065 ノブナガの今と懸念と
とある日に、修道院の中にある大樹に寄り添いながら、中休みを取っていた。
日差しの高い晴れ渡る空の下。
豊かな枝の葉から時折溢れる日差しが、まるで満天な星空を眺めている様な気分になれるここは、私達のお気に入りの場所の1つだ。
この世界、いや、この国に着いて3つ月に差し掛かる頃だろうか。
言葉も大分覚えてきた。流石に都市伝説ゲーマーみたいに一刻で、と言う訳には行かないが、それでも十分早く覚えられたと思っている。予想ではもっと掛かると考えていたからだ。
子供だからか、それとも、この与えられた体の記憶力が良いのかは解らないが、修道院の中なら会話で不自由な思いをする事は無くなった。
「リトはもう大丈夫だと思う? 言葉?」
「多分、大丈夫だと思う。クレハはどうだい」
「もちろん。わたしは大丈夫よ。だって、困ったら『リトお兄ちゃん』ってするから問題ないわ」
賢しいというか、ずる賢いというか。そんな答えに口元が引きつりそうになる私の表情を、クレハは頬をつり上げた様な屈託のない笑顔で眺める。
「いつも思うけど、私を困らせてそんなに楽しいのかい? 馬鹿にされてる気がして嫌なんだけど!」
「馬鹿になんてしてないわよ。わたしはリトの色々な表情が観れて嬉しいの。だってわたしの事を意識してくれてるって事だもの。表情が変わるのは、心で受け止めてくれるからでしょ。それが嬉しいの」
臆面も無い答えには流石に怒る気が失せた。そして「嬉しい」と連呼されると私も嬉しくなってくる。
考えてみれば、メフィストに掠われる前からずっと言い寄っていたのだろう。「わたしに気付いて」と訴えていたのだろう。どんなに話しかけても、誰一人として気に掛けて貰えなかった寂しさは・・・想像を絶する程に重く辛いに違いない。
そんな苦悩に溺れたクレハにとって、掬い上げられたこの機会は千秋をへて叶えられた願いなのだろう。それならば、思いの限り笑っていて欲しい。そんな同情に似た気持ちが湧き上がる。
ただ・・・メフィストの真意が解らないのは一抹の不安が残るが・・・。
「なんで、仔猫を哀れむ様な瞳でわたしを見るのよ! リトのくせに生意気なんだらか!」
そう言ってクレハは私の頬を左右に引っ張った。
「ぃひゃい。ぃひゃい。ぃちぎゃう、ちがう、違うよ」
「なにが「違う」のよ。どうせ、またろくでもない事を考えていたんでしょう」
図星・・・というか、哀れんでいたって知られるのは恥ずかしい。それに、仮に知られたら「リトって優しい」とか吹聴して、からかって来るのだろう。それはそれで嫌だ。何か話しをそらさないと・・・。
「黙り、という事は図星ね。いったい何を考えてたのかしら。ほぅら「お姉ちゃん」に教えてごらんなさい」
『妹』になったり『姉』になったり、クルクルと変わって忙しいなクレハは。って考えながら、取り急ぎ目に映った場景から思いついた事を口にする。
「ノ、ノブナガの事が心配になったんだよ」
「どうして、この流れでノブナガの話しになるのよ。リトは」
「ほ、ほら。あっちを見てくれよ」
そういって、中休みを利用して稽古をしている人達を指さした。
指差した先には、手伝いに来てくれた兵士達3人に稽古を受けているノブナガ。それを眺めている2人の少年がいた。皆が『ハン・セル』と呼んでいる仲良し2人組だ。
人数按分なら兵士と子供達はマンツーマンになるはずだ。しかし稽古の合間の休憩では無い事を、苛立たしい足踏みが語っていた。ハン・セルが稽古に取り残されているのだ。
「あの雰囲気を見て分かるだろう。ノブナガが稽古の場を独り占めしているのが。それに、武器チートの恩恵だと思うけど、休み無く動き回っているのが、交代するタイミングを忘れさせているじゃないか」
