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裏:第五話 知らぬは人間ばかりなり

 俺が異世界に転生して早数ヶ月、馬の生活にもずいぶん馴れた……普通の馬じゃなくてユニコーンだけど。ただまぁ、そのお陰で便利能力がいろいろあったりするから今じゃそう悪くない生活だ。

 それでも冬山の旅は中々きついものがある。今までは町から町への移動だったのに今日になって突然の決定だ。どうしてかと神を介して尋ねると「火の精霊に会いに行く」らしい。やっぱり精霊もいるんだなこの世界。

 うーん、こういう時のお約束ってなると熱血ムキムキマッチョだけど妙にズレてるポンコツ神の創った世界だし普通じゃないんだろうな……。かっぽかっぽと自分の蹄の音が思考の妨げになる。こういう時だけは馬の身体がめんどくさかった。

 やがて今日の野宿の場所を見つけやっと一息つく。大した量じゃなけど荷物が降ろされ身体が軽くなり、そこへブラッシングをしてもらうのが馬生活の数少ない楽しみだ。目を閉じブラシの感覚を全身で味わっていると毛と一緒に張り詰めた気が抜けてくる。

 そのせいで何者かの気配を感じるのが遅れた。ふと気になって飛び出してみれば物陰から覗き見している奴を見つけてしまったのだ。もし俺が虎や狼のような姿だったら噛みついたり引っ掻いたりできたけど馬の身じゃせいぜい蹴り倒すだけ……と思ってたら大間違いだ! 角を振り回せば槍を振り回すのと同じで突き刺すことだって出来る。やり過ぎ? そんな事覗き魔相手に気にしてられるか!


「ユーマ! 止まって!」


 ああもう! 何でこっち来るんだか! フィノが遅れて着いてきてこうなると覗き魔退治より守る事が優先だ。さっと視線を遮るよう立ち塞がるとそれ以上歯向かう気が無いのか覗き魔は逃げ出した。後を追おうとしたら止められた、解せぬ。


…………


 あれから一週間程山道を歩いてようやく俺達はそれらしい集落に辿り着いた。やたらジロジロ見てくる感じ悪い人間ばかりでうんざりしてくる。これはあれか、俺の馬としての魅力にみんな参ってるってことか。


≪視線は全て遥に向いているが≫


 うるせーよ分かってるっての! ちょっとした脳内ボケに真面目に突っこむんじゃねー!

 それからはあれよあれよと言う間に馬小屋に押し込まれた。今回はこの村に滞在が決まったらしい。……俺が元人間だと知られてないから仕方ないんだけど何事も事後承諾で説明が後回しなのが辛い所だ。いつものことだけど律儀に説明に来てくれるからまだ耐えられる。ここは今までになく暖房が効いてて過ごしやすいからよかった。

 一夜明けて思うのはこの村は女の子がいないってこと。おっさんおばちゃんばかりで世話をしに来るのも皆そうだ。


『折角の異世界なんだから美少女の一人は各村に配置しとけよ』


 俺がそうやって不満を呟いている間に色々あったらしい。次の日、突然神から電波が届けられた。


≪間もなく出立する。以後は手綱を引く者に従うようにとのことだ≫

『説明しろよ!』

≪火の精霊の元へと向かう。遥は箱に詰められている為我が伝言を預かった≫

『いや、行き先は分かった。けど何で箱詰めされてんだよ』

≪遥がそれを望んだが為≫


 伝言役なのにちっとも伝わらないメッセージを受けて、一応言われた通り村のおっさんに連れ出されるとそこからすぐに若い男に引き渡された。俺と、フィノ入りの箱と、セットで何かの取引に使われるらしいのは会話から理解できたので素直に従って歩き出す。本音はめちゃくちゃイライラするけど。

 道中は暇だから俺らを引く男二人の会話に聞き耳を立てた。


「よかったなアヒム。やっと嫁が来て」


 聞き捨てならない話をしている。男の一人、灰色髪の方はどうやら独身らしい。箱詰めされたのはやっぱりそういう目的があったのか。子を産ませるとか明らかに不穏な内容に今すぐ蹴り倒したい内心を抑えるのに必死だった。

 まだか、まだ着かないのか。次第にイライラが募る中歩けば目の前には岩壁が立ち塞がっている。道を間違えたのか、そう思うより先に男の内の一人が前に出て何かを唱えた。すると壁だった場所をすり抜けて奥に続く道へ連れて行かれる。


