第七十五話 人を想わば神と竜
「……は?」
アヒムの背後から口を衝いて出たのは間抜けな一言。非協力的な態勢を貫いていたところからまさかの同行要請、何か裏があると考えて素直に頷けないのも当然の話だった。そんな私の態度が余程意外だったのかドラゴンは少しムッとした声で続けざまに語り出す。
「どうした。この儂が同行してやろうというのだぞ? 感激の涙の一つでも流してみぬか」
「……何が狙いなんですか」
「女はもう少し素直な方が可愛げがあるぞ」
「そんなの余計なお世話です! さっきまでと言ってる事が違い過ぎて信用できないんですよ」
疑いの眼差しで睨み上げると心外とでも言いたげに大袈裟なリアクションが返ってきた。
「なに、お主と共にあれば竜の実在を信ずる者と出会えるだろうというだけのことよ」
「……本当にそれだけ?」
「何を疑う。人間のような下等な生物と違い竜たる儂が言葉を偽るものか」
そこまで言い切るのなら本当にそうなのだろう。この竜は目覚めてから自身を信仰している人間を探して世界を飛び回っていた。方々に被害を撒き散らしながら。
今回は私はアヒムに話したから彼は姿を見ることができた、私に同行する事でそれを期待しているのか。
……ただ、そのまま申し出を受け入れる訳にはいかない。
「同行してもいいですけど、私は別にドラゴン信仰を広める気はありませんよ」
「何だと!?」
ドラゴンも、ついでにアヒムとユーマも揃って私に目を向ける。本来なら喜んで受け入れるのが一般的な流れだけど簡単には頷けない悪癖がドラゴンにはあった。
「女の子に信じてもらえるようになったら、私にしてるみたいに口説いてくるでしょう。そんな危険な存在を広める訳には行きませんからね」
じとりとより強く睨むとそっぽを向いて知らん顔をしていた。ヴェルト様の事を教えながらその一方でセクハラ三昧のドラゴンの存在なんて広めたら私自身が信用されなくなってしまう。そんなのはごめんだ。
「同行するというのならもう少し紳士的な態度を取ってもらって、私が大丈夫だと判断するまでは無理ですよ」
「口説き文句を並べることの何が悪いというのか」
「その気のない相手に口説かれること自体が嫌がらせみたいなものなんです!」
「!!」
きっぱりと言ってやるとドラゴンが口を開けて呆然としている。何故かアヒムも、ついでにユーマも。
ドラゴンはともかく心当たりのなさそうなアヒム達まで何でそんなにショックを受けているのかが私には分からなかった。
「……しかし、儂の協力が必要というのに随分と強く出たものだな。その条件では引き受けられないと儂が心変わりをしたらどうするつもりであったのだ?」
「え? 偉大なドラゴンが一度口にした言葉を無かったことにしちゃうんですか? 人間みたいに?」
「ぐっ……」
脅し文句をどれだけ並べられようともドラゴン自身の言葉で既に縛られている。だからこうして強気でいられるのだ。少しの間考え込むようにしていたドラゴンは遂に大声で吠えた。
「ええい! わかったわ! どこへなりとも運んでやる!」
「うわぁ、さっすが偉大なドラゴン様! かっこいい!!」
褒めたのに忌々し気に睨まれた。やっぱりちょっとわざとらしすぎたか、反省。
途中断られた時は焦ったけど概ね想定通りの結果に私としてはやりきった充実感を感じていた。だからドラゴンから言葉を引き出した直後にニヤリと笑っていたのには気づいていなかった。
「儂と共に過ごす内、いずれはお主も望んで自ら儂の子を産みたいと思うようになる。そうなってから儂の存在を広めてくれれば済むものであるしな」
日も高い内から聞かせられないような話を堂々と言ってのけるドラゴンは無駄に威勢よく胸を張っている。それにしても大した自信だ。今この時点でこれだけ拒否しているのにどこをどう間違えたら私がその気になると思うのか。もしもこの先恋人が欲しくなったとしても相手が人間なのはまず絶対条件だ! これだけは譲れない。
呆れて反論の言葉が遅れたら、それより先に割り込んでくる存在があった。
「待て待て待て! お前らなんて会話してんだ」
慌てた様子で私とドラゴンの顔を何度も見回すのはアヒムだ。まぁ、確かに品のある会話とは言えないなとちょっと反省した。なんだかんだアヒムも信仰については真面目な考えを持ってるし。
「特にお前! いいのかこんな奴の同行を認めて!」
「え? そっちなの?」
予想とは違うところを突っ込まれて逆に驚きだ。私の驚きが更に解せないアヒムが矢継ぎ早に喋り出した。
「明らかにお前狙われてんだろうが! そんなのとこれから朝も夜も一緒とか、どうぞ襲ってくださいって言ってるも同じじゃねーか!」
「あ、それね!」
納得して思わずポンと手を叩いてしまった。自分の身の危険について全然気にしてなかった。ヴェルト様の守りもあるしユーマもいる、それにドラゴン自身が力づくで事に及ぶ気がないのを分かっている私からしたらその辺りを今更心配していなかったのだ。……というか、私が一番貞操の危機を感じた相手はあんたなんだけどね。
「ほう、儂が嫌がる娘を押し倒し、柔らかな肌を暴いて蹂躙し、涙を流して懇願するのも聞かず純潔を散らすと。小僧はそのように想像したか」
具体的に言うんじゃないこのエロドラゴンめ! どこからか視線をいくつも感じて何となく不快感を覚えてマントの前を引き合わせて身体を隠した。その視線の一つであるドラゴンを睨み付けるとこれまた下衆な笑いとしか言いようのないそれである。
「第一、それなりに長きを生きた儂が今更女の肌も知らぬ小僧のような振る舞いなど敢えてする筈もなかろう」
ゴホッ!!
