第三話 精霊王
上空では激しい戦火が散っている。とは言え、先程よりかは落ち着いており、よく見ると二体とも満身創痍の状態だった。
シャーナは父なる大精霊の加勢すると言っていたが、もうじき決着はつきそうだとケルスが思っていると、その予想が正しいことを証明するように二体の精霊に膨大な魔力が集まっていく。
父なる大精霊が一度両手を合わせてからゆっくりと開くと、そこには膨大な魔力で象られた、光の槍が出現した。破壊の大精霊の手にも同じように魔力で造った漆黒の鎌が握られている。
決着は一瞬、そう思う暇もなく二体は光の速さに突入すると同時に大爆発が起きた。爆発の直前に、二体は人間の視認できない速さで槍と鎌を交えたが、そんなことを知らないケルスは、爆発で起きた煙が晴れるのを待つ。
ゆっくりと薄くなる煙のなかに人影が写る。そこには槍に胴体を貫かれ父なる大精霊にもたれかかる破壊の大精霊の姿が見えた。破壊の大精霊は刃の付け根から折れた鎌を弱々しく握っている。どうやら勝利の女神は父なる大精霊に微笑んだようだ。
ケルスがホッと息をつく、それも束の間、破壊の大精霊の口元が至近距離でしかわからない程度に吊り上がる。その瞬間父なる大精霊を巻き込んで大爆発を起こした。
「なっ!?」
ケルスの口から戦慄の声が漏れる。とその瞬間、ケルスから二十メートルほど離れたところに煙の中から父なる大精霊が落ちてくる。その近くには人影が見える。尖った耳に尻尾、浅黒い肌を持った男。魔人族だ。その男の手には剣が握られており、今にも父なる大精霊に振り下ろされそうだった。
「させるかっ!」
ケルスが人間ではありえないほどの驚異的な速度で男と大精霊間に割り込む。魔人族の男がケルスを認識した時には、ケルスの左手が魔人族の頬に打ち込まれていた。魔人族の男は半回転しながら何度か地面に打ち付けられ、近くの岩にぶつかってようやく止まった。
魔人族の男が動かないことを確認してから父なる大精霊の方に視線を向ける、そこにはサイズこそ大きいもののほとんど人の姿をした精霊がいる。表面が淡い光で覆われていなければ人間だと見紛うほどだ。
幼い頃見た威風堂々とした姿は、見るも無惨な姿になっている。着ていたローブのようなものはボロボロで、放つ魔力のオーラも弱々しい。
どうすればいい?と、ケルスが迷っているうちに父なる大精霊の瞼がゆっくりと開いてゆく。
『少年・・・何故ここに・・・?』
「風の微精霊に導かれて来たんだ・・・そしたら森がこんなことになってて・・・」
『あの子たちが・・・?フフッ・・・まさかこんな看取り人を連れてきてくれるとはね・・・』
ケルスは絶句する。あの威風堂々たる父なる大精霊がそんな弱腰なことを言うなんて思ってもみなかったのだ。
『精霊王さまっ!!』
シャーナの声が聞こえてくる。その声には多少の憤怒が含まれているようだった。いつの間にかこの森に来てから絶え間なく鳴り響いていた戦いの音がやんでいた。周りを見回すといつの間にか数多くの精霊が、ケルスと父なる大精霊の周りを囲んでいた。
『やあみんな・・・見送りにきてくれたんだね・・・』
『精霊王さま・・・』
周りの精霊たちも絶望の表情を見せる。同じ精霊であるが故にいまの父なる大精霊がどんなに危険な状態か、本能で察しているのだろう。
「なあ・・・精霊は死んでも復活できるんだろ? だから大丈夫だろ・・・?」
それは先程シャーナから聞いた話だ。だがそれにしては周りの精霊たちの様子がおかしいことに、察してしまいつつも期待を込めてきいてしまう。だがその期待はやはりと言うべきか、次の父なる大精霊の言葉によってあっさりと砕かれる。
『復活できるのはその形を自然の現象によって象られる四属大精霊に連なるものだけだ。父なる大精霊と呼ばれているが私の本質は精霊を守護する力、この世界にあっても無くてもいい存在なんだよ』
