第18.5話おまけ「市川大五郎と日常光景」
駅の賑やかさとはかけ離れ、人通りの決して多くはない住宅街の中にある喫茶店、『ブラウン』。シックでどこか落ち着いた雰囲気を醸し出す店内に、今日もこだわりのコーヒーの匂いが立ち込める。
私は市川大五郎。この喫茶店のマスターをやっている。
喫茶店のマスターを始めてもう六年は経っただろうか。お客様の入り自体はそこまで多くはないが、私は満足している。来ていただいたお客様には最大のおもてなしをして、この喫茶店を気に入って頂ければそれでいい。お客様の心安らげる場所、それがこの喫茶店『ブラウン』のあり方だと考えている。
基本的にお客様で混むことはないこの店。しかし、昼の時間はどうしても一人だと手が回らないことだってある。そのため、その時間はアルバイトの子達にも協力してもらっている。
その一人というのが彼女だ。
「マスター、本日もお疲れ様でしたわ」
彼女は陽ノ下緋陽里くん。この喫茶店を経営し始めた時から働いてくれている、友人の娘さんだ。端麗なルックスと丁寧な所作、そして何より目を引く金髪で、彼女目当てにお店に来てくれるお客様も多い。
今日も彼女にはよく働いてもらった。私も助かっている。私は仕事の疲れを少しでも癒して欲しくて、入れたてのコーヒーを差し出す。
「うむ……」
「あらマスターいいんですの?」
「あぁ……」
「ふふっ、それでは、遠慮なくいただきますね。……やはりマスターの入れるコーヒーは格別ですわ。いつもありがとうございます」
陽ノ下くんはそう言って笑顔を私に返す。お礼を言わなくてはいけないのはこちらの方だよ。こうして従業員にも喜んでもらえると、明日も頑張ろうと思えてくるね。
*
「ねぇちょっと、中学生顔のそこのあなた」
「どうかした? 中学生サイズの身長の店員さん」
今日もいつもと変わらぬ日常的な光景が広がる喫茶店『ブラウン』。緋陽里くんとは少し異なる色をしたブロンドヘアをなびかせる従業員が、一人の常連のお客様との話に花を咲かせている。
「先日、翠さんが『また翔ちゃんに「お姉ちゃん」って呼ばれて吐血しちゃったよ~』ってすごく嬉しそうに話してきたんだけど、何? 何だかんだであなたもノリノリで翠さんのことを『お姉ちゃん』とか呼んでるわけ? もしそうなら、気持ち悪いからやめてほしいんだけど。想像しているだけで吐き気がするわ」
「別に呼んだわけじゃないから! ミド姉に対して言わなくても、目の前で俺がその言葉を発した時点で反応するんだからしょうがないだろう?」
「何それ? 翠さんは自分にメロメロっていう自慢か何か? 聞いていて不愉快にも程があるわ」
「違うから! 友人に説明してたら拍子に出ちまっただけだよ!」
「ふん、どうだか……。童顔なのをいいことに翠さんをたぶらかす中学生の言うことが正しいんだか!」
「この……! ……まぁいいや、どうせ人の話を聞かない高飛車な小学生に何を言っても無駄だろうから、ここは一つ、俺が大人になってそういうことにしといてあげるよ」
「誰が小学生よ! そこまで身長低くないわよ!」
「じゃあ近くの小学校へ行って背比べでもしてこいやーー!」
「あぁん?」
「あ?」
ふふっ、相変わらず仲の良い二人だ。俺も小さい頃は陽ノ下とああいった口喧嘩をしまくったもんだ。もう、随分と経っちまったがな。朱里くんはあいつによく似ているな。大丈夫だ朱里くん。身長が小さくても、君にはたくさんの魅力があるんだからな。
*
「あれ? モモの髪型、いつもと違うような」
「ふぇ!?」
今日もいつもと変わらぬ日常的な光景が広がる喫茶店『ブラウン』。少し内気なショートヘアの新人、桜井桃果くんが変わった声を出してモジモジしている。
「う、うん。美容院に行って、少し髪を整えてもらったんだ。わたし、髪伸びるのが早いから……」
「そうなんだ。モモは今のショートが似合ってるから大変だね」
「そ、そうなんだ……。似合ってるんだ。えへへ」
「うん、好きだな」
「え!? す、好き!?」
「うん? 俺は、今のショートヘアが断然好きかな」
「あ、あぁ! そうだよね! 髪型だよね!」
「え? 今、髪型の話でしょ?」
「分かってる! 分かってるよ、翔平くん!」
桜井くんと同じく新人の岡村くんとの会話を聞いて私はついつい頬が緩んでしまう。青春だな。桜井くんの初々しさが伝わってくる。好きな男に髪型を褒められたんだ。舞い上がってしまうに決まってるよな。
恥ずかしそうに桜井くんは、岡村くんに背を向けてぼそっと一言出す。私にももちろん聞こえない。
「びっくりした。あんな言い方するから、別の意味で捉えちゃったよ……。心臓に悪いなぁ」
「ごめん、俺の言い方が変だったかな? やっぱり別の意味で解釈しちゃってたみたいだけど?」
「何で聞こえるの!? 後ろ向いてたのに!?」
「え? そりゃあ今はモモと会話してるわけだし……」
「今のは聞かなくてもいいんだよーー!」
……桜井くんの受難は続きそうだな。がんばれ、桜井くん!
