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第19話「設定姉弟は祝福したい」①

 花森翠(はなもりみどり)


「それでは、最後の質問です」


 それまで見ていた書類から目を離し、スーツ姿の男性は真っ直ぐに私の方を見る。


「あなたが、最も自分の誇りに思っていることは何ですか?」

「はい! どんな困難にも失敗にもめげず、立ち向かうことができるところです!」


 私は、自信たっぷりにハキハキとした声でそう答えた。


「私は今まで、幾度となく失敗を繰り返してきています。しかし、その度に様々なことを学び、改善し、困難に対する耐性を身につけることができたと自負しています。社会に出ると、意図していない失敗をすることも多いと思いますが、それを糧として大きな成果をあげられる人間になれると確信しております」


 男性は私の自己PR中に片時も目を離さなかった。私がそう言い終えてから五秒ほどの沈黙の後、


「はい、結構ですよ。ありがとうございました」


 と言って入室直後以来、初めての笑顔を見せた。


「お疲れ様でした。結果は来週までに連絡しますので、しばらくお待ちください」

「はい! ありがとうございました!」


 *


 面接会場を後にした私は、家へと向かう電車の中で本日の面接について振り返っていた。


 本日は、エントリーしていた旅行代理店の最終面接だった。


 母とのあれこれがあってから、私は以前より一層就活に力を入れていた。大学の近くに構える一人暮らし用のマンションに戻ってきてから一週間以内に一次面接を行い、その次の週に二次面接、そして本日の三次面接兼最終面接を行った。この企業以外にも二次面接を突破した企業、一次面接で落ちた企業もある。


 やはり、多くの面接を経験していると手応えの有無というものが実感できる。そして、面接で落ちた企業というのは、いずれにしても手応えを感じられなかった。

 しかし、今回受けた旅行代理店は、その中でも特に順調な企業であり、面接の出来栄えについても私はかなりの自信があった。夏休み前に行った、大学就活サポートサービスの面接対策が役に立ったようだ。


 最終面接だけど、今回の面接は今までで一番自信がある! これで受かれば、無事に就活を終えられる! 


 少し自己PRで主張しすぎた気がしないでもないが、面接対策でも自信を持って答えることがなにより大切と教えてもらったし、大丈夫だよね? 面接官も最後は笑っていたし、十分受かる可能性はある! 


 そして就活が終わったら、やっと思いっきり漫画が描けるわ! 


 そう、就活が終われば漫画が描ける! 

 先月の終わり頃、母とのいさかいにより下宿先のマンションに置いてある家具の一部が実家に送られてしまった。母との説得に成功した後、数日後に大抵の家具は返送されてきたのだが、唯一、絵描き用のタブレットだけが返送されてこなかった。


 母いわく、「もう信用していないわけでもないけれど、やはり就活に専念してほしいため、終わったという報告を受けるまで送るのを控える」とのことだった。私もそのことについては同じ意見を持っていたため、同意した。

 つまり、就活さえ終われば、このタブレットが我が家に戻ってきて、無事に漫画作業を再開できるということだ。


 これも全部、(しょう)ちゃんのおかげなのよね。私は弟を思い浮かべる。


 私だけでは母への説得は上手くいかず、どうすればいいか分からなかった。そんな時、心配してくれた翔ちゃんが、下宿先から遠い実家まで訪ねて来て、母へ直接説得してくれた。その甲斐あって、私はまたこちらでの生活を許されることになった。

 私一人ではどうにもならなかった問題に翔ちゃんが力を貸してくれたのだ。そのことが嬉しくて仕方がない。あの時の翔ちゃん、格好良かったな。


 母に対して声を大きくして説得する翔ちゃん。普段からは想像がつかない。それに、翔ちゃんは母に対してこう言った。


『僕は、花森翠さんの「弟」です!』


 人前で紹介するときはためらいがちだった弟という設定を私の母親という、最も敬遠するであろう相手に向かって言い放ったのだ。私はその時、涙が溢れて止まらなかった。それだけ、翔ちゃんが必死になってくれたということが、私にとってはとても嬉しかった。


「早く、翔ちゃんに会いたいな」


 頬を紅潮させながら、私は一人電車でつぶやく。


 あの日から、私は翔ちゃんのことをより好きになったようで、気持ちの変化が現れている。今までも愛しく思っていた弟だけれど、単純にその延長とも言い切れない、奇妙な感情だ。それまで彼のことは、まるで愛玩動物のように可愛がる対象だった。しかし最近は……、こう……、うまく例えが思いつかないわね。そうね……、うまくは言えないけれど、番犬のごとき頼もしさとでも言うのかな? そういった別の部分にも魅力を感じている。


 彼を見たり思い出したりすると、いつも通り抱きしめたい衝動に駆られはするのだが、そこに変な抵抗が入る自分もいる。触れていると、少しばかり照れが見え隠れする。ちょうど、翔ちゃんと初めて会ったときのような……、私がブラコンになる前に感じていたようなとても奇妙な感覚だ。


 私は、この奇妙な感覚をブラコンの新ステージと捉えている。あの一件以来、翔ちゃんに対する愛情が強くなったのは事実だし、これは更に漫画の参考になると期待している。


 私は、とにかく翔ちゃんに会いたくて仕方がない。毎日でも会いたい。一緒にご飯とか食べたり、前みたいに喫茶店でお話したりしたい。だけど、今はそれができない……。その理由は……、


「早く翔ちゃんのインターンシップ終わらないかな~」


 そう、翔ちゃんは今、夏季必修選択科目たるインターンシップの真っ最中だ。八月中旬以降の二週間をフルに使って、実際の社会人と同じような生活を送っている。


 翔ちゃんは実家から通っているらしく、会うことができない。都心のオフィスまで行くのに約二時間はかかると言っていた。朝早く家を出て、夜遅く家に帰ってくる。私も就活中の身だし、翔ちゃんもインターンシップに行く前に、応援してくれた。ここでまた無駄な心配をかけるわけにはいかない。


 そういうわけで、私は翔ちゃんともう一週間以上会っていない。先週は私の就活が忙しかったため、全然会えなかったし、今週からは翔ちゃんのインターンシップが始まってしまったし。寂しい……。

 けど、二人とも用事を終えたら、夏休みの後半が待っている。そしたら、また一緒にいられるよね? 今日の面接が合格していれば、私の就活は終わりなわけだし! 


 その時のために、頑張ろうっと! 


 *


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