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第20話「桜井桃果は明らかにしたい」②

「今までわたしはそんなに事態を重く捉えていなかったんです。わたしが頑張れば、翔平(しょうへい)くんを振り向かせられると思っていたんです。だから、新しく知った事実を信じられない……信じたくなくて」

「なるほど、そうですか」

 緋陽里(ひより)さんは着替えを終えてロッカールームに備え付けられた長椅子に座った。わたしも、その隣に座る。


「失礼ですけど桃果(とうか)さんは、あの二人がお付き合いをしていることを知らなかったんですか?」

「はい。特別に仲がいい事は知っていましたけど、まさか付き合っているだなんて思っていませんでした。だからこそ、わたしにもチャンスがあるって……」

 話しているうちに、また気分が暗くなってくるわたし。ですけど、話を聞いてくれている緋陽里さんのためにも、何とか涙は堪えようと努力します。


「やはり緋陽里さんは、ミドちゃんと翔平くんが付き合っていることは知っていたんですよね?」

「えぇ、そうですね。わたくしは彼女らが付き合い始めて間もない頃から、そのことを(みどり)から聞いていましたわ」

「そう……ですよね……。やっぱり間違いじゃないんですよね」

「はい。残念ですけど……」

 緋陽里さんはどことなく申し訳なさそうにそう言った。


「初恋だったんです……」


 わたしは下を向きながらそう呟く。緋陽里さんも、こちらを向いて黙って聞いてくれている。


「翔平くんは、わたしの初恋の人だったんです。二十二年生きてきて、わたしが初めて好きになった男の子なんです。困っている時に助けてくれて、だけどわたしはドジで連絡先を聞き忘れてしまいました。もう会えないと思っていたけど、偶然再会できたんです。色々考えたけど、このチャンスを手放したくない、諦めたくないって思ったんです。ですけど……」

 わたしはダムが決壊してしまったかのように、目から涙が溢れて止まらなくなる。


「やっぱり、最初から結果は決まっていたんですね……。あの時にはすでにもうわたしの勝ち目はなかったんですね……。そう思うと、悔しくて仕方がないです……」


 泣かないと決めていたのに泣いてしまうなんて、本当に自分はダメダメですね。我慢をすることもできないなんて、緋陽里さんに申し訳ないじゃないですか。

 緋陽里さんは、カバンの中からハンカチを取り出すと、わたしに差し出す。わたしはそれを使って涙を拭きます。


「すみません、ホントに……」

「いえいえ。気にしないでください」


 謝ることしかできないわたしに緋陽里さんは優しくそう言います。やっぱり同い年には見えません。素敵な女性ですね。


「確かに、あの二人はとても仲がいいです。お互いがお互いを想い合っていて、いいカップルだとわたくしも思っています。だからこそ、桃果さんが翠に宣戦布告したと聞いたときは、大したお方だと思いましたわ」

 緋陽里さんは正面にある鏡を見ながらそう話します。


「ぶっちゃけますと、わたくしは翠との付き合いが長いですし、大切な友人ですので、翠と岡村(おかむら)くんの仲を応援していますわ。岡村くんはとてもいい子ですし、翠とも上手くいくと思っているからです」

 わたしは分かっていたことだが、口に出されると改めて胸に突き刺さるものがある。


「略奪愛も、正直褒められたものでもありませんからね。桃果さんが身を引けば、全ては丸く収まると言うこともできるでしょう」

 そうだ。これ以上わたしが頑張ったところで、それは二人の邪魔になるだけ。それに、わたしが原因で二人の仲もわたしたちの仲も悪くなるのは……。二人に迷惑をかけるのは、嫌だ……。


「まぁですけど、結局その先どうしたいのか決めるのかは、あなた自身ですわよ。先程、チャンスを手放したくないと言っていましたけど、それはよく翠も言っていますわね」

「あ……」


 そういえば、ミドちゃんも最初、翔平くんに弟モデルを断られたって言ってたっけ? 結果的にミドちゃんはチャンスを掴み取ったっていうことですよね。


「このまま素直に諦めるのもいいですし、もう少し頑張ってみるという選択肢もあります。それで岡村くんが桃果さんになびくようであれば、それはあなたの勝ち。翠は岡村くんをきちんと捕まえておけなかったということですわ。まぁ、アプローチするにしても節度は持たなくてはいけませんけどね」

 緋陽里さんは、今まで鏡越しに話していたが、顔をこちらに向けて、再度話す。


「桃果さんの気が済むまで、頑張ってみてもいいんじゃないですか?」


  緋陽里さんはちょっとだけ微笑んでそう言った。その後、「翠を理不尽に泣かせたりするのは私も許しませんけどね」と付け加えた。友人思いでありつつもあくまで中立の立場で意見する彼女にわたしはあこがれの気持ちを抱きます。


 わたしも緋陽里さんからそう言ってもらえて少し心が軽くなりましたが、それでもわたしの中でどうしても消えないモヤモヤがあります。こればっかりは、もはや取り返しがつきません。自分の目の前で語られた事実が頭から離れないです……。


「ですけど……、」

 わたしは、相変わらず冴えない顔で下を向きながら、緋陽里さんに告げた。



「翔平くんとミドちゃんは、もうエッチなことまでしちゃっているんですよ!」



 半ばやけくそ気味だったので、少し声を大きめに出してしまった。今思うと、エッチとか言うの恥ずかしい。「一線を超える」とかそういう言葉を使えば良かったと後悔。頭のモヤモヤのせいで、正常な言語処理ができていなかったようです。

 緋陽里さんの目からは光が失われ、固まってしまっています。


「え? え?」

 緋陽里さんは、動き出しかと思えば、訳も分からずほのかに顔を赤く染めつつ、目を開いたり閉じたりしています。あぁ~、絶対変な奴だと思われましたよこれ! 


