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愛美


 男に困ったことは、1度と言って無かった。

 別に、私の容姿が飛び抜けて良いという訳ではない。もちろん、勉強が出来る訳でも、性格が良いという訳でもない。

 愛される方法を知っている、それだけ。

 たったそれだけで、私は生きてきた。


 素敵な人生だった。

 私の上で快楽に溺れる男を何十人も見たし、「好き」と呟くだけでコロッと騙される男もたくさん見た。


 男ってバカだなぁと思う。

 私なんか、相手にしなきゃ良いのに。


 純粋な男を騙すのにも飽きた。

 綺麗な恋、とは言わないから、せめて自分の好きな相手と付き合ってみたい。


◇◇◇


 「おはよう、花梨」


「……んー……朝?」


「そうだよ。全く……お寝坊さんだなぁ」


 私の髪を梳くコイツの手を払いのけたい衝動に駆られるが、我慢我慢。

 そう。朝ごはんが掛かってるんだから。


「ゆうくんが早いんだよ~」


 ゆっくりと起き上がると、下腹部が鈍く痛んだ。


「花梨、早く顔洗って来な? 続き」


 かくん、と、美少女アニメのヒロインよろしく首を傾げるこの男に苛立つ。――否、嫌悪感しか抱かない。


「えー、先にご飯食べようよー……ねぇねぇ、ゆうくーん、そうしよ?」


 こういう時は、甘えるしかない。

 だいたい、いくら私でもこれ以上はさすがに体壊すっつーの。

 筋肉痛って知ってる? って訊きたい。


「仕方ないなぁ……ご飯食べた後なら良いの?」


「食べた後は、学校でしょ?」


「ちぇっ……じゃあ、また夜ね? 約束」


 おでこに触れた唇は水分量が多く、肌に不快な感覚だけが残った。


「……いっかいだけね?」


「おう!」


 何がそんなに楽しいのだろう?

 もしかして、大学生にもなって私が「初めての人」なのだろうか。……道理で下手な訳だ。


「飯、何食いに行く? ファミレスで良い?」


「うんっ! ゆうくんと一緒なら、何でもOKだよ」


 いちいち顔を赤くするそのニキビだらけの顔がキモいんだよ! どうせ、真冬の冷たい水で食器を洗ったことだって無いんだろう。

 でも、大事なのは、今だけのご主人。例えホテル泊まり以外の付き合いはなくても。利用出来るものは、最大限に利用する。これが私のモットーだから。


 朝ごはんを食べたらどこに行こうかなぁ。

 そんなことを考えながら、洗面所へ向かった。


◇◇◇


 学校の入り口で、寄る店があるから、と別れてきた。

 しかしまぁ、どうしてこんなに簡単に人を信じるのだろう。どう見たって歳上の私が、同い年なんてあり得ないのに。1つしか変わらないと、分からないものだろうか。それとも、結局互いに「遊び」だと分かっているからだろうか。


 店になんか寄らず、駅へと向かう。

 駅の次は、どこへ向かおうか。


 下腹の痛みが本格的になってきた。

 これだから女であることは嫌いだ。何が楽しくて月何日も腹の痛みに耐えなければならないのだろう。


「すみません、落としましたよ」


「……えっ? 私? あ、すみません! 私としたことが……」


 習慣って、恐ろしい。

 狙った相手に話し掛けられるための小細工なのに、もしかして私は、自然にそんなことをしてしまう輩に成り下がってしまったのだろうか。……成り下がる余地があるのなら、だが。


 痛みからか、あまり上手に笑えない。


「気を付けてくださいね。今どき変な奴も多いですし」


「はい」


 ……お前が変な奴だろう、違う意味で。

 一瞬そんな下らないことを思ったが、なんとなく落ち着かなくて呼び止めた。


「あの、」


「何ですか?」


 スタスタと行ってしまいそうになるその男性は、緩やかに動きを止め、こっちを振り向いた。

 爽やかな印象の好青年、彼はそんな感じだった。私が今までに相手してきたどの男とも違った。


「あ、えっと、」


「お礼ならいいです。ハンカチ拾っただけだし」


「そ、そうじゃなくて!」


「何です?」


 何なのだろう、この胸騒ぎは。

 絶対に失敗なんかしたくない。そんなことを、初めて思った。


「……あ、あの! 実は、道に迷ってしまって!」


「……ここ、駅ですけど?」


「今電車から降りたとこなんです!」


「嘘ですよね? 俺一応、目は悪くないんです」


 私が歩いて来た方を指差し、「俺も今あっちから来たとこです」なんて丁寧に言う彼。

 何だ? 普通ここまで言われたら、とりあえず2人で歩き出すだろ?!

 私、もしかしてそんなに魅力無いのかな? あ、コイツ、ゲイ? ゲイなのかな? むしろそうであって欲しい……じゃなかったら傷付く。


「……あの、そんな顔しないで頂けます? 女が泣くのは苦手なんすよ……」


 ぽりぽりと後頭部を掻きつつ、彼は視線を私から逸らした。


「暇なんすか? だったらちょっとくらい付き合いますよ? 時間潰そうとしてたとこだし」


「本当?! ……けふん。本当……?」


「言い直さなくて良いです。その辺の喫茶店で良いですか?」


「あ、えっと、どこに行こうとしてたの?」


「南小鉢、3駅隣です」


「じゃあ、先にそっち行こ。行ってからの方が良いでしょ?」


「え? まぁ、そりゃあ……」


「行こ」


 彼の手を引き、私は駅構内をずんずん進んだ。

 いつの間にか、痛みは無くなっていた。


 電車に乗り、ドアの前に立つ。席は空いていたが、彼が「たった3駅だから」と座らなかったのだ。


「……そういえば、こっち来て良いの?」


「うん」


「ふーん……あ、俺、充。充電のジュウで、みつる」


「充くんかぁ……私は、」


 私は?

