12 問題
ーーユリシアの去った後の王城の一室。
そこには、国王のナイクとユリシアの父、ジンバドが残っていた。
「どうだった、俺の娘は。しっかりしてるだろ」
ジンバドが俺に、自慢するかのように言ってきた。
もし、他の者がいたらこのような口調では、話さないだろう。
他の者がいる前では、威厳を保つ為にある程度距離を置いて会話している。
ジンバドは、その最もだ。あいつは宰相として俺を支えている。その仕事振りは『仕事の鬼』や『冷徹の宰相』と呼ばれるほどだ。
はっきり言ってそのような男が、実は愛妻家であり、仕事より家族優先なのだとは誰も考えないだろう。
「ああ、そうだな。思っていた以上にしっかりしていた」
「そうだろ、そうだろ」
俺はジンバドにユリシア嬢のことを聞いた時、娘はだから誇張し過ぎだろと思っていた。
しかし、実際はそれ以上だった。
その容姿は、彼女の実母シャーロット王女譲りで、特に銀色の髪は彼女のものと同じだった。そして、凛としたたたずまいはシャーロット王女の異名『銀龍』を彷彿とさせた。
彼女の女性らしさは、可愛いなどとは一線を隠すものではあるが、それでも彼女の容貌は男達のみならず、女性達をも引きつける魅力がある。
それに、礼儀作法もしっかりとできている。(まあ、それについては、ヒルリア姉さんがいるからな。ヒルリア姉さんのことだから、手は抜かないだろうし)
また、考えもしっかりしている。
しかし、ユリシア嬢の存在は、いわば我が国の爆弾と言える。
ユリシア嬢の実母は、数年前に滅んだエマリス王国。公では、全員死亡したとされるエマリス王族唯一の生き残り、第一王女シャーロット王女だ。
つまりユリシア嬢は、エマリス王族唯一の直系の姫ということになる。
もし、ユリシア嬢の存在が露見してしまえば、彼女を中心に世界は動く。
彼女を旗印にエマリス王国を復活させようとするもの達もいるかもしれない。
そうなってしまえば、我が国は否応なく世界の動きに巻き込まれることとなるのは目に見えている。
俺は、戦争を好まない。
戦争をしても、ただ民たちが疲弊し、土地がやせるだけだ。それに、長い目で見れば、国としてマイナスになることもある。
たとえ国土を増やしたとしても、その分、統治が難しくなる。しっかりとしたものが領主となればよいのだが、自分たちの欲の為に動く者であったならば、悪政を強いるのは目に見えている。
それならば、領主などいない方がましだ。
ならば、ユリシア嬢を殺してしまえばいいのではないかとも思うがそれはできない。
その理由であり、もう一つ彼女が我が国にとって爆弾のような存在である理由が、今目の前にいる、ジンバドだ。
「ユリシアはすごいんだぞ。あの子は文武両道で、どの道においても優れている。ユリシアはな……」
「ああ、そうだな」
いつも、こいつは「冷徹の宰相」などと呼ばれて、仕事の鬼だ。しかもほとんど感情を表に出さない。
今のこいつの様子を見たら、普段のこいつを知るものはひっくり帰るだろうな。
実は、「冷徹の宰相」の正体がとんでもない「愛妻家」だったなんて知ったら。
もしもユリシア嬢を無下に扱えば、こいつが我が国を裏切るとは言わなくても仕事をボイコットするぐらいはするだろう。
まして殺そうとすればなおさらだ。
我が国には、いくつかの公爵家がある。その中でもジンバドが当主を務めるアクシス公爵家は特別だ。
同じ公爵家というくくりでも、アクシス公爵家は頭一つ抜き出て力を持っている。
アクシス公爵家は、特に大きな力を持っているようには一見見えないのだが、その歴史は古く、我が国、建国のころより国王の右腕として、絶大な力を持つ。
最近はさらにその力を増してきていて、もしもアクシス公爵家が我が国を裏切ったならば、最悪、我が国は滅ぶ。少なくとも、我が国の経済などは傾くことになるだろう。
その家の娘が、この問題の渦中にいて、しかも現当主がその娘を溺愛している。
もし、ユリシア嬢を無下に扱えばそうなるか考えただけでも恐ろしい。
だが、まだ救いなこともある。
ジンバドのもとにヒルリア姉さんが嫁いで、俺とジンバドが幼馴染だったことだ。
王家とアクシス公爵家の距離が近いからある程度の融通は効く。もしも王家とアクシス公爵家の距離が遠かったなら、少しの諍いで、大きな問題に発展していたところだろう。
まあ、ヒルリア姉さんも実の娘ではないけれど、実の娘のように思っているようだから、もし、王家とアクシス公爵家が対立することになったら、アクシス公爵家の方につくだろうけど。
そして、ユリシア嬢がとても賢くて人格者だったことだ。
何が善くて何が悪いという判断もしっかりできているし、国というものをしっかりと理解できてる。
それに今の様子だと我が国を裏切る様子もない。
逆に、あの子の力を生かせれば我が国はさらに善い方向に発展を続けることになるだろう。
息子たちのどちらかと結婚させ、王妃として活躍してくれるの良い。
とりあえず、一つ問題の目途が付きそうでよかった。
で、俺を悩ませている問題がもう一つ。
『都市同盟カグヤ』のことだ。
かの国が我が国の加護を欲しがっている。
我が国の加護を得る代わりに、我が国の属国になるという。
別に悪い話ではない。
戦争をせずに我が国の領土が増え、その結果税収も増える。しかも、都市同盟カグヤにある港町は、貿易で栄えており、貿易の要としても使うことができる。
それに、都市同盟カグヤの技術力は優れているという。
我が国に善い影響を与えてくれるだろう。
デメリットとして、少し我が国とボスマン帝国の国境が伸びるだけで、配置する兵士の数もそれほど多く増やす必要はない。
それに、属国が無理ならば、王家直轄領として、自治権を都市同盟カグヤの方に渡すのでもいいと言っている。
もし王家直轄領とするとして、問題なのは誰に代官を任せるかなのだ。
ある程度王家に近い人物で、人格に優れ、優秀な人物がいい。
誰か、いいものはいないか。
「ユリシアのすごいところはまだまだあるぞ。あいつはな、自分で、自分の商会を立てて、しかも成功しているんだ。まあ、初期投資は俺が与えてやったがな。
それにな、それにな。あいつは、ユリシアは、8歳のころから、代官の補佐をして、領の運営を手伝っているんだ」
俺が悩んでいる間も、ジンバドは、ユリシア嬢の自慢話を続けていた。
……
「――?おい、ジンバド今なんていった」
「だから、ユリシアが自分の商会を……」
「その後だ」
「へ? ああ、領の運営を手伝っていたんだよ。俺が任命していた代官の補佐で」
「それだ」
丁度、いいじゃないか。
ある程度王家とつながりがあって、人格者で、優秀で、しかも都市同盟カグヤは丁度彼女の家の領の隣にあるわけだし、何かあれば、そちらで対応できる。
しかも短いながら、代官としての仕事を見ている。
多少若くて、経験不足なところはあるが、そこは優秀なものを副官につければ大丈夫だ。
これ以上適任な人物はいないじゃないか。
「よし、これでいこう」