第四十七話 旅は馬連れ世は情け
晩餐会を終えてメイド達も仕事を終えて休み始める頃、ラウラが部屋へやって来た。
結構遅い時間なのに私服でもなくメイド服のままでちょっとその事に触れたら「メイドですから」と帰された。
「……お約束ですからお話しします」
私が話を切り出す前に彼女の方から話し出した。ごそごそと何かを始めたと思えばエプロンのポケットから取り出したのは腕飾りだったもの。石が砕けてそのいくつかの破片がハンカチに包まれていた。
「これは私の両親の故郷で信仰の証として授かる『赤華晶』というものです」
詳しくは死んだ両親から伝えられた事ですが、と前置きを置いて語り出す。
「私の両親の生まれはこの国ではなく、隣国ベルクラントの険しい山脈の奥地にあります。外部との接触が極端に少なく両親はそんな閉鎖的な環境を嫌って旅立ちました」
まず国からして違っていたのには驚いた。どんな国か知らないからこの話が終わったら聞いてみようと考えながら黙って彼女の続きの言葉を待つ。
「その里で太古の昔より崇め奉っているのが火の精霊様です。この石も火の精霊様が直に授けて下さるもので里の全ての者がこれを持つことで加護を得ており、厳しい土地で暮らしていけるのもこの加護あってのものだと聞かされました」
……私の予想はほとんど当たっていた。火を消すなら火そのものが無くなれば、という発想は私には浮かばなかった。その考えに至ったのも彼女が火の精霊を身近に感じていたからということなんだろう。その方法を思いついたラウラに尊敬の念が湧いた。
「その加護が、火を操れるってこと?」
「はい。この石へ祈りを捧げる事で火の精霊様へ声が届き、一度だけなら力を貸してくれると……父と母はそれをする間もなく倒れたのでしょう」
火を操れる、か。確かに使いどころは難しそうで下手したら自分が火傷してしまいそうだ。ラウラの赤華晶は両親の形見だというからこの話をしたことで悲しい事を思い出させてしまったのだろうか。話をせがんだことに罪悪感が募る。
「そのような顔をなさらないでください」
向き合ったラウラからそっと手が重ねられた。いつもの無表情がほんの少し和らいだように見えてつられてこっちまで笑ってしまう。
「ラウラ、さん?」
「……私、本当は誰かに聞いて欲しくて仕方なかったみたいです。けれど不用意に話せば異物として排除されるかあるいは利用されるか……それを恐れて口を噤むしかありませんでした」
年相応に小さな手が私の手を握りしめてぽつぽつと語る。それは彼女がこんな風に自分の内心を明かしてくれる程に信用されたということで。嫌われてるんじゃなくてよかったと安堵した。
「私以上に強力な加護を持つフィノ様でしたらあえて私など利用しないであろうと確信が持てましたので」
「あ、そういうこと……」
そんな理由だったなんてガッカリだ。やっとデレてくれたかと思ったのに何とも情の無い理由で苦笑しか出ない。そういう「神の権威」を利用したやり方をやってる以上は当然なんだけどさ。
「それに聖獣ユニコーンを従えるような方が邪な考えを持っている筈がありませんね。私が浅はかでした」
え? 何それユーマが聖獣? どういうこと?