 昨日は花梨、一昨日は美咲、その前は純子。

 ……今日は?


「私は……愛美」


「何て書くの?」


「愛に、美しい、かな」


「かな、って。本名なんだろ?」


「うん。えへへ……口寂しくて出ちゃった」


 愛美。

 何年ぶりに本名で人と接しただろう。美しい愛を持った人、なんて、名前負けも良いところだ。


「愛美、か」


「……何よ」


「何でもない」


 本名で呼ばれるのが、こんなに恥ずかしいものだったなんて。

 私は真っ赤になっているであろう顔を、両手で覆った。


◇◇◇


 「お父さん、浮気してるの? この間、見ちゃったんだけど」


「は……?」


 訝しげな顔は、私の期待を裏切った。

 冗談に聞こえるように言ったのに。本当は何も見てなんかいないのに。

 お父さんの携帯の着信履歴に、知らない女の人の名前があったから、聞いてみただけなのに。


「……本当に浮気してるの?」


「だったら何だ」


「なんで……?」


「子どもにとやかく言われる筋合いはない」


「お母さんは? お母さんはどう思ってるか、考えたこと、ある?」


「お前が言わなきゃ済んだ話だろう」


「なにそれ」


 なにそれ。

 どういうこと?

 私が悪いの?


「私、お父さんが浮気相手に格好付ける為にアイロン掛けたりしてる訳じゃない!」


「しなけりゃ良いじゃねぇか」


「そうじゃないでしょ?!」


 愛美!

 そう呼ぶ母の声も、随分大きくなっていた。

 でも、聞く耳なんか持たない。悪いのはお父さん。私じゃない。


「お母さんに謝ってよ! 浮気なんかしないって誓ってよ! じゃなかったら、出てってよ!」


 謝ってくれると思った。もう浮気はしないと約束してくれると思った。


「分かった」


「え?」


 お父さん、待って。私が言い過ぎたの。

 私の口からは、何も出て行かなかった。


 代わりに聞こえたのは、お父さんがドアを乱暴に閉めた音と、お母さんの泣き声。

 どうしたら良いのか分からなくて、お母さんを見た。


「黙っていればよかったのに。私が気付かなかったとでも思ってるの?」


 お母さんは、恨めしそうに私を見ていた。涙のいっぱい溜まった瞳で、私を睨んでいた。

 責められるはずがない。そう思っていたのに、違ったことに困惑した。母の気持ちが分からなかった。


 父はそれきり帰って来ない。

 母は2ヵ月後亡くなった。

 父のいない家に、ガンを治療する程の経済力は無かった。


 私が馬鹿だった。

 私の負けず嫌いは父親譲りと知っていたはずなのに。母はその時には既に、自分の病気について知っていたのだろう。だから私を止めたのに。


 父親も母親もなくした私に残ったものは、小さな携帯電話のみ。保険金なんか下りるわけない。母が死んだことは、私しか知らないんだから。家は借家で、家賃を払えない私は簡単に追い出された。

 当時中学生だった私は、どうやったら生きて行けるのか、さっぱり分からなかった。

 幸い、携帯電話の料金は父の口座から引き落とされているらしく、まだ繋がっていた。


 私はとにかく、屋根になるものを探した。ホテルはお金が掛かる。しかし、路上で夜を越すのは怖かった。

 ネット上には、たくさんの「屋根」が転がっていた。

 中学生好きなおじさんは、案外たくさんいるものだ。中には、何の対価も払わずに泊めてくれる人もいた。


 世間は冷たい。でも、女子中学生に優しい男性は、たくさんいる。

 日々汚れていくのにも構わず、私はそういう人に頼り続けた。


 高校には行っていない。もちろん、大学にもだ。そんな金があるなら、とうにこんな生活なんかやめている。親に頭を下げられて学校に行っている人間が憎いと思ったこともある。

 でも、そんなことは別にどうでも良かった。

 たいして楽しかった思い出もない。学校というところにしがみつく理由も無かった。


 好きな人はいない。好きなものもない。だから、土地にも縛られなかった。

 資金さえ援助してくれれば、どこへでも行った。


 さすがに18を過ぎた辺りからは、ネット上で拾ってくれる人も減ってしまったが、いじめられっ子の空気を纏った人間と付き合えば、簡単なことだった。

 「一緒にいたい」と言えば、何日でも家に置いてくれた。


 こうやって命を繋いで、最終的には誰かと結婚出来れば良い。主婦になって、相手に尽くして死ねば良い。

 私の人生なんて、そんなもん。

 今更人生立て直すなんて、考えたくもない。

 母親を殺した私には、惨めな人生が十分似合っている。

 そう思う。


 ……ダメだ。

 彼と別れて腹痛が酷くなってから、ネガティブな思考が止まらない。

 暖かいものに触れると妙なぞわぞわとした違和感が残る寒気と、動いたら余計にシクシクと痛む下腹。

 生理中は男に頼る訳にもいかないから、家政婦をして稼いだなけなしの貯金を切り崩して安ホテルに泊まり、割引されたコンビニおにぎりを食べる。

 だから余計に気が滅入る。

 1人でいるのは嫌いだ。


 ……あれ、メールが来てる。


『体調悪いみたいだったけど、生きてる?』


 ……はぁ。

 取り返しのつかないことにならなければ良いけど。


 冷静さを取り繕い、頭を冷やす。……しかし、素っ気なさの中にちらっと見えるその優しさが私にはとにかく新鮮で、もしかしたら、もう手遅れなのかも知れない。そう思った。


 それでも良い。

 そうも思った。


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