要の正体と高村の謎
学園の敷地内に佇む古い教会は、白い壁に色あせた朱色の屋根、綺麗な細工が施されている黄土色の扉の横に、窓のステンドグラスの綺麗なマリアが微笑んでいる。
古びてはいても、とても綺麗な雰囲気を漂わせていた。
その教会の中で、由希はマリア像の前で祈っていた。
すると、扉が ――ギィ―― と音を立てて開き、その音と共にシルエットが浮かび上がった。
そのシルエットは、由希と同じくらいの髪型で、ワンピースのセーラー服のような格好だった。
シルエットを見る限り、白石女子学園の生徒のようだ。
「二時間目まで耐えられるなんてすごいじゃん!」
シルエットの彼女はそう由希を称えながらツカツカと歩んできた。
それと共に、扉が ――ギィ―― と音を立ててしまる。
由希はそのシルエットの彼女を、ただただ見つめた。
――放課後――
本日の授業はテストまじかということで、お昼で終わりだった。
倶楽部のドアを開けると、一つの机の上にダンボールが置いてあった。
「道具もう届いてたんだ~はやいなぁ」
要は駆け寄るとダンボールの中を覗いた。
「なになに?どんな道具?」
あかねもダンボールに駆け寄り覗き込む。すると、眉をぴくりと動かし、眉間にシワを寄せた。
「……何これ?」
その呟きに、由希と秋葉も駆け寄って覗き込むと、あかねと同じように眉を顰めて表情を曇らせた。
「おっかしいなぁ。これしかきてないんだぁ?」
要は訝しがって首をかしげる。
その中には、望遠鏡が二つ入っているだけだった。
「要ぇ、何頼んだのよ?」
あかねがため息混じりにたずねると、要は肩をすくめ
「少なくともこれだけじゃないよ。もう少し頼んだんだけどなぁ……」と言葉を濁した。
「望遠鏡を?」
探るようにあかねが聞くと「ううん」と要は首を横に振る。
「望遠鏡も頼んだけど、他にも色々とね……」と、また言葉を濁した要の様子を見て、3人は納得した。
『要は機材が来るまで言う気はないんだ』と。
(そんなに驚く物なのかしら?)
(どうせくだらないもんなんだろうな)
あかねと秋葉は、どちらかといったら呆れた感じの事を思っていたが、由希は少し違った。
(さて、どんな道具なんだろう?)と、少しわくわくしていた。
「とりあえず、俺行くわ」
秋葉は部活に行くためにいったん部室を出る。
そのすぐ後に、あかねも生徒会の会議のために部室を出て行った。
「二人になっちゃったねぇ、由希」
「うん」
「じゃ、二人で情報収集でもしようか?」
「うん」
由希の返事を聞いてから、二人は部屋を出た。
部室を出てから、二時間が経過しても有力な情報はなかった。
すっかりしょぼくれてトボトボと中庭を歩く要の後ろを、苦笑しながら由希がついていった。
「ねえ、要ちゃん」
「なぁに?」
要がダレながら振り向くと、由希は軽く唇を舐めて「あのね」とか細い声で切り出した。
「要ちゃんって、誰も知らないこととか、知ってるでしょ?どうやって、調べてるの、かなぁ……って思って」
それを聞いた要は、しばらくキョトンとした顔をしていた。
その顔を微笑みに変えて言う。
「さぁねぇ、どうしてかしら?耳に自然と入ってくるんじゃない?それより、どうして由希はいつもオドオドしてるの?」
「え?」
「あたし達の前でくらい『本当の由希』を見せてくれても良いんじゃない?」
その言葉に、由希は暫く目と口を開けて間の抜けた顔をしていた。
「……それって」
「こんにちは」
由希が何かを言いかけた瞬間、誰かの声が飛んで来て、それを遮ってしまった。
二人が振り向くと、そこにいた声の持ち主は、榎木だった。
「ああ、先輩。こんにちは」
「こ、こんにちは……」
要はあまり感情がこもらない声色で挨拶を返し、由希はおずおずと小さく挨拶を返した。
(また嫌味言われんのかなぁ……?)