あの荒っぽい気性で聖なる獣とか冗談にしか思えない。私が口籠るのを不思議そうに見ながら説明してくれた。
「両親は旅の合間に各地の伝承を聞いてはそれを寝物語として語ってくれていました。中でもユニコーンは心の清らかな者にしか従わないと……フィノ様の連れたユーマ様を見て現実に存在していると知って衝撃を受けました」
……多分それ両親がかなりソフトに説明してくれただけだと思う。心清らか何て自分じゃとても言えやしないし。小学生にもなってないような年齢の子には詳しく話せないよなぁユニコーンの性質は。うん、あえて訂正する必要もないしそっとしておこう。
「あはは……それはともかく話してくれてありがとう。でも赤華晶だっけ、それ壊れたままでいいの?」
加護を授かった証だというそれが無いと困るのでは。疑問に思って尋ねてみると首を振ってそれを否定した。
「元々私自身が直接授かった訳ではありませんから。両親から話を聞き日頃から祈りを捧げて信仰しておりましたが今回私の声を火の精霊様が聞き届けて下さるかは賭けに近いものでした」
「じゃあそれがなくてもきちんと祈ってたら後からでもちゃんと加護がもらえるんだ」
日頃の祈りを受けてきちんと相応に返してくれるなんてどこぞの神とは全然違う。そうだ、こういうのが本当に信仰してるって事なんだ。届くか分からなくても熱心に祈っていざという時に返ってくる。
……こんな敬虔な信者を得るって、私の口先だけじゃ無理じゃないか。貴族の信仰が得られなかったのも当たり前だ。次は私もやり方を考えないと。
「どうかなさいました?」
「あ、うん。ちょっと考え事を」
考え込んだ私を案じるようにラウラが声を掛ける。信心深い信者の持つ濁りの無い目が今は直視しづらかった。笑ってごまかすと彼女は顔を少し俯かせた後、改めて私の顔を見上げてきた。
「あの……厚かましい事とは思いますが、可能であれば一つお願いしたい事がございます」
「うーん……内容次第でよければ……」
お願いなんて控えめな彼女からしたら珍しい。これももう秘密を明かして遠慮が無くなった証かもしれない。ただ私自身で出来る事が少ないから気軽に任せろと言えないのが辛いところだ。 とりあえず知らない内から返事も出来ないので半笑いで誤魔化しながら探ってみる。
「それでも構いません。フィノ様の長い旅の道中、もし近くを通るのならば火の精霊様の里を訪ねて頂きたいのです」
「それってラウラさんの両親の故郷へ? 隣の国の?」
確認すると私の手を取ったまま頷く。外部との交流の無い秘境の里、そんなところに出身者の娘の知り合いなんて果たして入れてくれるんだろうか。それに何の用事があって行ってほしいんだろう、そこを尋ねると私へ分かるように答えてくれた。
「一つは、両親の死を知らせて欲しいという事。もう一つは……フィノ様に火の精霊様とお会いして頂きたいのです」
「私が?」
理由の一つは分かる。この世界じゃ旅人が死んだって生まれ故郷にまで知らせが届くことは稀だろう。山奥の里なら猶更だ。けどもう一つの方は意味が分からない。火の精霊を崇める宗教の総本山みたいなところにノコノコ私が行っていいものか。……まさかヴェルト様より自分の信仰してる存在の方がすごいんだって見せつけるつもりなんじゃ。ヴェルト様じゃ何と比べても負けそうだし!
「えっと、外部の人間がそんなに簡単に会えたりできるものなの?」
「難しいとは思います……普通の人間なら」
それは暗に私が普通の人間じゃないって言われた気がした。……自覚はあるけど。
「神の加護を持つフィノ様でしたら火の精霊様からも加護を得られるでしょう。是非火の精霊様の力をフィノ様の旅に役立てて頂きたいのです」
加護かぁ……本当にもらえるかは別として、精霊にも一度会っておいた方がいいかもしれない。ドラゴンとヴェルト様が知り合いだったみたいに精霊とも関わりはあるだろうし。それにガチな感じで信仰してる人と会ってみるのも今後の布教の参考になる。何かヒントが得られるかもしれない。……あとは個人的に一度は精霊に会ってみたいし!
