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「花に寄す/凍れるラフレシア・2

新書「花に寄す/凍れるラフレシア」2(サフメル)


結果を見て、気の毒だとは思ったが、間違っていたとは思わなかった。


   ※ ※ ※ ※ ※


俺はサフメル・ロト。アルビーコの森林管理局に勤めている。

街を囲む森の奥には、アクアドラゴンが生息している湖があるので、ドラゴンから人を、人からドラゴンを守るために、森林警備隊を常設していた。

隊には魔導師は二人しかいない。風魔法のエリーネと、土魔法のティンク。転送と探索、回復を担当している。アクアドラゴンは、魔法防御力と、状態異常耐性が高いため、攻撃魔法やガス類は、あまり効果がない。だから、金属の玉を使うタイプの銃や、ボウガンを使って、追い払う。

ドラゴンの中では、一番大人しく、人を襲うことはまずないが、反面、人に対する警戒心が一番薄く、意外に人里近くまで降りてくる事がある。数百年は前になるが、雛を捕まえて飼い慣らし、クーデターに使用した「タイガンの乱」というのがあるくらいだ。

俺は人より銃の上達が早くて、勤めて間もなく、とんとん拍子に班長になった。先のエリーネの兄のサムは、同じ班で、副班長だった。新人中心の若い班だ。単調だが程よい緊張感のある、今の仕事は、天職だと思っている。


だが、これでも、元は、プラティーハの専門学校で、画家を目指して、日々油絵を描いていた。義父(母の再婚相手)がプラティーハ芸術大学の教授で、その影響で始めたものだった。

プラティーハは地方都市だが、芸術の街、と言われている。美術や音楽の盛んな都市だ。

母は、大学の近くで田舎料理店をしていた。実の父親は、俺が産まれて直ぐに亡くなった、と聞いている。物心着く頃には、今の父と、父の連れ子の妹がいた。

妹のタシアは、俺より一つ下だった。子供のころは、バレエをやりたい、ラッシルでバレリーナになる、と言っていたが、習いに行くのは、父が反対した。父には、一流のバレエ教師に、何人か知り合いがいたにも関わらずだ。合唱教室なら、習いに行ってもいい、と許可が出たが、本人が歌は嫌がった。替わりに、フルートを習いにいった。妹は、どうせ習うなら、当時流行っていたギターがいい、と言ったが、これは、当時は子供に教えてくれるギターの教室がなかったから、かなわなかった。

当然の事ながら、好きでも無いことは、長続きしなかった。

父は絵も教えたが、本人は、粘土細工や彫刻のほうが好きだった。水彩紙で工作をする姿を見て、父は諦めた。このため、絵は、俺にしか教えなかった。

タシアは、どちらかというと、大人しいので、両親は性格的な事を考慮して、団体で出来る物や、うちで出来る物を薦めたのだ、と思っていた。しかし、後で解った事だが、旧い街では、一定以上の良い家の女の子は、バレリーナよりオペラ歌手、流行の楽器より伝統的な楽器をやるのが普通、という考え方からくる反対だった。

タシアは、結局は、料理の学校に通いながら、母の店を手伝った。父は語学の学校に行かせたがったが、タシア自身は、「自分は何かしても、長続きしない」と思い込んでしまっていた。


母は、タシアの手伝いを喜んだ。ぎりぎりまで何も言わなかったが、俺とタシアが結婚して、店を継ぐことを期待していた。俺は、もし、前もって言われていたら、それもいいか、と思ったかもしれない。だが、タシアがどう思っていたかは、解らない。たぶん、兄としてしか見ていなかったと思う。


なぜなら、タシアは、十八になってすぐ、俺の友人の一人の、彫刻家の玉子と恋に落ち、結婚してしまったからだ。


彼はクレイスネス・スレスティアス・マレーポールと言う、大層な名前の、大きな農場主の三男だった。名前は貴族っぽいが、姓のマレーポールは、「小さな土地」という意味だ。小作農によくある姓だ。それが農場主になり、財産を築いているのだから、立派な物だと思う。彼は画家になるつもりで、最初は、俺と同じ専門学校にいたのだが、一年で辞めて、プラティーハ芸術大学の、彫刻科に入り直した。父の授業も取っていて、俺とも友人だし、店にはよく顔を出していた。だから、妹と恋をする前から、縁があった訳だ。

