第19話「設定姉弟は祝福したい」③
「翔ちゃん! インターンシップお疲れ様!」
玄関から、嬉しそうにしたミド姉が顔を出す。
俺は一度家に帰って私服に着替えてから、ミド姉の家にやってきた。何でも、就活&インターンシップ終了を祝して、ミド姉がご飯を作ってくれたみたいだ。
俺は靴を脱いで部屋にお邪魔する。ミド姉の部屋には、以前母親に無理やり送られた家具が元の場所に配置されていた。どうやら、また送り返してくれたみたいだ。
「翔ちゃん本当に久しぶりだね。三週間ぶりくらいかな?」
「そんなに経っていましたか……。本当に久しぶりですよね」
インターンシップ期間とミド姉の就活が重なって、その期間は全然顔を合わせていなかったからものすごく久しぶりに会った気がする。
って、そうだ。
「ミド姉、就活本当にお疲れ様でした! 終わって本当に良かったですよ!」
「ありがとう翔ちゃん! ようやく終わったよ!」
「何だかんだありましたけど、本腰入れて二ヶ月くらいで終えちゃいましたね。やっぱすごいですよ! ミド姉!」
「みんなの協力のおかげだよ~。もちろん、翔ちゃんが一番の功労者だけどね!」
ミド姉は嬉しそうにそう言って話す。一ヶ月前には母親から実家に帰って来いと言われて、一時はどうなることかと思ったけど、こうして一緒に就活が終わったことを祝えるのは嬉しい。あの時、頑張って良かったと思う。
ミド姉は、顔を赤くしながらモジモジして、こっちを見たり見なかったりしている。何だろう?
しかし、「やっぱりゲージが減ってるから我慢できない!」とかいうよく分からないことを言うと、
「ハァーーー。久しぶりの翔ちゃん! ムニムニ~」
「うぉ! これまたいきなりですね!」
いつものように抱きついてきた。
「こんなにムニ長い期間話さムニなかったのはムニ初めてムニだから、すっかりムニムニ充電がムニ切れちゃったみたいなのムニムニ」
「言葉の途中でムニムニ言ってて全然分からないんですけど……」
「まぁまぁ、いいじゃないの! 就活もインターンも終わったんだし、これでいつも通りの生活に戻れるわけだし!」
「ま、それもそうですね」
人気のないところでは、すっかりミド姉のブラコン性癖には慣れてしまった俺は、普通にミド姉と会話ができる。まぁ、照れがないといえば嘘になるし、実際顔も赤くなっているのだが、動揺しないで会話することはできるようになったらしい。
「ハァ翔ちゃん翔ちゃん……。翔ちゃんの匂いに翔ちゃんの感触……。愛おしい……」
「あの、そこまで露骨に好き好きアピールされると、流石に恥ずかしいんですけど……」
「だってこのあと、桃ちゃんも家に呼んでいるんだから、桃ちゃんの前ではこんなことできないでしょ? だから今のうちにできるだけ堪能しておくの」
「この後モモも来るんですね。そりゃ確かにそうですけど……、もうそろそろ良くないですか? 十分充電できたでしょう?」
「いーや、まだよ! 今の私は花森翠第二形態。今までの充電容量よりも更に多くのキャパシティを備え持っているため、こんなものじゃ足りないのムニムニ」
「第二形態!? 何がどう変わってるんですか!?」
「翔ちゃんへの愛情が以前の二倍まで上昇しているムニ。その分多くの充電が必要になるムニ」
これまたナチュラルに恥ずかしいことを言ってくるミド姉。こんなやりとりにももう慣れたため、いちいちこんなことで更に照れたりはしない。
「ちなみにムニムニ翔ちゃんと会っていない時にムニ減少する姉ゲージの速度も二倍ムニ」
「まるで意味がない! むしろ退化してるよ! 第二形態!」
体型は大きくなったのに消費効率が悪くなった大人、はたまた体力は多いのに防御力が0のバーサーカーみたいだ。必要エネルギー摂取量が多いだけに、むしろマイナス。これなら、体力こそ低いが防御力が最強レベルのメタルス○イムの方がまだマシだ。これでよく第二形態と言えたものだ。りゅ○おうやらシンゴ○ラとは程遠いな。