うん、そうなるとラウラから情報をもらえるのはとても助かる。
「分かりました。必ずお立ち寄りします」
「ありがとうございます。やはりフィノ様は素晴らしい心根でいらっしゃるのですね……!」
慈愛の微笑みをイメージしてにっこり笑うと感激したように目を輝かせたラウラが頭を下げた。ユーマを連れてるせいで発生した勘違いが継続されている。完全なる善意じゃないから彼女の尊敬の眼差しにちょっとだけ目を逸らした。ラウラがユニコーンの主になるべきと思うくらいピュアだ。
「どうか火の精霊様のご加護がフィノ様にありますように」
ラウラがふわりと笑って祈りの言葉を唱えると何だか周囲の空気が暖かくなったのを感じる……信仰の本来の姿を見せつけられた気がした。
…………
それから三日後、予定通り私はフォンターナの領地を発つ。出発までの間に領主様達が随分気にしてくれてユーマと共に最初に旅立った時とは比べ物にならないくらい立派な支度が整えられている。今もせっせとラウラによって万全の状態か確認されているのだ。
「こんなに色々してもらっちゃってすいません」
馬上から頭を下げて感謝を告げる。何せ今身に着けているマントからユーマの馬具に至るまで質の良い上等な品で揃えてくれたのだ。おまけに旅の路銀といつかこの街へ戻って来た時の為に、フォンターナ家とガルデーニア家それぞれから紋章入りのメダルが渡されている。少なくともこの国の中でならそれなりに役に立つと太鼓判を押してくれたものだ。……国内の二大有力貴族両方と関わってるってなれば、そりゃあね。
「ジュリアーノ様も私の為に手を回してくれたんですよね」
口では追い出すような事を言いつつ、旅装の選定にかなり気を配ってくれたそうだ。彼にも改めて礼を言うと眉を寄せて複雑な表情を見せている。
「……フォンターナの紋章を持ったまま行き倒れになられても困りますからね」
素直じゃないなぁ。心配だって言ってもいいと思うんだけど。苦笑しながら彼の横に目を向ければオクタヴィアがいる。本当ならガルデーニアの領主様と一緒に帰る筈だったけど私を見送りたいと自発的に残ったらしい……それだけが目的かはともかく。
私はユーマから降りるとこっそりジュリアーノの耳元に顔を寄せる。オクタヴィアが一瞬すごい顔をしたけどもうすぐここを離れるんだからこれくらい見逃してほしい。
「……何ですか」
「オクタヴィア様の事避けてますよね。ちょっとひどいんじゃありません?」
三日間の様子を見て率直に思ったことだ。最初は微笑ましく見ていたけどこう何回もとなると彼女が可哀想に思えてくる。指摘したら彼の溜息が聞こえた。
「……正直どのような顔で対応すればいいのかわからないんですよ」
おや、女性の扱いに長けた貴公子とは思えない台詞だ。
「嫌われていると思っていたからこそこちらから接触しないようにしていたのに、急に距離を詰められても困ると言いますか。あとは物言いが少々当たりが厳しくて……」
彼は意外と奥手だったらしい。ここまで積極的なタイプは初めてなのか押され気味な今の状態が落ち着かないと想像がついた。あくまで想像だ、男心なんて私が知る訳ないし。
そこからオクタヴィアにも同様に耳打ちする。嫉妬したのかツンと顔を背けられた。
「これはとある言い伝えなんですが」
「……何ですの」
「押して駄目なら引いてみよ、って言葉があるんです。常に積極的でいるだけじゃなく時には控えめな態度でいるのも作戦の内ですよ」
「そ、そうなのね!」
目をカッと見開いてオクタヴィアが納得したように何度も頷く。これでジュリアーノとももう少し仲良くなれるだろう、旅立つ私にできるのは彼らの行く末を祈るだけだ。
「それじゃ、私はそろそろ……」
「ええ、また是非お越しください。お待ちしています」
「別に来ても止めませんが厄介ごとは持ち込まないでくださいよ」
「結局勝負の決着は曖昧になってしまいましたから、その時までに私も馬を鍛え腕を磨いておきますわ」
待ちくたびれたユーマがいなないて私を急かしたので騎乗し、最後の別れの挨拶に入る。ここでの滞在は色々なことがあったけど、ここの人達と仲良くなれたし快適な生活で居心地が良かった。
このままいたかったけど布教する事、そして最終的に地球に戻るという事を忘れてはいない。後を引かれる思いで私はユーマを歩かせる。私を見送る一団の端にラウラがいて手を振っているのも見えた。
「皆様に、創造神ヴェルト様のご加護がありますように!」
私の布教は次のステージを目指す。まだ終わりが見えなくても。
第二章 私と幻獣 終




