第五十一話 山から人
「妻のヒルダ、息子夫婦のロビンとドリス、そして孫のクルトだ」
「お世話になります」
村長の家に泊めてもらうことになって家族を紹介された。村長さんと同年代の奥さんに息子夫婦とその子供。五歳くらいの男の子で私と目が合うと母親の影に隠れてもじもじしながらこちらを見上げてくる。
「こんにちは。よろしくね」
屈んで目線を合わせると逸らされた。他の村人達にされたのと同じことでも小さな子供がやるととても可愛い。
「ごめんなさいね、この村は若い女の子なんていないものだから慣れてないみたいで」
母親のドリスさんが苦笑しながらクルトの頭に手を置いてそれをたしなめる。確かにさっきまで見てきた限りではおじさんおばさんばかりだった。息子夫婦も四十代前後に見えて、四~五歳くらいの子供の親としてはこの世界にしては結構歳がいっている。だからクルトのことが可愛くて仕方ないんだろう、祖父母と両親に大事にされているのが見て取れた。
そこからいくつか言葉を交わして客室へ通された。とは言っても物置サイズ。ただ野宿よりはずっとマシな寝床に嬉しさがこみ上げてくる。
≪……まだ見られている≫
即座にぶち壊してくるヴェルト様の報告で脱力した。私が教えてって頼んだしね、気づかないよりはいいよね。どこから監視されてるか分からないので寝床にうつ伏せになって小声でより詳しい情報を確認した。
「……どこから、どんな風に見られてます?」
≪扉の隙間より様子を窺っている≫
それを聞いて私はなるべく自然な素振りで立ち上がり扉に手を掛ける。向こう側で床の軋む音が聞こえたのでそこに誰かがいるのは間違いない。素で驚いた顔が作れるように心の準備をして一気に開けた。
「……あれ?」
誰の姿もなかった。いや、正確には想定していた場所にいなかったというだけで目線を下げた先にクルトがいた。
「どうしたの? 村長さんから伝言とか?」
まさかこんな子供が監視役? 湧き上がる疑念を抑えて優しいお姉さんを意識して尋ねるとクルトは言い難そうに手遊びをしている。急かさずに待っているとやがてきらきらした眼差しが私に向けられた。
「フィノさんは外から来たんでしょ? どんなところか教えて!」
こんな子供まで疑ってしまった自分の心の汚さに落ち込むのと同時に、頼まれた仕事をきっちりこなしたヴェルト様に八つ当たりの念を送らずにはいられなかった。
…………
それからは隣り合って座るクルトに沢山の話を聞かせた。この世界に来てまだ三か月弱ってところだけど既に国まで跨ぐ大移動を済ませているからネタはいくらでもある。村人の全員がここで生まれ育った者で仕入れの商人もやって来るのは数年に一度。彼にとって生まれて初めて見る「外」の人が私ということで好奇心が抑えきれなかったようだ。
ウーヴァ村で見た一面のブドウ畑、フォンターナ領でのお屋敷暮らし、国境の立派な城壁、何を話しても珍しいのか興奮がすごい。
「いいなぁ。クルトも行ってみたいけどお父ちゃんもお母ちゃんもだめだって」
「まだ小さいからね。大人になったら他の人みたいに外に出られるんじゃないかな」
頭に手を置いて子供だましの慰めの言葉を掛けると想定したのとは違った反応が返ってきた。きょとんとした顔で私を見つめている。
「あれ? 私くらいの人がいないのって出稼ぎとかに行ってるからじゃないの?」
若い人がいないのはそのせいかと思っていたのだけど。最初に過ごしたウーヴァ村でもジーナ以外の若者は皆そうだったからそのパターンだとばかり。
「山の人が連れてっちゃったんだって」
だからこそさらりと聞かされた耳慣れない言葉を聞き流す事はできなかった。
「ねぇ、その『山の人』って何?」
聞き返すとクルトは驚いたように目を見開いた。例えるならイタズラが見つかった時のようなそれだ。気まずそうに眼を逸らしながら口籠り小さく呟いた。
「お客さんに言っちゃだめだった……お母ちゃんに怒られる……」
明らかに口止めされている。子供だから忘れてうっかり話してしまったんだろう。外部の人間に聞かせられないような話なのに村人なら子供でも知っているというギャップが余計に怪しさを生んだ。
