079 (閑話)有り得ない仕事
「あ~あ。アイツ、最近稽古に出て来ねーからつまんね~」
16・7歳位の、体格が良く逆立った金髪が目立つ青年が愚痴をこぼしながら、ぶらりと街を散歩をしていた。
彼は門を守る兵士。今日は非番という退屈な時間を唯々(ただただ)惰性に過ごしていたのだ。
「門番っていっても、守衛室に閉じこもってばかりじゃ腕が鈍っちまう。折角おもしれー少年を知ったってのに、稽古に参加した矢先に来なくなるなんてガッカリだぜ」
彼は何時も刺激を求めていた。
国が平和であるのは守る兵士達のお陰だ。彼もその平穏な日々に誇りを抱いている。とはいえ平穏すぎる毎日だと流石に刺激を求めたくないのは人情だろう。武芸達者なれば尚の事だ。
そんな折り、武器捌きが面白い少年が孤児院に世話になっている噂を耳にして稽古に参加したのだが、何度か交えた後に少年が仕事をし始めた為、刺激を求めて散策する日々へ戻ってしまったのだ。
ふわ~っとアクビをした最中に遠くで子供が叫びが飛び込んできた。
「スリだー! ドロボー!!」
コレは事件かトラブルか。兵士としての義務を掲げながら駆けつける様は、自覚は無かっただろうが、まるで刺激を求める子供の様だった。
辿り着くとそこには小汚い子供が3人取っ組み合いをしていた。
良く見れば、髪がボサボサの少年を幼女が抱きしめながら地に押さえ込んでいて、その左腕を踏みつけている少年の姿があった。
「おいこら! 喧嘩や虐めはやめろ。みっともない」
「喧嘩じゃない。金を取られて、やっと押さえつけた所だ。このドロボーが」
腕を踏みつけている少年が叫ぶ。その踏みつけられている手には金袋が握られていた。
「ははは、成る程、そういう事か。残念だったな髪ボサの少年」
彼が見下すや否や
「ちくしょ~~~~~!」
髪ボサの少年は一言叫んだ後におとなしくなった。
「ま、そういう訳だから放してやんな」
「放せる訳ないだろ、ドロボーだぞ。捕まえるのが必然だろ!」
「いいから放せっつってんだろ!」
余りに気迫に押さえ込んでいた少年と幼女は飛び退いた。
「よ~し、良い子だ。で、髪ボサの少年、お前の負けだ。起き上がれるか」
「おう」
髪ボサの少年は何事も無く立ち上がった。
「それじゃ、先ずは謝れ」
「・・・ごめんなさい」
そう言いながら、万力で様に握り込んでいた金袋を差し出した。スリ取られた金袋を受け取ると少年は毒気を抜かれた様に
「ああ」
と一言だけ応えた。
「でだ。坊やはこの髪ボサをどうしたい?」
「どうするも何も、ドロボーは捕まえて閉じ込めるもんだろ」
「そりゃそだが・・・坊や、何も知らねーのか? もしかして余所モンか?」
少年は一瞬動揺したものの直ぐに落ち着きを取り戻した。
「両親と仲間は行商の途中で魔じ・・・」
「・・・お父さんとお母さんとみんなは、旅の途中で魔獣に襲われて・・・僕と妹だけが、この国でお世話になってます」
彼は、うわ~・・・急に声色換えやがて気持ち悪いガキだな~、と閉口してしまった。
「ほうら。もう泣かないで。あそこに居るのはお友達でしょ」
彼と同じ位の、エプロンを着ていないメイド服の女性は、泣きじゃくっている少年を連れてやって来た。
「マテーレじゃないか。どうしたんだ子供連れで」
「あら、トウエルじゃない。騒がしいと思ったら子供虐めてたの?」
「虐めてねーよ。って、その少年、ノゥナガじゃねえか」
そう、トウエルが期待している「おもしれー少年」はノブナガの事だった。
「リトー。ごめんよ~。お金取られちゃった。折角頑張って『お手伝い』したのに、贈る物買えなくなっちゃった」
「大丈夫だよ。ノブナガが無事で良かったよ。気にしなくて良いから」
「でも・・・でも・・・」
「おいノゥナガ。なに泣いてんだよ。漢はビシッと胸張れよ」
「トウエル。直ぐには無理よ。少し休ませましょう」
街の雑踏から少し離れた所へ移動した。
「で、坊や・・・じゃねえな。リトだったか、髪ボサをどうしたい」
普通なら逃げ出す筈なのに、髪ボサの少年は判決を言い渡される囚人の様におとなしくしていた。
「どうしたいって言われても、どうするの?」
「ノゥナガが取られたお金を取り返させるか、1日物持ちでもなんでもいいから扱き使うか、持ってるか分からねえが取られた額と同じ金を出させるか、それとも・・・。何がしたい」
リトと呼ばれた少年は意味が分からないと首を傾げてしまった。
「トウエル。もっと丁寧に説明してあげなさいよ。困惑しちゃってるじゃない」
「わりいな。説明するのは苦手なんだよ。それに毎日木の元で本を読んでるガキは苦手でな。ノゥナガみてーに漢は刺激的じゃねえと、どうもな。マテーレ、代わりに頼めるか」
「もう、仕方が無いわね」
マテーレの話しはこうだった。
この国には『草の根街』と呼ばれる、裕福では無い故に雰囲気の悪い街がある事。
