第四十三話 嘘は天下を回すもの
呆然としてたのは数分程か。その間ユーマがご丁寧に浄化してくれたらしくて舐められた頬のよだれも座り込んだせいでの土汚れもきれいになっていた。どうやらユーマの男嫌いはとうとう他の生き物まで対象に含まれるようになってしまったようだ。
どっと疲れが押し寄せてきてまだ動きたくないけどもうそろそろ戻らないと、ここから追い払ったジュリアーノ達に不審に思われる。溜息を吐き立ち上がって平原の状態を確認した。
「……悪化してるじゃん」
見渡せばひどいの一言。焼けて煤の残った地面の各所がひび割れ、置き土産と言わんばかりの竜巻でドラゴンのいた場所が抉れている。これを誰が元に戻すかと言われたら私……というかヴェルト様しかいない。軽く腕を振り回して一度後方を見やると私を見守るような視線がいくつも向けられていた。……さっきの見せ場はラウラに持って行かれたし、あれに負けないくらい派手にしないとちょっと悔しい。ラウラの信仰する何かもすごいんだろうけどヴェルト様だってすごいんだと見せつけてやりたい。もしかしてあのドラゴンだってまだこっそり見てるかもしれないし。正体すら分からないものとラウラに密かな対抗心を抱きつつ両手を大きく広げ叫んだ。
「この平原を元のように戻してください!」
今は誰も側にいないからそれっぽい詠唱なんてしない。目を閉じて以前の様子を思い浮かべ元に戻るイメージを頭の中に広げていく。抉れた土地を均しそこに青々とした草が伸びる。本当はもっと枯草の割合が多かったけどまた火事が起こったら大変なので青草のままにしておいた。
≪……終わったぞ≫
その声で閉じていた目をゆっくり開くとそこには私が想像した通りの平原が広がっている。今日もいい仕事をしてくれたらしい。出来栄えに満足して頷き、待たせている皆の元へ戻った私はさっき以上に大勢に取り囲まれてしまった。まぁこうなる事は予想してたので今度は慌てない……と思ったら突然怒鳴られる。
「今のは何ですか!」
やっぱりジュリアーノだった。もしかしたら強引に追い払ったことを怒ってるのかもしれない。彼が不思議現象が嫌いなのは分かったからもうちょっと落ち着けばいいのに……もう耳にタコだ。私は見てないけど怪我を治す時のようにちょっと光ったくらいで大袈裟だなぁ……そう思っていた私が間違っていた。
「突然空から雪のように光の粒が降って来たかと思えば負傷者の元へ集まってたちまち傷が癒え、焼け野原の中心から緑色が広がり、その間貴女は常に発光していて……私は自分の目か、頭がおかしくなったのかと思いました」
何やってんのヴェルト様ぁ!
何だか私の想像以上に大変な演出をしてくれたらしい。まさか私の「ちょっと派手にしたい」という細やかな希望すら読み取っていたんだろうか、すっと空を見上げれば自然体の声が私の元へ届く。
≪先程雨を望んでいた故、それに近い光景を作り出したが満足したか?≫
それはもう終わった話ですから! 天へ向けてそう叫びたいのをぐっと堪えていつもの作り笑顔になり分かった風な顔で頷いて見せるとそれだけで周囲から感嘆の声が上がった。……みんな不思議現象の連続で混乱してるのかな、今なら何を言っても受け入れてくれそうだ。
「どうか落ち着いて下さい」
なるべく声が届くようはっきりと告げるとぴたりとざわめきが止んだ。皆私の言葉を聞き洩らさないよう息を呑んで見守っている。当然これまで私を知らない人からは怪しい業を使う者として警戒するような目が向けられていたけど、この場の最上位とそれに近い立場の人物が何も言わないのでとりあえず口を挟まずにいてくれるようだった。さて、それじゃ今日も頑張って説得だ。
「これまでの災いとは、神が人間同士の諍いに心を痛めたが為です」
とりあえず全部神のせいってことにしておこう。そしてそれもここの人達が争っていたからってことで。話を聞いていた人達が神妙な顔になって押し黙る。
