130 クッキーを焼きましょう
春先最初の『お手伝い』は、大得意先な老夫婦が暮らす家のお掃除。
報酬というか『お小遣い』の額は、他の依頼と比べてとても安いのだけど、わたし達にとっては人気がある『お手伝い』。
理由は後でお話しするから省略するけど、「私が」「俺が」と競り合う人気ぶりなのよ。
こういう場合は、喧嘩にならない様に、修道師達が選ぶのがお約束。
それで、
幸いにもわたし達3人が選ばれたのよ。
まぁね、リトが「人気有る依頼は遠慮しよう」という提案で、今まで受ける回数が少なかったから、バランスを考えてくれたみたいなの。
少なかった理由は「諸先輩方へ配慮しよう」という社畜精神な建前と、「時給の良いのを選ぼう」という本音がリトにあったって事なんだよ。
でもね、
今回の『お手伝い』はわたしからの提案なのよ。
ちょっとね、気になる事があったのでお願いしたの。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『お手伝い』の内容は、お家のお掃除。
越冬した落ち葉といっしょに、木枯らしと一緒に迷い込んだ砂埃を掃き出すのが、今日の目標なの。
普通なら年末にする事なんでしょうけど、
老夫婦は街のみんなを気遣って、ゆとり有る時期を選んで依頼したみたいだ。
リトがそんな推測をしていたわ。
あまり気にしなくて良い事を推論するのは、人の視線を気にする悪い癖。
わたし達は『子供』なんだから、もっとのびのびして良いと思わ。
って伝えたけど、早々に切り替えが出来ないのは、仕方ないのかな。
「なぁなぁ、どうして家の中に『家』が在るんだろうな?」
前にも聞いた疑問をナーガが口にしたの。
本当に不思議よね。レンガ造りの家の中に、歴史を感じる木造があるの。『日本家屋』って言った方が良いのかしら?
リトが言うには、この建物の部分は『ビルトインガレージ』という『展示』あるいは『保存』を目的にしているのだろう。って事だったわ。
まぁ確かに、歴史のモニュメントとして、車でも道具でも名簿でも、記念となるモノを展示兼保管するのは変じゃないわ。わたしもリトと一緒に見てきたのだから。
でも、この木造住宅が記念碑代わりというのは理由が解らないの。
うんちくなリトも、流石にその理由は推測できなかったわ。
ただ分かるのは、『お手伝い』の依頼主の老夫婦は、この『モニュメント』を管理しているって事だけ。
今はそれだけで充分よ。
必要があれば、その内学ぶ事があるでしょうから。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おちば、てんこもりに、なったよ~。これからどうするの~」
「あの窪地に運ぶんだって」
ナーガが経験から教えてくれたわ。
『ネコ』は無いから、風で舞い散らない様に3人え丁寧に捨てに行ったの。
「さぁ。今度は建物の埃を払わなくっちゃ」
リトがやる気満々に声を上げるの。
前の世界じゃ汚部屋の住人だったくせに、こういう『外見』だけは、今でも気にするのね。
もっとも、今は物が無いから汚部屋じゃ無いけどね。
クスクス…。
「子供達、そろそろお休みしましょうか」
老婆…、もとい、ご婦人よね。失礼。
小休止のお誘いがあって、ナーガは「待ってました」と言わんばかりに、いち早く返事をして向かっていっちゃった。
ナーガが抜けたのに、わたしとリトが掃除しているのも、ご婦人に気を遣わせてしまうから駄目でしょうね。
取り急ぎ道具を整えてから、ナーガの後を追いかけたの。
「いつもと同じだけど、どうぞ、お食べなさい」
「いただきま~す」
と、既に水桶で手の埃を落としていたナーガが、いち早く手を伸ばしたの。
躊躇とか、躊躇いとか、遠慮の無い素直な行動は子供ならでわよね。
リトもナーガを見習って早く『素直な子供』になって欲しいものだわ。
「はい。いただきます」
「は~い。ありがと~」
同時に返事をしてクッキーを口にしたの。
「おいしい!」
「あっま~い」
久しぶりのバターと甘さ。この国では最高級なお菓子で贅沢品よね。つい感嘆符がついちゃったわ。
ブリーイッドの所(演奏者達の住まい)で頂いたお菓子も美味しかったけど、蜂蜜の量がまったく違うのが分かるの。
多分、姫様用に作られたお菓子なのでしょう。
このお菓子が『ここにある』と云う事が、『モニュメント』の重要性と『依頼主』である老夫婦の身分か地位の高さを充分に物語っていたわ。
「おやまぁ。そんなに喜んでくれると、私も嬉しくなるわ」
「子供達、まだ沢山有るから、ゆっくり食べて良いんだぞ。遠慮も必要ないからな」
「あ、ありがと、ごさいま~す!」
ナーガの瞳が輝いているのが分かるよ。凄い喜びよう。
このお菓子とか、果実等の『贅沢な食べ物』が目的な『お手伝い』なのだから、人気が高くて当然よね。
わたしもリトも、別に遠慮している訳ではないの。
ただ…、下手に舌を肥えらせてしまうと、普段の食事が物足りなくなってしまうのが心配なだけ。
この仕草が、遠慮してる様に映るのね。まぁ、それは仕方ないよね。
「はい。ありがとう。おいしいです」
「おいし~よ。うれしい」
いくら異世界転生者といっても、所詮は身寄りの無い子供でしかないの。
そんなわたし達を養ってくれる孤児院に対して、不満を抱きたくないと言うのがリトとの想い。
そんな筈…、なんだけどね~。
気が付けば、ついつい手が伸びてしまって、
~止められない止まらない~
そんな有名フレーズが脳内でリフレインしている気がするわ。
リトとお互いの腕をつねりながら止めようとするけど、あまり効果がないわ。ご馳走の影響って、本当に凄いよね。
「2人とも、なんでつねってるの。痛いでしょ」
ご婦人が心配されたのか『つねり合い』を止めさせようとしてくれたの。
でも、止めたいのは、この伸びる手の方なんだよね。
しかし、心配をかけさせてしまっては、逆に申し訳ない。と、リトとアイコンタクトと取ったの。
「とても、おいしいの。まるで、ゆめ、みたいっておもったの。それで、おきているの、きになったの」
「そうかそうか。そんなに美味しいか。掃除が終わったら、お土産を沢山用意してあげよう」
「は~い。俺、沢山頑張ります」
ご主人の言葉の後に間髪入れずに、ナーガが喜びを返したの。
多分だけど、ご夫妻はわたしとリトが変に遠慮しているから、「これはギブ・アンド・テイクだから」と伝えたかったんだと思う。
そこに、したたかにも便乗して返事をしたナーガ。
歪んだ処世術を教えてしまったのかしら?
