↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/93

第一話 信じる者は拉致られた

 誰も名前を知らないようなマイナーな美術大学の一室、自分以外誰もいないアトリエで私はひたすら筆を動かす。

 頭の中に描いたものをキャンバスに写し取る作業はかれこれ三時間以上に及んでいた。


「……できたっ!」


 けどそれもようやく終わり。コンクールに出品する作品がたった今仕上がったのだ。


「今度こそ何かの賞に選ばれますように」


 渾身の自信作だ、万年選考落ちからの脱却を願って自分の絵、題して「花畑で戯れる妖精達」に目を閉じて手を合わせた。

 私――日野(ひの)遥(はるか)――は普通より少し空想好きなだけの平凡な大学生だ。

 ファンタジーなものが大好きで、天使、妖精、精霊、ユニコーンやペガサス、ドラゴン、果ては神様仏様。子供の頃からそういう空想上の不思議な存在に憧れてその手の本ばかり読み耽って自分で絵に描き起こすようになって……それが高じて美大にまで入ったのだ。

 描くのは勿論「私の考えるファンタジー」

 勉強の方がいまいちだったので無名の大学にしか入れなかったけどいつか私の絵を小説や絵本の挿絵に使ってもらえたら、そんな夢を抱いて日々を過ごしている。


「げっ! まずい、バスなくなる!」


 帰り支度をしながら壁の時計に目をやれば既に時刻は夜の八時を回っている。郊外の自然豊かなキャンパス、なんて銘打ったこの大学は自然が豊か過ぎるせいでバスも中々来てくれないようだ。学生からすれば腹立たしい事この上ない。何にせよこの時間のバスを逃せば駅まで山道を三十分以上歩くことを余儀なくされる。

 私は慌てて荷物をまとめアトリエを飛び出した……のが良くなかった。

 床に零れた生乾きの絵具。靴の裏にこびりついたそれは階段を駆け下りる私の足には最高のトラップとなる。


「あっ……」


 声を上げた瞬間私の身体は宙に浮き、その次に全身に強い痛みを感じた。

 ぬるり、と生暖かいものが頭から流れているのを自覚したところで私の意識は完全に途絶えてしまった。



 目覚めよ……


 ん?


 目覚めよ……我が声に応えよ……


 え? この声何? 私階段から落ちた……んだよね? 誰かが見つけて救急車呼んでくれた?

 ……最近の救急隊員さんって変な呼び掛けするんだなぁ。


 我は世界を創りし神……肉体より解き放たれた魂よ、神の信徒として目覚めよ……


≪はぁっ!? 何それどういうこと?≫


 私は大声で叫んだつもりだった。けれどそれは声にならずに私の中に響くだけで終わってしまう。戸惑いながらも段々意識がはっきりとしてきた。

 私は日野遥。美大に通う二十一歳で彼氏無し。家族は父母兄の四人家族。よし、自分の事はちゃんと覚えてる。

 階段で足を滑らせて落ちて、それから覚えてないけどどうなったんだろう。頭から血が出てたんだから相当重症のはずなのに今は全然痛くない……というかなんか身体の感覚が無い。

 慌てて身体の状態を確認しようとして愕然とした。

 今の私は目も口も無い、光の玉のようなものになっている。

 勿論これも目で見えた訳じゃない、何となく今そういう形になっているのを全体で感じているだけだ。


「目覚めたか、人の子よ。選ばれし神の信徒よ」


 そして何者かの声もはっきりと聞くことができた。私の前に強烈な印象を持つ何かが存在しているのがわかる。

 さっきからの妙な呼び掛けの主だとすればこれはもしかして……


 ≪あなたは神様……ですか?≫

「如何にも。我は世界の安寧秩序を司りし者なり」


 まさかとは思ったけどやっぱりそうなのか。つまりここは死後の世界とやらで、私は死んでしまったという訳で……人生ってこんなに呆気なく終わってしまうんだ……せめてお父さんやお母さん、ついでに兄さんにお別れの挨拶くらいしたかったなぁ……


≪えーっと、それじゃあここは天国ですか? 地獄行になる程悪い事した覚えはないんですけど……≫

「我は汝の知る世界の神ではない、汝の知る死者の行く末等知らぬ」


 死んでしまったら仕方ない、大人しく天国に行こうと考えていた私の期待は大きく裏切られてしまった。私の知る世界の神じゃない? 世界っていくつもあるものじゃないよね?

