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閑話 その3(ローランド)

 この日の屋敷はいつになく賑やかだ、忙しなく動き回る仕立て屋達を見ながらそう思った。

 孫が招いた珍客は様々な揉め事の種を撒き散らしながら最後にはその全てを収束させた。長らく残っていたガルデーニアとの確執も彼女が間に入った事で丸く収まり、その手腕に感心すると同時に存在の危うさに頭を悩ませる。


「……よく今まで無事でいられたものだ」


 人前で堂々と神を語り、神の力を見せつける。それは世に広まる隣人教の教えを根底からひっくり返すような行動で、下手な者に目を付けられれば飼い殺しの目に遭い利用されてしまいかねない。教会からも異端の者として追われる身になるだろう。なのにそんな恐れを微塵も抱かないとは、これこそが神に護られている心からの安心と信仰に依るものなのか。神を信じ加護を得る事で彼女のようにいられるのならこの世の全ての人々に同じ安心を与えようと行動する彼女は正に救世主……救世の乙女といったところか。


「あのぅ……本当にこの服いただいていいんですか?」


 気が付くと当の彼女が私の前に申し訳なさそうな顔で立っている。私の前で弁舌を振るう姿、神の力を行使する姿などは神々しい程だったというのに今の姿は年相応の少女にしか見えない。その違いに思わず口の端に笑みが零れた。


「もう着る者もいない服ですからな。少々古いものですが問題なく使えるでしょう」

「でもこれ、領主様の奥様のものだって聞いたんですけど……」


 彼女が身に着けているのは妻が残した服の丈などを合わせたもの。体型が近いせいかさほど手を入れずに済みそうだ。


「妻もフィノ嬢のような娘や孫がいたらと常々言っていましたから使ってもらえる方が私としても嬉しく思います」


 八年程前に死んだ妻がそう言っていたのは本当だ。価値あるドレスの類は息子の妻に譲ったが残ったのは装飾も控えめな普段着に近いものばかり。いずれやってくるジュリアーノの妻に贈るにしてもクローゼットの奥に仕舞い込まれるだけなら旅立つ彼女に譲った方が妻も喜ぶというものだ。


「……ありがとうございます。大事にしますね」


 深々と頭を下げて礼を述べる彼女に気を良くして頭に手を置くと一瞬驚いたものの嫌がる素振りも無くそれを受け入れてくれた。やがて私の元から去った彼女はすぐにジュリアーノと仕立て屋に捕まり長々と説教を受けているのが見える。そういえば彼女の事となるといつもジュリアーノは感情的になっていた。いずれ領主となる者として感情を乱さないよう教育しそれに応えて育ってくれたと思っていたがどうやらまだ修業が足りないらしい。それとも彼女が相手だからか。


「引き留められなかったのは惜しいな……」


 領地全体が教会に危険視される恐れはあるとはいえ彼女の行動は非常に興味深く、価値のあるものだ。できればフォンターナに残っていてほしかったが旅人である彼女はどれだけ親しい者を作ろうとも一つ所に定住する事はないだろう。たった一人で世界に信仰を広めるとなれば果たして生きている間に世界中を廻れるかどうか。時間はいくらあっても足りない。


「時間がないのは私も同じか」


 長い時間を掛けて達成するような偉業、十年か二十年か。その頃に自分が生きているかも定かではない。時間が掛かれば掛かる程彼女の教えを受けた者もやがてはいなくなってしまうだろう。ならばせめて歴史に記そう、神の実在を知らしめる神の使いがこの地を訪れた事を。


「その頃にはジュリアーノももう少し頭を柔らかくしてほしいものだ」


 彼女の側に付いて仕立て屋に指示を出し可能な限り旅に相応しい支度を整えてやっている孫と、それにうんざりしたような顔で応えている彼女の様子を見て自分亡きあとの世界がどうなっているかに思いを馳せた。

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