しばらく俺を堪能(?)したあと、ミド姉は密着した体を離した。心なしか、さっきよりも肌がキラリと光っている気がする。
「ふぅ~。堪能した! ごちそうさまでした!」
「あの、僕はまだ何も食べていないんですけど……」
「そういえばそうだったわね。待ってて! 今から仕上げするから!」
ミド姉がそう言ってキッチンで作業を始めてすぐ、インターフォンが鳴る。どうやらモモが来たようだ。
「ごめん、翔ちゃん! 多分桃ちゃんだと思うから、出てもらっていいかな?」
「分かりました」
そう言って扉を開ける。
「モモ、いらっしゃい」
「翔平くん、インターンシップお疲れ様!」
「ありがとう! とりあえず上がってよ」
「桃ちゃん、来てくれてありがとね! もう少しでできるから、待っててもらっていい?」
「うん!」
そういえば、モモと会うのも久しぶりだな。と言っても、八月の上旬にアルバイトで会っているから、ミド姉ほどではないけど。
しばらくして、ミド姉の作ってくれた料理が運ばれてくる。今日はハンバーグだ。出来たてのハンバーグのいい匂いが香る。
「うまっ!」
「本当に美味しい! 流石ミドちゃんだね」
「良かった!」
ミド姉の作ったハンバーグ、本当に美味しい! ハンバーグをナイフで切るとそこには旨みがたっぷり詰まった肉汁がジュワリ。中心部にはチーズが入ったチーズ・イン・ハンバーグ。チーズが肉汁に包まれながらもトロリと溢れ出し、食欲をそそる。ミド姉特製のデミグラスソースとの相性も抜群だ。濃厚なケチャップの味だが、ハンバーグの味を消さずにあくまでソースとしての立ち位置を貫いている。
色々語ったが、まぁつまり、最高に美味しいということだ。
「やっぱミド姉の料理は最高ですね!」
「うん! 本当に! わたしもこれくらい作れるようになりたいよ。わたしは簡単なものしか作れないから……」
「ふふっ! 『お姉ちゃん風キイロハンバーグ』よ! ポイントは中のチーズね!」
ミド姉の料理で初めて、『ミドリ』以外の色が使われた。肉じゃがの『ミドリ』はグリーンピース、カレーの『ミドリ』はほうれん草と来て、ハンバーグの『キイロ』はチーズってわけか。
ちなみにこの『お姉ちゃん風』というのは、俺が設定上の弟になってから思いつきでつけたらしい。俺は未だに『お姉ちゃん風』の意味がよく分かっていないが、これを指摘する際に『お姉ちゃん』と言わなければならないのでスルーしている。
「それにしてもミドちゃんも、就活お疲れ様。結局、どこに就職することになるの?」
「ありがとう! 旅行代理店よ! よくCMでも流れる有名なとこ!」
「そうなの!? すごいね! ミドちゃんは愛想もいいし、絶対うまくやっていける気がするよ」
「あはは。ありがとう、桃ちゃん」
確かにミド姉だったら、その旅行代理店でもうまく仕事ができそうだな。ミド姉の明るい性格は、営業に向いている。お客さんを笑顔にすることだって簡単だろうな。けど、
「これで、保険はできた。あとは、この半年間で漫画の持ち込みを成功させるだけよ」
ミド姉の本当にやりたいことは、別にあるんだ。彼女の目標は、内定を取ることじゃない。漫画家になることだ。
「そういえば、机の上にはまだパソコンがないみたいですけど、まだ実家にあるんですか?」
「うん。パソコンと液タブだけはまだ実家に置かせてもらっているの。就活が終わったという報告も兼ねて実家に帰って、こちらに送り直してもらう予定よ」
「そうですね。きっとお母さんも喜びますよ」
俺は、もうミド姉が実家に帰ることに不安などなかった。ミド姉から、母親のことを聞いたからだ。
父親の死因から、ミド姉の身を案じた母親の話を聞いて、やはり、どれだけ厳しくても親は親なんだと、思い直した。社会人になると、実家に帰る機会は今より減るのが普通だ。だから、今のうちに顔を出しておいて欲しい。
