第五十話 壁に耳あり空に神あり
「ふぁ……」
馬上で欠伸を一つ。誰も見ていないけどつい手を当てて隠してしまうのは乙女としては当然の振る舞い。
昨日はあれから随分と長かった。何故気付いた時に教えてくれなかったのかと聞けば「実害がない内から排除してもいいのか」と逆に問われ、それに私の身に危険が迫ったら即座に対処できるとか言われたらぐうの音も出ない。下手に伝えたら私に目線を送っただけで被害者が出る羽目になりそうだから説明の仕方も難しい。
とりあえずは「こそこそと様子を窺っている人間を見つけたら、排除する前に知らせるように」と言い含めておいた。身の安全が守られるのはいいけど過剰防衛になると怖い。
「ヴェルト様、まだ着かないんですか?」
もうこれで一週間だ。いくら何でも一般人が仕入れをするには遠すぎるんじゃなかろうかと疑問に思ってくる。火の精霊から直接教えてもらったのだから疑いようもないけどヴェルト様の方はどうにも不安だ。
≪この速度であれば日暮れまでには……≫
そう言いかけた時、私の目は遠くに何件かの家が集まっているのを見つけた。
「もう、目の前じゃないですか! 私を驚かせるつもりだったんですね」
≪いや、伝えられた場所ではない。ここではない筈……≫
「そんな事言ったって現にあるんですから騙されませんよ」
人をからかうとかそんな覚えなくてもいいことを学習してしまったのか、危うく引っ掛かるところだった。ヴェルト様も反論できなくて黙り込んでしまったのを放って置いて警戒心を持たれないような、にこやかな笑顔を作って村を目指した。
…………
訪れた村は静かな雰囲気だった。通りは人の数も少なくそれぞれの家から伸びた煙突が煙を吐き出して薄暗い空に消えていく。今まで立ち寄ったところでは大抵子供が騒ぐ声がどこからか聞こえてきたものだけどこんなに寒いと皆家の中で大人しくしているんだろう。私は少しでも威圧感を与えないようにユーマから降りて手綱を引きながら笑顔を作って散策の体で歩き回る。そうやって村のあちこちを見回すと村人達の様子がおかしいことに気が付いた。
「……何か、すんごく見られてます」
≪数が多すぎて全てを伝えるにも難儀する……≫
薪割をしているおじさんが手を止めて私を見ている。それに気づいてにこっと笑えば慌てて逸らして、私が目を逸らせばまた見てくる。家の扉の隙間から見ている人がいる。井戸で水汲みするおばさんがちらちらと何度も目線を向けてくる。旅人が珍しいにしてもここまで排他的な反応を見せるような村はこれまでなかった。隣人教の教えが根底にあるからか基本的には皆親切で、こんなに不愉快な態度を取られたのはここが初めてだ。
そうなるともしかしてここは。
「やっぱり火の精霊を信仰してるから、他と違うんでしょうか……」
村の入口に見張りがいたけど特に咎められることなく通過できたので、ラウラの言う「外部との接触を断つ」というのとは違ってたけどここがそうとしか思えない。だとしたらこの村の代表的な人から詳しく話を聞きたいけど突然会いたいなんて言っても難しいだろう、何か理由を付けないと。
「うーん……この手しかないかなぁ」
懐に手を当ててその存在を確かめると手近な村人を捕まえて声を掛けた。
「火石の買い付けに来たんですけど村長さんに会わせてください」
中身のたっぷり詰まった袋は私の言葉に説得力を持たせるのに十分な効果があったらしい。目を丸くして驚いた村人は心得たように村の最奥の館まで案内してくれた……けど、あまりにも自然にこの流れが生まれた事こそ信仰が失われている証明のようでもあった。
