花に寄す/凍れるラフレシア・1
「マリィ・ゴールド」の続きです。
没落した名家のドラ息子と、連続殺人鬼の線が繋がり、追跡する捜査本部。王都にいることを突き止めたにもかかわらず、クーデターで中断。失意の本部に、密告が舞い込む。
これも女性向け要素皆無です。
新書「花に寄す/凍れるラフレシア」1(アロキュス)
黒い画面の中、骨と毛皮、羽飾りで飾り立てた、南国の女が、真ん中に立っていた。足元には、金髪の、騎士らしい男が横たわっている。仰向けだが、目は閉じていて、色はわからない。背景の黒は、二人の周囲では、ほんのり赤い。男の頬は、その赤を映している。死因はなんだろう。遺体の顔色からすると、凍死だろうか。死んだと決めつけるのも早計だが。
男には、女の持つ杖の「根」が巻き付いている。杖からは、大きく真っ赤な花が咲き、蔓が背景に溶け込んでいる。
『凍れるラフレシア』
ニキ・ピロスマス作
故郷のテフカン村の道具屋に寄贈
○○年の大寒波の時に
税金として徴収
翌年、ヴォジャ伯爵が落札
××年、ローデサ伯爵が購入
地元の植物系モンスターと、
妖花アラウーニャの伝説より着想した、とされる。
絵には、雪も氷もない。女も花も南国のものだし、季節はたぶん、夏だ。どこが「凍れる」になるんだろう。芸術家の発想って、やっぱりよくわからない。あえて言うなら、女の目かな。綺麗な緑色だが、表情がない。彼女が花の精なら、「凍ったような冷たい目をした女の肖像」という意味合いか。
「どう見たって、ハイビスカスにしか、見えないわね。」
今回のパートナー、エメリが、寄り添うように、声をかけてきた。僕は、ハイビスカスもラフレシアも、実物は見た事はないが、図鑑で見た。確かに、言われてみれば、ラフレシアではなかった。
「ラフレシアは、もっと大きな花よ。悪臭がして、臭いで虫を誘き寄せて、受粉させる。食虫花じゃないけど。この絵のイメージ、なんとなく、食虫花っぽい。画家は、勘違いしたのかな?間違う人は多いけど。」
「ラッシルにもコーデラにも、自生しない花に対する知識なんて、そんな物じゃないかな?君は詳しいね。」
改めて絵を見る。足下の男は、花に血を吸い取られているようだ。杖と茎は暗い赤色だ。閉じた目は、女より表情豊かに、恍惚とした死に顔を成していた。すると、失血死か。失血死で、この顔色は無いと思うが。すると、まだ、応急処置で助かる段階かもしれないな。
職業病にどっぷり漬かった事を考えていると、
「そろそろね。」
と、彼女が言った。広間の時計で、時刻を確認する。
「ナドニキ達と…ジョゼは?」
バザーで賑わう、市民ホール内を一通り見渡す。彼等の姿を視認する。ナドニキは、ソニアとカップルの降りをして、組んでいた。ジョゼは一人だ。変装はしている。
不安は後輩である彼女に悟られないようにしたつもりだが、彼女は、
「大丈夫。」
と、妙に明るく、気を回した。
「ここまで来たんだから、総て信じましょう。ソニアも、ナドニキも、サンスキーさんも。それに、何より。」
金色の睫毛を伏し目がちに、でもきりっとした目で、僕を見上げる。
「ジョゼを。」
ホールの向こう、彫刻のフロアの入り口にいる、当の彼は、僕の視線に気づいて、少し笑った。
とうとう、この日が来た。何年も追い続けた、殺人鬼のクラマーロ・クラムール。奴を、逮捕する日が。
※ ※ ※ ※ ※
クラマーロが、ラッシル護送中に逃亡してしばらく、キャビク島への門と呼ばれる、港町シレルで、また、同じ手口の殺人があった。だが、被害者は、20代の男性だった。次に、ラエル領のルビークリフトで、10代の女性が殺され、一緒にいた幼い娘がさらわれた。
さらに、ラッシルのライサンドラで、双子の男子が狙われ、片方は殺され、片方は、誘拐された。正式には、ルビークリフトの件だけが、連続殺人事件の犯人の仕業とされていたが、他の二件は、花火を使った手口が似ている。花火の件は、警察は報道機関には伏せていたはずだが、王都の雑誌が独自に調べて掲載していた。だから、被害者の特徴も合わない事から、模倣犯と見なされていた。
