044 孤児院での夕餉(ゆうげ)
「これから、夕・・・。みんな、一緒、食べましょう」
シスター・レミアに時計塔がある建物へ案内されて入ると、そこは礼拝堂といった趣があった。
そして、背もたれの無い長椅子の間にある長テーブルは、学校の雰囲気も醸し出している。
修道院といえば、結婚式場で見かける教会をイメージしていたのでギャップに戸惑った。
修道院と孤児院の人達がテーブルに向かい合って座っている中央、いわゆるお誕生席と呼べそうな場所に連れられて、
「新しい・・・友達、リト・・・、クレハ・・・です」
そう言ってシスター・レミアは私の方へ手を添えた。
少々沈黙があった。
シスター・レミアが焦れて手の甲で軽く私の胸を叩く。あ、これ自己紹介するのを待っているんだ。
「ぼ・・・僕、リト・レナウ、言います。妹、クレハ・レナウ、言います。宜しく、願います」
分かる言葉を選んで名を伝え、2人一緒にお辞儀をした。
年配の男性が軽く拍手をすると、波紋の様に他の皆も同じように拍手をして迎えてくれた。なんとなくくすぐったい気持ちになる。
この後、シスター・レミアが代わりに、今までの事と成りを説明したのだろうか。そして椅子へ案内された。
残念ながら言葉が良く聞き取れなかったので、どの様に紹介されたのかは分からないのが不安でもあるが、先程の拍手から、暖かく迎えてくれたのだろうというのは分かった。
人の顔を覚えるのは苦手なので先ずは人数だ。
今、テーブルに向かっているのは体格の良いが初老の男性が1人、女性はレミアともう1人。孤児と思われる男子が3人、女子が4人。さっき夕餉を伝えてくれた少女は見かけなかった。
修道院の食事のマナーについても当然に知らないので、皆の仕草をなぞる様に真似る。
男性が祈りを唱え、
「いただきます」
と日本語で祈りを終えた。まさか異世界で日本語を聞くとは思わなかったので流石に驚いた。
たしか「いただきます」は「糧となったあなたの命を頂く事への感謝」が語源だった説があり、この言葉は日本独自だと教わった記憶がある。他国語で翻訳すると「食べましょう」とか「召し上がれ」となり趣旨が異なって仕舞うのだそうだ。
誰がこの言葉を伝えたのか気になって仕方ないが、その詮索は後回しにするとして、皆に次いで食事を頂いた。
そういえば、異世界物で出てくる食事はかなり豪華なメニューが紹介されていたが、ここでは施設的な理由によるのだろう。献立はフランスパンみたいに固いパサついたパン切れと、塩味が利いた芋等の根菜を茹でたスープで、とても質素な物だった。
慎ましやかな食事ではあったが、おむすびを半分しか口にしていなかった私にとっては、とても美味しくて思わず目が滲み、一条の雫が頬を伝う。
クレハが腕を引っ張ってから、ドレスのエプロンで拭ってくれてた。それを見た皆の視線がとても辛い。
ただの、空腹が満たされた嬉し涙でしかない訳だが、メフィスト設定が背景にあったのだろう。家族と生き別れた事が辛いのだと思われてしまったのだとしたら・・・、大変に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。 凄く気まずいというか、恥ずかしさを通り超えて、針のムシロに座っている感じがしてならない。
先程の少女がやって来てシスター・レミアへ報告を済ますと、遅れての食事を取り始めた。
「リト・・・、クレハ・・・。・・・へ案内・ます」
「え、あ、はい。シスター・レミア」
「・・・・はい。しすたー・れみあ」
気まずさ半分焦り半分に返事して、燭台を手にしたシスター・レミアの後を付いていく。
食器をそのままにしたのは後ろ髪を引かれる思いではあるが、片付け方が分からないので仕方ないと、自分に言い訳をした。
そういう集団生活のルールは後でしっかりと覚えていこう。
ちなみに「シスター」を頭に付けているのは、年上の方への敬称であり「~さん」という気持ちで呼んでいる。
部屋に案内されると布団と着替えが用意されていた。綺麗に揃えてあるのは先程の少女が準備してくれたからだろう。
「明日は、・・・生活、説明・・・、するわね」
ここで、大切な事を教えて貰っていないのに気がついた。ここまでにトイレらしい部屋とか建物は見かけていなかったのだ。慌てて質問する。