心の中で要はぼやいたが、榎木は要と由希をチラリと見ただけで、何も言わずに2人の横を通り過ぎて行ってしまった。
「あれ?」
怪訝そうな要を尻目に由希は、榎木の後姿を睨むような眼つきで見送った。
「なんか、何にも言われなかったね」
「う、うん」
「由希、いったん部室に帰ろうか? お弁当もまだ食べてないし」
「うん。そうだね」
部室に戻ると、秋葉とあかねが向かい合って座っていた。
「あれ? いつ戻ってきてたの?」
「今さっきよ」
「今さっきだ」
同時に答えた2人の様子が少し変なことに気づいた2人は、顔を見合わせて席に着いた。
「なに? どうしたのさ、2人とも暗い顔して」
「それがね、生徒会の会議の内容が、ちょっとヤバイ事だったのよ」
「俺は部活で聞いた話なんだけど……」
「なになに? なんなの!?」
言葉を濁す2人に、要は急かして身を乗り出す。そんな要をいったん見てから、秋葉とあかねは顔を見合わせた。
「あのね……生徒会が『あの話』をするのは禁止した方がいいって。当然、このクラブもあの話には関わるなって言われちゃって」
「あの……『あの話』って?」
あかねが困ったようにため息をつきながら言うと、由希が腕を組みながらおずおずと話に乗ってきた。
「あの話ってのは、ドッペルゲンガー、もとい、高村先輩の事でしょ?」
あかねが答える代わりに要が答えて、あかねに回答を促した。
あかねは静かに頷くと、小さく「その通りよ」と答えた。
「何でも高村先輩が死んじゃって、ドッペルゲンガーの噂が生徒の間で高まっていて、このままじゃ秩序とかあったもんじゃないし、生徒会の面目も潰れる事にもなりかねないから、噂をしている人がいたらやめるよう注意して欲しいって」
「榎木先輩じゃないよね? それ提案した人」
「それはないわね」
要の問いに、あかねはキッパリと否定する。
「言い出したのは対面とか気にする三枝先輩だから」
「【三枝弘】……あの眼鏡っこか」
要は薄っすらと思い出し笑いの笑みを浮かべた。
三枝弘とは、教頭先生の娘で、教頭と同じような眼鏡をかけ、校則をきっちりと守っている頭の硬い先輩だ。
「俺の方は、やっぱりドッペルが元で出てきた話なんだけど、【皆元綾香】っていう先輩が一昨年にドッペルが原因で亡くなってるんだ。死因は自殺らしいんだけど……今までみんなそんな子がいた事も忘れてたらしいんだ。皆元先輩は暗くて地味で、友達も少なかったみたいだぜ。で、その先輩と一緒に美術準備室に入ったのがバスケ部の、日吉先輩らしいんだ」
「日吉って、バスケ部レギュラー【日吉淳子】?(ひよしあつこ)」
「ああ」
要の問いに軽く頷きながら答える秋葉に、あかねも頬杖をしながら聞いた。
「いつも髪アップにしてる人よね? 気が強そうで」
「ああ」
「なるほどね……」
意味深に要は呟いて、机にかけてあった鞄の中からお弁当を取り出した。
それを見ていた三人も鞄からお弁当を取り出す。秋葉だけはお弁当を部活中に食べてしまったので、パン3個とコーヒー牛乳だった。
「アンタよく食べるわよねぇ」
あかねのぼやきを横で聞きながら、要はお弁当を左手に持つと、呟くようにして切り出した。
「実はね……高村先輩の事故、事故だって言われてるけど……実は殺しだったんじゃないかって今言われてるの」
『え?』
唐突な言葉に3人は言葉が重なった。
「駅のカメラに、高村先輩が落ちた直後の騒然とした状況の中で走り去る女子高生らしき女が映ってたんだって。後姿で、画像が小さいからよく見えないらしいんだけど、どうやらウチの制服に似てるみたいなんだよね」
「マジか……?」
秋葉は訝しそうな顔で聞く。由希もあかねも不信そうな、不安そうな表情を浮かべている。
要はその顔ぶれをストローを加えながら一周して見ると、ストローを通して飲み物をズズリとすすった。
「今、ネットで極秘に公開されてんだけど……見てみる?」
要の誘いに3人は顔を見合わせると、頷いた。
4人はパソコンルームへと向かう。廊下側の一番目立たない席に座るとパソコンを起動させた。
ヴィィ――ン という起動音が教室に小さく響く。
要はパソコン画面が表示されたのを確認すると、すばやくネットに繋いだ。
検索画面で「SHOES」と検索すると、ヒットしたサイトの中から一つのサイトにアクセスした。
