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第四十六話 狙い破れて褒美あり

 帰路は何のトラブルも無く平穏なものだった。私はユーマに騎乗中なので馬車の中の様子は分からないけどそっちも平和だったに違いない。一部を除いて。

 予定より早くフィオーレに辿り着き、屋敷の主であるフォンターナの領主様は持て成しの采配を振るう為早々に屋敷の奥へと消えていく。勿論大事なゲストを部屋に放り込んでそれで終わりといかないから接待役にジュリアーノが残されている。妙に熱のある目で見てくるオクタヴィアと人を殺せそうな目で見てくるガルデーニアの領主様を前に若干引いていてちょっとだけ同情した。


「それじゃせっかくですから両家の仲を深めてくるといいですよ」


 けどそれとこれとは別で何か言いたげなジュリアーノに後は任せて私もその場から退散した。ジュリアーノ(イケニエ)、頑張れ。


…………


「ふうぅぅぅ~」


 一歩部屋に入って扉を閉めると、そのまま背中を預けて寄りかかり盛大な溜息を吐いた。何回やっても「神の使い」モードは精神的に非常に疲れる。私自身口が上手い訳でも頭が良い訳でもないのに、自分よりずっと年上の人間を丸め込むってのは今にして思えば結構無茶な試みだ。そのせいで神の裁きとか赦(ゆる)しとか御大層な話になってしまったのは否めない。

 のそのそと歩いてベッドに飛び込み、枕に顔を埋めながら今日の自分自身を思い返す。……領主様はともかく、他の貴族やらが怒って暗殺とか仕掛けてこないよね? ヴェルト様やユーマの護(まも)りがある以上そういう方法で死ぬことはないと思うけど直接的な悪意が向けられるのはやっぱり怖い。


「ヴェルト様……今日の私の活躍どうでした? ちょっとは信者増えました?」


 だからそれだけやっただけの価値はあったと自分で自分を慰めるべくその成果を尋ねてみた。


「……信仰そのものは増えてはおらん」


 そこで伝えられた評価にがっくりと息を吐いた。……まぁ、のどかな村の人達と比べてそんなに素直じゃないか。ジュリアーノは最初からずっと否定的だし領主様達だって「神」という存在を利用して話をまとめただけ。他の貴族については言わずもがな、その場の空気に流されただけだ。

 今回は駄目だったか……慣れない事までして頑張ったのにな。脳裏に対貴族への作法やら何やらを鍛えられた事が思い起こされる。覚えてても損にはならないんだけどさ。

 ……まぁ、頑張りが全部報われる訳じゃないのは日本にいた頃だって何度も経験したことだ。ファンタジーに取り憑かれて子供の頃から沢山の絵を描いてきた。ただ頭に思うままの不思議な生き物を生み出して皆に見てほしかった。

 でも私には才能が無いのかこれまでの人生で人の目に留まるような絵が描けていない。年齢と共に技術だけは向上したけどそれだけで賞が獲れる程甘くない……現実は非情だ。


「……駄目だ」


 どんどんマイナス思考に染まってしまった。どうせ慰めてくれる人なんていないんだし自分で自分の気持ちを浮上させないとこのままじゃ挫折からのニートコースまっしぐらだ。日本でもお父さんやお母さんが絶対許してくれないだろうけどこっちの世界でニートになったら野垂れ死にじゃないか。異世界で誰にも看取られずに死ぬなんてごめんだ。無理矢理気持ちを奮い立たせて何とか上半身だけは起き上がった。


≪遥≫


 そこへヴェルト様が声を掛けてきて何事かと問えば手を出せと命じてくる。唐突な命令はまぁいつもの事なので気にしないで言われた通りにすると手の中に爪の先程の小さな欠片が現れた。それは茶色で手の熱でじんわりと溶けだし同時に独特の甘い香りを放っている。私はすぐにそれが何かに気が付いた。


「チョコレート……!」


 この世界に存在するなんて話は聞いたことがない。けど悩んである間に全部溶けだしてしまいそうだったので欠片をすぐに口の中に放り込んだ。砂糖そのもの程にきつくないまろやかな甘みと口の中でとろける舌触り、広がるカカオの香りは正しく日本で食べていたチョコレートに間違いなくて、懐かしいとも言えるその味にじっくり浸り続けていた。小さな欠片だったのであっという間に消えてしまう、それでも残る余韻(よいん)は沈んでいた私の心を落ち着かせるに絶大な効果を発揮していた。


≪遥の過去の記憶より創り出したが本物と相違あるまい≫


 心なしか声が得意気に聞こえたのは私の気のせい? 確かに何もない所から創り出したのはすごいけど……そもそも物質創造はできないんじゃなかったっけ。そのせいで雨を降らせる事もできなかった訳だし。まさかあれは嘘だったのかと天を睨むと何がおかしいと言わんばかりの声が耳に届いた。


