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追放された王太子と公爵令嬢が冒険者になる話  作者: 埴輪庭
第三章

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第72話 漂泊の褥

 ◆


 道具屋を出てから、アストレイの足取りはやや早くなった。


「日が傾いてきましたので、駆け足で回りますね」


 帝国正教の神殿は道具屋から二筋先の角に在った。白い石壁の小ぢんまりとした建物で、扉の上に十字に近い意匠の徽章が掲げてある。


「冒険者の方々が怪我の治癒の祈りを受けに駆け込む場所です。お代は祈りの規模ごとに扉の脇に貼り出してありますから」


 明朗会計という奴である。この帝都という街は何事につけそういう流儀を好むらしい。


 質実剛健、それでいて覇権主義的な国というのは周辺諸国にとって大きな脅威になりえる。もしシャールが今なおウェザリオの王族でいれば、いずれはこの帝国と対峙しなければならなくなる時もあったかもしれない。


 ──まあ、詮無き事だな


 そう、シャールはいまや自由の身なのだ。帝国の政治について考える必要はなかった。そんな現在の境遇に、シャールはどこかほっとする所がある反面、何となく落ち着かない部分もあった。


 三人は外周街区にも足を延ばした。


 西方諸国連合の宗派の神殿があるのだという。帝国正教とは別の系統だが、冒険者は基本的に怪我を治してくれるなら宗派は問わないとアストレイは笑った。造りには興味深い意匠があるらしく、セフィラは少し惹かれていたが、陽が赤く染まり始めていた。


 ◆


 ギルドに戻る頃には、空は薄紫から藍に変わりつつあった。


「今日は本当に助かった」


 シャールがそう言うと、アストレイは嬉しそうに頭を下げた。


「いえ、お二人をご案内できて光栄でした。また何かあればいつでもお声がけください」


 少年は丁寧にもう一度頭を下げてから、ギルドの中へ駆け戻っていった。


「いい子でしたわね」


 セフィラの言葉にうなずくシャール。


「シャールがあのくらいの年頃の時は──」


「随分夢見がちな子供だったと自覚はしているよ」


 シャールは苦笑しながら言う。


 やれどこそこの山脈にいってナントカとかいう竜を斃すのだとか、どこぞの秘境のなんちゃらとかいう聖剣を引き抜くのは私だとか、そんな事を言っていた記憶がある。無論誰彼かまわずそんな戯言を言っていたわけではない。心を許したセフィラにのみ自身の夢を明かしていたのだ。


 ◆


 赤楡亭の三階からは南窓から帝都の屋根並みがよく見える。東窓には学院の尖塔がぼんやりと闇に浮かんでいた。


 セフィラは寝台に横たわり、シャールの腕を枕にしていた。二人の間に男女の営みはすでにあったが、この日はそういった気分でもなく、ただ寄り添うだけだった。


「今日はよく歩きましたわね」


「ああ」


「帝都は思っていたより広いですわ。ウェザリオの王都とどちらが広いでしょう?」


「そうだな、広さだけならウェザリオだろうが──ただ、活気がまるで違う。街全体が騒がしく、もっと大きくなりたいと渇望する巨大な獣の胃袋にいるような気分だったよ」


「まあ、それは褒めていますの?」


「もちろん」


 シャールは短く答えたが、実際にはそういった活気には良いところも悪いところもあると考えていた。端的にいえば、どこまで大きくなれば満足するのか、という漠然とした不安だ。


 ──帝国の在り様を否定してはいないが、しかし


 シャールがそんな事を考えていると、セフィラが強く体を押し付け、シャールの眉間に指で触れながら


「真面目なのもいいですけれど、今ここで考える事ではありませんわよ」


 などと言う。


 まあそんな事をいいながらも、セフィラ自身も今後の事について思う事はあったのだ。


 ◆


 セフィラは追手のことを考えていた。


 ウェザリオ王国がこのまま諦めるとは思えない。マーキス王太子の執念を考えれば尚更だった。ラスフェルを発ってから追手の気配は感じていないが、それは単に距離が離れただけかもしれない。帝国領に入ったことで王国の密偵が動きにくくなっている可能性もある。いずれにしても、安全になったわけではないだろう。


