都市伝説……木箱?
「え?」
木箱の話をテレビで?
有名な木箱なのか?
「ほら、真夏のホラー特集みたいなやつですよ。都市伝説とかの……観たんじゃないんですか?」
タクシーの運転手が、ルームミラー越しに俺と目を合わせながら話している。
「……それってどんな内容でしたか?」
「もう……いい加減にしてよ!」
「ノドカは黙っててくれ! お義母さんを助ける為に必要な情報なんだ!」
「ちょっと……お母さんに何かあったみたいに言わないでよ……」
「運転手さん。教えてください……お願いします。実は……アパートの隣人が木箱を持っていて……でも俺と義母には見えるのに妻には見えないんです。その木箱はついさっきまで隣人の部屋にあったのにいつの間にか消えて義母の家に……」
「……お客さん……そりゃ奥さんも信じませんよ……ねぇ、奥さん……」
「……でも本当なんです。二部屋隣に住んでる男性が都市伝説を教えてくれたんですけど妻は信じなくて……義母が木箱を家に入れて中を見たかもしれないんです」
「私が悪いみたいに言わないでよ……お母さん……お願い……何か話してよ……」
何も聞こえないスマホを握りながらノドカが震えている。
でも、さっきみたいに話の邪魔をされるわけにはいかない。
両親がいない俺にとって、お義母さんは本当の母親みたいに大切な存在なんだ。
同居しようって話した時も『新婚のうちは二人で過ごした方がいい』って言ってくれて……
「ノドカ……運転手さんの知ってる事を全部話してもらおう。今の俺達には情報が必要なんだ」
「タカちゃん……」
「……冗談じゃなさそうですね……昨日のテレビの内容……か。確か赤黒い木箱の話ですよ。木箱が生きてるみたいに動き回る話でした。動き回るって言っても瞬間移動みたいに消えたり出たりしてましたね」
運転手がルームミラーで俺をチラチラ見ながら話してくれたけど……
「瞬間移動? じゃあ瞬間移動でお義母さんの家に……?」
「ちょっと……そんな話を信じるの?」
「ノドカ! 頼むから邪魔しないでくれ!」
「お母さんが何も話さなくなったのにタカちゃんが瞬間移動なんて言うから!」
「頼む……お義母さんを助けたいんだ……それで……運転手さん。『木箱を家に入れるな』とか『開けるな』っていうのは?」
「あぁ……なんだったかな? 確か……木箱が勝手に家に入るのはいいけど……人が持ち上げて移動させたりするのはダメだったような……あとは……蓋を開けると中に引きずり込まれる……とか……木箱の赤黒い色は引きずり込まれた人達の血らしいですよ?」
「……血? あの赤黒い色は……血?」
待てよ……
さっき木箱を見に行った時、生臭い匂いがした……
血の匂い?
まさか……
誰かを引きずり込んだのか?
……誰を?
いや……
考えられるのは一人だけだ……
隣の住人の女……
『前任者』……
「ちょっと……そんな話を信じるの?」
「俺は木箱を見たんだ! 木箱は実在する……」
「どうしちゃったの? タカちゃんもお母さんも……見えない私の方が変なの……?」
ノドカがスマホを見つめながら呟いた。
一番辛いのはノドカなんだ……
ノドカの震える手を優しく握ると運転手に話しかける。
「運転手さん……あとは? 何か他に情報は?」
「うーん……再現ドラマみたいなやつがとにかく怖かったかな? 木箱の周りが血の海だったり……そうだ。木箱中心の生活になって木箱が生活費を出してくれるとか……木箱に意思があるとか……ですかね?」
「運転手さん。実は前任者の隣人の部屋には木箱しかなかったのに突然五百万くらいの札束が床に現れて……」
「それも再現ドラマにありましたよ。木箱の望みを叶える為にお金をもらえるらしいんです。いつの間にか木箱の近くに置いてあるらしいですよ。あとは役目を終えると退職金みたいな感じでかなりの額をもらえるとか」
「俺が見たのはそれだったのか……」
「お客さん……真剣に悩んでるみたいだから話しますけど……信じてもらえるかなぁ……」
「何ですか?」
「今朝……ちょうどお客さんを乗せた辺りで、そりゃあ綺麗な女性を乗せたんですけどね」
「あ……もしかして黒髪にマスクのモデルみたいな?」
「そうそう! 色白で鼻唄なんか歌ってご機嫌でしたよ」
「俺に木箱を押しつけて金をもらったあと、タクシーでどこかに行ったんです」
「すごい偶然……ですね」
「それでどこまで行ったんですか?」
「最寄り駅ですよ。これからは偉そうな木箱に命令されずに自由に暮らせるって喜んでましたよ。てっきり昨日のテレビを観てたんだと思って……その話をしたらこう言ってました」
「……なんて?」
「木箱は一億近く出してくれた。後任者が決まったから遊んで暮らせるって」
後任者って……
……俺?




