第十六話 天高く馬増える秋
今回は簡易地図を挿絵として使用しています。少々サイズが大きくなってしまった為ご注意ください。
晴れた空、そよぐ風、降り注ぐ太陽。絶好の旅日和である。
皆との別れを済ませた私は馬車の荷台の上で胸いっぱいにその空気を吸い込んだ。
「街までまだかかるからな。しばらくゆっくりしてな」
御者台からおじさんが声を掛けてくれたのでその言葉に甘え、これからの予定について思案に耽る。
私が持っている神由来の知識と村で教えてもらった情報を合わせると、まずこの世界は平たい円盤状の一部か掛けて三日月のような陸地と海が広がっている。そこには三つの国と隣人教の本部がある聖都ヴァイスハイトが存在しているという。
聖都はそれぞれの国に隣接していて旅人の出入り制限も緩いので大体の人がそこを目指していくそうだ。私の場合は「隣人教の本部で神の話をしたら何をされるか分からない」という司祭様の忠告により最初から除外して考えている。……司祭様でもまだ信者レベルが高い方じゃないらしいのには驚いた。
ただしばらくはこの国『プラテリア』で布教活動をする事になりそうなので教会にさえ近寄らなければ大丈夫だろう。
この辺りは国の端の方になるので小さな村や町が点在している。まずはそこからかな。
今後の方針が大まかに決まったところで一人納得すると再び空を見上げた。
……それにしてもお尻が痛い。ただでさえ狭い荷台に荷物と一緒になって居心地が悪いというのに舗装されていない道を通る為車輪の振動がダイレクトに伝わってくる。これからの旅はずっとこういう移動になるんだから慣れないとなぁ……そんな事を考えながらぼんやりとしていたので油断した。
「うわっ」
「きゃああっ!」
おじさんが叫ぶと同時に馬車が急停車して勢いづいた私は荷台から転げ落ちる。顔面だけは何とか守れたけど結構痛い。
「いたた……おじさん、どうしたんですか?」
「ああ、悪いね。大丈夫かい?」
腰を擦りながら差し出された手を取り起き上がろうとしたその時だった。
「……馬の鳴き声?」
思わず振り返ると馬車を引いていた馬は大人しく道端の草を食んでいる。声自体も遠くからだったので別の馬だ。そう納得して向き直るとおじさんの背後から一頭の白馬が駆けてくるのが見える。
けどそれはすぐに訂正される事になった。白いたてがみ、白い体躯、白い……角。
「ユニコーン……?」
その馬のような生き物は私達の前で脚を止め堂々と立つ。
昔絵本などで見たのとほとんど変わりない姿。額から伸びる角は鋭い槍のようで黒い瞳はじっと私達を見つめている。日の光の下でたてがみは淡く輝き、普通の馬とは明らかに異なるその神秘的な威容は生き物と思えない程に美しく私はただ見惚れていた。
「こりゃ立派な白馬だなぁ。どこのおエライさんのところから逃げてきたんだ?」
「……え?」
初めて見た幻想上の生き物との対面に感動に打ち震えていた私とは対照的に、おじさんは素っ頓狂な声を上げた。ユニコーンを見てこの反応は絶対におかしい。
「あの、おじさん角に気付いてないんですか?」
「何言ってんだ? 馬に角なんて生えてる訳ないだろう?」
きょとんとした顔から察するに、どうやら本当に気づいていないようだ。これはもしや私にしか見えていないというパターンなんだろうか。
何と答えたらいいものか迷っているとおじさんがユニコーンに触れようと一歩近づく。
危ない、そう思った時には遅かった。
「ぐっ!」
ユニコーンが高く鳴いて頭を大きく振り回した。その角がバットのようにおじさんにぶつかり吹っ飛んでしまったのだ。あれだけ勢いよくぶつけても角が折れていないのはすごい。
……やっぱり伝承通りだ。近くにいられるのは経験のない乙女のみ、経験した人と男性は大嫌いだって。私が近くにいても暴れる様子がないからまぁそうなんだろうとは思ったけど……彼氏無しの経歴がこんなところで生きるとは思わなかったよ!
