第4話:炎上という名の「本能寺」を迎え撃て
第一章 反信也同盟の蜂起
夜九時。自室の学習机に向かう織田信長――現代名・織田信也のスマホが、激しいバイブレーション音を鳴らし続けていた。
ブブブブブッ! ブブブブブッ!
「む……? 黒鏡がまるで痙攣しておるかのようだぞ……?」
信也が液晶画面を覗き込むと、SNSの通知マークが恐ろしい勢いで数字を増やしていた。 『99+』の表示はとっくに限界を突破し、秒単位で何千ものリプライ(返信)が殺到している。
発端は、ひとつの匿名アカウントが投下したまとめ画像であった。
【拡散希望】『【悲報】最近バズってる織田信也とかいうイケメン(笑)、ただの誤字イタい奴だった件www イタすぎる勘違い野郎をみんなで叩き潰そうぜ!』
ネットの闇の深みから湧き出たアンチ勢力――現代の「反信也包囲網」が、ついに決起したのだ。
前世において、武田・上杉・毛利・本願寺らによって張られた「信也包囲網」。 現代においては、顔も名も隠したネットの有象無象たちが、信也の圧倒的カリスマ性とフォロワー数の急上昇に嫉妬し、集団で炎上攻撃を仕掛けてきたのである。
『ただの誤字で調子乗ってるだけじゃんwww』 『フリック入力も満足にできないとか障害者かよwww』 『顔だけのイケメン気取りwwwマジでキモいwww』 『オワコンwww謝罪動画出せよwww』
タイムラインは、見るに堪えない誹謗中傷と悪意に満ちた言葉の嵐で埋め尽くされていた。
ピロンッ。 蘭からの電話(OLINE通話)が入る。
「信也くん! SNS見た!? 大変だよ、まとめサイトに晒されて、アンチが押しかけて大炎上してる!」
焦る蘭の声とは対照的に、信也は腕を組み、静かに鼻で笑った。
「フ……案ずるな蘭よ」
「えっ……? あんまり怒ってないの?」
「怒る? なぜ余が怒らねばならん。有象無象の群れが天下人の足元に群がり、甲高い声で騒ぎ立てているだけではないか。足利義昭が各地の諸大名に御内書を撒き散らしていた頃と何ら変わりわぬ。現代の包囲網など、蚊の鳴くようなものよ」
「相変わらず例えが歴史的すぎるよ! でも、放置してたらアカウントが凍結されたり、個人情報を特定されたりするよ!? 何か言い返さないと……!」
「うむ。言い返すのは容易いが……」
信也はスマホのキーボード画面を見つめ、苦虫を噛み潰したような顔になった。
(問題は……余のフリック入力が、未だにカメの歩みの如く遅いことじゃ……っ!)
第二章 猛攻と長考
アンチたちの攻撃は留まることを知らなかった。
炎上攻撃の首謀者は、『毒舌論破王・毒島』と名乗る有名インフルエンサーであった。 毒島はネット上のレスバ(言論バトル)で数々の配信者を言論弾圧してきた悪名高き煽り屋であり、今回の信也叩きの総指揮を執っていた。
【毒島(@dokushima_ronpa)】 『@Oda_Nobunaga_2026 ほらほら、どうした織田くん?www 返信が遅いぞ?www 言い返せないからってダンマリか?www 「天下布武」とかイタいこと言ってた度胸はどこ行ったんだよwww』
毒島の煽りツイートに対し、取り巻きのアンチたちが「効いてるwww」「論破www」「逃げたwww」と大喝采を上げる。
その頃、信也の部屋。
「ぬ……ぬぐぐぐぐ……ッ!」
信也は机に肘をつき、画面数センチの距離まで顔を近づけ、人差し指をプルプルと震わせていた。
「『毒島』とな……? 毒などという不吉な名を名乗りおって……。これに対する余の返答は……『浅はかな毒など、覇王の器には効かぬわ!』じゃ……!」
信也は気合を入れ、フリック入力を開始した。
(『あ』を押して……左へ払って『い』……! いや待て、まずは『あ・さ・は・か・な』か……! 『あ』はそのまま……『さ』は『さ行』のそのまま……『は』は『は行』のそのまま……『か』は……!)