「え? 桃果さん? あなた、何言ってるんですの!?」

「いきなりすみません! ですけど、わたし昨日聞いちゃったんです! ミドちゃんと翔平くんから直接!」

「聞いたって、何をですの!?」

「二人が同じベッドで一晩を共にしたことです!」

「!?」

 これは緋陽里さんも流石に聞いてなかったらしく、驚愕しています。けど、すぐに冷静になり、ごほんと咳払いをすると、こう言う。


「ま、まぁ恋人同士ですからね。一緒に寝ることくらいあるでしょう。知りませんでしたけど……。けど、だからと言って一線を超えたとは言えないわけで……」

「そんなことないんです!」

「は、はい?」


 わたしはその場に立ち上がり、緋陽里さんの反論を否定した。もはや自虐行為のようにも思えたが、自暴自棄状態でわたしは昨日のミドちゃんと翔平くんの会話を緋陽里さんに話す。


「昨日二人でそう話していたんです! 花森(はなもり)家の問題で実家に帰る前日に一緒のベッドで寝たって言ってました! 『今度家に帰ってきたら、また前みたいに(愛の確かめ合いを)しましょう』とか、『今度は心おきなく(エッチ)できるね』とか言ってたんですよ! ここまで言われたらもう、信じたくなくても信じないわけにはいかないじゃないですかーー!」

「ま、まさかそんな! え!? いや、ですけど!」


 冷静に対話していた緋陽里さんでしたが、その話を聞くやいなや、再び顔を赤くしてあたふたしています。これには緋陽里さんもショックだったようです。ミドちゃんのことを何でも聞かされていたわけではなさそうですね。


「しかも、どうやら四月からそういう関係みたいです! これだけ時間が経っていれば、お互いのほくろの数やらどこをどうすれば相手が喜ぶとか、あんなことからこんなことまでありとあらゆる営みを繰り返しているってことじゃないですかーー!」

「ちょ、ちょっと桃果さん! 落ち着いてください! さっきからあなた、とんでもないこと口走ってますわよ!?」


 途中から大幅に脚色を入れてしまいましたが、まぁ要するに彼らがそういう関係にあるということは伝えられました。……わたし、一体何を馬鹿なこと言ってるんでしょうか……。そもそも、伝えてどうするんでしょう……。別に脚色する必要なんてどこにもなかったのでは……。もはや何が正しいのか……。


 緋陽里さんはわたしを落ち着かせようとするが、本人も全然落ち着いていないです。普段が落ち着いている緋陽里さんだけに、あたふたしたのを見るのは初めてです。


 わたしはそんな緋陽里さんの冷静じゃない様子を見て、先程までは比較的落ち着いていた自分がまた深く沈んでいくのを感じました。言ったあとに後悔してしまうとは、後先考えないにも程があります。

 わたしは長椅子の前に座り込み、顔を膝に埋める。こんな恥ずかしさやら悔しさやらが入り乱れた顔を誰にも見せたくないと思ったからです。そのまま、声には出しませんでしたが心の中で泣きます。



 しばらく緋陽里さんは黙っていましたが、どうやら再び冷静になったらしく、わたしに話しかけます。


「あの、桃果さん。やはり、わたくしはあなたの言っていることが全て正しいとは思えません……。どこかに勘違いがあるのではないかと考えています」

「何でそう思うんですか? 事実、ミドちゃんと翔平くんは付き合っていて、付き合い始めてからもう四ヶ月以上経っているんですよ?」

「えぇ、まぁ確かにその通りなんですけど、以前わたくしが翠から聞いた話とは、随分と違うような気がするんです……」

「……聞いた話というのは?」

「それは……、翠が翔平くんを襲ったりなどはしないと、強く否定していたことです」


 わたしはそこで、緋陽里さんの方に顔を上げた。緋陽里さんも困惑したような表情でこちらを眺めている。


「昨日だったでしょうか? 翠と話していて、わたくしが翠に『岡村くんを押し倒したりしないようにね』と冗談めかして言ったんですが、翠は『そんな姉弟らしからぬことはしない』と否定してきたんです。さっきまでの話と、少し矛盾しませんか?」

「けど、ミドちゃんから押し倒さないだけで、翔平くんから押し倒すかもしれないですよね? 男の子ですし……」

「まぁ、それはそうかもしれないんですけど……。何ていうか、どうもしっくりこないんですよ。二人とも変に積極的ではありますけど、人前でそんな話すると思いますか? ましてや岡村くんは、絶対嫌がると思うんですけど……」

「言われてみれば、そうかもです……」


 確かに、翔平くんが恥ずかしがり屋なことはわたしも知っています。それが原因で、ミドちゃんと「姉弟喧嘩」みたいなことになったことも知っています。

 そんな翔平くんが、あんな堂々とわたしの前で、そんな恥ずかしい話の代表とでもいうことを話すかというのは、わたしも今になって疑問に思います。


「これは、真実を確かめた方がいいかもしれませんわね」

「真実……ですか?」

「はい。翠に直接、話を聞きましょう。翠のためにも、桃果さん、あなたのためにも。それが一番ですわ」


 *


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