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第九話 信者に口なし

 今日も私はせっせとお仕事。そろそろ収穫する畑も無くなってきて、村の人達はワイン造りへ。素人の私には任せられるものでもないので近くの森で焚き付けに使う細枝を集めるように頼まれている。


「おねーさんは山へ柴刈りに、ってね」


 初日なら筋肉痛間違いなしだった作業も今ではすっかり慣らされてしまった。神様の手によるこの身体は一切の変化を受け付けないので昔のまま、それなりに肉がついてそれなりに細いけどそうでなかったら腕も足もがっちりムキムキになっていただろう、多分。

 最初は戸惑ったけど新しい身体造ってもらっててよかった……現代文明とは程遠い暮らしでもさしたる問題無しに過ごせるのは全てそれのお陰だとしみじみ実感するばかりである。


「せめて植物くらい地球じゃ有り得ない、とんでもなやつはないのかなぁ」


 食事に出てくる野菜や道端の花は地球のものと比べて大して変わりは無かった。こっち独自の名前がついていたけど全部覚えるのはもう諦めている。私の中じゃニンジンもどき、キュウリもどきで十分だ。

 こちらの生活が落ち着いてきたこともあって藪を分け入りまだ見ぬファンタジーな何かを求めてどんどん奥へ進んでいく。だから私の後を追う人物の存在なんて全く気付いていなかった。


「っゼェ……ゼェ……フィノさ……ん、ちょっと待っ……」

「あれー? 司祭様じゃないですか。どうしたんですかそんなになっちゃって」


 しばらく進んで行く内背後に草を掻き分ける音が聞こえるようになって、耳を澄ませば荒い息遣いまで察知できた。まさか熊か狼かあるいは変質者か、覚悟を決めて待ち伏せしてみたら何のことは無い司祭様が息も絶え絶えに私を追いかけていたのだった。


「フィノさんが……ゼェゼェ、あんまり足が速くて……見失ってしまわないように……ゴフッ」

「あ……ごめんなさい」


 調子に乗った私の歩く速度は一般人のダッシュでも追いつけないらしい。相当無理をしたのか地面にへたりこんだまま未だ呼吸が落ち着かない司祭様の横に座り込んで彼の復活を待った。


「大丈夫ですか?」

「はい……ご心配おかけしました……」


 とは言うもののまだ呼吸が荒い。一体どれだけ必死に追いかけてきたんだろう。そしてそうまでして追いかけた理由はなんなのだろう。私の中に浮かんだ疑問はすぐに本人の口から説明される。


「実はフィノさんとお話がしたくて……探していたんです」

「話ですか? だったら今日も教会に顔出すつもりだったのでその時にでも言ってくれれば……」

「いえ、これは他の人にはとても聞かせられない話ですから。……貴女と二人だけで話したかったんです」


 こ、これはまさか愛の告白というシチュエーションじゃなかろうか。

 真剣な顔つきで私を見つめる視線は熱く、冗談では済まされない雰囲気だ。茶化して逃げる事も出来そうにない。どどどうしよう、ジーナの応援するって決めてるのに絶交とかされたくないよ……


「子供達から貴女について色々と聞かせてもらいました」

「え? 一体何を?」

「貴女が神が実在するかのように子供達に触れ回っているのだと」


 そっちか! とりあえず勘違い発言してなくてよかった……けど司祭様の真剣な表情はそのままで決して和やかな話で終わりそうにない。

 改めて司祭様に向き直り、同じくらいの真剣さで相対する。


「はい、その通りですけどそれが何か?」

「貴女は自分が何を言っているのか分かっているのですか?」


 司祭様のいつもの穏やかな雰囲気は既にどこにもない。一言一言が不穏な空気を醸し出している。

 だがこちらとしてはさっぱり理由が分からないので素直にそれを言うしかできないのだ。


「分かってるつもりですけど、それがいけないんですか?」

「ああ……貴女は子供達が堕落してもいいとお考えで?」

「堕落!?」


 ちょっと神様の実在をほのめかしただけで堕落とは話が飛躍し過ぎのような気がする。


「貴女は子供達に神が実在すると心惑わせ、在りもしないものに縋るよう洗脳しましたね。神がいると思い込んだ者はやがて全てを神のせいにして努力を怠り堕落してしまう……あの子達がそうなってもいいのですか!?」