ポチッ……ポチッ……ポチッ……。
信也のタイピング速度は、一文字につきおよそ五秒。 前世で言えば、筆に墨をたっぷり含ませ、羊紙に一筆一筆、入魂の書をためつすがめつしたためているような状態であった。
一方、ネット上では時間が刻一刻と過ぎていく。
『五分経過。織田、完全に沈黙www』 『レスバで五分放置は死を意味するwww』 『逃亡確定wwwはい、織田信也の敗北ーwww』
毒島は煽りを加速させる。
【毒島】 『おいおい、たった一言の反論すら出ないのかよ。所詮はネットの流行りに乗っただけのメッキイケメンだな。恥ずかしくないの? 今どんな気持ち? ねえ今どんな気持ち??www』
アンチたちが煽りスタンプを連投し、タイムラインは完全に信也劣勢の空気に包まれていた。
蘭から焦りのLINEが届く。 『信也くん! 早く何か打って! 相手が調子に乗ってるよ!』
信也は画面の通知を一瞬チラ見し、冷ややかに呟いた。
「焦るな、蘭。戦において、相手の煽りに乗って無謀に突撃することほど愚かなことはない。相手は言葉の数(数打ちゃ当たる鉄砲)で押してきているが、そんなものは薄っぺらな竹槍に過ぎん。余が放つは……大筒(大砲)の一撃ぞ」
信也は一度入力した文字を消去ボタンで消した。
(待て……『浅はか』などという言葉では甘い。相手の言動の本質を見抜き、その存在理由そのものを粉砕する言葉でなければならん……。この『毒島』なる者、なぜこれほどまでに余を叩く? 己の存在価値を、誰かを貶めることでしか証明できぬ哀れな男だからではないか……?)
信也は目を閉じ、じっくりと相手の人間性を推敲し始めた。
ネットのレスバにおいて、即答は基本である。 しかし、信也はその「入力の遅さ」ゆえに、否応なしに【熟考と推敲の時間】を得ていたのだ。
第三章 沈黙の二十分
信也が沈黙を守り始めてから、実に二十分が経過した。
ネット上のアンチたちは、最初は「勝利宣言」で盛り上がっていたものの、あまりの無反応さに次第に不気味さを感じ始めていた。
『……おい、マジで返信こないぞ?』 『警察に通報でもされたか?』 『いや、普通ならキレて「黙れ」とか一言返してくるだろ』 『なんでこんなに静かなんだ……?』
煽り散らかしていた毒島も、次第に冷や汗をかき始めていた。
【毒島】 『……チッ、無視かよ。つまんねー奴。逃げるなら最初からSNSなんてやってんじゃねえよ』
必死に勝利をアピールしようとする毒島。 しかし、相手が無言であればあるほど、毒島の連続投稿だけが画面上に虚しく積み重なり、まるで一人で壁に向かって大騒ぎしている滑稽な道化のように見え始めていた。
その時。
信也の部屋で、カチリと音がした。
「……完成したぞ」
二十分間、一文字一文字を慎重に吟味し、推敲を重ね、誤字がないか三回確認した最高の一文。 信也は満足げに頷くと、人差し指で『送信』ボタンを静かにタップした。
第四章 戦国流・重厚なる論破
二十分ぶりの織田信也のアカウントからの投稿。 タイムラインの全員が、固唾をのんでその画面を見つめた。
【織田信也(@Oda_Nobunaga_2026)】 『毒島とやら。他者を貶めることでしか己の輪郭を確かめられぬとは、痛ましい生き様だな。陰から石を投げる群衆の長となりて、満足か。余の首が欲しくば、画面の向こうで騒ぐのではなく、陽の当たる場所へ出て参れ。面と向かって余の目を直視できるなら、いくらでも相手をしてやる。』
「「「「「………………ッ!?」」」」」
ネット空間に、衝撃が走った。
それまでのアンチたちの「www」「オワコン」といった軽薄なスラングに対し、あまりにも重厚、あまりにも気品に満ちた、本物の覇王の威圧感を纏った日本語。
そこには、焦りも、怒りも、言い訳すらもなかった。 ただ圧倒的な「格の違い」を見せつけ、陰湿なアンチたちの根性を真っ向から切り捨てる、冷徹な一撃であった。