「それは、わたしもここ暫く眺めてみて気付いていたけど、ハン・セルに気遣わない兵士にも問題あるんじゃないかしら。いい大人なんだから。ノブナガだけに責任を押しつける様な考えはどうかしらって思うわよ」
「もちろん、兵士達にも責任はあるって考えてるさ。でも、状況はそう簡単じゃないんだよ。兵士達に「ハン・セルの事もよろしく」ってお願いするていだけじゃ解決しないんだ」
「それはそうでしょうね。部外者のわたし達がお願いしたって意味は無いわ」
「う~ん・・・だから、凄く微妙な状況なんだって」
「ふ~ん。それなら、リトはどう考えてるの?」
一旦、考えをまとめて、気になっている事を端的に列挙する事にした。
「1つ目は、兵士達はノブナガと遊びたい為に、ここに手伝いに来てくれているって事」
「2つ目は、そのお陰で私達の仕事の量が減ったし、設備も治して貰えたから環境は凄く改善されているんだ」
「あ! それ判る! 井戸の滑車治して貰えたから水汲みはとっても楽になったわ」
「他にも農具や鶏舎を治して貰えたし、桶やホウキという生活品も・・・こっちは少しづつだけど、新しくなっているじゃないか」
「そうなんだ。わたしはてっきり、日常作業に慣れてきたから楽になったって思ってたけど、リトはそういう所も見てたんだ。流石ね」
褒めてくれるのは嬉しいけど、コレもコレもで微妙だなぁと思う。社畜ゆえに作業効率を考えていた・・・と言えば格好は良いが、手を抜ける所を探さないと潰されそうになるから、必死に足掻いていた経験によるモノだ。
「それで、3つ目。この生活環境が改善されたのがノブナガの存在によるものだとハン・セルも十分理解しているって事。だから、不満はあっても言い出せないでいる。って訳」
「なるほどね~。ノブナガにガキ大将の座を奪われたって訳なのね」
「ガキ大将って・・・今時言うかなぁ・・・? 私が子供の頃、まぁ昔なら「俺についてこい」って言う大将気質はあっただろうけど、昨今はSNSが主なコミュニケーションだと考えたら、巧みに扇動、炎上へとリードするだろうから、大将というより参謀って感じ・・・かもな。ガキ参謀って所かな」
「もう、リトったら直ぐ面倒な事を考えるんだから。結局は主導権を握られちゃったって訳でしょ」
「あ、うん。そうだね。そうとも言う」
「でもね、稽古場の事ならわたし達がどうのこうのと口出しするのは野暮じゃないの? 部屋で一緒の時にノブナガに注意する様に伝える程度が関の山よ」
「注意は、それとなくしていたさ。ま、あの状況をみれば全く気付いて貰えていないのが分かって寂しいけどな。で、4つ目と5つ目だ」
「まだあるの? 細かいというか粘っこいというか・・・。リトって、もしかして会社で後輩虐めした
口だったりするのかな~?」
「・・・いや、そんな事は無い筈だけど・・・。って、話しが逸れると考えた事を忘れるから、話しは戻します。まずはちゃんと聞いてってば」
「はいはい、そうね。脱線させちゃってごめんね~」
「・・・で、何処まで話したっけ?」
「4つ目と5つ目の話しからよ」
「そうそう4つ目は、稽古をお願いし始めの頃に、命中精度が大切だから剣は狙った所に、始めはゆっくりと、そして少しづつ速度と威力を乗せていくって教えたし、兵士達からも教わったはずだ。それなのに今じゃ型振り構わずに振り回してる。杖として足場にしたり、しなりを利用してのフェイントなんだろうな。ワザと地面に叩き付けた反動で振り上げるとか、もう稽古で練習での域を外れているんだ」
「そうだったわ。リトは剣の振り方を一生懸命に教えてたわね。それよりも、本当に良く見てるわね」
