第十七話 馬の脚も借りたい
「こら! さっさとどこかへ行かないか!」
大事な馬が絡まれていても、近寄るとまた暴れてしまう事を恐れて追い払えないおじさんが棒を使って何とか遠ざけようとしている。ユニコーン相手じゃ下手すると殺されちゃうかもだし、その事を知らないリカルドおじさんが無謀でなくてよかった。
「ちょっといいですか?」
「ん?」
おじさんを止めて私は馬車の馬につけられた馬銜と手綱を取り外し、ユニコーンへと装着する。馬から外すのは中々苦労したけどユニコーンは分かってるのか大人しくしてくれたので簡単だった。
馬の方は近くの木に繋いでおいて、これでいいかな。
「おいおい、何勝手な事してくれてるんだ? 外してくれ」
「これは神様からのお告げなんです! どうかこのままにしてください!」
私の行動を黙って見ていたものの財産である馬車や馬に被害が及びそうな行動は見過ごせなかったようで苦々しい顔をしている。だけど私はそれを「神のお告げ」で押し通した。
効果は抜群で、渋々ながら動きが止まる。これが神の権威というものか。
「えーと、それでこの後どうすればいいんでしょう」
私とユニコーンじゃ言葉が通じないのでどうしてもヴェルト様を間に挟んでのやりとりで手間が掛かってしまう。それにこの神は説明が足りないので少しでも疑問に思った事は確認しておかないと大変な事になるのだ。
≪遥が手綱を引くがいい≫
「いや、馬車の操作なんてしたことないんですけど。それに道塞がったままですよ?」
≪そのような事は知らぬ。我は言葉を伝えるのみ≫
「何が起こっても知りませんからね……」
通じてない苦情をぶつぶつと呟きながら御者台に座って手綱を構えた。これは見た目だけなら結構様になってるんじゃないだろうか。この世界にカメラがないのが惜しい。
おじさんが不安げに私を見ているけど、馬車を引くくらいで変な事は起こらないから心配し過ぎのような気がする。
「さて、それじゃ次は……」
私が再度尋ねようとしたらユニコーンが力強く歩き出した。元々馬一頭で引いていたのでさしたる苦も無く来た道を引き返していく。普通におじさんの馬の代わりになりたかっただけ?
何のつもりか聞きたいけど直接会話できないのがもどかしい。ヴェルト様もどうせなら動物の言葉がわかるような能力くれたってよかったのに!
あれこれと考えている間に現場からずいぶん離れてしまった。このまま村まで馬車を引いていくのかと思いきや大きく向きを変え再び塞がれた道を真正面に見る。何かの目的がありそうとはいってもユニコーンがどれくらい知性があるのかよくわからないから予想が着かない。
地球で聞いたことある伝説ではわざと怒らせて木の板に角を突っ込ませて捕まえたとか、美しい処女にホイホイ誘われて膝で眠って生け捕りにされたとか、間抜けなエピソードしか知らないし。
「……何!?」
もしや私が失礼な事を考えていたのが分かったんだろうか、蹄をカツカツと地面に当てて苛立っているように見える。かと思えば次の瞬間、突如として駆けだした。
「止まって! ぶつかる!」
私が必死に手綱を引いても懇願してもユニコーンの脚は止まらない。それどころか益々勢いを増して油断すれば私自身が御者台から振り落とされてしまいそうだ。おじさんの悲鳴のような声も聞こえるけど力づくで止めても馬車ごと転倒するのが目に見えているから手が出せないこの現状。詰んだ。
「きゃあああああ」
そして跳んだ。私の盛大な悲鳴と共に。
例の場所まで戻ったかと思えば大地を強く蹴り、倒れた木々の遥か上を飛び越えていく。周りの風景がまるでスローモーションのようにゆっくり過ぎ去って見えるが現実はほんの数秒での話。私は着地の激しい衝撃に備えて目を閉じ身を縮める。けど予想に反していつまで経っても何も起こらなかった。
「……あれ」
恐る恐る目を開けば視界の先には森の中の街道が続いている。後方にはさっきまで私達を悩ませていた大木が。荷台に積んだワインも樽一つ壊れる事無くそのままの状態で残っている。