≪以前に告げたではないか。力を取り戻せば可能であると≫

「……今日のお昼にはできなかったのに?」


 当然の疑問であったけどその返事を聞いて私は言葉を失うしかなかった。


≪信仰は増えなんだが神の実在は広く知れ渡った。信仰を捧ぐよりは物足りぬがそれでも我が力の源となる≫


 ……そういえばそうだったよ。そもそもそれがこの世界に私を呼んだ理由だったんだ。

 だけどそうなると今日の私の頑張りはそれなりに成果があったということで、ただただ落ち込み損じゃないか! 文句を言いたいけど嘘を言ってないのは確かだし……胸に何となく収まりがつかない気持ちで一杯になってきた。まぁいつもの事だし仕方ない、今回はチョコを食べさせてくれたし許してあげよう……と、そこまで考えてふと気付いた。何でわざわざ私の記憶から選んで再現したのか。

 力を示すだけなら石でも何でもその辺りにあるものでもよかったんじゃないか。解釈の違いはあれど全く意味のない使い方なんてしないからこれも何か意味があっての事なのか。


「できる事が増えて嬉しいのは分かりますけど……何で、わざわざチョコを?」


 疑問を解消すべくその場で天へ問い質す。


≪地上では手に入らぬと嘆いていた故創り出した。物質創造の力があれば出してやれると以前に伝えていた筈だが≫

「あ……」


 何それ。前にちょっとだけ話した事を覚えてたってこと? こっちの世界に来たばかりの頃は日本で食べてたものが恋しくて愚痴をこぼしてた。その時は味の再現しか出来なくて物足りなかったから本物が食べたいと随分文句をつけていたことが思い出される。竜の事すら忘れていたあの(・・)神様があんな些細な会話を覚えていたという事実が意外過ぎて絶句してしまった。


≪満足したか?≫


 した。ものすごく満足した。ほんの少し前まで人をあんなに苛立たせておいてどうしてこう時々私を慰めたり喜ばせるような事をしてくるんだろう。当の本人は全っ然そんなつもりはないだろうに。


「……足りません。もっと下さい」


 素直に感謝するのが悔しいので顔を背けて追加で要求しておいた。次も出してくれたらちゃんとお礼を言おう。


≪……現時点ではそれだけの欠片を生み出すのに多くの力を必要とする≫

「つまり?」

≪次に出せるようになるには幾日かを要するであろう≫

「駄目じゃん!」


 ちょっと見直したらすぐこれだ。けどある意味ヴェルト様らしいので逆にホッと安心する自分がいた。……気が利いて有能なヴェルト様なんてヴェルト様じゃない!

 晩餐会(ばんさんかい)の時間までもう少し。次に創り出してもらうお菓子は何がいいかとあれこれ考え三十種類を超えたところで呼び出しがあり、支度を整えてから食堂へ向かった。


…………


 晩餐会ではいつも以上に豪華で盛大な料理が並んでいた。ワインも多分いいやつなんだろう、肉メインの料理に赤ワインがとても良く合う。

 参加する人達の会話は和やかな様子が見て取れるが……これは明らかに私を取り込みに掛かってる。


「フィノ嬢のお陰で平和的に解決しました。流石は神の使いと言うべきでしょうか」

「いえ、皆様が賛同して下さったお陰ですから……」

「しかし領内にはまだまだ問題を抱えており、フィノ嬢の見解を聞かせて頂きたいのですが」


 フォンターナの領主様が何とかここに留まってもらおうとあれこれ相談の体(てい)で話し掛け


「其方は旅をする身というではないか。ならばガルデーニア領へ来てはどうだ? 冬を迎えるこの時期に旅などするものではない。しばらく当家に身を寄せればいいだろう」

「でもあまりのんびりしてもいられませんから」

「急いで身体を損ねては意味がない。長旅になるというのなら尚更だ」


 ガルデーニアの領主様も今度は自分の所へと誘いを掛けてくる。言ってる事は正論だし何とも断りづらい。


「私は反対ですよ。彼女がいるとまた奇妙な騒ぎを起こしかねませんからね」

「わたくしがフォンターナへ移るまでまだ時間がありますから、ガルデーニアで過ごされてはいかが? もう少し貴女の事を知りたく思います」


 孫二人の方は意見が分かれている。唯一私の希望と合致するジュリアーノは救世主の様に見えた。満場一致のアウェイの舞台で逃げ切れる気がしない。そうなったら夜逃げ一択だ。


「私は神から使命を託された身ですから。どのような困難も覚悟の上です」


 ひたすらそれを繰り返してどうにか三日後の出発に納得してもらえた。食べ物は美味しいし色々快適な暮らしは名残惜しいけどそれに甘えてちゃ目指す目標まで辿り着けない。それにこれ以上ここでお世話になってるとどんな難題を持ちかけられるか不安でしょうがない。貴族社会は当分懲り懲りお腹いっぱいだ!


「では近くを通る事があれば是非お立ち寄りを。……できれば私が引退する前にもう一度会いたいですね」


 にっこり笑って刺された大きな釘はスルーした。

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