そのサイトは靴の専門店のものだったが、要は靴を見ようともせず、一番下までカーソルを動かした。
最後に突き当たったところに別の関連サイトが貼り付けてあり、そこをクリックする。すると服の通信販売のサイトにとんだが、要はまた同じように今度は右端の関連サイトをクリックした。
そんな作業を数十回繰り返すと、あるサイトにたどり着いた。
そのサイトは他のサイトと違っていた。
『パスワードを入力してください』という黒い文字と括弧だけが、真っ白い画面に浮かんでいた。
その光景はどこか異質で、奇妙な印象を要以外の3人に植え付けていた。
特にあかねなどは「ちょっと何かこれヤバイんじゃないの!?」と心の中で狼狽したほどだ。
そんな3人を気遣う様子もなく、要はすばやくキーを叩く。
勢い良くエンターキーを押すと、画面が切り替わった。
すると画面いっぱいに文字が浮かび出し、それが収まると同時に舌を出したピエロの絵が画面に浮かび上がってきた。
『 WELCOME! WELCOME! 』
ピエロが言っているのか、短く、単調な、少し高い声がパソコンから響いた。
そのピエロの赤い鼻をクリックすると、また画面が変わった。
英語で書かれたタイトルのようなものがいくつか出てきて、要はその中の一つを選択する。
浮かび上がってきた静止画の一つをクリックすると、パスワード入力画面が出てきた。
またすばやく打ち込むが、先程のパスワードとは違うキーを叩いているようだった。
出てきた画面には『あなたのパソコンでは動画は見れません』という注意事項であり「こうなると思った」と、要は軽く肩をすくめた。
「ま、学校のパソじゃしょうがないよねぇ」
ため息混じりに言うと『M』と書かれた場所をクリックする。
「なにする気だ?」
秋葉が興味津々に身を乗り出すと、あかねは「大丈夫なの?」と不安そうに問いかける。
「ダイジョブ、ダイジョブ♪」
要は気軽に言いながら、パックのオレンジジュースをすすった。
するとメール画面が現れた。『M』とはメールのMだったようだ。
要はなにやらメールに文字を書き始めるが、なんて書いてあるのか、まったく解らない。意味のない文字を適当に書いているとしか思えなかった。
「なんて書いてるの? っていうか、コレ文章なわけ? 嫌がらせ?」
「ちっがうよ! 何てこと言うのさあかね! これはれっきとした文章だよ~ん♪」
言い終わると同時に相手にメールを送信した。この時もパスワード入力が出たが、最初と先程のパスワードよりはるかに長いパスワードを要はほんの数秒で打ち終えた。
おそらく30字くらいはあったはずである。そしてまた、先程のパスワードとも押していたキーは違ったようだった。
要は画面を見つめたまま目を細め、ニタリと微笑むと口ぱくで「暗号ってやつかな」と呟いた。もちろん、その事に気づいたものは誰もいなかったが、誰しも心の中で思っていた。
――暗号みたいだな――と。
『送信完了』の文字が現れると、要はネットを終了させた。
「後は待つだけだな」
小さく呟いてから、椅子を回転させて三人を見るとにっこりと微笑んだ。
「ちょっと待っててね」
数分後、パソコンから――ピロリロ♪――と短い音が鳴った。
見ると、パソコンの隅に『メールが届きました』と表示が出ていた。
さっそくメールを開くと、ゆっくりと静止画像が出来上がっていった。
数分で完全に全貌が見えたその静止画は、カラーではなく白黒で、線のようなものが入っていて、お世辞にも綺麗な画像とは言えないものだった。
画像には人がたくさん映っていて、どうやら駅のようだ。
「ねえ、これってもしかして駅のホームの……監視カメラの映像じゃない?」
「エレスコレクート! あかねちゃん!」
「エレ……なに?」
訝しがって聞いたのは秋葉だった。要は楽しそうにそれに答える。
「キミは正解だ!って言ったのさ、秋葉!秋葉もちょっとは勉強しなよ~♪スペイン語」
「って、スペインかよ!」
秋葉のツッコミを要は「ハハハ」と軽く笑った。
しかし秋葉のツッコミを大幅に無視したあかねが怖い顔ですごむ。
「――説明してくれる?」
「何をさ?」
キョトンとした顔で逆に聞き返した要に、あかねは顔をしかめた。
「『何を』じゃないでしょ!? この画像どうしたのよ!?」