実を言うと、俺もその話を聞いてから家族が恋しくなり、里帰りをした。下宿先から都心に通うのも、実家から通うのも、そう時間の違いがなかったので、構わないと思ったのだ。まぁ、実家からの方が少し時間はかかるんだけど。それでも、家に帰ればご飯が出てくるという、高校生までは当たり前だったことに久しく感動することもできたし、顔を見せたことで親孝行もできただろうから、良かった。
「わたしが実家に帰っている間に、大変なことがあったみたいだね。後日ミドちゃんから事情は聞いたよ」
「あ、あの時モモは里帰りしていたんだね」
「まぁ、里帰りと言っても、わたしの実家は近いから、本当に顔を出しただけなんだけどね。けど、そんな事情に巻き込まれていたって聞いて、あとになってゾクッとしたよ……。下手したらミドちゃんがいなくなっていたかもしれないんだもんね」
「確かに、里帰りしているうちに仲のいい隣人が引っ越していたら、ショック受けるよね」
「けど、大丈夫! 翔ちゃんが助けてくれたんだから、今こうしてここにいるわけだしね!」
「それも聞いたよ、翔平くん! ミドちゃんの実家に訪ねて行ったらしいね!」
「う、うん。まぁ。あの時は俺も必死だったし」
「それでもすごいよ! やっぱり、翔平くんは格好いいね……。憧れちゃうな……」
目をきらめかせてこっちに尊敬の眼差しを向けるモモ。この話題で持ち上げられすぎて、少々照れくさい。視線をハンバーグに移し、箸を口に運ぶ。
「ミドちゃん、羨ましいな……」
「ごめん、モモ。何か言った?」
「うぅん。何でもないよ」
モモが何か言った気がしたけど、聞き取れなかった。「羨ましい」って聞こえた気がしたけど、ミド姉に対してなわけないし、俺の行動力がってことかな? 俺自身もびっくりしているけど……。
「うん。あの時の翔ちゃんは……、本当に頼もしかったよ。本当に……」
ミド姉が珍しくいつもと違う調子でそう呟いた。いつもだったら、「ありがとう翔ちゃん! お姉ちゃん大好きーーー!」みたいなノリで抱きついてくるのに。今のミド姉は何だか思い出に浸っているかのような様子だ。ほろ酔い気分にあるかのように頬も赤い。何だか恋する乙女みたいな表情をしている。そして、その気持ちが俺に向かっているような気もして、一瞬ドキっとする。
そこで俺は、ミド姉の実家からの帰り道を思い出した。あの時の俺は確かにミド姉にとって勇敢な行動をした。それに対して、ミド姉はご褒美と称して頬に口づけをしたのだ。
え? まさかあれって、やっぱり……。ミド姉はもしかして……、
「あそこまで必死になってくれるなんて、お姉ちゃん感激ーーー!」
そう思ったのも束の間。ミド姉はいつもの調子で頬に手を当てて顔を横に振る。一瞬変な想像をした自分が恥ずかしい。ミド姉は通常運転だ。
まぁそりゃそうだ。ブラコンに目覚めていないときでもご褒美って言って俺に抱きついて来る人だぞ? 本当に深い意味なんてなく、抱きつくという行為の上位互換的な意味のスキンシップだったんだろう。そもそも、俺が彼女と付き合えるわけない。男として意識されてないんだから。
「やっぱり翔ちゃんは最高の弟だね!」
がっかりしたような、いつも通りで安心したような複雑な気分のまま、俺は愛想笑いをする。
「そうそう、覚えてる? ベッドの中で話したこと」
「ベッドの中で話したこと?」
俺は思い返す。
あぁ、確か、ミド姉が実家に帰る前日、俺の家に泊まって、「帰ってきたらまた弟のモデルをよろしくね」って約束したことか。
「あぁ、そのことですか。もちろんですよ! バイトない日は基本暇なんで、いつでも呼んでください」
「うん! またよろしくね!」
俺たちはいつも通り目を合わせ、微笑みあった。いつも通り、設定上の姉弟として。
カラン
すると突然、話を聞いていたモモの手から箸がするりと抜け、地面に落ちた。