 けれども──


 また追ってきたら、また逃げればいい。


 セフィラは、そう思っていた。ラスフェルからマルディンへ、マルディンからこの帝都へ。追われれば逃げる。逃げた先で、また新しい土地を見る。新しい人に会う。新しいものを知る。それはそれで、悪くない生き方かもしれない。


 定住の地を持たず、二人で世界の果てまでも見て回る。


 そんな生き方も、面白いかもしれない。


 帝都の東の丘陵には鉱山があり、西の森には森の民がいて、北の山には水源があるのだという。ドリスから聞いた話である。この帝都だけでも、まだ見ていないものが山ほどある。


 帝国を見尽くしたら、次はどこへ行こうか。南海の港町か、西方諸国連合の辺境か、それとも東方の山岳地帯か。この世界はセフィラが思っていたよりもずっと広い。


 ただ──


 シャールが()()()()どうするのだろう──そんな想いもあった。


 セフィラは隣で目を閉じている男の横顔を見た。シャールは強い──心も、体も。セフィラはそれを知っている。しかしその心も体も、決して疵つかないわけではない事も知っている。


 逃げ続けることに、いつか疲れる日が来るかもしれない。


 そうなった時、セフィラは彼に何を言えばいいのだろう。もう少しだけ一緒に逃げてくれと頼むのか。それとも、どこかで根を下ろそうと提案するのか。


 けれども根を下ろすということは、追手と向き合うということでもある。


 いつかは対峙しなくてはならない時が来るのかもしれない。ウェザリオ王国そのものと。マーキス王太子と。あるいは、王国という枠組みそのものと。


 その時はどうすればいいのだろう。


 ()はある。セフィラとシャールの()は、追手の兵士や密偵程度なら退けることができる。けれどもウェザリオ王国全体を相手にできるわけではない。いくら強くても、国を相手に二人きりで戦い続けることはできないだろう。


 何か、別の手が必要になる。


 帝国の庇護を求めるのか。それとも、第三の勢力を探すのか。マーキス王太子の失脚を待つという手もあるかもしれない。けれどもあの男が失脚するには、何か大きな──


 思考が途切れた。


 シャールの左腕が、ほんの少しだけセフィラを引き寄せた。無意識なのか、それとも起きているのか。どちらにしても、セフィラはその力に逆らわなかった。


 考え事は明日にしよう。


 今夜はこのまま、この男の腕の中で眠ればいい。明日の朝になれば、また別の考えが浮かぶかもしれない。あるいは何も浮かばないかもしれない。それでも構わない。


 少なくとも今夜は、二人でここにいる。


 それだけで十分だった。


 セフィラ・イラ・エルデ──冒険者セフィ。この女が眠りに落ちる瞬間に考えていたのは、世界の広さと、隣にいる男の体温と、まだ見ぬ明日のことである。逃げ続けることを恐れてはいなかった。ただ、いつか立ち止まる日のことを、少しだけ考えていた。


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自作の長編と短編を宣伝。長編は大体ブクマ1000~1500くらいのやつ。短編は直近二ヶ月で書いたやつをポイント降順に。

【長編】

アステールの血を引く者は魔術に優れる事甚だしく、特にハイン・セラ・アステールはアステール史上もっとも強大な魔力を誇る麒麟児であった。
"本来の歴史" では彼は傲慢で邪悪な典型的悪役貴族であったのだが、並行世界では一味違う。
いや、二味違う。
一味目は、彼が極度のマザコンだという点だ。
平行世界のハインもまた本来の歴史のハインと同様に邪悪なのだが、母への愛が魔と邪を覆い隠す。
勇者も聖女も元婚約者も、彼にとってはどうでもいいことだ。
ハインはただ母と静かに安らかに暮らしたいだけで、それを邪魔する者全てが彼の敵である。
では二味目はといえば、それは彼が本来の歴史のハインよりも遙かに強大な魔力を有し、遙かに強大な魔術を操るという点だ。
愛する母に格好いい姿を見せたいがために努力を重ねた天才──ハインに不可能はない。
「悪役令息はママがちゅき」

