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第二話 神の名は

≪嫌です≫


 堂々と決めた感じの神様には悪いけど、私がそんなことをする義理はない。私は信仰があるのではなくて、そういう存在に憧れていただけなのだから信仰心を高めるような布教活動が出来る訳が無い。

 神様も私みたいなのじゃなくて今度はもっと敬虔な宗教の信者を見つけてくれたらいいと思う。


≪なので私は成仏する事にします。元の世界に帰してくれますよね?≫


 いつまでも自分の意識があると色々な未練を思い出してしまって苦しくなりそうだ。早く何もかも分からなくなってしまいたい、そう願っていたのに私はこの運命から逃げられなかったらしい。


「なれば、今この瞬間より世界と我は消失する事となろう」

≪だからどうしてそうなるんですかっ!≫


 この神様の思考回路はどうなっているんだろう。人間には理解出来ないから神ってことなんだろうか。神様は問い詰める私に答えてくれたが話を聞いて愕然としてしまった。


≪つまり、私を元の世界に帰すだけの力しか残ってない、と?≫

「如何にも。信仰が失われてから幾久しく、我は自身の力を削り世界の維持に努めていた。このままでは滅びが確定するかと思われたが、汝の存在を知り残された力を使い汝の魂を呼び寄せた。異なる世界から魂を呼ぶのは多大なる力を必要とする……汝が我の求めに応じぬならば我は唯力を無為に失っただけでしかない」

≪そ、そんなの私が頼んだことじゃないし!≫

「我が汝であれば世界を、我を救ってくれると希望を抱いただけのこと、汝の責は問わん。ただ汝を知らぬままであればこの世界は後一千年は存続できた……結局は滅びが多少早まっただけの事であったか」


 多少どころじゃない話だった。

 私には最初から関係ない事情だけど、私が断った事で滅んだ世界があるとなればいい気持ちはしない。

 成仏して全部忘れてしまってもそういう事が起こった事実が存在するのだから見て見ぬ振りはしたくなかった。

 じっと黙り込んだ私の様子にまだ可能性があると気付いたのか、神様が交渉を持ちかけてきた。


「今でこそ我は乏しい力を世界の維持に使う事しか出来ぬが、汝が我の信仰を高めた暁には望みの報奨を与えよう」

≪報奨……?≫

「至上の富、永遠の命、不老の美、どのような願いであっても叶えてやろう」


 ああ、それはとても魅力的な提案だ。一度死んだのに復活できておまけに特典が付いてくるなんて普通なら飛びつくような話だろう、これが元の世界でなら。


≪そんなものいりません! 願いを何でも叶えてくれるというなら、私は元の世界に帰りたいんです!≫


 私が生きていたいのは「日野遥」としての人生だ。

 よく知らない世界に生まれてそこで何でも願いが叶っても、そこには家族も友人もいない。それじゃ意味がない。

 けど自分はもう死んでしまってるなら、せめて家族の顔を見てから成仏したいのだ。


「……ならば、汝は我の望む通りに働くしかない」

≪え!?≫

「汝の住まう世界の神は、今の我では力及ばぬ……だが、力を取り戻せばその限りではない。汝の世界の神へ働きかけ、汝が生存する世界へと帰す事も出来よう」

≪私……生き返れるってこと!?≫

「それが叶うか否か、汝の働き次第だ」


 生き返れる。家族の所へ帰れる。

 その可能性を知ってしまえばもう迷う事なんてなかった。


≪やります。神様の事、世界中の人に信じさせてみせます≫

「期待している」


 特別口が上手い訳じゃなく、それらしい態度が取れるかも分からないけど生き返れるチャンスがあるならやるしかない。どこまでできるかわからないけど。


「汝にはまずやってもらわねばならん事がある」


 決意を新たにした私に早速最初の指令があった。


「我に姿と、名を与えよ」


 どんな無理難題を押し付けられるかと身構えた私にとってそれは何とも予想外で呆気に取られてしまった。


「神の姿は見る者が描くもの、かつては様々な姿で表わされていたが既に忘れ去られた今ではその形を留める事は叶わぬ。名も同様だ、汝が信仰するに値する相応しき神の姿と名を創れ」


 ペットの名前すら決めた事のない私に神の名付けだなんて余りにも責任重大すぎて、思わず頭を抱えてしまう。身体がないので雰囲気だけ。

 神の名前……ギリシャ神話とかあのあたりの神様と同じ、って訳にはいかないし呼ぶのは私だけじゃなくていずれ世界中の人なんだから変な名前は付けたくない。

 うーん、どうしたものか。

 世界を創った神様ねぇ……世界……ワールド……あっ!