「神からすれば本来このような小さな争いに目を掛ける事もありませんが、神の使いたる私の見たものはそのまま神の元へ届きます……災いを前にすれば争う暇もないであろうと神は仰せです」
そんな、とかひどい、なんて声が上がり始めた。ここに住んでる人からしたらたまたま目に付いたからと同義だから理不尽な事に思えるのも仕方がないだろう。
「ですから私は人々に一度だけでも機会を与えたいと申し出ました。土地と人々を癒し全てが元通りになった上で再び同じように争うのであれば……と」
そこまで語ったところで人垣からより大きな声が飛び出してきた。
「そんなことはでたらめだ! 神など実在するはずがない!」
「……そうです! そのような世迷い事を触れ回ってフォンターナ領を隣人教の上層部に処罰させる気ですね!」
「両方の領地を手に入れたい他領の……いや、他国の陰謀か!?」
内容が受け入れ難かったせいなのか矛先が変な所へ飛んで行った。一度誰かが理屈をこねれば自分の常識からより受け入れやすい方に流れるのは自然なことだ。でもそんな言い分を放って置く訳にはいかない。
「それ以上我らが神を貶めるような物言いは許されません」
冗談じゃない、ヴェルト様はそんな悪どい性格じゃないのにあんまりだ。ちょっと融通の利かないところがあるけど根は真面目だし世界を残そうと一生懸命やってるのに。……そもそもヴェルト様が陰謀を企むくらい人間に興味があったなら私だって苦労しない。巷の創作物に溢れる「いたずらや気まぐれで人間を弄ぶ邪神」ですら人間に積極的に関わっていく分まだましな方だと思う。
「私は両方の領地の方と関わり、その目と耳で神へありのままの姿を伝えてきました。これで片方に非があっての事であれば神の裁きが下ったでしょう……ですがそうはならなかった」
全部私の判断で決めた事だけどまぁ嘘はついていない。私が見聞きした話を知っているけどそれをどうするかは私に委ねられているというだけだ。つまり私の判断が神の判断ということなのだ!
「皆様は隣人教の敬虔なる信者であるはず、そのような方々が望んで争う筈も無く……些細な行き違いが今の争いを生んだのでしょう。神はその事もご存知であるから敢えて両方の領地に災いを招いたのです」
詭弁ではあるけどこの言い分に果たして誰が反論できるだろう。争いを起こすことを嫌い協力を尊ぶ教えの隣人教、ここで私の言葉に言い返せば隣人教の教えに逆らうも同然で悪意あって領地間の争いを助長していたと認めるのも同じだ。その上で神は己の存在を否定する教えにすら寛容であるというアピールも兼ねている。
「ぐっ……」
途端に威勢のいい声が止んで唸り声のようなものが聞こえてくる。今ここで下手なことを言えば今後自分の立場が悪くなるかもしれない。なら黙っている方が得策、そう判断したんだろう。保守的な貴族の考え方はここ最近で随分勉強したつもりだったから思った通りだ。
「ですから今こそ両家の関係を良くしていく絶好の機会ではないでしょうか。今回の騒動も幼い令嬢の為にと力を貸そうとした、正に隣人教の教えを体現された領主様方ですもの、共に協力してストラーダ領を盛り立てていけるはずです!」
そして持ち上げる。実際これは悪意がないと私も感じていたので正直な感想だったりする。多分相手に頭を下げるのが嫌で拗れた面もあるからお互いにしょうがないと思える妥協点になったんじゃないだろうか。こういう時責任を押し付けても文句を言わないヴェルト様って超便利!
さてと、ここまでお膳立てして領主様二人はどう答えるんだろう。注目が私から移り難しい顔になった二人の様子を窺ってみる。深い溜息が私のところにまで聞こえそうな程息を吐いていたのが分かった。
「……」
「……」
まるでお見合いだ。後は若い人達で……って全然若くない。改めて二人の領主様を見ると外見や雰囲気が正反対だと実感する。本当に和解するのか周囲の人達も固唾を呑んでこれからの未来を左右する一言を待っていた。




