33 公の場でシャンテルにかけられた疑惑
シャンテルがすぐ横へ振り向くと、ジョアンヌが地面に手をついて座り込んでいる。
「っ! イタタッ……!!」と蹲る妹。「ジョアンヌ様!?」と、彼女の後ろを付いてきていた侍女が彼女を覗き込む。シャンテルも「ジョアンヌ?」と彼女の側に座り込んだ。
「転んだの? 怪我は!?」
尋ねながら肩に触れようとすると、「嫌っ!!」と大きな声をあげて手を弾かれた。
「っ!」
シャンテルは驚いて目を見張る。ジョアンヌの反応に嫌な予感がしたのだ。
普段ジョアンヌが親しくしている令嬢が「ジョアンヌ様!」と駆け寄ってくると、ジョアンヌは侍女にすがり付く。
「歩いていたら、急にお姉様が足を……っ!」
その訴えを聞いて令嬢がキッとシャンテルを睨み付けた。
「シャンテル様、ジョアンヌ様から離れてください!! このようなことをなさるなんてっ! お恥ずかしくないのですか!?」
ああ、……まただわ。
ジョアンヌが転んだことで、ざわついていた周囲がご令嬢が叫んだことで更に騒がしくなる。
お茶会に参加している殆どの人の視線を集めていた。何事かしら? と様子を伺って距離を取りつつも、シャンテルたちを囲うように野次馬が集まってくる。
「何か誤解があるようです。私は何もしておりません。直ぐそばでジョアンヌの悲鳴と大きな音がしたため、声を掛けたまでです」
「シャンテル様、失礼を承知で申し上げますが、正直にお認めになったらどうですの? お可哀想に……ジョアンヌ様がとても怯えてらっしゃいますわ!」
彼女は屈むと侍女の腕の中で震えるジョアンヌを安心させるようにその背中を擦る。
その時、「何があった?」とシャンテルの頭上から低い声がした。ハッと見上げると、エドマンドが座り込むシャンテルの隣に立っている。そのすぐ側でサリーも心配そうにこちらを見ていた。
エドマンドはシャンテルに手を差し伸べると、優しく立たせてくれる。
「ジョアンヌが転んだのだけど……」
シャンテルがエドマンドに説明していると「ジョアンヌ?」とバーバラの声が近づいてくる。
「一体何があったの?」
尋ねたバーバラが侍女の腕の中で震えるジョアンヌを視界に捉えた。その途端、状況をなんとなく理解した彼女は、怒りの籠った顔でシャンテルに問いかける。
「シャンテル! これはどう言うこと? 説明して頂戴!!」
今までもジョアンヌの件でシャンテルが責められる事は何度かあった。だが、公の場でシャンテルとジョアンヌのトラブル現場にバーバラが居合わせるのは初めてだった。
貴族のご婦人やご令嬢の視線がシャンテルに突き刺さる。
「やっぱり、ギルシアの王女は野蛮ねぇ」
「ジョアンヌ様にお怪我をさせるなんて……」
ひそひそと聞こえてくる声。この場の誰も、シャンテルの味方はいないと感じさせる居心地の悪さだった。
「随分な言われようだな」
唐突に冷静な声がしたかと思うと、野次馬が次々と道を空けて、そこからアルツールが歩いてくる。
「ルベリオは親の出身国で人を差別をする心の狭い国だったか」
先ほど“ギルシアの王女は野蛮だ”と噂していたご婦人にアルツールが鋭い眼差しを向ける。威圧的な態度を感じ取ったらしいそのご婦人と、周囲にいた人々が顔を青ざめさせて息をのむ。
「あんたはシャンテルがこの王女に足を引っ掻けたと言いたいようだが、シャンテルは何もしていない」
アルツールが未だにジョアンヌの背中を擦っている令嬢にそう告げる。
「っ、恐れながら、ジョアンヌ様本人がシャンテル様に足を引っ掛けられたと申告しています」
令嬢がそう言うと、ジョアンヌを抱き留めている侍女が援護するように口を開く。
「わ、私はジョアンヌ様の後ろを歩いていました! ジョアンヌ様は確かに、シャンテル様に足を引っかけられていました!!」
その言葉に周囲がざわつく。それに対して、主を擁護すべくすサリーも声をあげた。
「違います! シャンテル様はただ菓子を選んでいただけです!! 私はシャンテル様のお側におりましたが、ジョアンヌ様に危害など加えていらっしゃいません!!」
すると、反論するように令嬢が声をあげる。
「何を言っているの!? ここにシャンテル様に足を引っかけられるところを見た証人がおりますのよ!」
「それでもシャンテルは何もしていない」
アルツールが淡々と告げる。
「何故そう言いきれるのです!?」
「何故って、それは俺がシャンテルを眺めていたからだ」
「なっ!?」と令嬢と侍女が言葉を詰まらせる。
驚いたのはシャンテルも同じだった。まさか、アルツールに眺められているとは思わなかったからだ。
