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King of Light  作者: 蒼井七海
第四章 受け継がれしもの
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第二話 再会の先に――2

 街の音、人の声が遠く感じる。

 光貴は呆然と立ち尽くして、その光景に目を奪われていた。後ろから走ってきていた少女が、自分の背中にぶつかったことにも気付かず。

 彼の視線の先には、妹がいる。そして――母がいる。

 二年も顔を見ていなかったけれど、すぐに彼女が母親だと分かった。

「母さん?」

 今にも消えそうな声で光貴が呼ぶと、美雪は我に返ったかのように目を瞬いた。それから、信じられないとでもいうような顔で彼を見つめ返してくる。

「光貴? 本当に、光貴なの?」

 母の声が問いかけてくる。少年は、深く考えもせず、首を縦に振った。すると、真正面にいる彼女の顔がゆがんだ。

「――この、バカ息子!!」

 なんの前触れもなく叩きつけられる大声。

 光貴も晴香もミーナも、飛び上がって驚いた。それだけでなく、周囲の人々も好奇の目を向けてきている。だが、美雪はそれには気づかずにずかずかと光貴の前までいくと、彼の両肩をしかとつかんだ。そして、彼の頭を前後にがくがくと揺さぶる。

「ちょ……母さん……揺するな!」

「二年も! なんの連絡もなしに! どこに消えてたのよあんたは、ほんとにもう!!」

「だああ!! 分かったからやめてくれ! なんでそんなとこだけ晴香とそっくりなんだよ!」

 光貴は叫びながら、晴香と再会したときのことを思い出していた。同時に、厳密に言うともうそろそろ二年じゃなくて三年になるんだよな、などとどうでもいいことに思考を巡らせる。

 そうしているうちに、母の揺さぶり攻撃は収まっていた。光貴はほっと息を吐いたが、同時に、相手の黒髪が肩にかかっていることに気付いて顔をこわばらせる。うつむいた母の肩が、震えていた。

 光貴は何かを言おうと口を開きかける。が、それよりも早く、美雪が彼の体を抱きしめた。

「……私たちが、どれだけ心配したと……思ってるの………?」

 嗚咽混じりの声が囁く。

 咄嗟のことでわけが分からなくなっていた光貴はしかし、温かいものがじんわりと心に広がっていくのを感じた。少しして、とうとう堪え切れなくなり、顔を歪めて母にすがりつく。

「……ごめん、なさい」

 口をついて出た言葉は、震えていた。それを聞いた美雪が、ちょっとだけ嬉しそうに「うん」と言う。光貴は、頬に熱いものが伝うのを感じていた。

 少年が二年ぶりに流した涙は、静かに落ちていく。


 やがて、美雪はそっと息子から離れた。まだ何か言いたそうな顔をしてはいるが、とりあえず涙の痕を拭って、晴れやかにうなずく。

「……それで結局、どこに行ってたの、光貴?」

 率直に訊かれた光貴は、言葉に詰まった。隣の晴香も苦虫をかみつぶしたような顔で押し黙っている。

「ど、どこから話せばいいものか」

 光貴は言いながら、二人の少女に助けを求める目を向けた。しかし、晴香はため息混じりに首を振るだけである。一方、状況についていけず目を丸くしているミーナは、光貴の後ろからこそっと呟いた。

「正直に言えばいいんじゃない? フィロスの神殿に封印されてましたって」

「いきなりか?」

 光貴は半眼になって聞き返す。するとミーナは「とりあえずなんとかして話を始めなきゃいけないでしょ?」と言いながら、彼の背中から顔をのぞかせた。そして――目を見開いたまま硬直する。

「ん……ミーナ?」

 様子がおかしいことに気付いた光貴は、ミーナの方を見た。しばらく固まっていた彼女はしかし、名前を呼ばれると、わなわなと震え出す。そして震えたまま、人差し指を美雪に向けた。