すぐ近くで盛大に咳き込む音が聞こえる。敢えて見なくてもこの場の面子からして誰がやったかは分かる。そういえば里で唯一の独身だって言ってたし、やっぱアヒムってどう……やめよう。口に出したら多分本気で怒られる。
「……」
気まずい。誰も何も言えなくて沈黙が辺りを支配している。さっきから変な話題ばっかり出してきて……! 理由が無きゃこんな変態ドラゴン絶対呼び出さなかったのに!
とりあえず何も言えなくなっているアヒムと、何故か動揺しているユーマは当てにできないからどうにかしてこの空気を変えたい。
≪何を揉めているのか≫
来た! 空気をぶち壊すことに定評のあるヴェルト様だ!
今だけはこの空気を無かった事にしてくれるなら何を言っても怒りませんから! 期待を込めて待ちながらこの時の私って今までで一番信仰心が高いんじゃないかと思った。
≪遥のその身も髪の一房も魂すらも、全てが我が為の存在。それを知った上で奪うというのであれば試してみるがよい≫
全然空気変わってない!
「それって口説きの許可与えたようなものですよね!?」
「それはいい。天神の鼻を明かすことができるのなら益々やる気も出るというもの」
ドラゴンだけがやたら上機嫌になって大きく笑い声を上げた。ドラゴンが持つこのヴェルト様への対抗意識は毎度毎度何なんだろう。
「神の使いって、お前、やっぱそういうことか……」
アヒムの方は何か妙に納得したように頷いている。ただ少し陰のある笑い方をしていた。
何がやっぱりなのか、そういうこととはどういうことか、ろくに説明されずに勝手に完結されると気になって仕方がない。抗議しようとしたのだけど自分の過去に思い当たることが多すぎたのでやめておいた。何はともあれ話は通ったのでこれで出発、アヒムともお別れになる。
「……そろそろ行くね」
「ああ」
「元気でね。もしかしたらまた会えるかもしれないし」
ドラゴンの同行でこれからは移動範囲も広がるのだから難しいことじゃない。浮かない顔なのはそのせいかと思って明るく言ってみたのだけどどうやら違うようだ。一歩彼の方へ進むと同じだけ距離を取る。突然のよそよそしい態度にこちらは困惑しかない。
「いつまでやっている。出発するのなら早い方がよかろう」
待ちくたびれたドラゴンがうんざりしたように呼びかけてくる。仕方がないので彼に背を向けいそいそとドラゴンの背に乗り込んだ。見て分かることだけど立ち上がった姿じゃ捕まる所すらなくて乗れないので前傾姿勢を取ってもらってから、それでも数メートルの高さがあるのでユーマごと飛び乗った。
結界も張ってもらって準備は万全……だけど座り心地は最悪に近いので今度クッションでも用意しようと固く心に誓った。
「女に乗ることはあっても乗せたことはないのでな。これでどうか」
「あ、はい。じゃあそれで」
ちょくちょく挟まれるセクハラはもう反応するのも疲れた。ドラゴンが大きく翼を動かすと土埃が舞い、ふわりとその場から浮き上がる。身を乗り出してアヒムへ手を振ると彼が大きく叫ぶのが聞こえた。
「いろいろ悪かったな」
「なんのことー?」
何の謝罪だろう、滞在中のことはお互い納得済みのことばかりなのに。まだ声の届く範囲だったので同じく大声で問い返す。
「神の花嫁を独占しようとしたことだよ! じゃあな、元気でやれよ!」
そう言ってアヒムは向きを変えて里への道を戻り、こちらも勢いよく空へと飛び立ち互いの姿は見えなくなった。突然の発言に混乱する私の気持ちだけを置いてきぼりにして。




