第七十三話 人買いに説教
この里で暮らす人は、麓では「山の人」と呼ばれ恐れられている。
火石と引き換えに子供を浚っていく鬼か悪魔のような恐怖の代名詞。連れて行かれた子供達はどんな目に遭うのか、そもそも生きているのか誰も知らない。
だから村では子供の名を刻んだ仮の墓を作る。死んでしまった者として。
だけどこの里の暮らしを知ったらどうだろう。
連れてこられた子供は勿論この里で生まれた人は過去例外はあったものの基本的にここを出て行こうとはしない。それだけここが過ごしやすい環境だからだ。
「ここでの生活を紹介したらいいんじゃないでしょうか」
知らないから恐怖は募り生贄を探す。知ってさえいれば移住希望だって出るだろう、少なくとも事情を知らない子供達が利用される事は無くなる。大人が志願していくのならどうぞお好きに、といったところだ。
「子供が育つのを何年も待つより夫婦や一家で移住する人を受け入れる方が早いと思うんです。子供を育てながらどんどん産むことだってできますし」
移住が続けばその内麓の村が成立しなくなるけどその時は火の精霊の里へ村ぐるみで移住したのと同じだから何も困らない。自分でもとても冴えた発想だと脳内で自画自賛していた。
「それは認められません」
「ええ!? 何でですか?」
なのにどうして断るのか。どっちにもいいこと尽くめなのにと私が理由を尋ねるとまるで子供に言い含めるような笑みで答えてくれた。
「この里の存在を明かす訳にはいかないのですよ」
「ああ……」
「例え豊かな地を我が物にしようと国が軍を率いてもフレス様の力で守られている為何の心配もありませんが、煩わしいものを敢えて引き寄せる理由もありますまい」
そうか、ひっそり隠れ住んでいるだけなら見逃されても広く知られたら改宗を迫る隣人教の団体様がやってくる。そうなれば平和ではいられない。
「以前男女二人組が里を飛び出した時には里の存在が広まる可能性も考えており、そうなれば全員で新天地へ移り住むかということまで考えていましたが道理がよく分かっていたようで安心しました」
ラウラの両親のことだ。知らせたのは実の娘だけで、その娘も恩義ある雇い主にも秘密にしていた火の精霊の信仰と里の存在。もしも誰彼構わず話してしまっていたらそこまでする程だったのか。私の驚きが伝わってにこりと笑って説明をしてくれる。
「フレス様を信仰する我々信徒の在る場所こそがフレス様の居場所です。後に残った山中の荒地など惜しくありません」
つまり彼らがいないと何の意味もないと。それでも移住は大変だから極力しなくて済むようにと里の存在を秘密にするのが長と里の総意なのか。
何百年と続くここでの決まり事となれば彼らだってやすやす無かった事にはできない。
私じゃ何も変えられなかった敗北感に黙って俯いた。現状どこにも不幸な人なんていないのに余計な事へ口を突っ込みすぎたんだろうか。
「……そう落ち込まないでください。貴方の言葉に素直に従うことは出来ませんがそういう考え方もあると参考になりました」
余程 凹んでるように見えたのかフォローの言葉を掛けられたけど気分は沈んだままだ。何でも問題を解決できる気になっていた。自分の思い上がりを突き付けられて情けなくなる。
「いえ……話してくれてありがとうございました。で、でも! 何も知らない若い女の人を無理矢理ってのだけはやめてください!」
