第二話 再会の先に――1
夕方の宿場町は、潮騒のようなざわめきに包まれていた。
まだまだ人通りが多くはあるが、外出していた人はそろそろ宿に戻るのだろう。ばらばらと群衆が散っていく。それを見て、道端の商人も露店を畳んでいる。
そんな中、一行は宿を取った。宿場町の中でも賑わう市通りにほど近い、小さな宿屋だ。手早く宿泊手続きを済ませた後、七人は男子部屋に集合する。
これまで旅をしてきた光貴たちは、事情を知らないメリエルとリリスにことのあらましを語って聞かせた。薄暗い部屋の中には、旅路を語る声がこだまする。
部屋も夕闇に沈みかけ、ノエルが備え付けのランプに明りを灯した頃、話は終わった。興味深そうに目を瞬かせるリリスの横で、メリエルがため息をつく。
「……なるほど。だいたい分かりました。やはり私が睨んだとおり、どこの国も大変なことになっていたのですね」
「え? 睨んだ、って……」
メリエルの言い回しに、晴香が反応する。彼女はあっさりうなずいた。
「ええ。同盟国の様子は定期的に調べていますの。アレクに、『アルド・ゼーナが問題を抱えているかもしれない』と教えたのも、私ですわ」
「そうだったんだ」
晴香とミーナの声が重なった。
ベッドの上に膝を抱えて座る光貴は、彼女らのやり取りを聞きながら感心していた。
アレク同様、このメリエルという女性もかなり頭が切れるらしい。その上、行動力もある。……ありすぎて、まわりが困るくらいに。
「ほんっと、頼れる人が多すぎるよな」
光貴は誰にも聞こえない声で、そっと呟いた。
メリエルの声が部屋に響く。
「暗黒魔法の使い手については、皇宮に報告します。守護天使五人で一度集まる、という案についても、各国と相談してみましょう」
「ああ、頼む。その辺の根回しは、メリエルやアレクに任せるのが一番いいからな」
ラッセルが特に悩むこともなく言う。彼女の手腕は信頼しているのだろう。
一通り話がまとまったところで、ノエルがさらりと話題を変えた。
「それで、これからのことですけど……どうします?」
彼は言って、一行を見回した。
リリスが困ったように首をかしげ、兄妹とミーナは視線を交差させる。そんな中で、ラッセルだけが軽い態度で言った。
「明日一日くらいは、羽を伸ばしてもいいんじゃないか? ここ数か月間、目的に向かって突っ走ってばっかりだったからな」
のん気とも言える発言に、しかし全員がうなずいた。正直なところ、全員が疲れていたのである。
彼らの反応を見てメリエルが微笑んだ。
「では、決まりですわね。私も久々にゆっくりするとしますわ」
「って、なんでメリエルまで乗っかってるの?」
あまりにも自然な『慈悲姫』の発言に、『豊穣姫』が突っ込んだ。珍しい光景に光貴は目を瞬く。しかし、当然ながら本人たちは気付いていない。
「あら、良いではありませんか。ミーナまでラッセルみたいなことを言って」
「さすがにさあ。シセンさんを困らせすぎるのもどうかと思うんだけど……まあ、今さらか」
年上の暴挙を咎めるミーナ。けれど、ラッセルよりも諦めが早いのは、彼女の性格をよく知っているからだろう。
こうして、七人まで増えた一行は、宿場町で久々の休日を過ごすことになった。
翌日の昼過ぎ。光貴は、晴香やミーナと市に出かけた。東西に一直線に伸びる通りで毎日開かれている市では、生鮮食品から装飾品までいろいろ売っているらしい。
「うわー、すごい人!」
ミーナが歓声を上げる。
三人の視線の先は、人でごった返していた。誰もかれも旅衣をまとい、大きめの鞄をかついでいる。旅人のたぐいだろう。露店をのぞきこんでいる人もいれば、大声で値切り交渉をしている人もいる。
目をきらきらさせているミーナの横で、光貴と晴香は冷静にうなずきあっていた。
「確かにすごい人だなあ、こりゃ」
「でも、シンフィルよりはましじゃない?」
妹の言葉に光貴は苦笑する。ジブリオの首都であるシンフィル。そもそもそれは都市なのだから、比較対象にすることが間違っているのではないかと思ってしまった。
三人は市の中に踏み込んだ。誰かが迷子になってしまわないよう、なるべく密着して進む。ふと、人混みの先に魚を売っている露店を見つけた光貴は、つい顔をしかめた。生臭さが彼の方まで漂ってきていたのだ。
見回してみると、本当にいろいろな店がある。中には、服を売っている店まであった。だが、それらひとつひとつをじっくり見ることは難しい。何せ、どこも人でごった返しているので。
そんな中、ようやくたどり着いたのは装飾品の露店だった。貝を使った装飾を売っているという。
晴香とミーナが楽しそうに物色している中、おしゃれのことがいまいち分からない光貴は、店主と話しこんでいた。
「なあ、兄さんがたはこの先の青色屋根の露店を見たか?」
「青色……? いいえ。ここへはさっき来たばかりで」