模倣でわざわざそんなことをして、捕まったら、連続殺人事件の疑いもかけられる。魔法力のある子供の誘拐は、探知魔法で探せるから、成功率は低い。だけど、事前に失敗を考慮する犯罪者なんか、いない。
この誘拐の犯人は、何も要求せず、誘拐したまま、姿をくらましている。僕は、捕まらない殺人犯、逃げおおせているクラマーロに、同一性を感じていた。
仲の良い同期の二人、ナドニキとジョゼは、それぞれ、クラマーロの捜索と、連続殺人事件の本部にいた。僕は、ジョゼと一緒に、後者だった。二つは一つの可能性を主張したが、上には通りにくかった。
上層部は立場上、ラッシルと揉めたくないみたいだが、要のジョゼも、なかなか賛同してくれなかった。裁判以来、被害者である、彼のお姉さんが、ずっと鬱で、治療を受けている。蒸し返したく無いのだと思う。事件に関連を認めて、本部が合同すると、身内が被害者の彼は、担当を外されるかもしれない。
確かに、今更、それは困る。頭でっかちの僕と違い、ジョゼは、同期の中では、非常に優秀な警官だった。でも、被害者が彼の身内一人でなく、国境を超えた広域指定の事件であれば、実績を考慮して、外されない例もある。ナドニキは、ジョゼはクローディアさんと婚約するかもしれないし、それで腰が引けてるのかな、と言っていた。彼に限って、それは無いだろう、と思っていた矢先。
そのクローディアさんと、ジョゼが連れだって、ハムズス部長に面会に来たのは、秋雨の冷たい、ある日の事だ。部長は、当時、課長から就任したばかりだった。最初は、とうとう結婚の挨拶か、それにしては、
事前に僕やナドニキに言わないのは変だ、と思った。しばらくして、僕とドウィク課長が、部長の部屋に呼ばれた。
部屋には、部長と課長、ジョゼ、クローディアさんの他、灰色の髪の、最北系の男性がいた。入れ違いに、新人のエメリが、お茶を出して、出ていった。
開口一番、部長が、
「君は、連続殺人事件が、クラマーロ・クラムールの犯行だ、と言っていたね?その可能性が、強くなった。」
と切り出した。
クローディアさんは、クラムールの妹だった。養女に行ったので、姓は変わっていたが。
彼等の両親は亡くなっていて、遺産は信託になっていた。年に数回、利息を受けとる。弁護士のグリーム氏(最北系の男性)が、その件を担っていた。クローディアさんは、ベルラインに住んでいた。だから、ベルラインにある、大手の国際銀行の、デラメア銀行の支店から受け取っていた。クラマーロは、あちこち放浪し、主にラッシルとコーデラの地方都市で、当地の支店から受け取っていた。
うんと切り詰めれば生活できるか、という程度なので、養親から遺産を相続し、自分も教職に就いているクローディアさんには、十分すぎるお金だったが、定職を持たず、放浪を続けるクラマーロには違った。
しかし、彼は、逃亡して以来、銀行には、一度しか行っていない。彼は指名手配の身なので、来たらすぐ、警察に連絡が来るようにしてあるので、来ないのは、当然だ。だが、弁護士のグリーム氏は、銀行の出金記録の書類を並べた。
一番新しいのは、ラッシルのローデサで、クラマーロが逃亡した五日後から、十日後にかけて、引き出している。事件で引き出しに行けなかったのを、全て分けて引き出したらしい。
「この記録は、もう知っていますが。」
と僕は答えた。ローデサは、ラッシルのキャビアの名産地として知られる、イクール海の、湾岸の大きな都市だ。だが、ラッシルからしたら、南の外れにある保養地、という認識で、中央部に比べれば、かなり緩やかな土地柄だ。伝達が上手く行った上でかどうか、あやふやではあるが、この時、クラマーロを押え損なっている。その時に、揉めたついでに見ていた。
グリーム氏は、さらに、古い銀行の出金記録を見せた。年月日は、逃亡より前で、ケルザンの物がある。日付は、リゼ・シモンジャの殺された、祭りの日だ。
「他の記録も、連続殺人事件のあった日の前日で、犯行現場に近い支店の物が、多々ある。」
部長が言った。僕は、驚いて資料を落した。
拾い上げながら、
「やっぱり、そういうことだったんですか。」
と、呆然としながら言った。仮説が裏付けされた気がして、気が逸った事は確かだが、喜ぶような物ではない。
部長は、僕の様子が落ち着くより早く、説明を続けた。
