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第十話 触らぬ髪に艶はなし

 司祭様の後から村に戻った私は、ジーナ達と約束をした泉のほとりで彼女達が現れるのを待っていた。祭が終わってからどうするかまだ具体的に考えていないけど今はとりあえず目の前の事を済ませよう。

 ぼんやりと待っていると大荷物を抱えたジーナとデイジーがこちらへ手を振ってくるのが見えた。


「お疲れー。頼んだものは手に入った?」

「母さんに拝み倒して分けてもらったわよ。こんなものどうするの?」

「あたしも家のお手伝いたくさんやったらお母さんがいいよって」


 彼女たちの包みから出てきたのは卵に蜂蜜、ブドウの種から絞った油。

 貴重な食材だけに手に入れるのも結構苦労したようだ。これから何をするか事前に言っておいたら拒否されそうなので二人は何も知らない。


「ありがとう。あのね、これから私がやることは他の誰にも言っちゃ駄目だからね……」

「そ、それは神様に教えてもらったことだから?」

「そう、秘密にしておかないと大変な事になるんだけどとっておきだから二人だけ特別に教えてあげる」


 二人が揃って息を呑んだ。何せこれから教える方法はこっちじゃ常識外れなものだろうからこれも神様由来で秘密という事にしておいた。司祭様の件もあったからだけど。


「じゃあまずは髪の汚れを落とします!」


 紐で結わえただけの髪を解き、木製のブラシで丁寧にブラッシングしてあげる。鏡も無い村なので自分だけじゃ分かりにくい分け目なんかも根元から髪を掬っていくとそれだけでかなり手触りが違ってくる。一人をしたらもう一人にも、時間は掛かるけど目に見えて変化が現れるのでやっている方もちょっと楽しくなってきた。これだけで二人の期待感が増しているのが分かる。

 さて、終わったら次の工程だ。二人に器に卵を割り入れてもらい、そこに蜂蜜を混ぜて溶き卵を作らせた。


「こんなところで料理? 鍋も何もないんだけどこれどうするの?」


 素直に従っているけどそれでも気になるようで手を動かしながら問いかけてくる。それに対して私は意味深な笑みを浮かべるだけで済ませておいた。


「いい? 絶対に動かないでね」


 私はデイジーの背後に回ると蜂蜜入り卵液を手に取り、その髪に塗り付けた。突然の冷たい感触にデイジーの肩が大きく跳ねる。


「ちょっと! なんてことしてるの!?」


 横で見ていたジーナが私の突然の奇行に止めようとしてくるがそれを制して続行する。無理矢理止めようにも下手に手を出せば自分も被害に遭いかねないので彼女も及び腰だ。当のデイジー自身は頭に塗り付けられていく何かに怯えながらも動くことはなかった。

 一通り塗りたくって洗濯済みの清潔な布で髪と頭を包み込む。完成だ。


「フィノ姉……あたし一体どうなってるの……?」


 自分の状態が見えないデイジーが泣きそうになっている。ちょっと事前に脅かし過ぎたかもしれない。


「大丈夫、しばらくこのまま待ってるだけでいいから。それじゃ次は……」


 ゆっくり振り返るとジーナの顔が引きつっていた。私は逃がさなかった。

 そしてそれから数十分後。


「たまご無駄にしちゃった……いいのかなぁ……」

「今この姿見られたら恥ずかしくて死ねるわ……」


 頭を布でぐるぐる巻きにされた二人は並んで座っている。その間に私は使った道具の洗浄を済ませ次の段階へ移る。


「それじゃ次はこれを洗い流します!」

「ここで? 水冷たいんだけど」

「お湯じゃ駄目だから我慢して!」

「もうやだー!」

「諦めて! ここまで来たら最後までやるしかないんだから!」


 嫌がる二人を説得し液が乾いて塊になったところを丁寧に洗い流していく。しばらく頭が動かせなかったのでついでにマッサージまでしてあげた。

 その後は水気を切って布で拭き、完全に乾くまで待つ。だんだんと髪が乾いていくにつれて変化に戸惑う二人が面白かった。


「な……なにこれ……全然違うっ!」

「ジーナ姉すっごくきれい……お姫様みたい」


 長い髪を一房掬えば手を離すとさらりと落ちていく。指に巻けばするりと解けて見た目にも艶やかなそれはまるで上質な糸のようだ。ブラシを通しても以前とは櫛通りが全然違う。

