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第29話「花森翠は口づけしたい」②

 私と(しょう)ちゃんは、翔ちゃんや緋陽里(ひより)のバイト先である喫茶店方面にある公園の並木道を歩く。大きな公園の中心には、他よりも高くなっている丘があり、その周辺には広場や野球場、それらをつなぐ並木道がある。


 ここに最後に来たのは、翔ちゃんと初めて会った日の翌日だっけ? 確か初めて絵のモデルをしてもらったときだった。あの時は桜が綺麗な時期だったけれど、今日は真っ赤に染まったもみじや黄色く色づいたイチョウの葉が美しいグラデーションを形成していた。


「わぁ! 翔ちゃん見て! この辺はもう紅葉が綺麗だね!」

「本当だ! もう十月の後半ですもんね。これだけ綺麗に広がっていると、ちょっと感動を覚えますね!」

「そういえば、大学の正門前にもイチョウの木が生えているけど、ここまで綺麗に色は出ないわよね」

「この並木道は、もみじも一緒に咲いているので、より綺麗に見えるんでしょうね」


 すっかり本格的な秋の到来を感じさせる並木道に目を奪われながら私たちは並木道を歩いていく。恋人みたいに手をつないで、とかではないけれど、おしゃべりしながら歩いているだけで、すごく楽しい。近場だけれど、普段は行かない公園の並木道をしばらくグルグルとまわって、秋の風情を楽しんだ。


 *


 しばらく並木道を歩いてから、私は翔ちゃんに提案し、公園内の広場の一つに入る。

 広場にも、ちらほらと色づく木々があるが並木道ほどではない。代わりに、そこには秋を感じさせる別の木々があった。


「あ、クリだ」

「どう? すごいたくさんあるでしょ!」


 この広場にはクリ畑があり、クリの木がたくさん生えている。イガイガで覆われた実が地面にいくつも落ちている。中には緑色のものもあるが、ほとんどがコゲ茶色。これもまた、秋の風物詩の一つだ。


「見事な量ですね! こんなモノあったなんて、以前は気づかなかったですよ」

「この前行った丘の広場とはちょっと離れているものね。以前この辺を散策したこともあるんだけど、たまたま見つけたの。秋になったら来たかったんだよね!」

「秋を感じられるツアーですね! もみじ、イチョウ、クリ。目の保養になりますよ」


 翔ちゃんも秋の風物詩たちを見れて嬉しそうだ。喜んでくれて嬉しい! 来た甲斐があったな♪


「そういえば前テレビで、『水族館のウニをクリに入れ替えたらバレるのか?』っていう検証をやってたのを見たんですよね」

「あ! それ、私も見たよ!」

「ミド姉も見ていましたか!」

「あの番組、面白いよね!」


 平日の夜にやっているバラエティ番組だ! 視聴者から募集したいろんな実験テーマを面白おかしく検証していく。その検証の中に『ウニとクリを入れ替えたらバレるのか?』というお題があったのよね。


「あれは笑いましたね! まさか水族館の水槽にクリを入れてもバレないなんて思いませんでしたよ!」

「ね! 色とか完全にクリなのに、やっぱり形が似ているからか、全然気づかないんだよね!」

「おばあちゃんや子供がじーっと見てるときなんか、こっちまでヒヤヒヤしちゃいましたよ!」


 結果として、水槽にクリを入れてもバレなかったのよね! 流石に怪しむ人はいたけど、確信には至らなかったみたい。


「けど、クリをウニに入れ替えるとバレるのよね」


 そして、逆にクリの木の下にウニを置いておくと、みんな一瞬でそれをウニだと認識できるという結果だった。


「そうですね。でも確かに、このクリの木の下にウニが落ちていたら、僕もそれを見極める自信はありますよ」


 クリの木の下に落ちている実を慎重に拾って、翔ちゃんはそう答える。


「けど、不思議よね。この二つの状況でそこまでの差が出るのって何でなんだろう?」


 水槽に入れたクリには気づかないのに、クリの木の下に落ちているウニには気づく。入れ替えた条件自体は変わらないのに、どうしてここまで差が出るのかな? そう思って、翔ちゃんに尋ねてみた。