「ねぇ、ちょっと待って……」
モモは、目を丸くしたまま箸を持っていた手の形を崩さずに聞いた。
「ベ……、『ベッドの中で話したこと』ってどういうこと?」
「え?」
あぁ、そっか。モモはこれの話についていけないよね。俺たち二人だけでした会話なわけだし。
「あぁ。それなら、ミド姉が家に戻ってきたら、また前みたいに(弟のモデルを)しましょう、てことだよ」
「そうそう。お母さんとの試練を乗り越えて無事に帰ってきたら、今度は心おきなく(弟をモデルと)できるね、って話だよ」
ミド姉と俺は、モモに要点を伝えた。だけどモモは全然得心いってない様子だ。
「へ、え? ぇぇ。にゃ、にゃにを? みゃんで?」
モモは顔を赤く染めたり、蒼白させたり、とりあえず心情穏やかでないみたいだ。モモはいつものように奇声を発しているわけではないが、俺たちには理解不能な言語を発している。
「え? 何て?」
「いややややややや、だ、だから!」
「どうしたの? 桃ちゃん?」
モモは目をぐるぐるさせている。呂律も回っていないが、それでも何とか次の言葉を話そうとする。
「ふ、二人って……、もうそこまでの関係だったんでしょうか?」
……? どういうことだ? モモって俺たちの関係は知ってるんだよね? 前にミド姉も確かにそう言ってたし、だからこそ即売会のときは大変だったわけで……。
ミド姉の方を見ても、ミド姉もよく分からないと言った顔をしている。
「もうも何も、俺たちは四月の最初からずっとそういう関係だけど?」
そう言った瞬間、モモは口をあんぐり開けて静止した。まるで石化でもしてしまったかのように動かない。全体的に色も白くなってるような……。いや、流石にそれは気のせいか。モモの白い肌が更に白くなっているからそう見えてしまったのかもしれない。
「桃ちゃ~ん……。大丈夫?」
ミド姉がモモの顔の前で手を左右に振る。すると、モモの石化は解除され、みるみるうちに顔が真っ赤に染まる。
「そそそそそうなんだ! ふ、ふ~ん。そっかそっか~。あ! わたし、明日はちょっと用事があって早く起きなきゃいけないから、もう帰るね!」
「え、桃ちゃん?」
「今日はありがとうミドちゃん! ご飯、すごい美味しかったよ! それじゃ、またね!」
そう言い残すと、モモは全速力で扉を開けて自室である隣の部屋に帰っていった。取り残された俺とミド姉は、よく分からずポカンとしている。
一体、何だったんだ?
*
桜井桃果
ミドちゃんの部屋を飛び出して、同じ間取りである自分の部屋の扉を閉じます。
息を切らして、わたしは翔平くんとミドちゃんの言葉を思い返す。
・同じベッドで寝た
・帰ってきたら続きをしましょう
・四月からずっとそういう関係
どうしよう! どうしよう!
これの意味するところって……、やっぱり……。
「あの二人って、すでに付き合ってるの~~!?」
わたしは涙を目に浮かべながら、一人の自室でそう叫んだのでした。
第19話を読んでいただき、ありがとうございました! 今回は、翠と翔平の就職活動関連のお話でした。
インターンシップの話は、この作品のテーマの一つでもあるのでもっと掘り下げようと思ったんですけど、なんか読んでいて退屈しそうだったんで割愛しました。それよりも本編をどんどん進めようと思います!
今回の③で久々に翠の手料理を登場させてみました。第4話でもやりました、翔平のグルメリポートですが、あれって結構考えるの大変なんですよね(笑)じゃあ何で書いてるんだって話になるんですけど、やっぱり書かないと味気ないじゃあないですか! せっかく美味しい料理を作れるというスキルを持ってるんで、やっぱりそれなりに主張しないとですしね! みなさんはもっと上手に表現できるんでしょうか? 私、気になります!
それでは今回はこの辺で! 新たな勘違いをしている桃果の運命やいかに! 第20話で!




