第32話「桜井桃果は勇気づけたい」①
桜井桃果
「翔平の様子がおかしかったですって?」
「うん。そうなの」
持っていたコーヒーカップを机に置いて、朱里さんは不思議そうにこちらを見ます。
バイト先の喫茶店。わたしは朱里さんと向かい合って座り、告白の返事の日に感じたことを報告しました。シフトに入っていた緋陽里さんもテーブル横に立ち、話を聞いてくれています。
「おかしかったってどういう風にですか?」
「桜井さんが翔平に……、えっと……、その……」
「朱里さん、そんなに気を遣わなくてもいいよ。そんな風に気を遣われると、逆にへこんじゃうよ?」
「あぁ、ごめんなさい。あたしって結構ズバズバと言っちゃって知らないうちに傷つけることがあるから、つい……」
あせあせと自分の欠点を自覚しながらそう謝罪する朱里さん。自覚はあったんですね。それでも気遣おうとしてくれたことに喜びを感じます。
「それじゃあえっと、……桜井さんが翔平に二度目の返事を受けてフラれたときに、翔平の様子がおかしかったってこと?」
「うっ……!」
ダメージを負います。自分で許可しといてなんですけど、クルものはありますね……。わたしってメンタル弱すぎじゃないですか……?
「ちょっと! 気遣わなくていいって言ったのはそっちでしょ!?」
「ごめんごめん……。改めて言われると何だか辛くて……」
「まぁ、仕方ないですわ。それよりも、岡村くんのことですわ。何で桜井さんは岡村くんの様子がおかしいと思ったんですの?」
「それはですね、」
わたしはあの時の状況を思い出しながら、二人に事情を話します。あの時の翔平くんの言葉、態度、どれを見ても、わたしには一度目の返事とは明らかに違うように思えたのです。
一度目の返事の時、翔平くんは確かにわたしの告白を断りました。その理由はわたしのことを『友人としてしか見ていなかった』というものでした。しかし、二度目の返事の時は、待ち合わせ場所に来た時からすでに様子がおかしいように思えました。何だか妙に暗くて、顔に元気がありませんでした。
そして、返事は一度目のものとは異なり、
『俺に恋愛なんて無理だ。モモに限らず、俺は誰かと付き合っていける自信が……、ない』
というものでした。告白を再度断られたことは確かに悲しかったですけど、それ以上に翔平くんの様子がおかしかったことが、わたしの中ではとても気になり、それが告白を断られたことによるショックを軽減しているようでした。
「何よそれ? 翔平の奴、どうしたっていうの?」
「単純に自信がないという理由で告白を断るものでしょうか? 知らない誰かだったら分かりますけど、相手は仲のいい桃果さんですわよ? 一度目の告白を断った理由の方がまだしっくりきますわ」
「いえ、お姉さま。あたし、以前に翔平と話したことがあるのよ。桜井さんの告白について、翔平はしっかりとした考えを持っていたわ。答えに迷ってはいたけれど、とてもこんな答えを用意する様子には見えなかったわね」
朱里さんも緋陽里さんもわたしと同じで、翔平くんの様子がおかしいという意見に肯定します。特に、朱里さんはこの件について確信めいた何かを持っているような気がしました。
「岡村くんには、聞いてみたんですの? 様子がおかしいと思ったのなら、その場で聞いてみることもできたと思うのですが」
「はい。聞いてはみたんですけど、翔平くん、『何でもない』としか言わなくて……。突き詰めて聞けるような雰囲気でもなかったから、そのまま……」
「そうでしたか……」
「フラれたときの桜井さんを心配していたのに、何だかこれじゃあ翔平の方に何があったか気になっちゃうじゃないの! まったく、人の告白に対してそんな返事しかできないなんて、本当に高校生なんだから、あいつは!」
朱里さんが不機嫌そうな顔でケーキを食べます。口では憎まれ口を叩きますけど、翔平くんのこと、ちゃんと心配しているんですよね。本当は優しい心を持った朱里さんを見てわたしは嬉しくなります。
『高校生なんだから』っていうのは、何だか翔平くんにも全国の高校生にも失礼な気がしますけどね……。口が悪いのは相変わらずです。
「もしかして、翠なら何か知っているんじゃないですか?」
「確かにそうね。あと、町田先輩とかも知っているんじゃないかしら?」
「そうだね。とりあえずその二人に聞いてみようかな」
まずは町田くんかな? ミドちゃんは、わたしが告白したことすら知らないだろうし、今はライバルなわけだし。けど、翔平くんのことが心配だし、そんなことを考えている場合じゃないよね。一応、フラれたわけだし……。
「(翔平くん、本当にどうしちゃったの?)」
想い人の悩み事を解決できるものなら、してあげたい! フラれて気まずくなると思っていたけど、それでも好きな人の力になりたいと思っている自分がいて、妙に安心するわたしでした。
*
次の日わたしは、町田くんに連絡を取り、講義の合間に事情を聞くことにしました。大学のアーケード下のT字路で待っていると、女の人と一緒に歩いてくる一人のイケメンさんがいました。
「んじゃ、オレは彼女に用があるから先に行っててくれ」
どうやら町田くんの学科の知り合いみたいです。町田くんがそう言うと、何故かその女の人はわたしを睨みつけています。何ですか!? わたし、何かしましたか!?