そこには孤児も住んでいる事。彼らは国の庇護に入るよりも自立して生きる事を望んだ子供達だ。
これを聞いてリトは「僕が国の金でぬくぬくと生活しているみたいじゃないか!」と異を唱えたが、孤児達は規則やルールに従うのを嫌う子が多いのだと諭されて、とりあえず納得した振りをした。
『草の根街』の人達の仕事は『誰かがしなければならない事』が多いのだと教えられた。
『誰かがしなければならない事』といっても色々あるが、肥だめの掃除、煙突の掃除、墓守等、確かに敬遠したい仕事ばかりだった。リトはその様な苦境に身をおける孤児達を少々凄いと見直した。
そして本題はここからだ。
『草の根街』で生活する人達、特に成人前の孤児は仕事の伝が殆ど無く生活が乏しい。それ故に成人前に限り、スリ取る事が許されていた。
当然、絶対条件がある。
幼い子は狙わない事。
成人した人も狙わない事。
暴力、恐喝、脅迫、詐欺、詐称、騙しといった事は禁じられている。あくまで隙を突いてスル事のみ。
失敗すればトウエルが言う様に罰則がある事。
だから髪ボサの少年は、幼いクレハを狙われていないし、捕まった時にも決して暴力を振るってはいなかったのだという。
「犯罪を正当化するなんておかしいだろ!!」
リトが力の限り反論したのは当然の事だ。しかしこの国独自の目的があった。危機を察知する訓練と獲物を狙う訓練なのだという。
一般の子供は常に身の安全に気遣う事に留意し、孤児は成人して狩人になる為に訓練という訳だ。リトは納得出来なかったが、この国に世話になっている以上、規則であるなら従うしか無いと、渋々したが受け入れた。
「それでどうするよ、リト」
「・・・放して・・・、解放してあげていいよ」
「おい、本当に良いのかよ。水汲みとか薪割りとか煙突掃除、竈の掃除、嫌な事に扱き使えるんだぞ」
「うん。放してあげて良いよ。髪ボサの子は逃げようと思えばクレハを蹴り飛ばす事も出来たし、石を拾って僕達を殴りつける事も出来たはずだよ。でもしなかった。それはルールを守っていたからだと思う。取られたお金も戻ってきたから、放してあげて」
リトは体よく応えたが、本音は人を扱き使うというか管理するのが面倒だったにすぎなかった。トウエルとマテーレは感心した表情を浮かべたのを見て、何でこうなった? と気まずくなった。
「って訳で、髪ボサの。リトが優しくて良かったな。自由にしていいってよ。それに失敗して分かっただろ、他の奴だとどうなったんだろうな。俺的には今後スルのは止めておけと忠告だけしてやる」
髪ボサの少年は軽く礼をすると逃げ去って行った。
「ねぇ、おね~ちゃん。おねーちゃんの服はどうして黒いの?」
「え~と・・・」
マテーレは突然の質問に少々困惑した。
「クレハだ。その坊やの妹だよ」
トウエルが説明をした。
「クレハちゃん。この服はお仕事の服だからよ」
「ねえねえ、どうして腕輪をしているの?」
「お仕事で必要だからよ」
「ねえねえ、どうして手袋でかくしているの?」
「お仕事で必要なのよ」
「ねえねえ・・・」
「トウエル、ちょっと面倒なんだけど」と囁くマテーレにトウエルが「子供の遊びなんだろ我慢しろよ」と囁き返す。
「ねえねえ、大人の人がスリ取ったらどうなるの?」
トウエルとマテーレは、顔を合わせ頷いてから、息を合わせて怖がせる様に応えた。
「悪い事したら、トキザミ様に食べられちゃうぞ~」
「イケナイ事をしたら、姫様に食べられちゃわよ~」
「そ~なの? たべちゃうのはどっち? トキザミ様、姫様?」
クレハは何事も無く返事した。「悪い事したら食べられちゃうよ~」と脅かしたがった2人は空ぶったってガッカリしてた。
「修道院長のトキザミ様は何でも知ってるから直ぐに分かっちゃうの。それでね、悪い事した人が出たら私達の出番なのよ」
からかいがいのない少女ね。感情無いのかしら? と思いながらも改めて応えたマテーレの腕輪に、光が垂れ下がっているのをクレハは見つめながら
「トキザミ様はすごいのね~」
と相槌の様に返事した。
「とても変な兄妹だったな」
「そうね、でも、それは家族と生き別れになったから、心的外傷なのかしらね。生きる事に精一杯なのよ、きっと」
「そんなもんかねえ。俺には小馬鹿にされた気がしなくないんだが」
「ほんと、トウエルってお子様のままなのね」
「お子様お子様いうなよ」
「あら、どうして? 素直で素敵な方ですね。と、伝えているつもりですが」
「それじゃ、よう。その「素直で素敵な方」がマテーレをお誘いしましょうか」
「それは事態致しますわ。粗暴な御方には興味ありませんので」
「うを~・・・それはあんまりだぁ~」
「ふふふ。本当に素直で裏表がありませんのね」
「惚れた? 惚れちゃったりした? 今度どおですか?」
「さぁて、どうかしらね」