「そんな・・・」
『さあ精霊たちも早く逃げるんだ。私が消えればもうじきこの森も消滅する。』
「森が消えたらこいつらはどうするんだよ!?」
『この森はあくまで中継地点にすぎない。全ての四属大精霊は自らの守護する土地に各々精霊界を築いている。長い旅になるだろうけどそこにいけばみんな安全だ』
父なる大精霊は己の死を悟っているのだろう。自分の守るべき存在に逃げるよう言う。しかしここで『はい、わかりました』と言うほど精霊たちの忠誠は甘くない。
『いえ、我々もここに残ります』
『・・・そうか』
父なる大精霊はそれ以上なにも言わない。言っても無駄だと分かっているからだ。
ケルスが握りしめている拳からは血が滴り落ちている。悔しいが父なる大精霊の消滅は免れないらしい。それでもケルスはどうすればいい?と、思案する。するとふと、かつてした父なる大精霊との会話を思い出した。
それは数少ない父なる大精霊との会話、その中でもかなり印象に残った会話だった。
『ふむ、少年は人間にしては多い魔力量を持っているね。もしかしたら私の力も受け止めきれるかもしれないね』
いつもケルスは精霊の森に来た際には、他人の家にお邪魔した時の感覚で父なる大精霊にあいさつしていた。いつもなら『やあ、また君かい? まあ楽しんでおいで』くらいで終わるのだが、その日は珍しくティオネたちと遊ぶケルスについてきたのだ。
父なる大精霊の言っていることがよくわからなかったケルスは怪訝な顔をしている。すると父なる大精霊は補足するように言葉を紡ぐ。
『精霊はね、他の種族と契約をするんだ。そして契約を遂行するために契約者に力を貸し与える。私ほどの力を受け取ると契約者本人が駄目になってしまうんだけどね。まあ基本的に精霊たちのほうに利がないからすることは少ないんだけどね。契約するのはよっぽど暇を持て余した精霊か、契約者が気に入られるかだね』
ケルスの口元に笑みが浮かぶ。まるで自分がなんのために生まれたのか理解した気がした。同時に自分が今からやろうとしていることが、奇しくもシルフィアのアドバイス通りだったことになんともいえない気持ちになる。
「なあ、精霊王あんた前に言ってたよな? 俺ならあんたの力を受け止めきれるって・・・」
『? たしかに言ったね』
「じゃあ簡単だ。俺と契約しよう精霊王・・・。俺がお前を・・・、いやお前たちを必ず、俺が救ってやる」
父なる大精霊が驚いて目を見開く。なんとも人間らしい表情をするものだ。
『・・・それはなんとも意外な提案だ。少年には辛いことになると思うよ・・・それでもかい?』
「ああ」
ケルスは即答する。その返事に、ケルスの覚悟が父なる大精霊に伝わったようだ。
父なる大精霊はフッと笑みを浮かべる。
『精霊との契約には精霊の名と契約内容を明確に意識する必要がある。まああまりこわばらなくていい。君は私の質問に答えればいいだけだから』
「わかった」
父なる大精霊が最後の力を振り絞りゆっくりと起き上がる。その様子を周りの精霊たちは固唾をのんで見守る。父なる大精霊が厳かに契約の言葉を謳う。
『我カーテル・コーストスが問う。汝ケルス・サルヴァトア。汝の全てを持って我が同胞を救うことを望むか?』
初めて聞いた父なる大精霊の名。こわばるなと言っておいてその堅苦しいしゃべり方はなんだと、心の中で悪態をつきつつもケルスは覚悟を述べる。
「ああ、俺は望。」
『ならば我カーテル・コーストスは汝、ケルス・サルヴァトアに我が力と精霊王の資格を与える。汝の望みが叶うことを切に願う』
その日、あらゆる精霊に安寧と癒しを与えてきた精霊の森は消失した。新たなる希望を残して・・・。