「どうしたのって、このパソコンじゃ映像が見れないから画像にして送ってもらっただけだけど?」
「ちがくて! これって駅でしょ? 駅のホームでしょ!? しかも監視カメラの映像でしょう? なに、貴方は駅員さんに知り合いでもいるの? 大体あのサイトやたら怪しくない!?」
激しくまくしたてるあかねに要はそっけなく答える。
「まあ、細かいことは別に良いじゃん」
「良くない! ヘタしたら犯罪でしょうが!!」
「あ~かねぇ~、人には知られたくない事ってのが、あるでしょうがぁ」
怒鳴るあかねに要は呆れたように、面倒くさそうにため息をつきながら言った。
探るように薄笑いを浮かべて続ける。
「あんたにだって、あるでしょう? ほら、あたしら以外に言えない……ねえ?」
脅されるような発言に、あかねはワナワナと下唇を軽く噛んで、顔を歪ませながら強く言い放つ。
「でも、私はアンタ達には隠し事なんてしてないわ!」
屈辱よ! 侮蔑よ! と、あかねは怒をあらわにする。
しかしその瞳の奥で、要への心配の色がにじみ出ていた。
その瞳を見て、要は「かなわんなぁ……」と呟いた。
「知ってた? あたしってば秘密の宝庫よ! 隠し事とかしたくなるタイプなわけさ」
「そんなんとっくに知ってるぜ」
「何を言い出すかと思えば、って感じね」
「うん……そうだね」
呆れたように秋葉とあかねは言うと微笑む。由希も軽く頷きながら、ニコリと笑った。
その様子を見て、要は照れ笑いを浮かべる。その笑いを隠そうと、顔をそむけた。そしてちょっとだけ悪態をついてみせた。
「――ビビんなよ!」
紙パックを両手に持ちながら、要は静かに語り始めた。
「あのサイトは、ハッカーが集まるサイトでさ。チャットとか、もちろんハッカー同士のチャットなんだけど、があってさ。あとは、自分がどんだけハッカーとして凄いのか自慢したい人のために、その人が盗んだ映像とか画像とか、話とかを載せたりするんだ。あたしらが今見てる画像はそのサイトの製作者がハッキングしたやつ。ちなみにあのサイトはハッカーしか入れないようになってる」
「ってことは、要も?」
「エレスコレクート!あかねは鋭いねぇ!」
「ていうか、ここまで言われれば普通分かるわ」
「要も、なんだ??」
「なに、秋葉アンタ分かんないの!?」
呆れたようにあかねが言うと「悪いかよ!」とあかねを睨む。
「由希、お前は分かったか?」
同意を求めるような秋葉の瞳に遠慮しながら由希は答えた。
「う、うん、何となくは」
「つ~ま~りっ!あたしはハッカーってことさ!鈍いなぁ、秋葉は」
そう暴露して要は苦笑した。
「まっ、情報は全てハックしてたってわけじゃないんだけどね」
「そうなの?」
意外そうにあかねが聞くと、要は数回頷いた。由希も意外そうな顔をして腕を組む。
「極力ハッキングはしないようにしてるんだ。あたしは好奇心がウズいてしょうがない時たまにやるだけで、後はあのサイト見て情報収集したりするんだけど、学校の連中の秘密は黙ってても入ってくるもんなんだよ。あたし聴覚、驚くほど良いから」
そう言って自分の耳を指でポンポンと叩くと、秋葉はやっと理解したのか、ずれた声をあげた。
「な~るほど!」
しら~とした目であかねが見て、要と由希は苦笑して笑みを浮かべる。少し気恥ずかしそうに、秋葉が「ごほん!」と咳払いをすると、要が話を区切った。
「まあ、あたしの話はそこまでにして、いいかげん画像見てくれない?」
要は画像を指差しながらまた苦笑した。
その画像は、人はたくさんいるが、右側のホームに集まって線路を覗いて見ているので、もう片方左側のホームは数人しかいなかった。
「例のあれは、コレだ」
要が指をさした場所には少女と思われる人物の後ろ姿が映っていた。
皆が線路や、右側のホーム下を覗き込んでいる中、その少女は改札口や他のホームへと向う階段を下ろうとしていた。
三人が少女を見たのを確認すると、要はその少女だけを拡大してみせた。
その少女の服装は、セーラー服のようだった。目を凝らしてよく見ると襟に蝶々のような鳥のようなマークがついている。
髪型は、映像がぶれていて良く見えない。セミロングにも、ショートにも見えるし、縛っているようにも見える。身長は人に紛れてよく分からなかった。階段を下りた所なのかも知れないし、下りる前なのかも分からない。