『成程、隠し通路ってやつか』


 段々怪しさを増していくのに警戒心が高まっていく。


『おーい、本当にこのままついていっていいのか?』

≪まだ動くべきではない。遥はそう言っている≫


 既に何度か繰り返したやり取りは無駄と分かってもしてしまう。毎回思うけど俺って蚊帳(かや)の外に置かれすぎじゃね? フィノと直接話せないのはしょうがないけどこの神が自発的に俺に何か声掛けるなんてほとんどないし。


『あんまりほっとくと俺も仕事しねーぞ』

≪役に立てぬのであれば汝が人の身を持てぬだけのこと。我は一向に構わぬが≫

『……スイマセン』


 結局これがあるから従わなきゃならないんだよな……溜息をつきつつやっと山道を抜けて人里へ辿り着いたのはそれからすぐのことだった。



…………


 火の精霊の里にやって来てからしばらくは平和だった。何せ麓の村とは違って暖房いらずの暖かさでその上女の子も多いしな! ただ世話するのが最初に会った灰色髪の男、アヒムとかいう奴なのは納得いかない。かわいい子が近寄る度スリスリして顔舐めたりしたのがそんなにダメなのか。

 そのせいで近寄るのは男だけになった。アヒムの奴は本来なら俺の大嫌いなイケメンだけど辛うじて許せたのは俺の同類だったからだ。


「おい、今日は火の精霊様の元に向かうぞ」


 ある日、いつもと違うコースに連れて行かれたと思えば石造りの建物まで案内された。たまに見かける女の子の露出の多い服装はこの場の女子全員が身に着けていたから制服にあたるものだろう。チラ見しながらゆっくり歩いていると強引に引っ張られる。……俺と同じな癖に妙に真面目ぶった奴だなこいつ。


「失礼します。神の使いのものだという馬を連れてきました」


 最奥部に辿り着くとアヒムが突然膝を着いて頭を下げた。途端に周囲に重苦しいものと熱気を感じる。こういう雰囲気はあれだ、前にドラゴンと遭遇したのを思い出す。

 つまり、今ここにいるのは……


「ご苦労様。あなたは下がってていいわ」

「かしこまりました」


 女の声がした先に威圧感の原因があった。赤い髪の美人……なんだけど、なんだろう。今まで女の子を見た時は心が浮き立って気分が良くなったけど目の前の相手にはそういうのを一切感じない。初めての感覚に戸惑っているところへ眼前の美女はゆっくりと口を開く。


「そう怯えなくても取って食いやしないわ。元人間の一角馬」

『え……』


 思わず息を呑む。俺はフィノにすら元人間だったことを話していない。特に隠す必要はないけど言ってしまえば今みたいにベタベタできなくなるからばれるまで話すつもりはなかった。だからどこから伝わったかとなれば犯人は神しかいないんだけど……疑惑を持って天を見ても何も返って来ない。……俺への返事を手抜きすんな!


「驚かなくても見れば分かるわよ。一角馬にしては随分と俗な精神を持っているようだし」


 本物のユニコーンがどんな考えか俺は知らない。俗っぽいったって美女を見ればちょっと位目が行くのは当然だろうに元々のユニコーンはそういうのもなかったのか。俺が黙り込んだのを見て美女はおどけたように笑った。


「さて改めて。私が火の精霊よ」


 やはり俺の予想は当たった。人間じゃないから女の子を前にした時と感覚が違ったのか。何と言うか人間だった俺としては巨乳だし色っぽいし、物凄い美人だと思うのにユニコーンの本能的なものにはぴくりとも反応しないそれが不思議でまじまじと見てしまうが決してやらしい気持ちではない。


「そんなに私が気になるの? 乙女どころか女ですらないのに」


 笑って告げられた言葉は俺の頭を冷やすには十分だった。火の精霊の言葉を反芻(はんすう)して改めて考えると……そういうことになる。ついドン引きして上体が引いた。


「……何かおかしなことを考えているでしょう」

『イエソンナコトハ』


 あっさり見透かされてついカタコトになる。フィノならともかくポンコツ神にはスルーされ気味な俺が精霊を怒らせてもきっと守ってくれないだろうから内心ではビクビクものだ。


「精霊に性別なんてないし、この姿は人間達が勝手に想像しただけ。一角馬の対象ではないわよね」

『性別がないのに何で女の姿に?』

「知らないわよ。当時の人間に聞いてちょうだい」


 無茶言うな。突っ込んだら機嫌を損ねてしまいそうなので脳内で我慢した。それよりも俺がここへ呼び出された理由に見当がつかないから落ち着かない。説教か仕事の押し付けか、学生時代職員室に呼び出されたのを思い出す。……愛の告白が一つもなかったのが悲しすぎる。


