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シャンテル王女は捨てられない〜虐げられてきた王女はルベリオ王国のために奔走する〜  作者: 大月 津美姫
1章

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34/39

34 楽しい一時

「エドマンド皇子、貴殿がついていながらなんだこのザマは」


 騒動が一段落して各々が再びお茶会を楽しみ始めると、アルツールがシャンテルたちの目の前までやってきた。その低い声はエドマンドを責めていて、デリア帝国の皇子相手に強気な発言だった。


「先程は護衛騎士だと威張っておきながら、肝心な時に役に立っていないではないか」


 睨み付けてくるアルツールに、エドマンドは、一つ息を吐く。


「女性の争いに踏み込みすぎるのは良くないと思っただけだ」

「だから黙っていたと言うのか? シャンテルが責められていたんだぞ」

「ルベリオ王家の問題に介入するための返事を俺はまだシャンテルからもらっていないからな。……まぁ、いざというときは言い返すつもりでいたが、その前にアンジェラ嬢が場を収めてくれた」


 ツンとした顔で答えたエドマンドの“介入するための返事”と言った言葉に、シャンテルはドキッとした。


『こんな国、一度ぶっ潰してしまえばいい。俺と手を組まないか?』

『お前が望むなら女王になるために手を貸してやると言っている』


 きっと夜会の日に持ちかけられた提案に違いない。つまり、シャンテルが“イエス”と頷いたら、エドマンドはルベリオ王家の問題に首を突っ込むという事なのだろう。


「ハッ、後からいくらでも言える言い訳だな」


 アルツールが鼻で笑ったところで、シャンテルは二人の止言い合いを止めに入る。


「お二人とも争うのは止めてください。折角、アンジェラ嬢が収めてくださったのですから」


 ここで二人が本気で言い争えば、また注目を浴びてしまう。シャンテルはそれだけは避けたかった。


「それでも私を心配してくださり、ありがとうございます」


 シャンテルがにこりと笑顔を見せれば、二人がそれ以上言い争うことはなかった。


 その後、ジョセフやロルフたちもシャンテルを案じてまた声をかけに来てくれた。シャンテルは一人一人に答えた後、サリーに預けたままになっていた小皿を手に机があるエリアへ向かう。


 その一角で二名のご令嬢たちと歓談している先客を見つけたシャンテルは迷わず足を向けた。


「アンジェラ嬢」


 シャンテルが呼び掛けると彼女が振り向く。


「シャンテル王女」

「先程は場を収めて頂き、ありがとうございました」

「いえ、私は大したことは何もしていませんわ」

「いいえ。アンジェラ嬢がいてくださらなかったら、私はこの会場を去ることでしか、あの場を収められなかったでしょうから」


 シャンテルが静かに首を横に振って告げると、アンジェラ嬢を含めたご令嬢たちが顔を見合わせる。


「あの……シャンテル王女、よろしければお掛けになってください」


 一人のご令嬢がそう言って、余っていた椅子を一つ勧めてくれる。


「え、……よろしいのですか?」


 シャンテルは仲良しグループのお喋りの輪に誘われたことに、驚きと戸惑いが隠せなかった。だけど椅子を勧めてくれたご令嬢が、上品な笑顔をシャンテルに向けて頷く。


「えぇ。わたくしたちだけ座っているのも申し訳ありませんし、それにシャンテル王女も休憩なさろうとしていたのですよね?」


 問いかけるその視線は、シャンテルが持っていた小皿に注がれていた。



 ご令嬢たちの好意に甘えて、相席させて貰ったシャンテルはそのまま会話に参加した。

 今まではお茶会に呼ばれても、直ぐに戻る羽目になっていたし、何より他のご令嬢と楽しく会話を続ける事が出来なかったシャンテル。最初は緊張していたが、同じ時を過ごすうちに少しずつ打ち解けていった。