「確かに、ウチの制服によく似てるわね」
「だしょ!」
「ウチの制服にもココにマークついてるしな。しかも蝶々の」
画像の少女を指差しながら秋葉が言うとあかねは冷静に意見を述べた。
「でも、この子が殺人犯なのかしら? 駅員を呼びに行ったとは考えられない?」
「お前、今さっき「確かに似てるわね」って言ってなかったか?」
「言ったわよ。似てるとは思うけど、殺人事件だって断定するのはどうかって言ってるのよ。まったく頭廻らないんだから秋葉は!」
「何だと!?」
「何よ?」
「ああ!ハイハイ、今は痴話ゲンカしてる場合じゃないっしょ」
二人の睨み合いから、ケンカに発展する前に要が止めた、しかし『誰が痴話ゲンカだ!!』と、もの凄い剣幕で二人に怒鳴られたので、要は肩をすくめて顔をそらし「べえ」と舌を出す。
「まあ良いわ」
ぼやいてから、あかねは「で、どうなの?」と要に尋ねた。
「駅員を呼びに行ったって事はまず無いね」
「どうしてよ?」
「実際、駅員を呼びに行ったのは中年の男性だったのよ。ニュースでもやってたでしょ?」
「あっ!」
何かを思い出したらしくあかねは口に手をあてて気まずそうな顔をした。
「確かにやってたわね。忘れてたわ」
「バーカ」
秋葉のぼやきが聞こえて「何ですって!?」とがなろうとしたあかねに「止めなさい」と要がけんせいを投げかけた。
「とりあえず、意見を言いあお!」
その場を要が取り仕切ると、意見に賛同する声が上がる。
「そうね」
「だな」
「……うん」
先陣を切ったのは秋葉だ。
「じゃ、俺から言わせてもらうな。
テレビでさ、駅員を呼びに行ったっていうオヤジが取材をうけてんのを、そういえば見たことがあるなって思い出したんだ。
そん時は全然気にとめてなかったんだけど「死亡した少女は友達と一緒に駅に来ていたみたいだった」って言ってたんだ。
取材陣もその事はあんまり気にしてなくて、「受験勉強の疲れで貧血を起こしたんじゃないか」って話してた」
「どうして友達ときてたって分かるのかしら?」
「ん~、だよね。由希はどう思う?」
「うんっと、友達と一緒のところを見た、とか?」
「かもねぇ。そのセンあるかも」
「その人が誰か分かったら聞けるのにね」
残念そうにあかねがぼやいた。
すると要が何かを考えながら、呟くように言う。
「……聞けるかもよ」
その言葉に驚くよりも先に、秋葉が反論した。
「でもそのオヤジ顔隠れたぞ」
「うん。でも連絡先は分かるかも」
「テレビ局の人に聞くとか?」
あかねが訝しがって聞くと「ううん」と首を振って答える。
「テレビの人は教えてくれないっしょ。それより面白がられてコッチが取材受けさせられちゃうのがオチだね」
「じゃあ、どうするの?」
「これはとりあえず、あたしに任せて」
一抹の不安は感じたものの、あかねは静かに頷いた。
その後に続き、秋葉が「よろしくな!」と敬礼をする。
「あいっ!まかせんしゃいっ!!」
要がふざけて顎を突き出し、敬礼をし返した。
「なにそれ」と笑いが起きる中、由希は腕を組みながら右側の足に体重を乗せ、なにやら考えるように要を見つめていた。
「まあ、とりあえず、この件は要に任せるとして。あかね、お前なんかないのか?」
「私?……私の情報は、今のところないわ、ね」
気まずそうにあかねが答えると、由希も気まずそうに「私も、ないです」と言った。
「じゃあ、とりあえずウチの学校に犯人がいるかもって事だけ頭に入れといて。些細な情報でも、手に入ったら必ずメンバーに知らせる事!――良いかな!?」
要は人差し指を前に突き出しながら言う。
それを合図のようにして三人は声を合わせ、拳を高く掲げた。
『いいとも~!』
…… …… ……
三日後 ―― 放課後・部室
「有力情報ねぇなぁ~」
「隣でぼやかないでよね、秋葉。やる気無くすじゃない。私なんか、こんな事してるのバレたら生徒会からどやされるのよ~!」
「お前の方がよっぽど、ぼやいてんじゃねえか」
秋葉のぼやきはあかねの耳には届かずに、代わりに ガラー という騒々しい音が耳に響いた。
「朗報だよぉ!!」
そう叫びながら、要が勢い良くドアを開けたのだ。
部屋を見渡し、全員がきている事を確認すると、さっきとはうって変わって静かにドアを閉めた。