私の探っている秘密に関わるかもしれないと思えばどんな情報も流しておけない。もっとクルトから話を聞こうと距離を詰めた。
「大丈夫だよ。クルト君が話しちゃったことは誰にも言わないから」
途端に表情が明るくなった。小さな子供は単純だ。
「ほんと? お母ちゃんにもおじいちゃんにも?」
「ほんとほんと。二人だけの内緒の話だからね」
念押ししてくるクルトに内緒話だと持ち掛けるとその表情のままに頷いた。再度同じ質問をする。
「それで、山の人って何かな?」
「あのね、お母ちゃんが寝る時にお話してくれるんだよ」
怒られない未来が確定したら簡単に喋り出した。子供ってチョロイと感じつつそれを利用していることに良心が疼く。……これも仕方ないんだと罪悪感は見ない振りをした。
「冬の寒い日になると遠くの山からやってきて、家の中でいらない子を連れていっちゃうって。だから悪い子だと山の人に連れていかれちゃうって」
これは子供の躾の為に架空の存在を作り出した類の話だろうか。ナマハゲ的な。でもここは神も竜も精霊もいる世界、本当にそういう何かがいる可能性は高いからただの物語と切って捨てられない。
「山の人に連れていかれたらどうなるのかな」
「わかんない。もうおうちに帰れなくなるってお母ちゃんは言ってる」
子供向けだから悲惨な結末を知らせてないだけか本当に知られていないのか、クルトの話では判断が難しい。でも現に一定の世代が丸ごと存在せず、村を出ないように言い含める事実だけでも怪しさ満載だ。
「そっか、教えてくれてありがとう」
これ以上の情報は難しいだろうと礼を述べて話を終わらせると照れたように笑った。その時、扉を叩く音が室内に響き二人揃ってその方向に目を向ける。
「すいません。うちの息子がそちらにお邪魔してませんか?」
ドリスさんの声だ。そこまで広くもない館の中で姿が見えない事を心配して探しに来たんだろうと想像がついた。
「じゃあ今日はこれでおしまい。またお話しようね」
クルトに約束すると彼もこくりと頷いて扉を開ける。その先には困ったような顔のドリスがいて息子の姿を確認すると軽く息を吐いて彼の手を取り私の側から引き離した。
「クルト、駄目じゃない。お客さんに迷惑かけちゃ」
「いえ、平気です。クルト君に村の話を聞かせてもらってて私の方が助かりました」
我が子を叱る母を宥めようと声を掛けるとクルトも続けて喋り出す。
「フィノさん外のこといっぱい知っててすごいんだよ! お母ちゃんにも教えてあげる!」
クルトが興奮して母親に一生懸命伝えようとする姿はとても微笑ましい。だからこそ一瞬だけ浮かんだドリスの不快そうな表情が目立って見えた。
「クルトはおじいちゃんの所に行ってなさい。お母ちゃんはお客さんのお世話があるからね」
「はーい。フィノさんまたね!」
促されるとクルトはまるで弾丸のように飛び出していった。残ったドリスさんと一対一で向き合うとさっきの表情を思い出して緊張してしまう。
「あの、すみません。クルトに他所の土地の話をしないでもらえますか」
言葉こそ申し訳ないと詫びていても雰囲気からは明らかに機嫌の悪さが感じ取れた。
「あっ、すみません。クルト君がせがむもので、つい」
「あの子はこの家の大事な跡取りなんですから外に興味を持って出て行かれたらうちが困るんです。あまりクルトを甘やかさないでくださいね」
「気を付けます……」
中年以降ばかりのこの村で若い世代は貴重だというのは分かる。田舎の人口流出とかも日本で問題視されてたし。それに家の跡を継ぐ継がないは他人が口出しできるものじゃないからひたすら謝るしかなかった。
「分かってくれたらいいんです。……夕飯ができたら声を掛けますからそれまでごゆっくり」
その甲斐あってそれ以上責められることなく終わった。けどあの母親も私に対して警戒しているのは十分伝わった。……邪推かもしれないけど、「後で声を掛ける」ってことは「勝手に出歩くな」と言ってるんじゃ……
「……いやいや、まさかね」
この村に来てから怪しい事が多すぎて私も疑い深くなっているのかもしれない。それでも再び部屋のドアが開かれるまで外に出る気にはならなかった。