「あの・・・、トイレ、どこ?」
「あれ、トイレよ」
そう言って指さす先を見ると、木の蓋で閉じられた陶器製のタライがあった。少し蓋を開けると、想像通りに臭かった。これは『おまる』だ。
ファンタジーな世界では街は綺麗だったので、どんな世界観だろうと興味を持って読んだ中世の生活には、おまるから道路へ捨てたっていう記述に驚いたのを思い出した。
ここではどうやって処理するのだろうか? 色々と聞きたい事が思い浮かぶが、詳しい事は明日に教えてもらおう。
「リト。クレハ。おやすみ。また、明日」
手を振りながらの挨拶に合わせて、私達も手を振って応えた。
「おやすみ、また、明日」
「おやすみ・・・」
見るからに継ぎ接ぎだらけの着替えは後回しにするとして・・・。
とりあえず、これからお世話になる修道士の顔と名前を思い出してみた。
シスター・レミアは18~20歳位で髪型はゴールドで背中までのロング。垂目で笑顔で穏やかな雰囲気。
もう一人の修道女はテレサとだったかな。レミアと同じ位な年で、髪型はシルバーの前が下がっているショート。キッとした釣り目でバリバリのキャリアウーマン風だった。
初老の男性。20代後半だろうか? ボブかビリーって呼ばれていた気がする。
子供達の方は後でゆっくり覚えよう。
張り詰めた気が緩んだのか、積み上がった布団に倒れ込む様にダイブした。
「イテテッテ!」
予想外のチクチクな痛みに驚いて飛び起きた。なんだコレは?!
「ねぇリト。このふとん。ワラでできてるよ」
ほころびから溢れた物を手に取ってクレハが日本語で話す。
「藁だって? ・・・あ、本当だ。中身は綿じゃ無くて藁が詰まってる。チクチクしたのは茎の部分だったのか」
物語だと、冒険者の宿ではふかふか布団にベッドという先入観があったので、これには驚いた。
藁で寝泊まりするなんて、宿代が無い冒険者が厩舎というか馬や牛の小屋を借りる場合だろうと物語をなぞってはみたが、もしかしたら藁布団が普通の事なのかもしれない。
日本だって、昔はゴザの上で横になり、駆け布団の代わりに綿を薄く入れた掻い巻き、いいや着古した着物を掛けていたのかも知れないのだから、ふかふかっぽく見えるだけ贅沢なのかもしれない、と思った。
犬や猫が布団をモギュモギュするみたいに、寝易くなる様にと布団の凹凸を整えてから寝転んだ。
「疲れた~・・・今日はもう動くのは無理。って何時からが今日なのかは分からないけど~・・・」
「ほんとうに、つかれたね~。いっぱい、あるいたもんね~」
「そういば、大分話せる様になったな、クレハ」
「まだ、つたないけどね~。にほんごなら、それなりに、だね~」
もう、ぐでぐで~って感じに、語尾が間延びしていた。思い起こせば新しい体に慣れる為に必死だったのだから、私よりも大変だったのかも知れない。
「それで、これからどうしようか?」
「どうもこうも、ないわよ~。はやく、ことばをおぼえなきゃね~。リト、よろしくね~」」
「宜しくって、他人任せにしないで欲しいな」
「だって~。わたしは、くちかずすくないせっていだよ~」
「そうだった。門兵さんが勘違いしたメフィスト設定だったか~・・・。恐怖の心的外傷で話すのが難しくなった妹だっけ。で『兄』として『妹』を守る役目かぁ」
「そうだよ~。よろしくね。おにいちゃん」
前の世界では兄妹はいなかったから「お兄ちゃん」と呼ばれると、背中がザワつく感じでくすぐったい。
「そうそう、いちおう、ねんおしするけど、ほんとうは、わたしが、おねえちゃんだからね」
「姉って、どうしてだよ。どう見ても兄と妹じゃないか」
「どうしてって、わたしのほうが、2・3ねんはやく、たんじょうしたんだから、わたしが、おねんちゃん。おとうとは、おねえちゃんの、いうことをきくのモノなんだからね」
姉の方が偉いなんて、何処のダークエルフの話しだよ・・・。
そういえばメフィストの話しが本当なら、魂が誕生したのはクレハの方が2・3年程先になるのか。それに、この世界に来たのもクレハの希望を叶えたかった訳だから・・・まぁ良いか。
「はいはい。それじゃ、これからもよろしく。おね~さま」
「んふふ。あらためて、よろしくだよ。リト」