「逃亡以来、奴は信託の金を受け取っていない。だが、被害者の財布には、手をつけていない。誘拐も身代金は要求してこない。おそらく、資金源に、人身売買を行っている。」
それは少し妙だ。そういう組織は、ああいう人物は雇わない。
しかし、人身売買がらみなら、大抵は国際的な組織犯罪だ。認定されれば、思いきった捜査網ができる。
僕は、ジョゼを見た。彼は、クローディアさんに寄り添ったまま、口座の資料を指し示し、
「これを利用して、奴を誘き出そうと思う。」
と、静かに言った。
「網」を張るのは、クロイテス領の東の外れの、チャバイガ郡のアルビーコという街になった。クロイテス領ではあるが、ゴールドルより、もっと東になるため、ゴールラス出身のジョゼも、行ったことがない。隣のミットン男爵領の方が、クロイテス伯爵のお屋敷のあるプラティーハより近く、文化的にも密だ。
ミットン男爵領は、南東部は海に突き出た細い半島で、クロイテス領に面した北東部は、上下に細い内陸で、やや土地が高くなっている。 まだ高原というほどではない。細長い地域の左側は、カオスト公爵の管理している、ミスト高原だ。男爵領には、辺境にしては比較的大きな温泉街のウーメレがある。
このアルビーコを選んだ理由は、「都会めいた田舎」だからだ。
街道と鉄道の起点のあるアルビーコの、街の中心は駅と公共施設だ。駅のある高台に立派な市庁舎があり、夏の花火大会の時などは、屋上が解放になる。そこから夜の市内を見渡すと、灯りがあるのが中心部だけで、後は真っ暗で、街灯一つないそうだ。湖と農地、原野が広がっている。
「ゴールラスもわりと田舎だが、ここまでじゃないな。」
とジョゼが言った。ここは米と、近場に出荷する野菜が中心で、同じ農家でも、ゴールダベルのような、多角的な経営はしていない。
ここには逃亡しにくいという読みがあった。プラティーハ経由では、ラッシルにも通じる急行があり、一見、交通の便はいいが、転送装置は警察署にしかない。花火の季節以外は、街道に乗り合い馬車(魔法動力)も揮発だ。鉄道もプラティーハ方面行きしかない。反対側のウーメレに行くには、乗り合いが定期的にある。が、ウーメレ側の入国管理は、コーデラ内にしては厳しかった。例えば、コーデラとラッシルの間は、初めてでも、身分証明書提示と、いくつか書類に記入したら、簡単に出入り出来る。何回も往復する、季節労働者、商人、ギルドの冒険者などには、専用の旅券があり、もっと簡単だ。同盟国なので、国を越えての移動を簡略化していた。コーデラ領同士なら、チェックらしいチェックはない。
しかし、ウーメレは、クロイテス領とカオスト領の間の往復には、独自に制限をもうけていた。スムースに渡るなら、最低、五日前に予約が必要だ。でなければ、わざわざ通信で身元照会し、かなり待たされる。大貴族に挟まれた土地で、下級貴族が、中立を保っていくために、こうなったらしい。
高原側には、ほぼ駅しかない街がいくつかあり、やや大きな街のミドルカスを経て、そのままカオスト領を突っ切り、狩人族の土地のほうに連なっている。そこまで行くなら、ウーメレを通過せずに、クロイテス領を回って、別方向から行った方が速い。
つまり、鉄道さえ押さえれば、アルビーコは陸の孤島だ。街道も押さえたら完璧だ。アルビーコとウーメレの間は、距離はあまりないので、転送魔法で移動されたらチェックできないが、奴は魔法は使えない。ギルドには手配書類を回しているし、クローディアさんから聞いた話によると、
「ギルドのエキスパートな人達は、能力が優れているでしょう。自分より優れた、まともな人は嫌いだから、ギルドで人を雇うことはないと思うわ。それに、いわゆる、『使えん奴』は、人を使うことも出来ないから。」
だそうだ。
人を雇うほどのお金があれば、今回の計画は成り立たないけれど。
計画では、まず、クローディアさんの今の名前で、
「結婚予定。財産の相談あり。兄に連絡求める。」
と新聞広告を出す。連絡先は、クラマーロの弁護をしていた、ハドリナスという、若手弁護士だ。連絡が入ったら、
