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第八話 乙女の目には何が

 私がこの世界へ来てから十日程経って、その間に私は村のアイドルとして君臨していた。

 主に子供達の。


「あっ! フィノおねーちゃん!」

「待ってたよー遊ぼー!」

「遅かったじゃない! 待ちくたびれたんだから」


 教会へちょっと顔を出しただけでこれである。切っ掛けは数日前、子供達が外で遊んでいるのを見た時から。


…………


「こっちでもこうやって遊んでるんだ」


 ある日のこと、木の幹に縄の片方を括り付け揃って大縄跳びをしていた子供達を見てつい懐かしくなりその辺りに落ちていた縄を手に取った。

 軽く何度か跳んでみる。うん、身体が軽い。これなら小学生時代は出来なかった二重跳びや三重跳びだってできるかも……軽い気持ちでの挑戦だった。そうしたら楽々跳べてしまって、面白くなって何回跳べるか続けていたら気が付いた時には私は子供の視線を一身に集めていたのだった。


「何それ? すごーい」

「もっと見せて!」

「姉ちゃんかっこいい!」


 こっちじゃ個人でやる特殊な跳び方は知られていなかったようで、高速で縄を回す姿は子供達からすると未知の衝撃だったのだろう。尊敬の目がちょっとだけこそばゆい。

 見本を見せて跳び方を教えるもすぐには真似できないので、もっと簡単な遊びを教えてあげることにした。鬼ごっこやかくれんぼはこちらでも定番だったので、年齢がバラバラな子供達が一緒に遊べるようあまり体力を使わない遊びだ。何せ上は十歳男子に下は五歳女子、身体能力に違いがあり過ぎる。

 ケンケンパ、あやとり、山崩し、じゃんけんも似たようなものがあったのであっち向いてホイ。

 そうやって遊びを教えている内に子供達から絶大な信頼を寄せられて今に至るのだ。

 花いちもんめは教えなかった。あれをやるには人数が足りないというのが理由だけどあれは仲良しの彼らの間に溝を作りかねない。


「そうだなぁ、じゃあ今日は『だるまさんがころんだ』にしようか」

「それってどんなの? 早く教えて」

「まず一人がみんなが見えないように後ろを向いて……」


 今日もウーヴァ村は平和である。


「フィノ姉ちゃんは村に来た時何も覚えてなかったんだろ? 何でこんなにいろいろ知ってるんだ?」


 一通り遊んで青草の上に腰を下ろす私に、子供達の最年長であるトニーが当然の疑問を投げかけてきた。地理や歴史は全く知らない、どこから来たかすら分からないというのに村の誰もが知らなかった独特の遊びを沢山知っている不思議。

 実は私はこの質問を待っていた。


「それはね、神様が教えてくれたんだ」


 皆が目をぱちくりと瞬かせてこちらを見ている。親からの寝物語でしか聞かないような単語に驚きが隠せていない。だがそれもすぐに子供ならではの好奇心が勝ったのか興味津々といった様子で押し寄せてきた。


「神様っておとぎ話の神様? フィノ姉はそんなの信じてるなんて子供っぽいのね!」

「えっと、しさいさまはかみさまはいない、っておしえてくれるのに?」

「だよな、司祭様は嘘つかないもんな!」

「フィノ姉だって嘘つかないぞ」


 あっという間に大騒ぎになってしまった。とりあえずこのままだと子供達の間で喧嘩になりかねないのでひとまず宥めておくが、エリクが庇ってくれるのに本当に心が痛む。ごめんね、何から何まで嘘ついてるんだよ……


「司祭様も私も嘘はついていないよ」

「じゃあ何で?」

「神様はね、見える人と見えない人、声が聞こえる人と聞こえない人がいるんだ」


 落ち着いて静かになったところに、ゆっくりと語りかける。声もなるべく優しく、表情も穏やかに。私のイメージするところは聖母マリア像だ。


「私は神様がいるって知ってるから、神様の声も聞こえるし会った事があるんだけど、司祭様は神様がいるって知らないからいないって言ってるんだよ」

「でも神様がいるんだったら、人間を助けてくれないのに何をしてるの?」

「うーん、神様は普段は人間の事をギリギリまで助けずに見てるだけで、本当にどうしようもない時最後にちょっとだけ手助けしてくれるものなんだ。自分達で頑張れる内は助けてくれないんだよ」


 ここまで良いように解釈してあげたんですから、分かってますよねヴェルト様。今度からそれなりにちゃんとご利益あげてくださいよ?