「聞いて!聞いて!手に入ったわよ、オヤジの電話番号」
「マジで!?」
「本当!?」
「……すごい」
次々と驚きの声が上がり、要は誇らしげに「ふふん」と鼻を鳴らした。
「早速かけようぜ!要、電話番号、何番だ?」
急くように携帯を取り出した秋葉に、要とあかねが「待った!」をかける。
「何でだよ?」
怪訝な顔をする秋葉に「あのね……」と人差し指を突き出してあかねが説明を始めた。
「相手の電話が携帯かナンバーディスプレイだったらどうするのよ? 携帯番号バレちゃうじゃない!」
「そういう事さね。非通知って手もあるけど、それだと出てくれない可能性が高いからね」
「あ!そっか」
秋葉が納得して声を上げると隣で、由希も指を胸の前でいじりながら「そっか」と頷いていた。
4人は学校の公衆電話の前にいた。この公衆電話で話を聞こうというのだ。
「電話は誰がかけるんだ?」
「あたしはあかねにやってもらおうと思ってんだけど」
「私!?」
「うん」
「何で私なの? 要で良いじゃない」
「いや、あたしじゃ無理。あたしは秘密主義者だけど、アンタほど演技上手くないから。すぐバレると思うよ」
言って要はあかねに持っていた紙切れを渡した。それを見たあかねは「なるほど」と呟く。
「そういう事ね! 解った、良いわ」
言って二人はニヤリと笑った。完全に取り残された秋葉と由希は、訳が分からず首をかし傾げた。
プルルル♪ プルルル♪
コール音があかねの耳に鳴り響く。七回コール音が鳴ったあと、留守番電話に繋がったので、諦めて受話器を置こうとした時、受話器のむこうから『もしもし』という声が聞こえた。
慌ててあかねは受話器を耳に押し当てた。
『も、もしもし!』
思わず声が震えたが、咳払いをして何とか気持ちを整えた。
『あのぅ、新堂勇次さんの携帯ですよね?』
『あ、はい。そうですが』
『あっ!突然すみません。GGFテレビの『朝月ニュース』の者ですが』
『ああ、どうも……何か?』
『以前取材を受けて頂きましたよね?』
『ええ』
『その際に「電車にひ轢かれた女の子は友達と来ていたようだ」とおっしゃいましたよね?』
『ああ、はい。言ったと思いますよ』
『その『轢かれた女の子の友達』の事を詳しくお聞きしたいんですが、よろしいですか?』
『ええ、良いですよ、覚えている限りのことで良いなら』
『ええ、十分です!ありがとうございます。ではお話お願いできますか?』
『ええ。……確か、女の子達は階段の下の、時計の真下らへんで話していたと思います。顔はよく見えなかったんですが、髪型は一本に縛っていたと思います』
『アップにしていたって……ことですか?』
『ええ、上向きに縛っていたと思いますよ、長さはセミロングかな? あと、轢かれた子と同じ制服を着ていました』
『なるほど……。会話は聞こえませんでした?』
『聞こえませんでしたよ。だけど、普通に友達と話してるって感じでした』
『そうですか……。』
『ああ!そういえば――』
『!?』
…………
「ありがとうございました。失礼します。」
あかねは浮かない顔をして、受話器を下ろした。
『どうだった?』
秋葉と要が同時に質問すると「それがね……」と考え込むように切り出した。
「オヤジこと、新堂さんが言うには高村先輩と一緒にいた人は、高村先輩と同じ制服姿で髪をアップにして縛っていたらしいんだけど、顔は見えなくて会話も聞き取れなかったって」
「ほとんど収穫ないね」
要が舌打ちをして言うと、あかねは相変わらず浮かない顔をしたまま「そうでもないかも」と言って、こう続けた。
「謎が深まったかも」
…… …… ……
あかねの謎の言葉を残し、一同はいったん部室に戻ることにした。
その途中で、由希と秋葉はあかねに渡された紙切れを見せてもらった。
そこには『オヤジの名前は 新堂勇次。新堂が取材を受けたのは にちゆう日夕テレビ ゴーゴーGOGOニュース もり森のもり森テレビニュース あさつき朝月ニュース 朝だよ!夜もだよ!ニュース! 新堂のTELL番 090―xxx―〇〇〇』と書かれていた。
部室に戻るとすぐにあかねに注目が集まった。
その視線の意味を悟って、あかねは話を切り出す。
「あのね、実は、新堂さんが見たのはアップの子だって言ったじゃない?
