第六十一話 嫁が一人に婿複数(予定)
知りたかったことも聞けたし、ヴェルト様の布教もすぐ終わりそうだし、全てが片付いた気分でいた私にとってそれは寝耳に水な話だった。
「よかったですね、火の精霊様に認めて頂いて」
「では戻りましょうか。里のしきたりについて教えましょう」
何でこうなったのか考える間もなく流されかけたので頭を激しく振って気を取り直し、何とかその場で踏み止まった。火の精霊も長もビアンカも揃ってきょとんとした顔で私を見ているけど負けてはいられない。
「何でそういう話になるんですか!」
そういえば私は最初から浚われてここに来たのを思い出した。浚った理由は大体分かる、だからと言ってすんなりそれを受け入れる気はこれっぽっちもない。
「何を言うのですか。火の精霊様から赤華晶を受け取ったということはこの里で火の精霊様を崇めて暮らすのを受け入れたも同然です」
「え、あ、これ!?」
ハッと手の中の石を見る。話の流れで受け取ってしまったけどそういえばこれ、信仰の証だった。半ば無理矢理渡しておいて勝手に信徒扱いなんて横暴すぎる。
「いりません! お返しします」
即座に前に突き出しても誰もそれを受け取ってくれない。目が合ったビアンカも長も首を左右に振るばかりでじゃあと火の精霊を見ればからかうような笑みを浮かべている。ヴェルト様は……当てにする方が間違ってる。
ここには誰一人として私の味方がいないと自覚したところで改めて話をする態勢に入った。
「そもそも、人を勝手に浚ってきて改宗しろって迫ることがどうかと思うんですけど」
よく考えなくても拉致誘拐はこの世界だって罪になる。そう思ったのだけど彼らには全く応えた様子が無い。
≪……それのどこがおかいしの?≫
「むしろ感謝されるべきことかと思うのですが」
「いやいやいや、おかしいでしょう!」
トップからしてこれだから下がこうなるもの明らかだった。ずっと昔から当たり前のやり方として続いていた悪習という点は山の村と同じ。あそこは子供を売り飛ばすことに何の忌避感も無かった……どっちが先にそうしたかはこの際置いといて片方だけじゃ成り立たない当然の結論だった。
「フィノお姉さん、どうしてそんなに嫌がってるんですか?」
ビアンカのような年齢からこの習慣を疑問に思っていないことが既に恐ろしい。この里で生まれ育つと仕方ないのだろうか。
「私も赤ちゃんの時にここへ来たんですけど毎日楽しいですよ」
「え! ビアンカちゃんはここの生まれじゃないの!?」
かと思えば即否定され思わず聞き返す。彼女もあの村で火石と引き換えられたのか。そこまで考えた時あることを思い出した。彼女の名前を聞いた時、何となく覚えがあるような気がした。昨日村の中を歩いて見つけた墓標のような木の板だ。
あれは引き換えられた子供達の為だったのか。……最初から手放す気なのに名前は付けるんだ。そこが何ともちぐはぐな感じがした。
「ビアンカは九年程前に里の者になり、ここで暮らす内に火の精霊様への信仰心を育みながら成長し今では立派な信徒の一人です。あなたもここで暮らす内にすぐに馴染みますよ」
「赤ん坊の頃からなら当たり前じゃないですか!」
全力で突っ込んでも空しく響くだけ。自分達が悪いことをしてると欠片も思っていない……信心深いのは良いことだけどそのせいで自分達の信仰こそが絶対だと思い込んでいる。宗教の怖い所だ、どんな方法を取ってもそれが相手の為と思って善意で行うのだから。
これは私も気を付けなきゃどこかで同じ事が起こるかもしれない。
「どうしても里の者になる気は無いと?」
念押しする長の言葉に私は全力で何度も頷く。このまま断り続けていればその内根負けしてくれないかな、と抱いた希望はどうやら儚く散ってしまった。長の態度が目に見えて変わりだす。
「では仕方がない、あなたには里の子産み女として生きてもらう他ない。・・・・・この里の存在を知る者を帰す訳にはいきませんからね」
やっぱりこうなるのか! ここの人達も外を警戒する事情はあるんだろうけどそれはそれ、私が言いなりになってやる理由なんてどこにもない。自分から乗り込んだとはいえ振り回されっぱなしでそろそろ私の忍耐も限界だ。怒りに任せて反論しようとしたその時だった。
≪ならぬ≫
脳内に響くのはお馴染の声、だけど今回はちょっと雰囲気が違う。得意げだったり疑問形だったりすることはあったけどそうじゃない。もしかしてこれ……怒ってる?