 これまで人間に何の助けも無かったのは事実なのでそれをどうにか納得ができるよう説明をつけてみた。私、ここに来てからと言うもの嘘ばかりついているような気がする……


「だからみんなも神様がいるって知ったら、今度から一緒にお祈りしてみようか? どうしても困った時ちょっとはいいことがあるかもよ?」

「困った時って?」

「例えば、怖い怖いお化けがやって来た時とか?」

「ええー? おばけもいるの?」

「そりゃ神様がいるんだから何でもいるよ。ほら、今みんなの後ろに……」


 最後は茶化して軽い脅かしを入れてうやむやにする。皆がキャーと笑いながら散り散りに駆けてゆくのを見送りながら、今日のところはこれでいいかと一仕事を終えた感で一人頷いていた。

 今のところはこれでいい、信じやすい子供達から冗談交じりに少しずつ始めよう。


…………


 村に十日もいれば人間関係もそれなりに分かってくる訳で。

 人口は百人にも満たないってところで、ほとんどが四十代くらいのお父さんお母さん世代。若い世代はジーナと私と司祭様くらいであとは子供と老人。皆親戚のような親しい付き合い方だ。

 ジーナが司祭様に夢中なのは村の大体の人が知っていて微笑ましい目で見られている。

 十歳以下の子供は全部で五人。

 最年長のトニーが十歳、そこからジーナの弟のエリク、ちょっとませてて口が達者なデイジー、この中で一番元気なテオ、最年少のリタがいて彼らには彼らでまたそれぞれの恋模様が繰り広げられているようで私もいつの間にかその中に巻き込まれてしまっていた。


「何よエリクの馬鹿! フィノ姉フィノ姉って最近そればっかり!」


 エリクとデイジーが何やら言い争いをしていたので仲裁に駆けつけてみれば何の事はない痴話喧嘩だった。盛大な捨て台詞を吐いて走り出したデイジーを追いかければご覧の有様である。


「あー……今エリクは私が教える遊びに夢中だから、もうすぐしたら飽きるって」

「そんなの分かってるもん!」


 ジーナもそうだがこの村の女の子は恋心が暴走しやすいのだろうか。目に若干の涙をにじませてエリクの悪口を散々口にしては思い出し怒りを繰り返している。地球にいた頃だって彼氏いない歴二十一年で他人の恋愛事情に立ち入った事がないのに当事者の一部になってしまった私はどうすればいいのだろうか。


「フィノ姉は神様とお話できるんでしょう? だったらエリクと話さなくていいじゃない」

「神様は気軽にホイホイとお喋りできるようなものじゃないんだよ……」


 嫉妬って怖いなぁ、とデイジーの隣で頭を撫でて宥めるが振り払われてしまった。人間関係のもつれなんてあの分かってない神様じゃ全然頼りにならないし私が解決するしかないのかこれは。

 二人がより仲良く親密になれれば何の問題もないんだ。エリクだってデイジーが急に怒り出して戸惑ってるだけだったし嫌ってるんじゃない。

 何か切っ掛けになるものはないか、思案する私の頭に今朝のマリルおばさんの言葉が思い出された。


「そうだ、収穫のお祭りでおしゃれして驚かせてみない?」


 ブドウの収穫もほぼ終わり、近々村で小さな祭りが行われる。その時は皆が精一杯着飾ってワインを飲みご馳走を食べ一年の畑仕事をねぎらうとのことだった。

 村の女性の普段の恰好は飾り気のないものだし、いつもと違う姿にドキドキというのは恋の定番だ。


「でもきれいな服なんてないもん」

「大丈夫、とっておきの秘策があるから」

「それって……」

「それって何!?」


 急に増えた声の主に驚く私達が振り返ると、そこにいたのはある意味予想通りの人物。


「ジーナ!?」

「きれいになるとっておきって何?」

「何でジーナがここに?」

「あたしにも教えてよ……わかるでしょ」


 こちらの問い掛けに答える余裕も無い程切羽詰まった顔をした彼女についつい押し切られてしまって、私はそのままこくんと頷くしかなかった。別に教えたくないんじゃないけど必死っぷりがちょっと怖い。


「はぁ、とりあえずお祭りは三日後だったっけ? 二人は明日私が教える物を用意して来てね」


 恋する乙女の為の特別講座開講だ。

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