幼い頃、家に居場所を感じられなかった「僕」は、母の再婚相手のサダフミおじさんに厳しく当たられながらも、村はずれのお山で出会った不思議な「お姉さん」と時間を共に過ごしていた。
背が高く、赤い瞳を持つ彼女は何も語らず「ぽぽぽ」という言葉しか発しないが、「僕」にとっては唯一の心の拠り所だった。
しかし村の神主によって「僕が魅入られ始めている」と言われ、「僕」は故郷を離れることになる。
あれから10年。
都会で暮らす高校生となった「僕」は、いまだ"お姉さん"との思い出を捨てきれずにいた。
そんなある夕暮れ、突如あたりが異常に暗く染まり、"異常領域"という怪現象に巻き込まれてしまう。
鳥の羽を持ち、半ば白骨化した赤ん坊を抱えた女の怪物に襲われ、絶体絶命の危機に陥ったとき。
──目の前に現れたのは"お姉さん"だった。
「お姉さんと僕」

ライカード王国魔導部隊所属の魔導散兵である君は迷宮の調査探索中、怪しげなポータルを起動させてしまう。
気付いた時には一切見覚えのない風景が広がっていた。
迷宮であることは間違いないが、壁の質感、床の質感、空気の味なにもかもが違う。
未知の迷宮に飛ばされてしまったということなのだろうか。
君はいぶかしみながらも探索をすすめていく。
やがて出口が見えた。
踏み固められた街道、そよぐ木々、風。
なにより道の先にある都市はライカードのものではなかった。
そこは迷宮都市アヴァロン。
君はそこで冒険者として過ごすこととなる。
祖国ライカードへの帰還を夢見ながら
「ダンジョン仕草」

宇宙開拓時代の西暦3889年、ろくでなしの青年…君はとある大勝負に敗北する。
要するに賭けで負けたのだ。
しかし君には金もなければ家もない。
哀れ君は人身売買のブローカー経由で人体実験に参加し、サイバネ手術を受けることに。
体は機械化され、神経は拡張されるも、存在の違和感ともいうべき感覚に苦しむ事になる。
「人間に戻りたい!」
君はそう願い、再度の手術を受けるべく金を稼ぐことにした。
君が目をつけたのは「惑星開拓事業団」だ。
危険な惑星調査の仕事は金になる。
命の危険もあるが、なに、機械の体がなんとかしてくれるさと君は軽く考える。
「★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)」

【短編】

剣士カイトは勇者アルヴィンから追放を告げられた。
そして──!!!!!!
「意識高い系勇者パーティから追放された俺の末路」

「愛している」——その言葉と共に、母の刃が私を貫いた。
過保護な母に命を奪われた絵里が転生したのは、乙女ゲームのような異世界。
伯爵家の令嬢エリスとして第二の人生を歩み始めた彼女を待っていたのは、お約束の婚約破棄だった。
「愛の温度」

ヘルナロウ王国では今、婚約破棄が流行していた。
頭の悪い婚約破棄は最悪である。
当事者たちだけではなく、周囲の者たちや国そのものにも被害を与えるのだ。
ヘルナロウ王国もまた、アホな婚約破棄のせいで被害を被っていた──国家予算の一割を吹き飛ばすほどの大被害である。
「この女は我が妹をいじめた」
「前世が聖女の令嬢に心を奪われた」
貴族の子息たちは次々と愚かな理由で婚約者を糾弾し、その度に決闘、自害、領地間の経済断絶といった惨事が続発する。
頭を抱えるのは宰相グラモン侯爵。
就任一年で彼の白髪は三倍に増えた。
国王も手をこまねくばかりだったが、王妃ヘルザベスがある提案を持ちかける。
──「令嬢たちに、正しい謀略を教えましょう」
講師は「影の女公爵」と恐れられる王妃の姉クロエを筆頭に、王国屈指の策謀家たちである。
「婚約破棄亡国論」