≪この者は我が信徒として世界を廻る役目がある。この地に留まる事はできぬ≫
ああ、そうだよね。私がいなきゃ他にやる人いないし。そういう利害で繋がってるだけだし……私の為を思って怒ってくれたんじゃないんだ。知ってたけど。
≪どうか怒りをお鎮め下さい!≫
火の精霊が突然焦り出した。不思議に思ってよく見たら長達が胸を抑え苦しそうに蹲っている。私には何も感じないけどこれが「神の怒り」的なものなんだろうか。だけど火の精霊が取り成しても何の反応も返さず彼らが解放される様子はない。このままじゃ死ぬかも、そこまで考えて慌てて私もヴェルト様を宥めに掛かった。
「ストップストップ! その謎の圧力掛けるのやめてください!」
≪何故止める。この者達は遥かの使命を邪魔立てせんとしたのだぞ≫
「だからっていきなり実力行使は駄目です!……ここまでしたらヴェルト様の力とそれに護られてる私に手は出せないって気付いたでしょうし、もう大丈夫ですから」
≪……了承した≫
どうにか落ち着いてくれて圧力を掛けるのをやめたのか長達がようやく自由になれた。何度も呼吸を繰り返してから上げられた顔には若干怯えの色が見える。
「そういう訳でここにはいられません。もちろん他の人にこの里の事は知らせないので安心してください」
「……里の者でも我が子に伝え、そこからあなたに伝わったというのに何を信じろと」
うん、そこを突かれると弱い。ラウラのあの警戒心の高さからそう簡単に言いふらさないと思うけど長からしたら不安なのはよく分かる。
「そこは私じゃなくて神を信じるってことで手を打ちません?」
私がそれを言うとその場の皆が目を瞬かせた。
「私は私の信じる神に誓って、外部にこの里の事を話しません。ここの人達は火の精霊様に嘘を吐かないでしょう? それと同じです」
本当に火の精霊に対して正直に接しているか知らないけど、この信仰具合と当の精霊を前にしてそうじゃないと言えないはずと踏んで言ってみた。……私の読みは当たったらしい。反論の声が上がらないのがその証拠だ。
≪信仰を広めるのならこの里だけで十分でしょう? わざわざ平和で豊かなこの里を出て旅をする必要なんてないじゃない≫
安心してたら別の方向から意見が突き刺さって今度は私の方が言葉に詰まった。
≪この里の人間達が私と、神と両方を信仰すれば世界を存続させる分には十分よ。私が存在していられるのがその証拠≫
「……そうですとも! 我々とてそれがいいと考えたからこそ里に留まるようにと」
困った。ヴェルト様は世界を存続させる為にと私を呼んだ。これでヴェルト様の目的が達成されたら私はお払い箱にされてしまうかもしれない。そうなると私は日本にも帰れず一生ここで暮らすのか。
さっき反対した理由がなくなったしヴェルト様が味方になってくれなかったら本当に逃げられない。
≪いや、それでは足りぬ≫
≪まさか!≫
私が内心で考えてたのを一言でばっさり否定するヴェルト様は悪気が無くても毎回どうかと思う。足りないなら私が放り出されることはなさそうで安心したけど、火の精霊の反応からするとその答えはどうも正しくないらしい。
≪この地の人間の信仰程度では不足している。我は世界の維持の為だけでなくかつての力を取り戻す為に遥を遣わせた≫
ヴェルト様信者欲しがってたもんなぁ。ここの人達も多少は信仰するだろうけど一番は火の精霊だろうし。
でも力を取り戻したい、とはっきり言ったのはこれが初めてだ。今までは割とあってもなくてもいいようなもっとゆるい感じだったのに。
≪お言葉ですが、この娘一人が旅をしたとてその一生の間にどれ程の事ができるでしょう。この里で暮らし子を産む事で里の人間を増やしていけば数百年、数千年の後には本来の力を得られるのではないでしょうか≫
効率はともかく確実性で言えば火の精霊の言う通りだ。神や精霊なら千年スパンで物事を考えるのはむしろ当然。……今度こそ本当にお払い箱になりそう。不安になって宙を見上げるけどこれに何と答えるのか、妙に緊迫した空気の中で手を握りしめた。
≪それでは時間が掛かる≫
≪何をおっしゃるので? 神の時間は信仰の残る限り夢幻であるはず……≫
それには私も同感だ。これまで何千年以上も待ってたヴェルト様が今更何の時間を気にするのか。だからその後のヴェルト様の言葉には正真正銘驚いた。
≪我が力を求めるは遥が為。これまで我の為に働いた遥かに報いる為我は遥かの望みを叶えなければならん。力を取り戻すのが遥の命尽きてからでは意味が無い≫