「男だからかな。武芸ってそれなりに興味があって・・・って話戻して、それで5つ目が一番の問題なんだ。武器チートに任せて振り回すから練習用の模造剣が耐えられなくなって折れたから、ノブナガ様にって兵士達がもっと丈夫な模造剣用意しちゃったって訳」
「丈夫なって、リグナムバイタ製の木刀だったり?」
「へ? リグアムバイタ? 何それ」
「リトが読んでた『せかいいちずかん』に有った水に沈む固い木じゃないの、忘れたの? それじゃナンジャモンジャの木は覚えてるかしら? 「何の木」から名付いたって書いてあったわよ」
「「この木、何の木~」って・・・いい加減、話しの腰を折るのは止めてくれっての!」
「折ってなんかいないわ。『話の腰を揉んでいる』のよ。リラックスしてお話しできる様に。って思ってるるんだからね~」
「十二分にへし折ってると思うけどぉぉ。」
「まぁまぁそんな睨まないで。恐いわよリト、そんなに怒らないでね。リトって思い込むと無駄に落ち込むから軽く受け止められる様にっての気遣いなんだからね」
「軽くって訳にはいかないだろって。ノブナガが、同室の友人が僻まれ疎んじられてるのに、放置なんてできないだろ」
「そういう割に、問題として取り上げるには遅すぎじゃないかしら」
「・・・そうツッコまれると辛いな・・・」
大樹の影に寝そべりながら、これからの事についてクレハと一緒に思案に耽る。
手っ取り早いのはノブナガに稽古を止めさせる事だが、今直ぐに止めさせるというのは、これもこれもでとても難しい問題がある。
大きい問題としては、ノブナガ目当てに手伝いに来てくれる兵士の方々が減る。
兵士達は、私達に稽古を付けると同時に、ノブナガの思いがけない方向からの攻撃を受ける事が、彼らにとっての稽古になっているのだ。ノブナガが参加しなければ休日を潰してまで来る必要がなくなる。そうなれば孤児院の私達子供は大打撃だ。
兵士のお手伝いが減れば、私達の仕事量が元に戻って増える。あちらこちらに壊れたりして調子が悪い屋根や家具、そして生活道具が未だ未だ残っている。今兵士達に去られては辛い日常に戻る事になるから、困っている。
この問題はハン・セルが一番理解しているのだろう。本心ではノブナガを追い出したい。だけど追い出せばどうなるのか、身を以て解って居るのだから。
それもそうか、以前に何度か仕事が終わらなくて中休みの稽古に参加出来ないって時には、兵士達はポツリぽつりと帰っていったもんな。
私達の言葉はもう大丈夫と思う。
それからノブナガの夜泣き・・・というより、うなされ悪夢は稽古をし始めてから大分減った。好きな事に打ち込めたのが良かったのだろう。稽古以外に熱中できる事なんて他に何があるだろうか?
修道院の塀の中前提だと皆目想像がつかない。私達なら図書館コンプリート!! っていうのもありだけど・・・ノブナガには間違いなく無理だ。
「はぁ~・・・何か良い案ないかな~」
こう呟いた私にクレハが答える。
「そうね。ノブナガの夜泣きは、たしかに落ち着いたけど、まだまだみたいよ。前の世界ではどんなトラウマを植え付けられちゃっかしらね?」
うなされ悪夢は減っただけで、治まった訳では無い。時折起こされる事があり、その都度クレハの即興な子守歌で寝かしつけている。
子守歌の時に、おまるの片付けをするのだけど、その都度クレハの方が先に寝落ちしているのが何とも良い気がしない。
仔犬や仔猫の様に目の前でウトウトと電池切れするなら『可愛いな』とか思うけど、離れている時に電池切れというのは、その『可愛い』タイミングを逃したという残念がつのる。
「あら、どうしたのリト。今日は真剣な顔つきなのね。何かあったの?」
突然、アリアが私の顔を覘き下ろして声を掛けてきた。