 私は一人内心で頷くと私の答を待っていた神様を前に呼び掛けた。これから世界中の人達が呼ぶことになるその名前を。


≪創造神ヴェルト。これからはこれが神様の名前になります≫


 世界を創った神様だから、そのまま「世界」をドイツ語にしてみた。何となくかっこいいから、で大学でドイツ語選んでてよかった……


「その名、確かに」


 神様……ヴェルト様、って言った方がいいかな。ヴェルト様も満足してくれたようだ。それなら次は姿を決めなくちゃ。

 見る者が描く、ということはイメージした姿で見えるようになるという事なんだろう、多分。

 よく読んでたファンタジー小説やら絵本やらには色々な神様がいたけど大体偏ってたなぁ。白鬚のお爺ちゃん神とか若くてきれいな女神とか、龍神とかも含むと動物の姿もありか。

 喋り方とかはお爺ちゃんぽいけど、これから信仰を集めるんだったらもっと人気の出そうな外見にしよう、そうしよう。

 まず男か女か、どっちがいいか。……折角だし、私の理想のイケメン神にしちゃっても許される、よね。

 顔立ちは切れ長の目で冷たい感じ、背は高くて細くても筋肉はしっかり付いていてあと美肌。古代ギリシャっぽい白い布の衣装で白髪紅眼。うん、完璧だ。

 そこまで考えたところで周囲の空気が揺らいだように感じて、その次の瞬間にはあやふやだった形が人間の姿になったのを知覚した。


「感謝する、名と姿を得た事でようやく汝に肉体を与えるだけの力を取り戻せた」


 ヴェルト様がこちらに一歩近づいて光の玉の私に手をかざす、すると私の中に何かが流れ込んできた。

 熱く、冷たく、痛く、くすぐったい、様々な感覚を刺激されて翻弄される。


「我の力を受けるに足る神の器を描け」


 飛びそうになる意識をどうにか踏みとどまりながらさっきと同じように、自分の姿を思い浮かべた。

 一瞬モデルみたいな美女になろうかとも考えたけど私はいつか元の世界に帰るんだから落差でひどいことになりそうなので、あえて「日野遥」そのままの姿を思い浮かべた。……胸をワンサイズ大きくしたのとウエストを五センチ程細くするくらいはちょっとしたおまけということで許される筈。


「……っはぁ」


 しばらくするとどさり、と音を立てて私はその場に倒れ込んだ。痛い。ちゃんと感覚がある。

 手があるし動かせる。頬を何度か軽く叩いてやっと新しいこの身体に馴染んできた。


「……異常はないようだな」


 見下ろしてくる視線に気づいて顔を向けると私は息が止まりそうになった。


「あ……は、はい」


 格好良すぎた。

 それはそうだ、今まで色々なデッサンモデルを見てきた上で考えた「私の理想の美形」なんだから私の好みにそのまま直撃するに決まっている。

 元々彼氏なんていた事なかったし空想ばかりしてたから免疫が無さ過ぎて顔が直視できない。……これは失敗したかもしれない。


「汝には我の知識と力の一端を授けた。地上にて活動する間は望めば我と言葉を交わす事も可能だ」

「神の力ってどんなことができるんですか?」

「あらゆる事象を思うが侭にできる、だがその範囲は極めて狭い」


 更に質問を続けようとしたら私の頭の中に勝手に解答が出て来た。これが神の知識というやつだろうか。

 それによると、信仰するのが私しかいない現状だと半径三十センチくらいしか有効じゃないそうだ。更に何度でもという訳じゃなくて、使った内容次第では次に使えるまで何日も何か月も信仰の力を溜めないといけないらしい。これが全盛期だとこの世界全てが範囲になって使い放題になるようだ。流石創造神。


「信仰する人が増えれば増える程、その範囲は広くなるってことで間違ってないですか?」

「その通りだ。神の力を振るい信仰に役立てるがいい」


 まるで怪しい新興宗教の教祖様みたいだ。本当に自分にそんなことができるか不安だけどここまで来たら後戻りはできない。どうせ教祖様みたいになるなら最初くらいはそれっぽくしてみよう。


「地上に降ろす時、場所の指定ってできますか?」


 私の問いにヴェルト様は僅かに眉を動かして、鷹揚に頷いた。


「我の司るこの世界に、降り立てぬ場所など存在しない」

「それならこういう場所があるならそこで……」


 頭の中で考えた内容がそのままヴェルト様へ伝わる。自分のイメージが完璧に相手に伝わるなんて芸術関係志望者なら喉から手が出る程欲しい能力だろうなぁ。


「了承した、ではもうよいか? 汝の働きを期待している」


 いよいよその時がやってきた。私がぎゅっと手に力を籠めて頷くと段々と身体が軽くなってきて再び私の意識は暗転した。

 私の異世界での布教の旅が、ここから始まった。

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