「あ、あーっ!! 美雪!?」

 ミーナが叫ぶ。光貴と晴香は、驚いて顔を見合わせた。

 一方、美雪の方はというと、信じられないものを見るかのような顔を少女に向けている。

「えっ、ミーナ? なんで二人と一緒にいるの?」

「訊きたいのはこっちだよ! だいたい、なんで行商人なんかやってるの?」

「なんでって……仕事よ仕事。私、本業商人なんだから」

「へー。どうりで守護天使会議にも顔出さなくなったと思ったー」

「ちょ、ちょっと待った!」

 勝手に進行していく、美雪とミーナの会話。それに戸惑い、美雪の子である二人は、揃って制止の声を上げた。ミーナが、きょとんとした顔で振り向く。

「なあに? 光貴も晴香も、仲良く声揃えちゃって」

「いや、なあにじゃないよ!」

 とぼけたようなミーナの反応に、晴香が焦って声を返す。さらに首をひねった彼女へ、光貴がつとめて冷静に尋ねた。

「ミーナ、母さんのこと知ってるのか?」

『豊穣姫』はあっさりと首を縦に振る。兄妹は、唖然としていた。

「知ってるよ。昔は、アルド・ゼーナ王宮にもよく顔出してたもん」

「お、王宮!?」

 光貴と晴香は、またしても同時に叫んだ。声の大きさに驚いた周囲を行き交う人々の注目を浴びてしまい、二人は慌てて身振りで詫びを入れる羽目になる。

――そこでようやく、ミーナは違和感を覚えたらしい。訝しげな目を美雪に向けた。

「……美雪。さっき、二人ともあなたのことお母さんだって言ってたよね」

「…………ええ」

 美雪は、呆然とした状態でうなずいた。その顔はわずかに青ざめている。

 彼女の表情を見て何を思ったのか、ミーナの目は険悪に細められた。

「ってことは、当然『知ってる』んでしょ?」

 少女の問いに、女はすぐには答えなかった。うつむいたあと、たっぷり間をあけて、ため息混じりにようやく口を開く。

「いいえ。二人は、何も知らない。私たち二人とも、何も教えなかったから」

 美雪が答えたその瞬間。ミーナの表情から、あどけない少女の面影が消えた。鋭く冷徹な光を帯びた瞳が、旧い知己をひたと見据える。

「それは、ひどいよ」

 ミーナの声は冷ややかだ。対する美雪はうなずいた。悲しそうな顔もせず。かといって反論もせず。ただ、「分かっていたこと」のように、肯定した。

 静かなやり取りに兄妹が息をのむ。

「いったい、なんの話を」

「――光貴、晴香」

 光貴がみなまで言う前に、美雪が二人の子の名を呼んだ。そして、今までに見たことのないような静かな視線が彼らを射抜く。

「あんたたちに、話しておかなきゃならないことがある」

 怖いくらい真剣な声を聞き、二人は顔を見合わせた。

 晴香が、おずおずと美雪に尋ねる。

「なんなの? その、話って……」

 彼女は娘の問いかけに、ちょっと眉をひそめた。辺りをざっと見回してから二人に向き直る。

「ここじゃ人目につきすぎる。移動してから、話すわ」

 そう言うと美雪はすぐ視線を逸らし、露店の片づけを始める。光貴と晴香は呆然と、ミーナは心なしか厳しい瞳で、その様子を見ていた。

 ほどなくして片づけが終わると、四人は市の外、人気のない路地へやってきた。街の喧騒を遠くに聞くこの場所で、周りに誰もいないことを確かめると、美雪はおもむろに口を開く。

「話しておかなきゃならないこと……っていうのは、父さんのこと」

「父さん?」

 思いもよらぬ言葉に、兄妹は揃って反問する。彼らの母親は沈痛な面持ちでうなずいた。

「そう。二人には、父さんのことを何も教えなかったでしょう?」

「……うん」

「実は『光貴が十五歳になったときに、すべてを打ち明けよう。それまでは黙っていよう』って、私たち二人で決めていたの」

 光貴と晴香は目をみはった。ミーナも心なしか驚いている様子である。三者三様の表情を見て、美雪は苦笑した。

「色々とあって一年ずれちゃったけど……やっぱり、今が頃合いみたいだね」

 独り言のように呟いた美雪はうつむく。しばらく、頭の中を整理するように深呼吸を繰り返した。やがて、顔を上げて三人を――正確には、光貴たち兄妹を見据えた。彼らと同じ黒茶の瞳に、覚悟の光が宿る。