そう心配していたら、ナーガの輝く視線がわたしにお礼を言いたそうに向いていたの。
ああそうなの。知った上で返事をした訳ね。あざといと云うか、小賢しいと云うか。
流石はリトと一緒に暮らしてだけあるな~って思ったわ。リトの、変な賢しい所、学んじゃったのかしらね。
リトみたいに歪まなければ良いけど…。
リトにはナーガの真っ直ぐな所を学んで欲しいのだけどね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「はい。ご苦労様。今日の『お手伝い』だよ」
そういって、ご主人は、約束通りにお菓子が山盛りの腕にぶら下げる程の大きな手篭と、『お小遣い』という報酬が入った小さい篭を手渡してくれたの。
「うわ~。こんなに沢山。あ、ありがとう」
「お世話になりました。ありがとうございます」
「ありがと~。あたし、うれしい」
3人3様にお別れの返事をすると
「またいらっしゃい。お嬢ちゃん」
「みんな、しっかり掃除してくれてたわね、ありがとう」
ご夫婦も銘々に別れの挨拶をしてくれたわ。
でも、ご婦人の挨拶がちょっと気になったの。
その気持ちをリトに耳打ちしたら「何度でも『お手伝い』が来る様に、少し残していたんじゃないかな?」と推論されたの。
それって、悪く言ったらサボりじゃないの。
そういう大人にはなりたくないな~。
それに比べれば、先程の言葉や間を読みつつ、望みを訴えるナーガの姿勢は、これはこれで、素直な行動なんだって思ったわ。立派だよナーガは。
「なぁ、2人で、なにコソコソ話してるのさ?」
ちょっと不審なわたし達にナーガが問い掛けたわ。
わたしは、今まで思っていた事があるの。リトには悪いけど、今がその絶好のチャンスじゃない! そう思ったの。
「あのね、ナーガ。わたしたち、おせわになって、もうすぐ1ねんだよ。みんなに、おれいをしようって、リトと、そうだん、してたの~」
「え? そんな事、言って…、痛!」
黙ってて! と踵で踏んづけて話しを続ける。
「あたし、おれいをしたいの。できれば、おくりもの、したいの。でも、なにもないから…。それでね、りとがね、ビスケットなら、どうだろう? っておしえてくれたの」
リトの方をチラ見したら、軽く首を振っていたので、もう一度踵落としをしたの。流石に今度は、軽く、だけどね。
「リトがね、おみやげには、まけるけど、やきたて、ならきっとおいしいから。って。ナーガは、火の魔法つかえるようになった、よね。だから、やきたて、すぐにおくれるよ」
リトは軽く何度も頷いていたの。わたしの意図を理解してくれて、話しを合わせてくれたの。
「そうだよ。衣食住、お世話になっているんだよ。僕もみんなにお礼がしたいんだ。ビスケットを焼こうよ。魔法の練習してきたんだから、その成果を出せるよ。ナーガにとっても実りのある事だと思うんだ。力をかして欲しいんだ」
『衣食住』とか、難い言い方は余計だよって。って思いながらも、わたしの代わりにナーガを誘ってくれたのは良かったわ。
『何かと鈍い』くせに、こういう機転は上手なのね。
『何か』にも敏感になれれば良いのに。と思うけど、これは後にして、今はみんなへのお礼を考えましょう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
……考えましょう。
と思ったけど、リトが直ぐに色々な方法を提案してくれたから、わたしが口出す必要はなかったの。
そういえば、前の世界では興味本位で『クッキーもどき』を作っていたわね。
裁縫にお菓子。リトって、結構乙女チックな趣味持っていたんだね。
~ まぁ魂の内側から、わたしの影響が強かったからだと思うけど ~
嬉しい反面、迷惑を掛けていたんじゃないかと思うと、心が辛いな~。
リトは、どう思っているのでしょう?
聞きたいけど……、ちょっと恐いわね。
兎にも角にも今は……、今する事に注力しましょう。