「貴女がそこまでおっしゃるのでしたらその分には構いませんが、あちらの村人がそれをするのは止められませんよ。連れてこられたものを私共が買い取らなくとも別の場所で売り飛ばされるだけですから意味があるのかはわかりませんが」
「そっちは私が何とか説得しますから」
「ではこれからも子供を優先的に取引の対象とすればよいのですね」
それだけはこの際認めるしかない。そうしなければこの里自体が人さらいを始めてしまうのだから。この話し合いは完全に私の敗北だった。
わざわざ時間を取ってくれたことに礼を述べ、部屋へと戻るとすぐに寝床の上に横たわる。……今日はもう動きたくない、何も考えたくない。達成感も何もないのが余計に疲れとなって心に重くのしかかってくる。
「やっぱりこの世界の考え方は合わないなぁ」
幸せだからそれでいいじゃないとは割り切れなくて、けどそれを変えられる弁舌も代わりに与えられるものもない。ここの信徒達が特別変わっているということでもなく麓の村もそうなんだから全体的に人の存在が軽いんだろう。ゴロゴロと転がりながらうだうだと自分に言い訳をする。
≪我が意が通らぬからと気が失せたか≫
そこへ脳内で言い訳する事も許さないヴェルト様のストレートを不意討ちで喰らってしまった。端的に言えばそうだけどそういう言い方だとただのワガママ女みたいで何か嫌だ。
「話し合って説得できなかったらそれまでですよ」
あとは弱みを握って脅すか直接的な手段に出るか、どっちも神の教えを広める信徒がやることじゃない。
≪遥が我に願えば説得など考えずに済むというに≫
案の定そんなことを言い出す。神罰的なものを脅しにして思い通りにしてもここでは比較対象があるぶん信仰どころが不安を煽るだけだ。今回は特に信仰云々関係なっく私が気になるからやめさせようと思っただけのことだし。
「私のワガママでヴェルト様が恨まれたら本末転倒じゃないですか。嫌ですよヴェルト様の悪口聞くの」
私が言う分には構わない。……信仰してるからじゃなくて身内感覚に近いけど、
≪遥が望む事であれば、多少の信仰を失おうとも構わぬが≫
とうとう信仰を失ってもいいとまで言い出したがどういうことだ。信仰を取り戻す為に私を働かせてるのにそれを失ってでもだなんて……私さえいればいとか、そんなこと言わないよね。今までも私優先というか私のお願いは聞き入れてくれたりサービス精神過剰だったりしたけどその理由が「神の使い」じゃなくて「私個人」に執着してのことだったら怖い。
≪失った分は他所から遥が集めてくれるのであれば≫
「私が働くこと前提じゃないですか!」
そういう落ちか! 久々に全力で突っ込んで勢いがついて寝床から上半身が一気に起き上がる。……でもまぁ、そういう理由があって安心した。私だけが特別扱いされるのは少しくらいなら有り難く受け入れられるけど度が過ぎたのは気味が悪い。
何か昨日のアヒムの件以来どうも自意識過剰気味になってるなぁ。私って実は結構ナルシストだったのか。
知りたくなかった自分の新たな一面に乾いた笑いがこみ上げて暗い気分が一掃されたのを感じた。相変わらず意図してないくせに絶妙なフォローをしてくれるなぁ。
うん、やっぱりこのくらいの関係が気楽でいいや。最近その手の話題が多かったしちょっと染まりかけてたかもしれない。今の私がしなきゃいけないのは一刻も帰れるようにするだけ、。恋も愛も日本へ帰ってからだ!