「……これってユニコーンのおかげ?」
≪いや、一角馬より着地の際衝撃を消して欲しいとの依頼があった≫
「じゃあ説明してくださいって言ってますよね!?」
ヴェルト様のせいで無駄に怖い思いをしてしまったのに全く悪びれる様子もない。神じゃなかったら頭を引っぱたいてやりたいくらいだ。私が内心で不満を燻らせているとユニコーンが高く鳴いてアピールしている。
「君のおかげで進めるようになったよ、ありがとう」
説明が無かったのは全部ヴェルト様のせいなのでユニコーン自体は悪くない。一応の感謝を込めて背中を擦ると嬉しそうに顔を寄せてきた。胸に。……顔がちょうど胸の高さにくるから仕方ないけど、動物相手とはいえセクハラされているようでちょっと微妙な気持ちになる。
「おーい! 無事かー!」
ユニコーンにされるがままになった私の背後からおじさんが馬を連れてやってくる。馬一頭なら脇の森を越えられるのでこれで先へ進めるようになった。
「私も馬車も大丈夫です!」
私の返事と傷一つない馬車本体を見てやっと安心できたのかおじさんが大きく息を吐いた。私はまだ何が起こってもある程度耐性はついたけど一般人にはやっぱり刺激が強すぎるみたいだ。
「とりあえず無事通れたし、先へいきましょ。遅れたら罰金なんですよね?」
「あ、ああ」
まだ混乱しているみたいだけど、詳しく話を聞かれない内に流してしまうに限る。ユニコーンから馬具を取り外しておじさんに渡すと再び荷台の隅に腰を下ろした。憧れた不思議な生き物との邂逅を果たしたのでわたしも取りあえず満足だ。今度はペガサスなんて見たいなぁ……荷台で揺られながらぼんやり考えていた私は、すぐ隣を歩く白い馬体には気付きたくなかった。
「この馬、もしかしたら貴族のお嬢様とかが飼ってた馬かもなぁ」
「……何でですか」
それは絶対にあり得ない、と思いつつおじさんの話に耳を傾ける。
「野生の馬なんてもっと傷だらけだったり毛並みが荒れてたりするもんだけど、白馬だってのに汚れ一つついてない、逃げ出してそう日が経ってないんだろう。それに俺相手には暴れてもフィノちゃんには懐いたし、飼い主にきっと似てたんじゃないか?」
「はぁ」
「街に着いたらお役人が探してるかもな。そうなれば褒美の品があるかもしれん」
街まで一緒に行くのは確定事項になってしまった。こうなったら本人じゃなくて本馬に理由を尋ねるしかない。
「……あの」
≪何だ≫
「何でついてくるんでしょう」
一度気付いてしまえば見て見ぬ振りもできない。おじさんには普通の馬にしか見えていないけどもしかしたら街ではユニコーンだと気付く人もいるかもしれないのだ。そうなると私が布教活動をする前にトラブルになってしまいかねない。
≪遥の力になりたいと、そう言っている≫
「いつそんな話したんですか!」
≪遥が考え込んでいる間、一角馬と幾度か言葉を交わした。それによると一角馬は人の子として生きたいと願っていた≫
「それがどうして私と行く事に……」
人間になりたいユニコーンなんて理由がさっぱりだ。幻獣の類なんて大抵人間を嫌ってたり孤高に生きたがったりするものだと思っていたのに。
≪我に人の姿が欲しいと願うも、大地より生まれし幻獣は我の手を介していない故に人の子の肉体を与えるのは難しい。今はそれだけの力が足りぬ≫
「えーと、それで」
≪人の肉体が欲しいのであれば我の信仰を高めよ、遥の助けになれと告げた≫
「何勝手な事言っちゃってくれてるんですか!」
ヴェルト様は天からあれこれ言うだけだからいいけど、実際に旅をする私自身に話を通さないのはどうなのか。
ユニコーンにちらりと目線を向けると黒い瞳がじっと私を見ている。言葉は分からなくても期待されているのがよく分かる。
「……ユニコーンのお世話の方法、聞いておいてくださいね」
視線に屈した私は街に辿り着くまでの間ヴェルト様を通して「初心者でも出来る、ユニコーンの飼い方講座」を受ける事になったのだった。




