第32話「桜井桃果は勇気づけたい」②
町田大樹
桜井に言われて、早速オレはその日の講義終わりに翔平を食堂に誘った。休憩がてら、おやつでも食べないかと言ったら、翔平は来てくれた。
午後三時から販売されるケーキを注文し、テーブルに運ぶ。翔平も特段いつもの様子と変わりはない。
う~ん。見た目はそこまで元気がないようには見えないけど、どうなんだ? 確かに返事をしてからもう数日経っているからな。ずっと桜井が言っていた調子ってわけではないか。
「翔平、桜井への返事は結局どうしたんだ?」
いきなり核心に突っ込んでいいのか分からないけど、桜井のことについて、アドバイスを送っていたオレが聞くというのはそこまで不自然なことではない。とりあえずこういう聞き方をして、反応を見ようと思う。
「あぁ、モモへの返事なら……、断ったよ……」
すると翔平の顔は、先日に比べると大分違う表情の暗さを見せた。先週も、桜井の告白を断ったことに対して罪悪感のようなものを感じ、表情を暗くしていたが、今回は違う。もっと何か、別のもの……。
「そうか。じゃあ、お前はミドリさんを選んだってことになるのか?」
「いや、違う……。ミド姉を選んだわけじゃない。どっちを選んだわけでもない」
やっぱり何かおかしい。翔平は、桜井とミドリさんの間で心が揺れていたはずだ。どっちも選ばないとは、思っていなかった。
「何でだよ? 先週はかなり前向きに考えていたじゃねぇか?」
どちらを選ぶか悩んではいた翔平だったが、最後は笑顔を見せていた。それが何もなく、こんな風に考えが変わるとは思えない。
「考え直したんだよ。俺じゃあ、モモを幸せにはできない。確かにモモと話しているのは楽しいけれど、恋人関係でうまくやっていくことなんて、できそうにない。ミド姉も同じだよ。今の姉弟関係を変化させられるとは思えない……」
この自信のない発言、表情……。オレはこれを聞いて心当たりを思いつく。だが、まさか……?
「なぁ、翔平。お前まさか……」
翔平がこうなっちまった原因。オレの大嫌いなあの女と……。
「アオに会ったのか……?」
「…………」
その後翔平は沈黙を貫いたが、オレはそれを肯定と受け取った。なんてこった……。こんな大事な期間に、運が悪すぎだろう……。
聞くと、ちょうど桜井への返事をする日の前日、ばったり駅前で会ったんだそうだ。向こうは性懲りもなく翔平に迫ってきたが、翔平は逃げ出すように帰ったらしい。当然だ。あの女、何を考えてやがる? 「元カレのことは何とも思っていない」だと? そんなの信用できる奴がどこにいるってんだよ?
オレ自身、やりきれなくて表情を歪めてしまう。つまり翔平は、アオとの再会をきっかけにして、高校でフラれた時並の自信のない翔平になっちまったってわけか。
「翔平、お前がそう思っちまうのも分かる。だけどよ、あれはお前が悪いわけじゃないんだぜ? 全部あの女がだらしなかったせいじゃねぇか? それをお前が気に病む必要なんて、どこにもねぇじゃねぇか」
「うん。その通りだ。けどさ、そうは思っていても、簡単には割り切れないよ。あの時だって、こんなことになるなんて、思っていなかったんだから……」
「……」
オレは、何も言えなくなってしまう。翔平の言っていることも分からなくもないからだ。
アオと翔平が付き合っていたとき、オレはアオを胡散臭いと思っていた。だが、翔平は彼女を信じた。オレも翔平がそう言うならと、信じたんだ。それが、あのザマ。結果的にオレたちは裏切られたんだ。
「桜井やミドリさんは違うぞ!」と声を上げて主張したかった。オレは、本当にそう思っているし、あの女と同じなんてことないと思っている。だが、しょせんオレと彼女たちは出会ってから半年程度だ。彼女らの全てを知っているわけでもない。そう思うと、説得力が欠ける気がして、翔平に対して言葉をかけられなかった。
結局、この後翔平は間食を済ませると家に帰っていった。友人として何もできなかった自分が不甲斐ないと思いながらも、オレは桜井に連絡し、事情を説明したのだった。
*
「とまぁ、つまりこういうことだ」
「翔平くんに、そんなことが……」
翔平と別れた後、オレは桜井を駅前のカフェに呼び出し、事情を説明した。友人に告白した女性に対して、想い人の元カノの話をするのは少々気が引けたが、それでも言っておきたかったんだ。
「以前話したよな? 翔平は、自分に関わる恋愛ごとには超がつくほどの鈍感だって」
「うん、言ってたね」
「それは、少なからず元カノとの別れが原因だったりするんだよ。あいつ、昔はそこまで鈍感じゃなかったんだぜ?」
例えばだが、アオと付き合う前、あいつはオレに言ってきたことがあった。『公園で知り合った中学生の女の子に好かれているかもしれない』だったかな? 他にも翔平は、オレが恋愛話を振ると、誰と誰が付き合っているんじゃないかとか、一度話した女の子との会話は好感触だったとも言ったことがある。もちろん、オレもそれらについては知っていたけど、鈍くない奴だなと思った。
「けど、元カノと別れたことで翔平は大きく自信を失っちまった。どこまでも鈍感になることで自分を守り、知らず知らずに受け流すようになっちまった。今回のお前の返事を断ったのも、間違いなくそれが原因だ」
「そんな……」
桜井の瞳が揺れる。とても悲しそうだ。そりゃあそうだよな。元カノが原因で翔平が自分の告白を断ってるんだ。過去の女に翔平が引きずられて、自分が負けたと思っていてもおかしくない。ひょっとすると、翔平の心の弱さに幻滅してしまったのかもしれない。
「そんなの……悲しすぎるよ……、翔平くん」
「確かにこれは、未だに立ち直れていない翔平に非があるとは思うが、どうか責めないで欲しい。あいつだって、ちゃんとお前のことを……」
「違う。そうじゃないよ。そうじゃない……」
オレの言葉を遮り、落ちかけた涙を拭き取る。何が違うんだ?
「それじゃあこれからも翔平くんは、人を好きになっても自信がないからって理由で女の人を拒み続けるってこと? 本当に好きな人ができても、恋人になれないってこと? そんなの、翔平くんが可哀想……」
桜井の流した涙は、自分の返事が拒絶された理由に元カノが関わっていたことでも、自分の好きな人に幻滅したことによるものでもなかった。優しかった。友人を思いやっての涙が、オレは嬉しい。陽ノ下といい桜井といい、ミドリさんといい、オレは翔平を通じて素敵な女性たちに会えて良かったと心より思う。
「教えてくれてありがとう、町田くん。わたし、翔平くんと話してみるよ。フッた相手と話すのは気まずいかもしれないけど、何とかして翔平くんを立ち直らせたい。会う気が引けるとか、言ってる場合じゃないね」
桜井自身、ほんの二日前にフラれた男に会うのは嫌だろう。だが、桜井の目には不安は見えるが、どこか強い意志を感じた。
「あぁ、そうだな。翔平をよろしく頼む」
ためらいもなく、桜井に委ねる。桜井なら、翔平を立ち直らせることができるかもしれない。以前もミドリさんに感じた期待をオレは桜井に感じていた。
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