105 出張の『お手伝い』8(福祉施設)
「リト~!、クレハ。外に面白い建物があるんだけど一緒に見に行かないか!」
ナーガがトイレから帰ってきた早々に「ただいま戻りました」では無く、瞳を輝かせて「一緒に遊びに行こう!」という感じに楽しそうな声を上げた。
「ナ~ガ。まだ、ダメだよ。おねーさんたちとおはなしおわってないの」
「そうだよナーガ。ブリーイッドの皆とお話しするのが、今回の『お手伝い』だから、お話しが終わるまで待っててよ。そしたら案内してよ。楽しみにしてるから」
「・・・あ、そうだ、そうだった。ブリーイッドのみなさんごめんなさい」
「まぁ、ナーガくんはここが気に入ったみたいですね。マトレ、今はどの頃でしょう?」
ずっとメグが話しの中心だったので、ここぞというタイミングでベルがメイドに尋ねた。
本当は、いままで会話に混ざりたかった、という感じだ。
「はい。日も傾きまして、そろそろ夕餉の準備の頃になります」
「そうですか。それではもう随分と暗いでしょう。そんな時に出歩くのは危険ですから、明朝に「面白い建物」を案内させましょう。それでは夕餉まで、もう少しお話しを続けましょうか」
「はい。分かりました。それなら今度は、遠くに旅立った人のお話・・・ぶぐぐぶぐ」
ゲームとかアニメ、漫画のネタはもう良いから。私的にはもうお腹いっぱいだから勘弁してくれって思いで口を塞ぐ。
そして、代わりの希望をお願いする事にした。
「あの~。できれば、失礼ではなければ、おねーさんの演奏が聴きたいです。こんなにステキなのは初めて聞きました。今度は何時きける機会を頂けるのか分からないので、お願いできませんでしょうか」
「メグ、如何でしょう? 演奏が望みだそうです。折角ですし、独演なんでどうかしら」
「それもそうね。わたくしたちの好きな曲を聴いて貰いましょう。ブリーイッドになってからは、自分の為の曲は弾く機会がありませんものね。ではレグからどうそ」
「はい。それではわたくしの好きな曲は・・・・」
「所でナーガくんは将来、何になりたいと思ってますか?」
メグがレグの独演をBGMにして問い掛けた。
「俺の将来? まだ考えていないんだ。ここに来てから1年も経ってないし、どんな仕事があるか分からないから」
「そうなのですか。冒険のお話しを沢山頂戴したので、てっきり旅人になりたいのかと思いました」
「旅人? 冒険者? 俺、冒険できるの? していいの?」
「その様子だと何も聴いていないのですね。孤児院では12歳になったら将来、どんな仕事をするのか決めるのよ。そして成人の15歳までに、目標の仕事に向けて沢山修行するのよ。まぁ修行しながら向き不向きを見極めて、目標を変える事もあるかしら」
「そうなんだ。そうすると、あと1年とちょっとで働く事を決めなくちゃならないのか」
メグの話しは、小学生に対して「将来なにになりたい?」というアンケートに近い。
しかし、この国では間違いなく進路を決める事を指しているのだ。
この世界に生まれたのなら当然の事だろうが、多分小学生のまま異世界転生してきたナーガには、唐突な質問に違いあるまい。
考え込んでうずくまっている所、メグが言葉を続けた。
「もしも、もしもですよ。ナーガくんが旅に出たい。冒険者になりたいのであれば、トキザミ様と相談してみなさいな」
「ほんとう?! 冒険者になれるの!」
「ええ。姫様にお許しを頂けたら、というのが条件ですが、何人か旅立ったそうですよ」
「リトくんは、まだ先でしょうけど、希望は持っていますか?」
『冒険者』という言葉に心を引かれる。しかし私は無理だろう。ナーガが喜んでいる反面、メフィストとの契約がまるで呪いのように思考に絡み着く。
「僕は、僕達はお世話になっているこの国の為の仕事がしたいです。でも・・・もしも赦されるなら、一度生まれた国に帰りたいです。両親や商業仲間に、最悪ば場合は墓前かも知れませんが、お別れの挨拶をしたいです・・・・」
「そうなんだ。望みが叶うと良いわね」
この後、夕餉までは、ベル、メグ、レグ(声が出せないのでストレが代弁)が、曲の想いを解説しつつ、時には詩を交えて演奏してくれた。
好きな演目を自由に奏でられる満足感からか、弦が嬉しくステップする様に弾かれていた。