俺の父母は、時期に卒業とはいえ、まだ学生だからと反対したが、相手の両親がタシアを気に入っていたし、彫刻家の玉子とは言え、親の財産から考えて、先の不自由はないだろうから、と、周囲に説得されて、しぶしぶ許可した。

彫刻家は、プロで活躍する機会は、画家より少ないが、プラティーハでは、修復や復元などで、需要も多かった。しかし、クレイ(クレイスネス)は、王都で活躍する、一流芸術家を目指していた。これだけ聞くと、なんだか野心家のようだが、彼は、むしろ真面目な努力家だった。専門学校から、芸術大学に受かったのだから、才能もある。

例えば、専門学校仲間の友人である、イシェイとジェイロは、画家になりたくて、ずっと芸術大学を目指していたのだが、受からなかった。イシェイは、クレイ程ではないが、裕福な地主の次男、ジェイロは教会の民間聖職者の一人息子だった。子供の頃から、充分に金と時間をかけて、ひたすら絵を書きつづけていたにも関わらず、 だ。

イシェイは今でも、受験は続けていた。ジェイロは、聴講生で通っていた。しかし、この二人は、クレイと比べると、「下」だった。俺も人のことは言えないが、イシェイは、絵そのものより、芸術大学に行く、ということに拘りを持ちすぎていた。ジェイロもだ。彼は、イシェイより上手かったが、根気がなくて、いつも「仕上げを丁寧に。」と注意されていた。

こんな中では、タシアの目には、クレイは眩しく映ったのだろう。また、彼は、社交的で明るく、自分をアピールするのも旨かった。意外に商才と言うか、世慣れた所があった。彼は、タシアに立体的なデザインの才能があると見抜き、二人で何かをやり遂げたい、と言っていた。


だから、もし、順調に生きていれば、二人の夢は叶ったかもしれない。


クレイ達は、結婚した後、間もなく、ラッシルに引っ越した。これは卒業後のクレイの初仕事のためで、結婚前から解っていた事だった。だから結婚を急いだ。

ラッシルの南に、貴族の別荘が並び立つ保養地があるのだが、そこで、一斉に、何件もの別荘の、大規模な修復作業がある。最低二年、現地で働ける人員を募集していた。景観保護条例が変更されたかららしい。

貴族たちには、ラッシルだけでなく、コーデラの、しかも芸術家を支援している裕福な貴族が含まれていた。修復のかたわら、クレイは、なんとか名を売りたかった訳だ。

妹夫婦は、ラッシルへと引っ越したが、永住するわけではないし、二年の作業期間が終わったら、取りあえず戻る予定だった。妹は、最初はまめに手紙を寄越した。向こうでの生活は、おおむね順調で、修復を開始した、セダンシア伯爵の広間のレリーフについて、細かく書いていた。

それが終わったら、ヴォジャ伯爵家の有名な「宝石絵画」の、土台の交換をすることになり、オリジナリティのあるデザインを期待されている、と書いてあった。

しかし、それ以降、ふっつり手紙が来なくなった。それから、これまた突然に、タシアだけ、プラティーハに戻ってきた。妊娠かと思ったが、そうではない。

「ラッシルの気候が合わないから、先に戻ることになった。」

と言うことだった。しかし、一月もたたないうちに、クレイが妹を連れ戻しに来て、真相が解った。

問題はクレイの新作だった。

ヴォジャ伯爵は、改築したホールに、新しく購入した絵を、何点か飾ったのだが、その絵画と言うのが、吸血鬼や人狼のような架空の怪物や、魔物を描いた、リアルで、怖い感じの絵ばかりだった。現在の流行はそれで、集められた絵の中には、まったく無名の新人の物も見られた。

