返還
……春の陽気が運ぶ眠気は、全人類共通の難敵……
いやいや、色とりどりの四季があるからこそ、か。とにかく、どうにか50分間を耐えきった。
「ん……」
眠気覚ましに、とお茶を呷ったが、どうも水筒は空になってしまったようだ。
仕方がない。自販機に買いに行こう、と思ったところで昨日の出来事がよぎる。
試すのにはちょうどいい……ただ、人目には付きたくない。
教室を離れ、階段を下った。
「……なぜだ」
授業中には人通りのない部室棟。その陰に隠れて、飲み物を1本取り寄せられないかと試し──何も起きなかった。
いや、失敗して大惨事、よりはずっとましだ。もう一度、ペットボトルの緑茶を──ダメだ。飲み物という範囲では曖昧なのかと思ったが、そうではないらしい。
自分が知らない物でも問題ないことは昨日試してみて分かっている。つまり、自分が関知していないこと、すなわち容量や銘柄は自動で決定されるのではないだろうか。だから、「飲み物」というだけならともかく、「ペットボトルの緑茶」であればこれ以上細かく指定する必要はなかったはずだ。
では一体なぜか。思い浮かべるだけで使えたと思っていたけど、それが間違いかもしれない。まだ考えるべきことはたくさんある、そうに違いない。
とりあえず本来の目的を優先しよう。もしうまくいかなかったら、と考えて財布を持って自販機も近くにあるここに来たが、それが正解になってしまった。
財布を開けて……1回成功した物なら、と思って100円玉で泣きの一回を試したが、手ごたえはない。諦めて自販機に1000円札を入れ、ボタンを押した。
「……はぁー」
教室に戻ってからも考えてみたが、これぞという理論には辿り着かなかった。検証するには時間と秘匿性が必要で、学校では限界がある。
あれよあれよという間に授業は終わってしまった。とにかく今は、あの現象を再現することに集中したい。人の流れを追い越して、昇降口に向かった。
「光樹!」
「おっ?」
いざ帰ろう、というところで、背後から声がかかる。
「やっと追いついた……昨日のお金を返さなきゃと思ってて。はい」
「ん、確かに。返してくれてよかったよ、爽」
その声には聞き覚えがあった。つい昨日、電車賃に困っていたところを……
……!
「返、す……」
「うん。早く返したかったんだけど、間が悪くって。本当に助かったよ」
「いやっ。別に……」
返す、という考えはなかった。昨日の現象は、物体を出現させるというものだと解釈していたが……それが貸与された結果だとしたら?
「……気にしなくていい。約束はきちんと果たしてくれたし」
「そういってもらえると助かるよ、ありがとう」
「ああ、また」
部活に向かう爽と別れ、家路を急ぐ。
次に会う時は、『あの時は助かった』と言えるかもしれないな。