「シャンテルに再び話し掛けるタイミングを窺っていたところ、そこの王女がシャンテルの傍で倒れたわけだかが、二人の間には人一人分以上の距離があった。その状態でそこの王女を足で引っ掻けるのは無理があると思うが?」
冷たいコバルトブルーの瞳が細められる。存在感に圧倒されて、令嬢と侍女は声もでないようだった。
「アルツール王子はジョアンヌとそこの侍女が嘘を吐いていると仰いたいの?」
バーバラが苛立ちを抑え込んだ声で問いかける。
「事実を言ったまでだが、結果そうなるな」
アルツールの言葉に周囲がざわめく。
「ジョアンヌ様が嘘を吐く筈がありませんわ!」
「ギルシアの王子はシャンテル王女を庇うのね」
「ですが、アルツール王子が仰る通り、シャンテル様は少し離れたところにいらした筈です」
「わたくしもその様に見えました」
「えっ? では、本当にジョアンヌ様が嘘を?」
「でも侍女の証言はどうなるのです? それも嘘なのかしら?」
「シーッ! バーバラ妃殿下に聞こえますわよ」
賓客の反応は様々だった。多少疑念を抱く者もいたが、やはり大半はバーバラとジョアンヌの肩を持つようだ。
私がここにいればいるだけ、足を運んでくれた皆さまを巻き込んでしまうわ。
「申し訳────」
シャンテルが口を開きかけたとき、「皆さま」と良く通る声がした。振り向くと、アンジェラが騒ぎの中心に足を踏み込んでくる。
「先程シャンテル王女が心配されていたように、今はジョアンヌ王女がお怪我をしていないか、確認するのが先ではありませんか? ジョアンヌ王女は先程から蹲ったままです。お怪我をされているなら、早く医務室へ運んだ方がよろしいのではなくて?」
一瞬、シーンと辺りが静まり返る。先にハッとして動き出したのは、ジョアンヌの背中を擦っていた令嬢だった。
「ジョアンヌ様! お怪我は!? まさか立てない程、何処か痛むのですか!?」
「え? あっ! い、いえ!! だ、大丈夫ですわ!!」
否定するや否や、素早く立ち上がったジョアンヌはパンッとドレスを叩く。
「どこも痛くありませんわ!」
無事をアピールするジョアンヌ。
城内に在中している医者はルベリオ王国でも、腕利きだ。幼い頃、「足を捻った」というジョアンヌの嘘を見破り、ジョアンヌは国王に叱られたことがある。その逆も然りで、高熱を出した時に点滴を打つために針を刺されるのが嫌で「大丈夫だ」と嘘を吐いて大泣きしたらしい。
つまり、ジョアンヌは淑女に成長した今も医者にかかるのが苦手なのである。
あのまま痛がる演技をしても何も良いことはないと悟ったのだろう。
その場にいた殆どの者が一瞬呆けてしまった。それはバーバラもシャンテルも例外ではない。少し居心地が悪そうな笑顔を見せるジョアンヌにアンジェラは微笑み掛ける。
「ジョアンヌ王女が大丈夫と仰るのなら、この件はもう良いではありませんか?」
問いかけるアンジェラにバーバラが声を張り上げる。
「良くありません! 危うくジョアンヌが大怪我をしていたかもしれませんのよ!? シャンテルにはきちんと謝罪を──」
「ですが、アルツール王子の証言ですと、シャンテル王女にジョアンヌ王女を転ばせるのは難しそうです。わたくしもたまたま目撃者しておりましたが、アルツール王子が仰ったように、お二人の間には距離がありましたから、ジョアンヌ王女が一人で転んだように見えましたわ。きっと、芝に足をとられてしまったのでしょう」
バーバラに被せてアンジェラが言えば、会場の空気が軽くなった。
「アンジェラ様がそう仰るのなら、きっとそうですわね」
「ジョアンヌ様にお怪我がなくて、本当に良かったわ!」
「場を丸く収められるとは、流石はシャトーノス侯爵令嬢。次期王妃殿下は凄いですね!」
ゆっくりとバーバラがアンジェラの方を見ると、彼女の握った拳はぷるぷると震えていた。
何故、小娘がこの場を仕切っているのっ!!
バーバラはそんな風に憤って、アンジェラを睨み付けた。一方のシャンテルはいつの間にか騒動の中心から外れて、問題が無事解決したことに戸惑いつつもホッとした。アンジェラのお陰でシャンテルに向けられた疑惑が有耶無耶になったのだ。
アンジェラ嬢とは殆ど話したこはない。けれど、流石は侯爵令嬢だわ。
バーバラと違い、冷静な考えで動けるタイプの人間のようだ。あの父の愛人だった為、わがままなご令嬢かもしれないと思っていたが、そういう意味ではバーバラよりも妃に相応しい人物だと思った。
この方が王妃なら少しは安心だわ。と、シャンテルは別の意味でもホッとしたのだった。