「大したことじゃないんだけどね」


 そう前置きして改めて精霊が口を開く。


「あなたは一生その姿でいる気なのか聞いてみたくて」


 今更な問に緊張していた肩の力が抜けた。馬の姿と生活に大分馴染んだとはいえそれでもやっぱり人間に戻りたい。今のユニコーンスキルも便利だからどうせならこれも使えるままで。……苦労した分それくらいのサービスはしてくれたっていいだろう。

 それを力一杯語ると適当に相槌を打たれた。


「ふぅん、それなら急いだ方がいいわね。あまり時間を掛けると永久にそのままかもしれないし」

『……待て、そんなの俺聞いてないぞ。どういうことだよポンコツ神!』


 適当過ぎて最後の重要な部分まで流してしまいそうになり慌てて突っ込んだ。


≪……ポンコツ、とやらの意は知らぬがそれは我を示すものか≫

『他に誰がいんだよ』


 ここへきてようやくダメ神からリアクションがあった。とことん俺とフィノへの対応の差が激しすぎる。


≪我の名すら覚えられぬ者の声など届かぬ≫


 めんどくせぇなこいつ! 塩対応すぎるだろ……俺だってこいつの為に一応働いてるってのに。


「それよりもだ、人間に戻れない可能性があるってことでいいのか?」

≪聞いての通りだが≫


 詳しく説明する気は皆無のようだ。こうなると発端となった元凶に問い質すしかない。目線を精霊宛てに送ると首を傾げている。どっちかというと似合わないのに妙にかわい子ぶった仕草には少しイラッとした。


「本来なら人間に限らず、全ての生物は死して魂になってしまえばそれまでの記憶の一切を失くして新たに生まれ変わる……ここまではいい?」


 精霊が順を追って説明し始めた。日本人として馴染み深い「輪廻転生(りんねてんせい)」と同じ考え方なのですんなり頭の中に入ってくる。俺は黙って続く言葉を待った。


「それがあなたの場合、一角馬の魂が肉体から離れた瞬間に入り込んだみたいで一角馬は正しい死を迎えられていないみたい。だから今の現状って一角馬に生まれ変わったというより、死体を動かす動力というだけなの。人間の他に一角馬としての記憶もない? それは肉体がまだ記憶しているからよ」

『え? これ死体? ……じゃあ俺ってゾンビ?』


 ユニコーン転生かと思ったらまさかのゾンビ転生だった。いや、ゾンビでも転生といっていいのか? この姿になって何か月も経つけどいずれ腐ってしまうんだろうか。気になる事はいくらでも出てくるので混乱してきた。実際の動作は取れなくても気持ち的に頭を抱えているとそれに対して回答があった。


「死体ともまた違うのよね。だからとてもいびつな状態で、肉体も魂もそれを良しとしていない。それを正そうと肉体に魂が馴染むよう魂が少しずつ変質しているの」

『えと、それで具体的にはどうなるんだ?』

「やがて人間であった記憶を失ってしまうでしょうね」

『一大事じゃねーか!!』


 想像以上にヤバかった。冗談じゃない。人間として生きた記憶を失くしたら何の為に働いてるんだか本末転倒だ! ……もしかしてそれを見越して最初から約束を守るつもりはなかったのかこいつ。大事なことを話さない神に不信感が湧き上がってくる。


≪力を取り戻すまでに如何程の時を要するかは我の知識の及ばぬ処。不確定な未来を語ることに何の意味がある≫

『それはそうだけど! 時間制限があるって知ってたらもっと急いでたぞ』

≪真に人の子の姿を求めるのであれば常に力を尽くしている筈だが≫


 正論だ。だけど厳しすぎる。

 普段適当なくせにこういう時だけは神っぽいのな。……だから信仰廃れたんじゃねーのとは思ったけど言わずにはいてやった。


『……とりあえず忠告してくれてありがとう?』


 思い付きで聞いた動機はともかく、そのお陰で重要な話が聞けた訳だし。一応火の精霊には礼を言っておく。神には言わない。


「いいのよ。一角馬から人間になれるか、賭けみたいで楽しみができたし」


 ……やっぱり神も精霊も信用できないし当てにできない。そう悟れたのもここへ来て良かった事の一つに加えておこう。

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