だけど新堂さんの同僚の人が、ああ、新堂さんは同僚と途中まで一緒に来ていたらしいの。
でもタバコ買ってから行くって言って、新堂さんより遅れて来たんだけど、
その同僚も高村先輩と友達を見たって言うのね。
だけど高村先輩と話していたのは、アップの子じゃなかったって言うのよ」
「えぇ?」
「あぁ!?」
要と秋葉があからさまに怪訝な顔をした。
その顔を無視して、あかねは続きを話し始める。
「しかもね! 新堂さんが見た時は、普通に話をしていたんだけど、同僚が見た時には高村先輩の顔が言い争ってるみたいだったんだって。相手の顔は見えなかったみたいなんだけど、髪型はショートっぽかったって」
「ん~……なるほどね……」
要が苦悩の表情を浮かべながら呟くと、あかねは「それだけじゃないのよ!」と言って人差し指を三人の顔に近づけた。
「他の同僚もいたらしいんだけど、その同僚が、アップの子とショートの子が高村先輩と話す前に二人で話しているのを見たらしいのよ!」
「正確なの?」
要が真剣に聞くとあかねは頷きながら答えた。
「みたいよ。話にくいからショートの子を見たっていう同僚を【同僚1】
ショートとアップを見た同僚を【同僚2】とするわね。
新堂さんと【同僚1】が互いに見た子の話をしていると、そこに【同僚2】が話に割り込んできて、話し込んだんですって、おかしいなって思って。
なぜかっていうと、目撃されてから数分の間に人が代わっていたから!
【同僚2】が二人を目撃したのが4時32分頃。
なぜ時間が分かるかというと、二人の頭の上に時計があったからで、【同僚2】は時計を見ようとして偶然二人を見たんだって。
【同僚1】も目撃したのはその理由から、らしいわ。
でも、新堂さんが目撃したのは時計近くのトイレの前で、時間は4時36分ぐらい。
トイレに入る前に見たらしいから正確だと思うわ。
そして【同僚1】が目撃した時間は4時40分頃だって」
「事故があったのは確か4時43分頃だろ?」
「だね。あの電車は10分ごとに来るから、それは正確でしょう。【同僚2】は4時33分の電車に間に合ったの?」
「ええ。だから事件の事はニュースで見るまで知らなかったらしいのよ」
「なるほど、なるほど」
要は繰り返し呟いてから「よし!」と膝を叩いた。
「それらしい人がいないか、ハッキング(調べて)してみるわ」
その言葉に、あかねは強く反対する。
「ちょっと、犯罪よ!」
「悪を裁くには、多少の悪も必要さ♪」
軽く言って笑う要に、あかねは強く首を横に振った。
「……ダメ、絶対ダメ!!」
「あかね、だからお前、頭固い石頭って言われんだよ」
秋葉が静かにぼやくと、あかねの眉がピクリと動き、眉間にシワが寄った。
「私は、石頭でも、頭が固くもないわ、よ!」
静かに、怒りを込めて絞り出された言葉と表情を、秋葉は静かに受け流した。
「じゃあ、ちょっとの悪くらい見逃せるよなぁ。子供のいたずら悪戯としてさ」
「エエ!!全然出来ますとも!!」
「はい。けって~♪」
手をパンパンと叩きながら、秋葉は勝ち誇った笑みをこぼした。
そんな秋葉をよそにあかねは一瞬、顔をしかめて、軽く唇を噛んで不安そうな表情をした。
そんなあかねの表情を見逃さなかった要はあかねをただ見つめ、由希は心配そうにあかねの瞳をじっと見つめた。