光貴が答えると、浅黒い肌の店主は残念そうにかぶりを振る。
「そりゃもったいねえ。
その青色屋根の露店ではな、東の方の民芸品を多く売ってんだ。珍しいってんで、観光客が殺到する。だから、営業時間も短いんだ」
「へえー。ちょっと見てみたいですねえ」
「でも、今から行っても店じまいしてる最中だろうなあ」
それを聞いて、光貴は落胆に眉を下げた。陽国人の血を引いているからか、東の方の物にはいっとう興味があるのだが。
しばらくして、晴香とミーナが満足したらしい。光貴は店主に簡単な挨拶をして、装飾品の露店から離れた。その後、二人に聞いたばかりの露店の話をする。二人とも、すぐに興味を示した。
「東方の民芸品か……おもしろそう!」
「ねえお兄ちゃん、行くだけ行ってみない?」
晴香に言われ、光貴は肩をすくめる。
「ま、そうだな」
彼が素っ気なく返事をしたあと、三人は先程の露店の主に教えてもらった方を目指す。人混みをかき分け、汗だくになってしばらく進むと、少しだけ開けたところが見える。晴香が真っ先に声を上げた。
「あ! あれじゃない!? なんか、片付けしてるよ」
言われて、光貴も背筋を伸ばしてのぞいてみた。すると確かに、開けた場所で女性がひとり店じまいをしていた。畳まれた屋根は青い。噂の露店に違いないだろう。
「行ってみよー!」
活発なミーナが声を上げると、兄妹はうなずいた。
晴香を先頭に、三人は歩いていく。彼女は軽い身のこなしで、真っ先に女性のもとへ辿り着いたようだった。
「やれやれ。元気がいいのは結構だけど、急ぎ過ぎて転ぶなよー」
声を大きくして妹に釘を刺した光貴は、ミーナとともに彼女のあとを追った。
※
晴香が急いでいるのには理由があった。
東方の民芸品を売る露店、というのに興味がわいたのももちろん本当だ。光貴たちから見れば、楽しみで浮足立っているだけにも見えるだろう。
けれどその一方、晴香は自分の動悸がどんどん早まるのを感じていた。
理由も分からない焦りが胸の中に生まれる。苛立ちとも、好奇心とも違う何かが胸の奥にくすぶっているような気がした。
だから、一刻も早く露店を確かめたかったのだ。
一番に人混みを抜けた彼女は、片づけをしている女性に目を止める。
肩に届かない程度の長さで切りそろえられた黒髪は、彼女の動きに合わせて揺れている。
その後ろ姿を見た彼女は、唖然とした。
「えっ……?」
引きつった声を漏らした晴香は、歩をゆるめた。
もはや、少し前まで沸いていた好奇心は消えうせてしまっている。それより今は――突き上げるような喜びと、驚きが勝っていた。
女性の背後に歩み寄り、晴香は恐る恐る声をかける。
「あ、あのぅ……」
すると女性は、片付ける手を止めず振り返りもしないまま、声に応えた。
「お客さん? 悪いけど、今日はもう店じまいだよ」
話は終わり、といわんばかりに、女性は沈黙する。だが、晴香が無言のまま立ち去らないのに気付いたのだろう。訝しそうに振り返って――動きを止めた。
「え?」
少し前の晴香と同じ声を漏らして、女性は少女をまじまじと見つめる。
同じ色の瞳が交差する。そして……よく似た顔立ちの二人は、しばらく互いを見つめあった。それから、女性の方が引きつった声で、少女を呼んだ。
「ま、まさか……晴香……?」
名前を呼ばれた少女は、そこでとうとう、くしゃりと顔を歪めた。
「母さん……」
必死になって言葉を探す晴香の前で、彼女、美雪は呆然としたままだった。いまいち状況がのみこめていないようで、戸惑ったように辺りを見回してから、再び晴香の方を向く。
「あんた、なんでこんな所に?」
「えっと……まあ、いろいろあって」
今トルキエにいる経緯は、話すと長くなりすぎる。どう伝えるか悩んだ晴香は、結局一言でまとめた。
首をかしげている母の前で、晴香はぐるぐると頭を回転させ続ける。
母と会ったのは久し振りだ。その間にいろいろなことがあった。ありすぎて、何から報告したらいいのか分からない。そもそもは、ノエル君と会ったところからだっけ――と始まりから記憶を辿っていた彼女は、はっと顔を上げた。
一番に報告すべきことがあったことに、気付いたのだ。
「か、母さん! 実は、すごく大事な話があるんだけど!」
「え? 何?」
「実は――」
晴香が口を開きかけたところで、後ろから声がする。
「おーい、晴香―」
「あんまり急ぐなって言ってんのに」
二人分の声にどきりとした。美雪も、かすかに眉を上げている。
ちょっと待って! と叫びたくなった晴香だが、彼女が何かを言う前に声の主が姿を現す。
「そんなに急いでどうしたんだ……」
不思議そうに言ってきた光貴の言葉が途中で止まる。視線は、間違いなく、母の方を向いていた。
「え、っと」
晴香は光貴と美雪を交互に見て、結局、美雪に向き直った。
「母さん、あのね。お兄ちゃん……見つかったの」
しばらく返事がなかった。