渋々左に曲がって、講義の教室に去っていってくれました。
「あの、町田くん。彼女は?」
「あぁ、同じ学科の知り合いだよ」
「へ、へぇ……」
絶対彼女、町田くんに気がありますよ! わたしを見る目が敵を見る目でしたもん! 町田くんを好きにならなくて良かったです……。町田くんの彼女になろうとする人も大変ですね……。朱里さん、ライバル多そうですよ?
「町田くんはやっぱりイケメン大学生なんだね……」
「おい桜井。お前のその言葉は素直に褒めているものではないよなぁ!? 講義の合間に呼び出したかと思えば、そんなこと言うためだったってわけじゃねぇよなぁ!?」
「違う、違うって! 町田くん、ちょっと疑心暗鬼になりすぎじゃない!?」
言い方がまずいんでしょうか? 何だか町田くんに対しての褒め方が分からなくなりましたよ。普段の翔平くんとか天然ミドちゃんのせいですねこれは!
「で、結局なんの用なわけ?」
「そう。それなんだけどさ……。町田くん、翔平くんのことについて、心当たりある?」
「翔平について?」
わたしは町田くんに、一部始終を話します。わたしが告白してフラれたこと。その後、返事の期間を設けたこと。そして、二度目の返事で、態度が急変したこと……。町田くんも、翔平くんから事情を話してもらっていたみたいで、二度目の返事以外のことは知っていたようで、話が早かったです。
「なるほどな。そりゃあ確かにおかしいな。実はオレ、桜井のことで悩んでいた翔平にアドバイスを送ったんだ。そしたらあいつ、かなり前向きになったぞ?」
「そうだったの? 前向きってどんな風に?」
「全部は話せねぇけど、あいつ、難しく考えていたところがあってよ。オレがアドバイスを送ったら、それこそお前への返事もあながちイエスになってもおかしくないくらいにポジティブになったんだわ。まぁ、色々迷ってはいたみたいだけど、少なくともそんな返事をするようには見えなかったな」
「やっぱりそうなんだ。それで、何か心当たりってあるかな?」
「……桜井、お前、フラれたんだろ? それなのにどうしようってんだ?」
町田くんは、一瞬躊躇しましたがそう聞いてきます。わたしもそれに対して堂々と答えます。
「確かにフラれちゃったけど、翔平くんが元気ないのは心配だから、力になれるならなりたいと思って……」
「……」
町田くんは、ちょっと驚いたようにこちらを見ています。やはり出過ぎた真似だったんでしょうか? けど、そうしたいと思っているんですから、仕方がないですよ。
すると、町田くんはふっと微笑んで
「お前、良い奴だな」
と褒めてくれます。何だか優しい目をしています。その爽やかな笑顔でちょっとだけドキっとしてしまったのは、みんなには内緒です。
「けど、心当たりか……。そう言われても、オレも特に何も知らないんだよな。あれから翔平とは会ってないし……」
「そっか……。それなら仕方ないね。ごめんね、休み時間に呼び出しちゃって」
「いや、いいさ。それより、オレも翔平に事情を聞いてみるわ。何か分かったら連絡するから」
町田くんは、そう言って講義の行われる部屋に歩いて行った。親友の町田くんでも分からないのか……。けど、翔平くんに直接聞いてくれるって言っていたし、これならわかるかもしれない。自分で聞きにいけないことが悔しいですが、それでも少しでも翔平くんの力になれるのなら、遠慮なく協力してもらいます。
わたしも気持ちを切り替えて、自分の講義が行われる理系棟に向かったのでした。
*