 何だか頭の中がぐちゃぐちゃになってきた。物理的にもぐちゃぐちゃになってるだろうけど。

 死んだかと思えば自分がよく分からないものになっていて目の前にはよく分からない存在。私、普通に死ねないくらい行いが悪かったの!?


「汝の命尽きし時、汝の持つ神への強い信仰が我の元へと届いた。その信仰心こそ我が求めていたもの……故に汝の魂を我の元へと呼び寄せた。我が信徒として世界からの信仰を高める為に」


 その堂々とした拉致発言に、何とか動揺を抑えて取り繕っていた礼儀やら何やらが吹っ飛んでしまった。


≪ってことは全部神様のせい!? 実家は先祖代々仏教徒だし別に何かの宗教にハマった覚えなんてないんですけど! あなたみたいな神様なんて聞いたことないし信仰なんてしてません!!≫


 少し言い過ぎたかもしれない、慌てて口を塞ごうにも口も手もないのだからどうしようもない。相手が本当に神かどうかはまだ信用しきれないけど自分の現状や強烈な威圧感から人知を超えたとんでもない存在だというのは分かる。

 怒りを買ってこんな状態で放置されたらどうしよう……内心の怯えを隠して自称神の反応を待ってみた。


「汝が何を言おうと、信仰を持つ者であったが故に我は汝の存在を知覚した。神の実在を信ず、それこそが信仰となる」


 それを言われた私には思い当たることがいくらでもあった。

 『地球とは違う世界があって、きっとそこには神様も天使も妖精もいるに違いない』

 子供の頃は……いや、今でも時々考えてる事だ。

 けど所詮は「いたらいいな」というささやかな空想でしかないというのにそれが神様直々に呼び出す程の事なんだろうか? そんな疑問を解消するように自称神は語りだした。


「我は大地を創り空を創り海を創り、そこに住まう者として人と多くの獣を生み出した」


 進化論を真っ向から否定するその内容に興味を惹かれ、私は黙って自称神の話を待つ。


「世界はやがて我の手を離れ成熟し、人は世界を思うが侭に造り変え……そして神は忘れ去られた」


 忘れられた神か、兄さんが昔こっそり書いてた小説にそういう設定の話があったなぁ。あの話だと独りぼっちになった神様が自棄になって邪神になって勇者が現れて……って結構面白かった記憶。続き読みたかったのに何で書くのやめちゃったんだろう、友達にも評判よかったのに。


「知恵を高め神を必要としなくなった人は神へ祈る事も無く、世界を我が物顔で闊歩する。滅びへの道とも知らず」

≪何でそうなった!?≫


 急展開である。忘れられたからといって世界を滅ぼすとかまさに邪神そのものじゃないの……まさか邪神の手先になって世界を滅ぼせ、とか言われないよね? 段々この自称神の話を聞くのが不安になって来た。嫌な予感がひしひしとしてくる。


「神は、信仰する者あってこその神。信仰無き神などそれは最早神とは言えぬ……やがては神たる力を失い、消滅する。そしてそれと同時に我が創りし世界は失われる」


 自称神は本当に自称神でしかなかったようだ。しかしその話の内容は不穏極まりない。明らかにやばい。


≪世界が失われるって具体的には……?≫

「全てが消失する。大地も、空も、海も、そこに住まう者とその魂も」


 恐る恐る問いかけた私に返ってきたのは無慈悲な言葉だった。ここまで話を聞くとこの自称神が何を目的として自分を呼び出したのか、最初の呼びかけから何となく分かって来た。


「我としてはこの世界が滅びる事を良しとした訳ではない、だが信仰を失った者に神の声は届かぬ。その時だ、我の元に汝の信仰が届いたのは」


 声がより力を増した。何も見えないのにまぶしいような押さえつけられるような感覚に襲われる私に、自称神は宣言した。


「汝、我が世界へと降り立ち神の信徒として人の信仰心を高めよ。神の声を聴き神を感じる汝の信仰あらばこの世界を救う事が出来ようぞ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。