「妹さんが、ある青年と結婚する。結婚したら、信託財産は二等分され、独立した口座になることが、遺言で決まっている。これは知ってるね。
しかし、分割して新しく口座を作るには、君のサインもいる。
妹さんは今では名前も違うし、結婚相手は警察官なので、君が逮捕されるのは困るから、内緒で片付けてくれ、と言っている。婚約者はかなり渋ったが、君が金を受け取った後、ラッシルに行き、完全に絶遠するなら、と承知した。
グリーム先生は、直接、関わりたくないようだ。私は、デラメア銀行のアルビーコ支店長と懇意だから、そこでなら、なんとかなる。」
と言わせる。
本当は、クローディアさんのサインで、彼女の口座だけ新規に作って、半分を移せばいいだけだ。だが、ついでに、溜まっている利息を受け取りたがるだろう。信託の分を、偽名で普通の預金にできるかもしれない、とほのめかして、言いくるめた。
ハドリナス弁護士は、先の裁判で、グリーム弁護士とクローディアさんのために、クラマーロの罪を軽くしようと張り切りすぎた。
その結果、彼は新聞雑誌から、「被害者苛め」「女性蔑視」「時代に逆行」と叩かれた。
その上、被害者の女性はクローディアさんの恋人の、ジョゼの姉だ。(これは、ジョゼ達が隠していたので、後から知ったらしいが)。そのためか、コーデラでの裁判が中断し、ラッシルに護送して、強盗事件を先に裁く、となった時に、彼はどさくさに紛れて、コーデラでの事件の弁護士を降りていた。
僕は、協力的とはいえ、彼の態度には、二股膏薬なものを感じて、嫌な気持ちになった。色々、挽回したいのは、理解出来るけど。このまま、クラマーロが連続殺人犯なんて事になったら、若い天才を気取っている、新人弁護士には痛手だろう。だけど、僕より憤る権利のあるジョゼは、達観したもので、
「弁護士ってのは、それが仕事なんだろ。俺達だって、犯人に同情してても、逮捕はするからなあ。」
と言っていた。言われてみれば、もちろん、その通りだ。確かに、この時、弁護士役がグリーム先生のほうなら、クラマーロを誘き出せなかったと思うので、彼の重要性は認めた。まんまと引っ掛かったクラマーロは、ラッシルの皇都エカテリンから、救民施設の通信装置で連絡してきた。アレキサンドラ女帝の救貧対策で、エカテリンだけでなく、ローデサやパシキンブルグのような大きな地方都市には、無料の宿泊施設や、職業斡旋所があった。コーデラの場合は、主に教会の施設になるが、ラッシルには、教会の他、行政の施設が多々ある。クラマーロがどちらにいるか解らなかったが、外国人で、はっきりした身分証明書が無くていいなら、教会のほうだろう。相手が教会でも、この時点でラッシル警察に言えば身柄は確保できる。しかし、ラッシル警察に任せて、また護送中に逃げられたら、敵わない。
ただ、潜伏中で金のない彼が、要求通りコーデラまですんなり来るかがネックだった。金の受け渡しは考えていたが、彼は、それについては何も言わずに、何時何時に行く、とだけコメントした。
まだ、自分が連続殺人の犯人だと、疑われていることは知らないんだろう。表向きにはあくまでも、ラッシルとコーデラで一件ずつの、強盗と傷害の被告だ。それにしても、これは無警戒すぎる。ナドニキは、
「奴が馬鹿で助かった。」
と言っていた。クローディアさんは、
「馬鹿が馬鹿をやらかした時、母を初めとして、周囲の大人が、庇い立ててやってきた。一応、名家の跡取りだから。
でも、今は、庇ってくれる人はいない。馬鹿だから、自分は頭が良くて幸運だ、とでも、思ってるんでしょ。」
と言った。
僕は、クラマーロは馬鹿だとは思うが、倫理道徳の崩壊したタイプの馬鹿で、悪知恵のないタイプの馬鹿だとは思えなかった。
計画上では、銀行内で身内と弁護士による本人確認、銀行の書類へのサインを確保し、銀行を出て、ラッシル行きに乗ろうとした所を逮捕する予定だ。部長の立てた計画で、完璧な物に見えていた。
直前に、ナドニキが、
「これが終わったら、もう、いっそ、本当に結婚してしまえよ。」
と、ジョゼ達をからかっていた。
この時、これが終わったら、という言葉に、何故だが、不吉なものを感じていた。
半分当たり、半分外れた。後になってから、苦々しく思い出した。