「私は、ただの伯爵のご趣味だと思ったの。店に来ていた画学生も、そう言う話はしてなかったでしょ。お父さんも、お兄さんも初耳、みたいな顔してるし。流行っていても、伯爵はラッシルの人だから、コーデラの美術に改革を起こしたい、っていう、あの人の希望は、叶うかどうか、解らないわ。でも、ラッシルで流行ったら、コーデラにも伝わるだろうし、都会は何が流行るかわからないし。

人と同じことをしていたら、売れないのは確かよね。

だから、とにかく、あの人は、彫刻でこの路線を進めば、道が開ける、と思ったの。」

だが、絵に描くのと、彫刻で刻むのとは、違う。リアリティを追求すると、思ったように不気味にならなくて、魔物そのものの彫刻は頓挫した。

替わりに、「変わった容姿」の人をモデルにして、「美男にも美女にも程遠い、真実の人々の姿」をテーマにするようにした。

これは、路線としては正しい。丁度、シュクシン出身の女性の画家ローシェが、自国の傷病兵や難民を描いて、「惨めさをも昇華させる、真実の画家」と、コーデラで人気を得ていたからだ。

しかし、ローシェが描いたのは、彼女自身の背負った、思想や文化、歴史から沸き上がってくる物だ。クレイが形だけ真似して当たったとしても、結局は、人の路線に乗っかるだけだ。流行りを外したら、終わりだろう。

ただ、妹は、この方針には賛成していた。夫の才能は本物と信じていたからだった。揉めたのは、具体的にはモデルの問題だった。

クレイは、モデルを求めて、病院や各種施設に通ったが(保養地なので、国営の施設がいくつかあるらしい)、一方、街で声をかけて、アトリエ兼宿舎に連れてくる場合が、多々あった。

アトリエは、雇い主が借りている物で、本来は、勝手に人を泊めてはいけないが、空き時間に自分の作品を作るのは止められていないため、多少は大目に見られていた。

モデルは、大抵は日帰りで返す。時間でギャラが決まるからだ。クレイは、金はあるので、ギャラだけでなく、食事も提供した。宿のない者(酒場や港で、いわゆる流れ者に声をかけることもあったので)は泊まらせた。頻繁にやりだすと、他の仕事仲間からクレームが来たが、妹の不満は、モデルの世話やクレーム対応を、クレイが自分に丸投げすることだった。

しかも、周囲は、金持ちなのは妻のタシアで、彼女が行き過ぎたボランティア趣味でやってる、と思っていた。クレイのモデル達は、食事と宿目当ての者が多く、彼らの振る舞いの苦情は、みな、彼女に来ていた。

「一人、凄く嫌な人がいるの。ギョロっとした目付きも嫌だし、直ぐ怒鳴るし、物は壊すし、いきなり皿は引っくり返すし。何だか、よく解らないけど、全体が、嫌らしい感じがする。

もともと港で働いているから、毎日は来ないけど。来た日は何だか吐き気がして。クレイに訴えても、『あの男の顔には、何かある』って、聞いてもらえない。じゃあ、せめて、貴方が面倒見て、と、帰ってきたの。」

だが、クレイは、追いかけてきて、

「とにかく、悪かった。なんとかするから、戻ってくれ。」

と、平謝りに謝った。両親は釈然としなかったが、俺は、新婚には有りがちなんだろう、と妹を宥める方に回った。また、クレイは、自分の親兄弟、叔父からも絞られ、モデルの身の回りの世話は、ちゃんとメイドを雇うように約束させられた。

妹は、離婚する気はなかったので、夫について戻った。


クレイは、約束は守った。


何故なら、妹の遺体の第一発見者は、クレイの雇ったメイドだったからだ。


タシアは、アトリエに付属している、貸家の台所で、何者かに殺された。彫刻刀で、何度も腹部を刺されていた。

クレイはアトリエで、彫刻の下敷きにされていた。頭を石で何度も殴られていて、下敷きになった時点で死亡したが、犯人は、首筋を刺していた。

先にクレイ、後からタシアが殺された。


メイドのタラサは、普段は夜までいるが、その日は昼に帰っていた。近くの小学校で、校庭で皆が遊んでいる時に、花火を投げ込んだ奴がいて、彼女の息子は怪我はしなかったが、犯人を見ていた。