 自分の髪ではなく目の前にいるお互いの髪を触り合う二人の喜びように私も大満足だ。

 だが、ここで終わらせるつもりはない。


「二人とも喜ぶのはまだ早いから」

「えっ……」

「ま、まだ何かあるの?」


 あれ? こんなに効果を実感しているのに何でそんなに引いてるんだろう……まぁそれはそれとして、今度はこれだ。


「さすがはワインの村だねーこんなに持ってこれるなんて」


 地球じゃ「グレープシードオイル」、いわゆるブドウの種から絞った油は料理や菓子作りは勿論美容にも効果抜群という優れものだ。それなりにお値段がしてたけどワイン造りの副産物だからここでは割と豊富に使えるらしい。

 容器から一匙油を掬い、それを丹念に両手の平に馴染ませて二人に向き直る。


「さ、仰向けになって私の膝においで」


 最早二人は抵抗する気を失くしていた。


「もうどうにでもして!」

「……その発言はちょっと他所では言わない方がいいと思う」


 覚悟を決めたジーナに軽い突っ込みを入れつつ作業開始だ。指の腹、手の平などの柔らかい部分で丹念に顔の肉をほぐしていく。目元や口の端なんかは特に重点的に。顎から首のラインも肉を持ち上げるようにぐいぐいと動かす。ジーナの目が何かを訴えているような気がしたが知らない振りをしておいた。


「あはは! 変な顔してるー」

「うるひゃいはね」

「あー喋っちゃ駄目だってば」


 ジーナは犠牲になった。

 そうして丹念に油でもみ込んだジーナの顔はしっとりと柔らかくつるつるぷにぷにに仕上がった。


「すごい……これが神様直伝の美容法……」


 デイジーの顔を揉んでいる間、ジーナは必要以上に顔と髪をいじってうきうきとしている。やり方に驚いてはいたものの効果は満足いくものだった様子。デイジーは元々子供だったこともあってそこまで目立った効果はなかったけどマッサージ自体は気持ちよかったらしく満足げだ。


「ね? 秘密のとっておきって理由がわかったでしょ?」


 全てが終わり私が尋ねると二人は揃ってこくこくと頷いた。


「まさか、食べ物をこんなことに使うだなんて……」

「お母さんに怒られそう」

「効果はすっごくあるんだけどどうしても材料がねー……だから本当に特別な時にしかしちゃ駄目。具体的には明後日のお祭りね」


 そこまで言うとジーナががっしりと私の手を握り込んできた。この光景は覚えがある。


「フィノ、ありがとう! あなたって本当にいい子ね……!」

「フィノ姉ありがとう! フィノ姉の神様ってすごいんだね!」


 本当は地球由来の知識だけどまぁいいか。そして私はここでまだ終わる気はない。どうせやるなら徹底的に、だ。


「どうしたしまして。じゃあ後は祭当日ね」

「まだ何かする気なの?」

「折角綺麗な髪になれたんだから、いつもの髪型じゃつまんないでしょ?」


 ぱっと二人の顔が明るくなる。

 こんなに喜んでくれるなら私も遣り甲斐があるってものだ。当日の為に二人の髪の長さで出来そうなアレンジの候補を用意しておかなきゃ。


「フィノも一緒に盛り上がりましょうね。歳の近い子と一緒なんて久しぶりだから楽しみなの」

「お母さんが鶏つぶして串焼きにするって言ってたよ! 一緒に食べようね」

「……うん、楽しみだな」


 多分二人の支度を整えたら私は村にはいないかもしれない。何も知らない無邪気な二人の言葉がこの世界にやって来て最大の罪悪感を私にもたらしてきた。

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