*
「翔ちゃーーん!! 今日も制服姿を見に来たよ!!」
「よっ。翔平、陽ノ下。」
今日もいつもと変わらぬ日常的な光景が広がる喫茶店『ブラウン』。リボンを後ろに付けた茶髪の女性と女性に人気がありそうなルックスをした今時の男子大学生が来店した。
「ま、町田先輩!」
「よぉ陽ノ下。相変わらず綺麗な金髪してるな」
「ゃゃゃゃゃゃゃゃゃ」
朱里くんは顔を赤くして口を開けたまま動かなくなる。お客様の二人は、席に移動しながらの会話だったため、ちょうどその姿を見ていない。岡村くんだけが困ったような顔でその姿を見ていた。
朱里くんはどうやら、イケメンの彼に惚れているらしい。朱里くんにもあんな乙女な部分があるなんてね。少し驚きだよ。
「翔ちゃん……。相変わらず可愛いわね」
「はいはい。注文何にします?」
「私はアイスピーチティー」
「オレはアイスレモンティーで」
私はオーダーを受け、品物を用意して岡村くんと朱里くんにそれぞれ渡す。
「はい、ミド姉。ピーチティーです」
「先輩! 注文したレモンティーです! どうぞ!」
二人もお礼を言って受け取る。
「翔ちゃん。今日は私、スケッチブックを持ってきたの! だから翔ちゃんの制服姿を絵に収めることができるのよ!」
「就活中に何でスケッチブック持ってるんですか!? 母親から就活に専念しろって言われてたじゃないですか!」
「大丈夫。今日は説明会だけだったし。それに、そんなに時間をかけずに描き終わるわ!」
そう言って彼女は目を輝かせながらスケッチブックに絵を描き始めた。
彼女は漫画家志望の常連大学生で、かれこれ三年くらい通い続けてくれている。最近は、岡村くんを弟のモデルとしているらしく、どうも弟好きになってしまったらしい。
「相変わらずすごいっすね~、ミドリさんは。超ウマイ」
「ふふっ。見て! この翔ちゃん、すごく格好良く描けたわ!」
「ん? 可愛いじゃなくて、格好良いなんすね? 珍しい」
「へ? あれ? そうだよね。間違えちゃったかな。ははっ」
「いや、間違えとか言わないでくださいよ……」
「ごめんごめん、翔ちゃんの制服姿、もちろん可愛いんだけど、」
彼女は少しいつもと違う様子で、若干照れを見せる。
「か、格好良くもあるよ……?」
岡村くんから目を逸らしながらそう言う。
おや、これはもしかして……?
「いいですよもう。今更手遅れなフォローされてもこっちはどう反応すればいいか分からないですし……」
「ち、違うよ翔ちゃん! 本当だって!」
「はいはい、分かってますよ」
「翔ちゃーーん!」
涙目の彼女と塩対応な岡村くん。
ふふっ。どうやらあの二人の間にも何かがあったみたいだね。
こっちでもこれはまた、青春だね。
*
こうしていつもと変わらぬ日常的な光景が広がる喫茶店『ブラウン』。ある時は、お客様にとっての休憩所であり、ある時は様々なドラマが繰り広げられる場でもある。
どう過ごすかはお客様次第。それが、喫茶店『ブラウン』。
本日も、お客様にとって最高の空間であるように、私はコーヒーを入れている。
今回はおまけということで第18.5話をお送りしました。マスターこと市川大五郎視点の日常を書いてみました!
マスターは、どうしても出番を作りにくい……。だったら、「こうやっておまけで出してしまおう!」という考えのもと執筆しました! 結構新鮮だったんじゃないでしょうか?
ちなみに今回の話は、次のような時系列となっています。緋陽里パート→第1話以前、朱里パート→第5話と第6話の間、桃果パート→第15話と第16話の間、翠パート→第18話と第19話の間。代表ということで、「第18.5話」というサブタイトルになっています。関係性が少し違う人物たちもいたので、見直しながら書きました! 結構楽しかったです!
それでは今回はこの辺で! また第19話で!