夕食は部屋での食事になった。
部屋を広く出来るように、という工夫だろうだろう、まさか折りたためるテーブルセットが有るとは思わなかった。
夕食の献立は修道院と、大まかには同じ。あえて違いを言うなら、肉は鶏肉ではなくて獣肉だった。臭みは残るが歯ごたえが違う。鶏肉はサッパリ感だけど、やっぱり牛や豚の様な獣肉は食べ応えが有って美味しい。
隣が草の根街だからだろうか? 狩りをしたジビエ肉だろうと思う。
案内された部屋は床こそ木の温もりがあるが、壁と天井がレンガの部屋だった。隙間風が無くて良いのだがレンガなのでひんやりとしていて肌寒い。
暖炉代わりに、数時間分の篝火が用意されていた。もちろん排煙出来る構造なので、ガス中毒の心配が無くて安心できた。
『立てば煙臭、歩けば一酸、床に伏せれば二酸化炭素』という事態が恐かったからだ。マジ、生死の境目ってキタ! て不安がしたが、杞憂で済んでよかったと胸をなで下ろした。
簡素だが暖炉があるだけでも、私達が上客扱いされているのは分かった。
翌朝、朝の挨拶と朝食、そして簡単な語らいの後に、マトレに連れられて『面白い建物』へ向かった。
そこでは、弦の音に合わせて木槌を叩いたり、石が擦れる音が聞こえてきた。たしかに何をしているのか興味が湧き上がる『面白い建物』だった。
『カンカン』と鐘が鳴り、音が止んでからマトレが戸を開けた。
「お仕事中、失礼致します」
「その声はマトレか。どうした?こんな時間に」
「おやまぁ、マトレではありませんか。一緒の子供はどなた様ですか」
返事をしたのは夫婦の様な男女だが、なんだろう? この既視感は??
「客人が、この子らがここで何をされてるのか、大変興味を持たれておりましたので、ご案内致しました。お手間と存じますが、お話し相手になっては頂けませんでしょうか」
「そりゃまぁ、なんと物好きな子供がいたもんだわい。先ずは名前を教えてくれんか}
「ナーガ・レナウです」
「同じく、リト、と言います」
「あたし、クレハ~」
「なんだい、お嬢ちゃんもいるのかい。変わってるな」
言葉遣いにやっと違和感が何なのか分かった気がする。
「おじさん。もしかして目が見えにくいのではありませんか?」
「おう、その通りだ良く分かったな」
「はい。ブリーイッドの方もそうでしたから」
「なんだ。お嬢の客人って訳かい」
「ねぇねぇ。ここでなにしてるの~」
「おやおや、可愛らしいお嬢ちゃん。今はね、スープで茹でるパンをこねている所さね」
「おうよ。リズム良くしっかり突きこねんと、茹でる時に溶けちまうじゃからな」
スープに浸すモノというと、水団みなたいな料理だろうか? それとも水餃子の皮だったりして。
「リズムってなんですか。箏と何かあるんですか?」
「パンはな、ただこねればいいってもんじゃねんだわ。踊るように楽しませないと美味しくならないんじゃ」
ナーガの返事を上の空に、箏を弾く女性を良く見たら左手が木製の義手だった。良く出来ていて、ぱっと見じゃ分からなかった。
「おば・・・おねーさん。左手をケガしているのですか?」
「『おねーさん』とは嬉しい事言ってくれるじゃないかね。それで気になってるのは、これかいね」
そう言いながら義手を外して見せてくれた。
「ご、ごめんなさい。嫌な事聞いてしまって」
「気にしなくていいさね。・・・なるほど、あんたら魔法を使ったね。しかも師匠無しや。どうやあたりじゃろ」
図星で否定する所が無かった。
「はい、その通りです」
「なるほろ。それで姫様が連れて来たって訳だね」
「わしらは、昔に、炭焼きの仕事をしていたんじゃがな、火加減、いんや、魔法加減に失敗してのう、爆発した結果がこの通りじゃわい」
「魔法、使えるんですか?」
「使えた、というのが正しい。わしらはこれでも神童って呼ばれ取ってよ、見よう見まねで魔法が使えるようになってから、早く成人扱いされたくてイキがっていたんだわい。でも結果はこの通りだわ」
「あの~、失礼で無ければ症状を教えて頂けませんか」
「わしは、目が見えにくくなってな。白く濁るようになってしまったんだわ」
「あたしゃ、左指を全部もっていかれてしまったんだね」
「魔法で、大怪我をされたって事でしょうか?」
「そうなるなわな。ぼんずらも、魔法が使えるからと油断するんじゃねぞ。わしらみたいになるんじゃねぞ」