村人が館の中へ向かっていくつか言葉を交わすとすぐ中へ通される。内部は思ったより暖かくて隙間風一つない空間が広がっていた。雰囲気的にはスキー場のロッジに近い。椅子に座って内部の観察をしていると白髭を蓄えたお爺さんが現れた。
「火石の買い付けと聞いていたんだが、こんな若い娘さんだったとは。儂はこの村の村長を務めておるゴードンだ」
「初めまして。フィノです」
村長が名乗るのに合わせて私も頭を下げて名乗り返す。村長さんはこんな山奥暮らしなのに栄養状態の良さそうな……恰幅の良い体型とそれに合わない鋭い目が印象的な人だ。
「私、昔からこの火石が気に入っててもっと大きな物や質のいい物が手に入るのなら譲ってほしいんですけど」
目の前にドン、とお金の袋を置くと目の色が変わった。警戒した探るようなものから一転、喜びに満ちたものになったのはわかりやすい。
「ほう、これはまた随分と……!」
「どうですか?」
村長が中から硬貨を取り出して検分するのを見守りながら尋ねると、意外な答えが返された。
「しかし生憎、今はまだ石の収集が足りなくての」
えっ、と思わず声が出た。これじゃあせっかく用意した建前が使えない。どうしようかと顔に出さずに悩んでいると村長が誰かに呼ばれたのか「失礼」と私に断って部屋を出て行った。けど、今一人だけになれたのは私にとっても良かったかもしれない。早速気になったところを見てもらおう。
「ヴェルト様、火の精霊の力って感じますか?」
≪……至る所から。この室温も、火の精霊の力によって維持されている≫
「火の精霊の力に頼って暮らしてるってことですよね? なのに信仰の証を手放すとか何考えてるんでしょう」
やはりここが火の精霊の里だと確信した。しかしそれでも売り出す程石が手に入るのは不思議としか言いようがない。どこかに鉱脈があってそこからいくらでも採掘できるのか、しかしそんなものに火の精霊の加護が宿るのも不自然だ。どこからどうやって集めているのかそれを知る必要がある。
≪……遥、先程の者達がこちらを窺っている≫
考え込んでいた私は不意の知らせに思わず身を固くした。見られていると分かった以上はヴェルト様への相談もできないので不完全燃焼ながらそこで考えを打ち切る。居住まいを正して大人しく待っているとやがて村長が戻ってきた。明らかに上機嫌といった雰囲気だ。
「いや、待たせてすまん。今村の者から知らせがあって数日中に新しい石が集まるらしい」
「へぇ、どこで見つかるんですか」
「それは村の秘密なので申し訳ない」
自然な流れで尋ねてみてもさらっと流されてしまったけど、まぁこんなのでボロを出す訳ないか。互いに笑顔なのにやけにぎこちない空気が生まれた。
「もしお嬢さんがよければそれまでこの村に滞在してはどうかな。儂の館なら一人を泊めるくらいは備えはある」
村長の申し出に息を呑んだ。普段なら親切にされて有り難く受け取る話なのだけど、向こうが私を疑って探ってきてる状態じゃ素直にうんとは言えない。私がこの村の秘密を探ろうとしてる事に気付かれたんだろうか。村長の館にに泊まれば野宿とは違ってユーマとは別れるし、身の守りがヴェルト様だけになってしまうのはとてつもなく不安だ。……やり過ぎ的な意味で。
だけど内部に入り込めたらもっと話も聞けるだろう。危険と情報を天秤にかけてどちらを取るか。
「ありがとうございます! それじゃよろしくお願いします」
虎穴に入らざれば虎子を得ず、諺だってそう言っている。女は度胸、ここは行ってみるしかない!
受けて立つつもりでにっこりと微笑んで、申し出に頷く。こうして私の火の精霊の里での滞在が決まった。
≪知らせたが、排除は行わずともよいのか?≫
……ヴェルト様、何でそんなに排除に乗り気なんですかちょっと落ち着きましょう。脳内で突っ込みをしても届かないのが残念だ。




