの語気に、男は周囲の木々に目配せをした。その目から滲み出る言葉は、
「これ以上は無駄だ」
という、諦めに似たものであった。