タラサは、警察から息子を連れ帰った後で、夜になってから、一度、タシアの所に戻った。その日はクレイの誕生日なので、タシアは、かなり手の込んだコーデラ料理を作るつもりでいた。なので、様子を見に行ったのだ。タシアは料理は得意だが、ラッシルの内海湾岸とプラティーハでは、手に入る食材や、調味料が異なるため、たまに不思議な味付けになってしまうことがあったからだ。特に手の込んだ料理だと、そうなりやすいそうだ。(クレイは料理はさっぱりで、そのあたりの事情を解らず、揉めることがあったらしい。)

また、花火の事件のあった後で、目撃者の身内と言うこともあり、警官が一人、付き添っていった。

行ってみると、アトリエには灯りが点いていたが、貸家には点いていなかった。二人とも、アトリエにいるのだ、と思い、先に寄った。しかし、声を掛けても、返事がない。アトリエ内には、みだりに立ち入らない契約になっていたので、貸家に向かった。すると、凄い勢いで、走ってくる男にぶつかった。タラサは転び、男は怒鳴ったが、警官を見て、さらに凄い勢いで駆け去った。警官は追おうとしたが、タラサが、

「あれは、マレーポール先生の居候の一人よ。後で、先生に言うわ。」

と言ったので、貸家に向かった。

正面玄関からは返事がないので、勝手口に回る。ドアが大きく開いて、台所には、灯りが点いていた。しかし、誰もいない。中の扉を開けて、奥に進むと、キャンドルのみの灯りの中、夕食の支度のしてあるテーブルの足元に、タシアが倒れていた。


タラサと一緒にいた警官は、直ぐに仲間を呼び、港にも連絡を入れた。逃げ出した男を、港の季節労働者だと思ったからだ。だが、事件のほぼ直ぐ後、湾岸内を巡る定期船と、エカテリンに向かう列車が出ていて、どうやらそれでタイミング良く逃げたらしく、直ぐには捕まらなかった。

タラサからモデルの一人、と証言があったので、アトリエにあるスケッチは全て調べられた。

一番、頻繁に登場している、チューヤ系の、大柄で、やたら目の大きい、左目の下に傷のある男が、現場から逃げた男と人相が一致した。

似顔絵と供に手配したら、ローデサ警察から、程なく捕まえた、と連絡があった。

逮捕された男は、ニコ・ヒラルと言い、トエンとラッシルのハーフで、湾岸を巡る季節労働者だった。彼は、犯行を否認した。ローデサに行くことになったから、約束したお金を受けとりに、アトリエに行ったら、クレイが殺されていた。慌てて母屋に向かったら、タシアも殺されていた。だから、恐ろしくなって、逃げ出した。そう供述した。


だが、彼は「私刑」になった。


弁護側は、タラサとぶつかった時には、暗くてわからなかったが、直ぐ出たローデサ行きの船に乗った所で、服には血が着いていなかった、と、船員たちが証言している、と主張していた。犯行後に服を替える余裕はなかった、という訳だ。一時はそれで有利になったが、地元の雑貨屋の証言で、また不利になった。

タシアの脚に、軽い火傷があって、それは火薬によるものと判定されたのだか、ヒラルは前日に、雑貨屋で、火薬を購入していた。その日は買い出し担当で、火薬も頼まれた中にあったから買っただけだ、と主張した。これは雇い主も証言したが、物品の管理がいい加減で、一部を誤魔化したかどうかは確認できなかった。

また、学校の花火事件のほうで、「犯人がヒラルに似ている。」と、噂が流れ始めた。花火犯の顔をはっきり見たのは、タラサの息子だけで、彼は「似てるとこもあるけど、背の高さが全然違う。顔に傷はなかった。」と証言していた。だが、子供だから、怖がっているんだろう、と、証言の信憑性を疑問視する声が多かった。

タシアの火傷と合わせ、花火を使用した連続殺人犯の模倣だ、悪質だ、と、世論は死刑を望んだ。

だが、裁判官は、無罪の判決を出した。にもかかわらず、裁判所を出た所で、殺到した市民の、いわゆる「将棋倒し」の下敷きになり、ヒラルをはじめとして、記者と護衛含む三人が圧死した。