一人決意を新たに虚空へ向けて拳を握り込む。気合を入れなおしたポーズを落ち込んでいたのを心配した長に目撃されるまであと少し。
…………
冬の良く晴れた絶好の旅日和。いよいよ火の精霊の里を出発する日を迎えた。
普段はひっそりと人気のない里の出入り口も今日だけは満員御礼、見送りの人達で溢れている。
「フィノ様、最後にもう一度だけ奇跡を披露していただけませんか」
「握手してください!」
「ぼ、ぼくも!」
「折角ですからこれ持って行ってください」
「これも弁当にでもどうぞ」
「と、とりあえず順番に話してくださぁい!」
私を囲む人達は奇跡をもう一度とねだってきたりユーマの背にお土産をどさどさ積み込んでいたりとまとまりがない。あまりの騒々しさにパニックになりかけていたところ、人垣の奥の方から徐々に静かになり始めた。私の目の前の人の群れが左右に割れるとそこから現れたのは火の精霊まさにその人(?)だった。さっきまで賑やかだったのに一言たりとも聞き逃さないと皆一斉に口を噤んで彼女の言葉を待つ。
「ふふ、随分人気者になったのね。ここへ残ってくれないのが惜しいわ」
「この状況でそれを言いますかねぇ……見送り、ありがとうございます」
明らかに私より大事にされている様子を見せつけられて軽く苦笑いがこぼれる。とはいえわざわざ見送りに来てくれたのは確かなので礼の言葉を述べ、そこからポケットを探り中身を目の前に突き出した。
「これも返しておきますね」
何となく持ったままの赤華晶。私が持ってるより里の人が持っていた方がいいと思ったので返却を申し出たのだけどやっぱり受け取ってくれない。首を振って豊かな赤髪がふわりと動くと祭壇で嗅いだお香の香りがした。
「別に持ったままでもいいじゃない。石を通じて私の力も貸せるから何かと役に立つわよ」
「でも……」
「それに一度出したものを再び取り込むなんて嫌よ。余計なものまで混ざっちゃう」
まるで排泄物のような物言いに若干引いてしまったが精霊にとってはそういうものなんだろう。仕方なく手を戻して有り難く頂くことにした。
「お待たせしました。里の者が揃いましたのでそろそろ……」
話を終えたのを見計らって長が割り込んできた。言葉通り皆が黙って私達の動向を見守っている。
「あの子がいないわね」
ふいにフレスが人垣を見渡して誰かを探すような素振りをしている。具体的な名前を出さなくても察した長がそれに応えるべく口を開いた。
「アヒムの事でしたら朝からどこにも姿が見えなくて……全く、フィノ様にもフレス様にも失礼な」
「案外別れがつらくて隠れているのかもね」
「アヒムとは随分親しくしていたようですからね、つくづくあれがもう少し頑張ってくれていたらと思いますよ」
「あはは……」
何とも答えようがない問いを笑ってごまかし、身を正してその場の面々へ深々と頭を下げた。
「それじゃ皆さんお世話になりました」
「こちらこそ、フレス様へ力を与えて下さったフィノ様に感謝の念が絶えません。これからの貴方の旅路が明るく照らされたものでありますように。フレス様のご加護は常に貴方の側に」
長が私の前で片膝を着いて両手を組み、祈りの文言を唱えると後ろの人達全員が同じ祈りの体勢を取った。彼らの持つ赤華晶がほんのりと光を放ちそれに呼応するように私の持っている物も光り出す。一糸乱れぬ統率された動きに思わず感嘆の声が出る。
……ヴェルト様にも何かこういうお祈りポーズとか考えてあげた方がいいんだろうか。そう思いついたところでやめた。多分私がポーズを取ってお祈りしても素で「その体勢に何の意味がある」と言ってくるに違いない。お祈りは心の中で、そのスタイルを継続しよう。
「また遊びに来てちょうだい。歓迎するわ」
祈られている当人は別れの抱擁とばかりに抱き締めてきた。遠慮なしに力を込めてくるので結構息苦しい。腕を伸ばして引き剥がすと残念そうな顔をしていた。
どうも実体が持てたのが嬉しいのかやたらボディタッチが激しいのがちょっと困る。
「もう少し余裕ができたらその時に」
ユーマが蹄で地面を叩いているのが目に入る。ちょっと時間を掛け過ぎたかもしれない。背中に跨って合図をするときちんと出発の体勢になった。
「皆さんに神のご加護がありますように!」
いつもの台詞を残し、ユーマを歩かせて私達は旅立った。
そこから山間の道をゆっくり歩く事少し、不意にユーマが足を止めた。視線は進行方向のある一点に向いていて私もユーマの見ているものを確認すると背中から降りて声を掛けた。
「アヒム、お待たせ」