「う~ん。やっぱ、あれじゃないですか? いかに周りに溶け込んでいるか……というか」


 翔ちゃんは、顎に手を当てながら考察する。


「背景の色と言いますか。要するに、こういう自然物でウニのような真っ黒な物体ってあまりないから、違和感があるのではないでしょうか? 逆に、水槽にクリのような茶色をした生物がいても、それは不思議に思うことはないでしょうし」

「あ、なるほどね! 流石にウニのような形ではないけれど、確かに茶色の魚はそこそこいるし、砂もそれに近い色をしているものね。黒い木の実ってなると、パッとは思いつかないし」


 手のひらにイガクリを乗せて静かにコロコロさせながら翔ちゃんの説明を聞き、得心する。茶色いウニだったら、クリとの区別は本当につかないんだろうと想像すると、クスリと笑えてしまう。


「そういえば、今週のその番組でやる検証は、あの人気シリーズですよ! SNSを使って芸人の愚行を暴いていくやつ!」

「あぁ、あれね! あれも面白いよね! 私、あのシリーズ見てるとお腹痛くなっちゃうもん!」


 人気芸人が、実はSNS上では嘘つきで、ことあるごとに嘘の情報を投稿する。それを偶然別の取材で発見したスタッフが面白がって、その芸人さんの動向とSNSアカウントを張って、どれくらい嘘をついているか検証する企画だったわね。


「それにしても嘘ばかりつきますよね。嘘八百という言葉がありますけど、累計するとそれに近いんじゃないですか?」

「あはは、そうだね。なんていうか、ファンの方には見栄を張りたかったんじゃないかな?」


 それにしても、あそこまでたくさん嘘つく必要もないと思うけどね。自業自得とはいえ、テレビにそこまで干渉される芸人さんもちょっとかわいそう。私は苦笑いで翔ちゃんに返した。


 クリを地面に落として、再び並木道側へ戻ろうとする私たち。再び、赤と黄色の綺麗なグラデーションを正面に捉えながら、公園内を歩いていく。


「翔ちゃんは、SNSでもそういう嘘はつかなそうだよね」

「そうですね。けど、それ言ったらミド姉だってつかなそうですよ? 方便でさえも使えないんですから」

「基本的にはつかないけど、方便くらい使いはするよ!」

「それで七月に大変なことになったの、忘れたんですか?」

「うっ……」


 翔ちゃんが言ってるのは、お母さんと揉め事になって実家に強制送還されそうになったことだろう。就活の進捗状況をもう少し高めに設定しておけば、あそこまでの言い争いには発展しなかったかもしれないということを考えると、返す言葉もない。


「まぁ、僕はそんなミド姉のバカ正直なところとか、結構好きですけどね」

「へ!?」


 いきなりの賛辞に私は戸惑う。カァっと顔が熱くなり、それを見られないように下を向き、翔ちゃんから隠す。


「ミド姉?」

「……も、もう! 嬉しいこと言ってくれるな~! この弟くんは!」


 思わず、いつもの態度でごまかす私。こういうごまかす時は本当に便利な設定なのよね、姉弟設定。けど、私はそれじゃダメなのよね……。姉弟の認識から抜け出さなきゃいけないのに……。うぅ、中々難しいなぁ……。


「けど、あんなに大変なことがあったのに本当に賞へ応募出来てよかったですよ。一時は、どうなることかと思いましたけど、こうして苦難を乗り越えたことは本当にすごいと思います」


 翔ちゃんはそう言うけどそれは翔ちゃんのおかげなのよ? 翔ちゃんが私を助けてくれたんだから。


 あの時、私の道を切り開いてくれたのは間違いなく翔ちゃんだ。翔ちゃんと出会っていなかったら、三月の持ち込みで挫折した私の立ち直り時期も遅くなっていたかもしれない。漫画自体描けなかったかもしれない。学生最後まで頑張れないで、就職していたかもしれない……。


 翔ちゃんは、私から得たものが大きいと言ってくれるけど、そんなことはない。私はたいしたことはしていないんだから。むしろ私のほうが、翔ちゃんから多くのものをもらっている。かけがえのない大切な気持ちも含めて……。


「ねぇ、翔ちゃん……」


 黄色く染まるイチョウの樹の下で立ち止まり、目の前を歩く男の子に呼びかける。男の子も立ち止まり、こちらを振り返る。


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