死者三十人超──熊が人を喰い荒らすA県で、知事・熊殺三太夫は「これは戦争だ」と宣言した。
だが都会からは「熊を殺すな」の大合唱。
現場を知らぬ理想主義者たちに知事はとある決断を迫る。
「熊が来る!」

世話焼き雑用メンバーを追放するいつもの話。
「いつもの追放もの」

太平洋戦争架空戦記。
「白い悪魔」

夕暮れの駅のホーム、今にも線路へ吸い込まれそうな女性に男は全力で体当たりを食らわせた。
男の名前は藤巻俊一。
いわゆる、「ぶつかりおじさん」である。
「感電」

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しかしそんな彼でも、さすがに国のあり方についていけないとへこたれてしまった!
その結果──
「フェミ★婚」

大学一年生の健太は突然の家庭崩壊に直面する。
父の浮気相手は部下の男性だった。
だが帰省して開かれた家族会議は、誰も予想しない告白合戦へと変貌していく。
十年以上妻に拒まれ続けた父の苦悩。
抑えきれない性欲に心療内科へ通った過去。
一方の母もまた、幼少期から実父に性的虐待を受けてきたトラウマを抱えていた。
そして健太自身も「実は僕、バイなんだ」と打ち明ける。
壊れた家族。歪んだ愛。
誰もが秘密を隠し、誰もが傷を負っていた。
普通を望みながら普通になれなかった三人が辿り着いた答えは。
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ドラゴン相手に示談交渉、悪党には損害賠償。
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曇らせ大好きな青年が魂転移してしまったらしい……
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震えながらも民のため城に残ることを選んだ美貌の国王テリオンに対し、王妃サリィナは優雅に扇子を開いた。
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「黒薔薇の嗜み」

冒険者パーティ『碧空の翼』の荷物持ちバジルは醜く無能な中年男だ。
そんなある日、彼は仲間に囮として森に捨てられた。
絶望の淵で彼が手にしたのは、若き美女へと変貌する奇跡の力であった。
復讐を誓ったバジルは美貌の魔術師「ジル」となり、かつて自分を見下した男たちの前に現れる。
何も知らない男たちは、かつて蔑んだ男とも知らず、彼女の愛を求めて争い、堕ちていく。
「無能な中年男、男をたぶらかす魔女となり、自分を捨てたパーティメンバーに地獄を見せる」

帝都ティランの会員制サロン「銀枝亭」に集った五人の貴族たち。
話題は庶民の間で流行する「婚約破棄譚」への痛烈な批判だった。
設定の杜撰さ、人物造形の稚拙さ、読者の被害者意識……舌鋒鋭い文芸誌編集主幹カタリナを中心に、知識人たちは存分に嘲笑を重ねていく。
だが談話の果てに浮かび上がったのは──
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呪いの動画を見てしまった。
私は一週間後に死ぬらしい。
でも大丈夫(?)。
地球が三日後に滅びるそうだから、怖くない。
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妻を癌で亡くして以来、男は自分が生きているのか死んでいるのかすら判然としないような日々を送っていた。
だが故人をAIで再現するサービスを知り、膨大な写真やメール、声の記録を入力して亡き妻を蘇らせる。
画面越しに再開した会話は空虚だった日常を少しずつ温かく満たしていく、が。
「電影」

ある日を境に、日本中で不可解な事故死が激増した。
一人でいると死亡率が跳ね上がる異常事態。
国民すべての運が急激に悪化したのだ。
かつて「他人と関わるな」が常識だった社会は一変し、人々は見知らぬ者同士で命を預け合うようになった。
「運の尽き」

あるところに女の子がいました。
女の子はもう死にます。
「光り、きらきら」

「私たち四人は対等なの」──女の提案で始まったのは、三人の男が一人の女を共有する異常な日々だった。
弁護士の真司は漁師の啓二、バーテンダーの了と共に、愛する妻・莉子と暮らしている。
かつては嫉妬に狂い、互いに殺意すら抱いた男たち。
しかし奔放な妻に振り回され、同じ苦しみを共有するうちに、敵同士だったはずの三人の間には奇妙な連帯感が芽生え始める。
「オープンマリッジ」
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