 そうして彼女は告げたのだ。――隠されていた、真実を。

「あんたたちの父さん、ジェラルド・ルチアーノは…………『神聖王』だった」


 光貴にとって父は、優しく家族思いの「いいお父さん」だった。妹の晴香もそれは同様で、けれどその面影はかすかにしか覚えていない。

 彼らは二人とも、そんな父が、家にいないことの方が多いのには気づいていた。ならば、自分たちの知らないところでいったい何をしているのか。もちろん疑問に思った。母の美雪に尋ねたこともあったのだ。けれど彼女は、いつも笑顔ではぐらかすばかりで……結局二人は、知らないままに生きてきた。

 何故教えてくれないのか、と当然思った。

 けれど今、二人は両親が今まで真実を明かさなかったその意味を知った。


「はっ?」

 素っ頓狂な声がどちらの口から漏れたものなのか、少なくとも光貴には分からなかった。ただ、自分自身も頭が真っ白になっていたのは確かだ。

 美雪の言葉がぐるぐると頭の中を回っている。何度もこだまする。消えてはよみがえる声を聞きながら、光貴が思い出していたのは――あの日、暗い部屋の中で見た、傷だらけの遺体だった。

「い、今……なんて……」

 呆然とした晴香の声が聞こえる。光貴は立ちつくしたままそれを聞いていた。視界に映る美雪は、困ったような顔でかぶりを振っている。だが、すぐに気を取り直したように娘を見た。

「あんたたちの父さんは、『神聖王』、つまりピエトロ王国の守護天使だった」

 静かな声で言葉は繰り返される。

 唖然とした晴香が、みはったままの目を、光貴へと向けてきた。光貴もようやく状況がのみこめてきて、ゆっくりと妹を見つめ返す。

「…………父さんが? そんな、ことって」

「びっくり、どころの話じゃないな」

 混乱しすぎているのか、しどろもどろになっている晴香の横で、光貴は深いため息をつく。ふと、ミーナが先程母に浴びせていた一言を思い出した。

 それは、ひどいよ。彼女は確かにそう言った。

――本当にその通りだと思う。父の仕事すらも知らされないまま生きてきて、その父と知らぬ間に同じ立場になっていたなんて、滑稽どころの話ではない。けれど一方で、両親にはこうするしかなかったんだろう、と落ちついて考えている自分もいて、光貴にはそれが不思議だった。

「やっぱり。あんたたち二人とも、守護天使がらみで何かあったのね」

 ふいに母がそう言って、光貴ははっと、彼女を見た。

「え、なんで? 俺たちまだ、何も話してないよな……」

「うん。けど光貴も晴香も、守護天使――『天使』が実在することに、まったく驚いてないでしょ」

「あっ」

 思わぬところを突かれて、光貴は固まる。

「まあ、確かに。普通の人なら、『天使』ってほんとにいるの!? とかそういう反応するもんね」

 彼のそばでやんわりと、ミーナが補足する。それから彼女は、意地悪に光る目を美雪へ向けた。

「けど、そのくらいのことなら、私が光貴たちと一緒にいるって時点で分かってたでしょ?」

「そりゃそうよ」

 美雪は、半分は得意気に、半分は苦々しそうに言った。それから、困惑している光貴たちを横目で見て、またミーナに視線を戻す。

「ところで、他に仲間はいるの? さすがにあんたたちだけで旅してるとは思いたくないんだけど」

「もちろんいるよ。ていうか、私が加わったのはわりと最近」

「じゃあ……」

 美雪が何かを言いかけて、光貴たちの方を見てくる。彼も、そしてミーナも、彼女が何を言いたいのかは分かった。ミーナが言葉の続きを引きとる。

「そうだね。私も、そこの二人も、かなり混乱してるし……一度、宿屋に戻って、腰を落ち着けて話を整理しようか」

 特に反対する理由もないので、光貴はうなずいた。頭の中に広がった靄を吐き出すように、ゆっくり息を吐く。

 そうして、奇妙な顔触れの四人は、それぞれの困惑を置き去りにして宿屋へと足を向けた。


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