いけない、そんなことより倒れたおじさんを放っては置けない。私は地面に尻もちを着いたおじさんの側に駆け寄るといつものお願いをした。
「ヴェルト様、リカルドおじさんの痛みを癒してください」
≪了承した≫
返事が届いたところで両手でおじさんに触れる。前に腰を治してもらった時同様手が光を放つとたちまち痛みに呻いていた様子が変化した。その変化に一番驚いたのは癒されたおじさん本人だ。
「……これもフィノちゃんの神様の力かい? すごいもんだ」
「でしょう? ヴェルト様はすごい神様なんです」
率直な賞賛の言葉に思わず嬉しくなって胸を張る。これでまたヴェルト様の信仰も高まったかな。
いい仕事をしたと満足していると元凶のユニコーンがじっと私を見ていた。白い毛並みとは対極の真っ黒な瞳は何やら意味ありげに見えて違和感を覚える。
幻の生き物に会えて感動したけど処女以外を嫌うという性質は正直気持ち悪いしあまり関わりたくない。
……そう考えていた私は甘かった。
「その馬、フィノちゃんのことが気に入ったみたいだな」
ユニコーンが私の身体に顔を擦りつけてくる。角が刺さりそうで怖いしやめてほしい。
「そんなぁ……それより早く出発しましょうよ!」
たまたまここにいた私が条件を満たしていただけなので、この場を離れてしまえばすぐにどこかへ行ってしまうだろうと考えていた。しかし無情にもおじさんは首を振って否定する。
「それがなぁ、これ見てみな」
暗い顔でおじさんが指し示す方向には何本もの太い木が倒れて道を塞いでいる。さっきの急停車も恐らくこれのせいだろう、街道脇は深い森になっているのでそこだけを避けて馬車を通すことは出来そうにない。
「一度村に戻って皆でどかすしかないな……はぁ、出荷遅れの罰金がいくらになるんだか」
どうやら遅れてしまうとペナルティがあるらしい。私の力で何とかできないかな。
一本の木に手を掛けて持ち上げようとしたのだけどほんの少し動いたところで力尽きてしまった。一般人より力が強い、といっても数百キロはありそうな木を動かすのは無理だった。じゃあ困った時の神頼みだ。
「ヴェルト様、ちょっとこの木どうにかできません?」
≪……これ程の質量のある物体を移動させるなど現時点では力が足りぬ≫
「ええー? じゃあ燃やすとか粉々にしてしまうとか」
≪数日程掛けて行うものと短時間で辺り一帯を焼き払うものと、どちらを望む?≫
「駄目! それ絶対駄目です!!」
私の迂闊な発言で危うく森林火災が起こるところだった。
しかし困った。このままじゃおじさんは罰金だし私だって涙の別れをしたばかりの村に戻るのはちょっと情けなくて遠慮したい。
どうしたものか、腕を組み考え込む私をさっきからユニコーンが角でつついてくるけど今は構っている余裕が無い。しばらく無視していたら諦めたのかつついてこなくなった。
「何だこの馬? おい、離れてくれ」
違った。私じゃなくて馬車の馬にちょっかいを出している。馬同士ウマが合うんだろうか。馬だけに。
下らないダジャレを考えてしまうくらい考えが行き詰っていてどうしようもない時、私の脳内にいつもの声が響く。
≪遥、一角馬に手綱を取りつけよ≫
「何でですか?」
≪知らぬ≫
「ちょっ! 自分で言っといて何ですかそれ!」
ヴェルト様との会話にも慣れてきたつもりだったけど、まさか本人がよく分かってない事をやらせようとするのは流石に初めてだ。いくら何でも無茶ぶりが過ぎる、そう思っていた私は平然と放たれたヴェルト様の言葉に耳を疑った。
≪我も知らぬ。一角馬がそれを望んでいる故に伝えた迄の事≫
「……ユニコーンの言葉が分かるんですか? というか会話できたんですね……」
この神は何が出来るのか出来ないのか、こっちから聞かないと教えてくれないので性質が悪い。文句を言ったって「全ての事象を自在に出来ると告げた筈だ」という言葉だけで済ませてしまうに違いないのだから。
とりあえずこの会話のキャッチボールが出来ない神様の事は今後の課題として、今は言われた通りにしてみるしかなさそうだ。