「えっ、ちょっとそれは誤解です! 洗脳とかじゃなくて私は本当に神様がいるって知ってるので」

「それ以上言うのはやめてください、でないと僕は貴女を本部へ通報しなければならなくなる」


 本部? 通報? 司祭様が厳しい表情で更に不穏な事を口にした。地球じゃ善良な一市民として生きてきた私には少々過激すぎる。


「あの、どこに通報するのか分からないんですけどそれされたら私どうなるんですか?」

「隣人教本部、聖都ヴァイスハイトには『反省の家』と呼ばれる場所があります。世を乱す思想を持つ者はそこへ送られ更生するまでそこで過ごしてもらいます」

「それって牢獄とかそういうのじゃ……」

「あくまで反省し更生するまでです。僕としてはその思想以外は貴女個人を良い人だと思っていますからできれば通報までしたくはありません」


 やっぱ宗教って怖い! まぁ私自身も布教してる立場なんだけど。


「だからフィノさん、貴女の為にもこれ以上はやめてください」


 瞳にこちらを窺うような色が混じった。私の為に言ってくれているというのは恐らく本当だろう、でなければ通報して私が捕まるまでどれくらい時間が掛かるか分からないけど警告なんかせずに泳がせておいた方がずっといいのだから。

 でもここで私が司祭様の言葉に頷き引き下がったら、子供達へ話した事すら嘘として信じられてしまう。そうなるとますます布教の難易度は上がるだろう……この頭の固い司祭様の考え方すら変えられないようじゃ今後絶対やっていける訳が無い!


「神様はいます」

「まだそのようなことを!」

「隣人教では、祈っても助けが無かったから神は実在しないって言われてるんですよね」


 司祭様が頷いた。その辺りの話は私も当の神様本神?から教えてもらったので知っている。


「昔の人間は全部神頼みでどんな些細な事でも祈って済ませるだけだった、でも何も起こらなかったのはそれが人間の力だけで乗り越えられる事だからって思わないんですか?」

「な、何を」

「人間が努力していなかったから神様は敢えて放って置いたんだと。現にそうだったんでしょう? それぞれが知恵を出し合って協力したから今も人間が滅びる事なく生きていられますし。人間じゃ手に負えない事態が起こって初めて神様が助けてくれる……それまでは人間を信じてるんです。私からすれば人間が必ず堕落するって、人間の事を信じてないのは隣人教の人のように思えますよ」


 言ってやった。こういうのは所詮水掛け論にしかならないから言い切る勢いが大事だ。実際司祭様も反論の言葉が見つからずに口をもごもごとさせている。


「だから神様の話をしたくらいで危険な思想だとかそういうのはやり過ぎじゃないかと」


 この先思想犯として追われるのだけは勘弁して頂きたい。できればこの司祭様が特に敬虔な教徒で一般人はもっとゆるい考えだったらいいんだけど……

 司祭様は軽く息を吐くと、表情と雰囲気をいつもの穏やかなものへと戻していた。


「……村の祭りが終わる日、もしもそれまでに貴女がこの村から消えていたら通報はできませんね」

「司祭様!」

「これがせめて僕にできる精一杯です」


 そう言い残して彼はそのまま来た道を戻っていった。残された私は自分に残された時間の短さと村との別れが近い事を感じ、思い耽る。村の祭は明後日。奇跡も起こせずに司祭様の考えを変えられるのは難しいだろう……


「……ジーナとデイジーの約束だけは果たさなきゃ」


 布教をするという事の現実を思い知った気がする。この先こうやって疎まれたり追われたり、命の危険があったり……仲良くなった人と離れたり。

 仄暗い気持ちで私も村へ戻っていった。

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