 相席を申し出てくれたご令嬢はキャロリン、そしてもう一人はイメルダという名前だった。二人はアンジェラ嬢の友人だ。

 シャンテルより少し年上のお姉様方だが、話してみると、とても気さくなご令嬢だった。


 どこのお菓子が美味しいとか、どこの仕立て屋や宝飾品店の品揃えがいいだとか。シャンテルには付いていけない話題もあったが、聞いているだけで楽しく感じる。


「そう言えば、今日のシャンテル王女のドレス、とっても素敵ですよね」


 キャロリンが言うとイメルダが頷く。


「えぇ! えぇ!! 今までお召しだったドレスも素敵でしたけれど、いつもとは違う感じがします!」

「あ、ありがとうございます」


 褒められ慣れていないシャンテルは照れ臭くなる。


「会場に到着された際にご挨拶した時は聞けませんでしたが、そのドレスはやはりエドマンド皇子からの贈り物ですか?」


 アンジェラ嬢が確信に迫る問いかけを投げてきた。あの時は無難に答えて回避したが、今回は逃げ場がない。


「えっと、……そうです」


 認めただけなのに、シャンテルは頬が熱くなった気がした。「きゃー!」と小さく黄色い悲鳴を上げる三人も、心なしか頬が紅葉している。


「では! ではっ!! シャンテル王女はエドマンド皇子を婚約者に選ばれるのですか!?」

「えっ!?」

「だって、戴いたドレスを着てくるということはそう言うこと(・・・・・・)でしょう!?」


 少し興奮気味に尋ねて身を乗り出すキャロリン。ふふふっと、にこやかに笑うイメルダとアンジェラ。


「あ、いや、これはっ! エドマンド皇子が会場までエスコートしてくださると、事前に分かっていたので合わせただけです」


 エドマンドとも同じ会話をした筈なのに、何故か早くなる胸の鼓動にシャンテルは戸惑った。


「本当のところ、シャンテル王女はどうなのです? 他国からいらっしゃっている王族のどなたが好みですか?」


 イメルダがぐいぐいと質問を攻め込むと、さんの好奇心に満ちた瞳がシャンテルに向けられた。


「やはり一番人気のロルフ王子かしら? それとも弟のホルスト王子ですの?」

「ですが、一緒にいらっしゃる機会が多いのはアルツール王子とエドマンド皇子ですわよね?? お二人のうちどちらかが本命ですの?」


 キャロリンとイメルダから次々問いかけられる質問の嵐に、シャンテルは目が回りそうだった。


「お二人ともシャンテル王女が困っていますわ」


 アンジェラ嬢が嗜めると、お二人の勢いがシュンっと弱まる。


「とはいえ、わたくしも気になっておりますの。ぜひお聞かせ願えますか?」

「えっ?」


 助け船を出してくれたアンジェラだったが、完全にシャンテルを助けた訳ではなかったらしい。

 アンジェラの問いかけに、キャロリンとイメルダが再び瞳を輝かせて期待の眼差しでシャンテルを見た。すると、シャンテルの答えを待ちきれずにキャロリンが口を開く。


「夜会の日、エドマンド皇子に抱き寄せられていましたし、護衛騎士にされたくらいですから、やはりエドマンド皇子が本命ですか?」

「ええと……」

「もしそうなら、わたくしにアルツール王子を紹介してくださらない?」

「あら? 貴女ギルシアの王子様が好みでしたの?」


 イメルダが瞬きをして、意外そうな視線をキャロリンに向ける。


「ふふふっ。あのルックスといい、綺麗な髪色といい、素敵じゃありませんこと? この際、多少お口が悪い所には目を瞑りますわ」

「アルツール王子は近寄りがたい雰囲気ですが、そこが魅力的でもありますものね」

「まあ!! アンジェラ様! 分かっていただけますか!?」


 きゃっきゃっ! と楽しそうなキャロリン。

 俯瞰で彼女たちを眺めながら、シャンテルは質問攻めにされて困っている筈なのに、自分がドキドキしていることに気づく。だけど、不思議とこの状況が嫌ではなかった。どちらかといえば、恥ずかしさと困っている感情と同じくらい会話の内容に興味をそそられた。


 同性とお茶をして話すことが、これ程楽しいことだったなんて……! 私が色恋のお話に参加する日がくるなんて!


 夢のような一時をシャンテルは時間が経つのを忘れて楽しんだ。



 ◆◆◆◆◆



 テーブルと椅子が並ぶ、とある一角をバーバラは忌々しそうに睨み付けていた。


 まだ国王陛下と婚姻を果たしていないアンジェラが、赤いドレスを着てきたことを責めようとすると、国王陛下からの贈り物だと言われ。先程はシャンテルに掛かったジョアンヌへの仕打ちの疑惑を問い詰めようとすると、アンジェラが割り込んで状況をひっくり返されてしまったた。


 どれも全て! うまく行かなかったわ!!


 そんな風にバーバラがイライラしているのに対して、シャンテルとアンジェラは楽しそうにお茶をしている。


 熱々の紅茶を二人に吹っ掛けてやりたい気分のバーバラだったが、他の賓客たちが羨ましそうにシャンテルたちの席をチラチラと見ている。


 何より国賓たちの視線が痛い。

 ギルシアの王子とデリア帝国の皇子は先程から、シャンテルの様子を見つつ、バーバラとジョアンヌを警戒していた。それだけでなく、ロマーヴリフ公国のジョセフやセオ国の王子たちもシャンテルの様子をちらちらと窺っている。


 こんな状況で動くのは流石に不味いとわかる。だからバーバラは苛立ちを拳で握り込んで、大人しくご婦人たちの会話に笑みを浮かべていた。


 先程の国賓たちの動きからして、彼らの関心は全員シャンテルに向いているのだと思い知らされている。だが、ジョアンヌはセオ国の王子にどうにか気に入られようとしているようだ。


 今は他のご令嬢たちと共にロルフとホルストと会話しているが、バーバラから見ればジョアンヌはまるで相手にされていない。


 アルツールやエドマンドとは違い、優しい王子たちはジョアンヌが王女だからと、無下に出来ず社交辞令として相手をしてくれているだけだった。

 

 本当はこんな筈ではなかったのに!


 バーバラは予定の狂った現状に叫び出したかったが、賓客の手前、お茶会が終わるまでただひたすら耐えるしかなかった。

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