なんか服が擦れ揺れ始めたと思ったら、ナーガが事故の事を思い出したのだろう。怯え振るえていた。
あの時は運良く無事だったが、もしかしたらナーガは右腕に、私らは耳を病んでしまう所だったのだ。思い出して恐くなるのも当然だろう。
「もうひとつだけ、失礼で無ければ、今はどんな仕事をしているのか教えて頂けませんか」
「さっき言った通りじゃよ。パンをこねているんじゃ」
「おねーさんも?」
「あたしゃブリーイッドに成りたかったんじゃが、片手では奏でられん訳やね。それでリズム打ちとか、まぁそんなとこさね」
「わしは、脱穀や精麦、粉ひきにと、見えないから指示通り繰り返すだけじゃがな。ワッハッハ」
「炭焼きは・・・、もうしないのですか?」
「炎が恐くなったわしらに出来ると思うか?坊主よ」
「あんた。子供を驚かすモンじゃないよ。 子供達よ。ここやね、あたしゃみたいに満足働けない人の為にと姫様が用意してくれたんね」
「ここの人達はみんな似たような感じですか?」
「そうじゃの~、ブリーイッドもそうなんよ。お嬢らになると待遇が良くなるから、皆必死に努力するんじゃが、なかなか上手なれんじゃがね。そういうあたしゃらは、こういう仕事をするんじゃよ」
成る程。ここは不自由な人の為に仕事を用意する福祉施設のような場所か。
しかしだ、ナーガが魔法を暴発させた早々に、この施設へ連れてこられた理由が分かった。タイミングが良すぎて不思議だったのだ。
魔法は、扱い方を間違えたら危険なのだという事を、実際に目にする事で教えた。と考えて間違い無いだろう。百の言は一の事実に勝る。
・・・もしかして、私達の行動なんて筒抜けなんじゃないだろうか? 少なくともトキザミ様とは同じ屋根の下だ。もっと用心して生活しないと立場が危うくなりそうだ。
それから、マトレが案内した人は見た目は酷くないが、奥の方ではもっと状態の悪い人もここで働いている様な人影が見えた。
魔法を使える、と気付かれたのは間違いない。ただこの事は問題では無い。ただ早いか遅いかという程度だ。
問題は、私の『存在意義』が知られてしまっているかも知れない事だ? 考えれば考える程、不安が積もり、メフィストの「バレるな」の忠告が杭の様に心の臓に食い込むようだ。
『カンカンカン』音が鳴り始めた。
「そんじゃ、ぼんずよ。わしらは仕事に戻るわい。体、大事にしろだわ」
「それじゃね、魔法を甘く考えたらいかんじゃよ」
「はい、ありがとうございました」
「ばいば~い」
「あ、ありがとう、ございました」
ナーガは今になって、自分の失態の危険を実感し、振るえていた。
ここは障がい者の為の仕事を用意する福祉支援施設のような場所か。
医術が発達していなくて、病気を、病魔を体から追い出そうという中世風の時代なら、こういった怪我人は多いのだろう。
体が不自由だと、仕事が無くて収入がままならなくて、乞食や物乞いが増えてしまったのは、前の世界の歴史で埋もれた事実だったと思う。
しかし、そういう人に仕事を与える福祉支援活動は一部のボランティアであり、国として行うのは、日本でも大戦後の、そうとう経ってからだ。
そう考えると、この国は、なにかおかしい。本当に『中世』ファンタジーな世界なのか? と、違和感が湧き上がる。
帰路でマトレに違和感を尋ねる事にした。
「マトレ、この『面白い建物』は、だれが考えたの?」
「昔に『迷子』の方が姫様へ提案された。と聞いておりますが、それ以外は分かりません」
「それじゃぁ、え~と、この場所はどうして、民家から離れているの?」
「音が、曲とか先程の建物の音が気になって困るからと、皆から苦情があったそうです。それに階段など段差があると、こちらの皆様の生活が大変だからと、段差を無くした建物にする事を併せて北東の開けた土地にしたのだと、教育頂いたメイド長より伺っております。ただ、それ以上は分かりません」
今までずっと感じていた違和感。
もしかしたら、この国の文化は異世界転生者の意見を取り入れているのではないだろうか? という考えが浮かぶ。これが事実であれば、
『近代世界の知識チートで俺様超SUGEEEE!』
が出来ないって事になるな・・・。
ま、そんな事をしたいとは思っていないけど。