これは「私刑」か「事故」かで、論争を招いたが、最終的には、犯人はヒラル、正義感の強い市民の巻き起こした悲劇、ということになった。


だが、残された者達にとっては、ヒラルや市民達より、深刻な変化が待っていた。


一口に言うと、「タシアが死んでしまってから、全てが変わった。」。


父が葬儀の席で、取材に来た記者と争っている時に、興奮しすぎて倒れてしまい、そのまま他界した。俺は知らなかったが、前にも一度倒れた時に、次は危ない、と言われていたそうだ。一年前に「風邪と飲みすぎ」で入院した時が、それだった。母は知っていたが、俺達に心配を掛けたくなくて、黙っていた。

父には、遺産はほとんど無かった。絵画はたくさん所蔵していたが、無名の若手の物が中心で、何年もたったら価値も出るだろうが、当時は二束三文だった。若手の支援団体にもかなり出資しており、俺達の生活費は、母の店の収入で賄われていた。ただ、母は父を立てて、その辺りの話は、俺とタシアにはしたことがなかった。

その母は、タシアと父の死んだショックで、気が抜けたようになり、店は開けても、ぼうっとしていることが多く、あれこれミスするようになった。わかりきったことを間違うようになったので、医者に見せたら、ショックから、急速に老化する病だ、と言われた。

このため、ゴールダベル方面で、飲食店をやっている、母方の叔母夫婦に相談し、店は従姉妹のベルと、夫のシアスに任せる事になった。俺は美術学校を辞めて、大手の警備会社に就職した。父の知り合いの紹介になる。

叔母一家は、跡取りを追い出してしまう形になるので、気にしていたが、母は施設に入ることになり、新婚のベル夫婦と住むのも気が引けた。ベルは、おおらかな質で、気にしなかったが、シアスは違うだろう。それに、店は「女将」で売っていたので、女性のベルのほうが、雰囲気が変わらなくてよい。シアスは意外に美術に詳しく、ゴールダベル沿線よりは、プラティーハで飲食店をやるのに、乗り気だった。


父の死の影響で、イシェイとジェイロも、街を出ることになった。

イシェイは、プラティーハ芸術大学を受けて、毎回、一次選考には、いつも残っていた。しかし、父の死後、一次以前の、書類審査で落とされてしまった。何年か受け続けても、絵に進歩がなく、見るべき所がないから、という理由付きだ。イシェイは、何の警告もなく、いきなりそういうことになったのは納得が行かず、抗議に行った。その時、口論の末、係官が、

「今までは、ロト教授のお弟子さんと言うことで、一次までは、仕方なく通していた。」

と発言して、問題になった。ゴシップ雑誌は「不正発覚か」と取り上げたが、これは直ぐに訂正記事が出た。イシェイの抗議が激しかったので、係官も、売り言葉に買い言葉だったようだ。その係官は退官にはならなかったが、処分はされた。

イシェイは、「都会で名を売る」と、街を飛び出した。一度だけ手紙が来て、ナンバスでコンクールに出す、と書いてあった。ナンバスには、公園で絵を描いている時に、ナンバス美術学院にスカウトされた、画家のクリッカの逸話がある。コンクールではなく、公園の自由展か何かだろう。どっちにしても、どうなったかは分からない。

ジェイロは、その時は試験は諦め、聴講だけだった。彼は、「いい機会だから」と、絵は止めて、建築の学校に入るために、ベルラインの親戚の家に寄宿した。建築なら、プラティーハにも、よい学校はあるが、遠くに行きたがったのかもしれない。


俺の場合は、残された資産状況では、一年くらいは働かなくても良いが、これ以上伸びない美術を続けるには足りないため、まだ一からやり直せる年のうちに、と、早く就職を決めた。

画家の玉子から、警備会社、転身は自分で決めた事だ。未練がないわけではないが、結果的には、良かったと思っている。


多少なりとも、タシアの「敵討ち」が、できたからだ。


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