『……うわ』 『鳥肌たった……』 『文章の重みが違いすぎるだろ……』 『「他者を貶めることでしか己の輪郭を確かめられぬ」←刺さりすぎて草』 『「陽の当たる場所へ出て参れ」って、完全にお前ら引きこもりアンチ煽られてるぞwww』
形勢は一瞬で逆転した。
信也を援護する中立層やファンたちが、一斉に声を上げ始めたのだ。
『信也様、二十分間沈黙してたの、この文章推敲してたからか……!?』 『即レスで罵倒し返す奴らと違って、格が違いすぎる』 『レスバじゃなくて大河ドラマの台詞なんだよなあ』 『毒島、完全論破されてて草www』
攻撃の矛先は、一転して首謀者の毒島へと向かった。
『おい毒島、出てこいよwww』 『陽の当たる場所へ出て行けよwww』 『返信に二十分かけられて本物のカリスマ見せつけられた感想は?www』
【毒島】 『は、はあ!? なんだよそのポエムwww気取ってんじゃねえよ!!www』
毒島は必死に反撃しようと投稿した。 しかし、信也からの次の一言が、完全にトドメを刺した。
(信也が『余は忙しいので去る』と打つのに、再び十分間格闘した末の投稿である)
【織田信也】 『返答は不要だ。言葉の重みを知らぬ者と交わす言葉は、これ以上持たぬ。失せよ。』
『失せよ。』
たった3文字の圧倒的拒絶。 毒島のリプライに対し、これ以上一切の反応をしないという「完全なる切り捨て」。
『失せよwwwww』 『信也様の「失せよ」いただきましたwwww』 『毒島敗北宣言wwww』 『歴史的敗北wwww』
毒島のアカウントは炎上し、耐えかねた本人はアカウントを非公開(鍵垢)にして逃亡。 反信也同盟は、信也が放ったたった二通の「推敲され尽くした重厚な文章」によって、完全に崩壊・霧散したのであった。
第五章 災い転じて福となす
「ふぅ……うまくいったようだな」
信也は肩の力を抜き、椅子の背もたれに深々と体重を預けた。 指先が疲労でピクピクと痙攣している。
ピロンッ!
蘭からのOLINE通話が入る。
「信也くん!! すごすぎるよ!! アンチ全員黙っちゃった!!」
「フ……当然だ。戦とは数ではない。いかに敵の本陣(首謀者の心)を穿つかよ」
「でも信也くん、あの二十分間……本当は『フリック入力が遅くて打てなかっただけ』でしょ?」
「な……ッ!?」 信也はぎくっと胸を突かれた。
「ふふっ、知ってるんだから。『あさはか』って打つのに『あ・さ・は・か』って指で追ってたんでしょ?」
「た、たわけ! 結果往来じゃ! 遅かったからこそ、相手の浅はかな言動を見抜き、完璧な推敲ができたのだ! これぞ『遅延の計』という立派な戦術である!」
「はいはい、そういうことにしておいてあげる!」
蘭は電話の向こうで楽しそうに笑った。
スマホの画面を見ると、信也のSNSのフォロワー数は一気に跳ね上がり、なんと【五万人】を突破していた。
『アンチを沈黙させた本物のカリスマ』 『言葉遣いが美しすぎるイケメン』 『令和のリアル魔王』
ネット上は信也への絶賛の嵐となり、炎上という名の大火は、信也の威光をさらに強める「篝火」へと姿を変えたのだった。
「見よ蘭! 本能寺の炎など、この織田信長を焼き尽くすことはできん! むしろ我が天下布武の燃料とならん!」
「もう、調子に乗らないの。でも……本当によかったね、信也くん」
「うむ。しかし……」
信也は自身の指先を見つめ、キリッとした表情で呟いた。
「いつまでも『入力が遅いおかげで重厚に見える』という棚からぼた餅に頼るわけにはいかん。次の合戦……いや、真のインフルエンサーとして君臨するには、この指先を光の速さへと進化させねばならん!」
「まだやる気なんだ……」
「当たり前だ! 次はいよいよ……画面を見ずに超高速で打つ『ブラインドフリック』の体得じゃ!!」
覇王の指先は、更なる高みを目指して蠢き始めていた。




