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悪厄の悪役たる矜持  作者: 陸昼すず
Ep0・名も無き弱者たるには
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2・名無しの死者

そんな老人との出会いから今の生活を続けて1年と少し


外はもう寒く、冬がすぐそばまできていると実感していたある日だった


その日は余り上手くいかず、いつもより稼ぎが少ないまま日がどっぷりくれた暗い中で部屋に戻った

ちょうど酒もきれかかり機嫌が悪かったのだろう。いつも暴言と暴力では収まりきらず、机にあった護身用にと老人は持っていたナイフを振り上げオレに振り下ろした


カッ!と左の肩にはしる痛みとじわじわと全身に拡がる熱

あまりの事につい身体が動き目の前に立つ老人を押しのけ倒れた。それにさらに機嫌を悪くし怒ったであろう老人が再度ナイフを振り上げるため立ち上がろうとしたが、身体の自由がきかず動きの鈍いことを知っていたオレはそのまま老人を押し倒し、ナイフをその手から奪い、思い切り両手で振り上げ、胸の中央に突き刺した


突き刺した瞬間にビクリと大きく動きこちらを睨み付けながら腕を伸ばしオレの首に手をかけようとしたが、もう一度、今度は深く胸に突き刺せばその腕は床に落ちた


そして老人は動かなくなった


静かになった部屋にはオレの荒い息づかい、生臭い血の匂いと机から倒れたたキツイ酒の匂いがする

あれだけじわじわと肩から身体を侵食していた熱はすっかりとなりをひそめ、ナイフを握り締めた両手はむしろ氷のように冷たく感じる


覆い被さるような姿勢で押し倒した老人からそっと離れ、ナイフを握り締めていた血に濡れ真っ赤に染まった両手を見つめながらどれぐらい時間がたったのだろう、壁の隙間から朝日がうっすらと射し込んだ頃に止まっていた思考が動き出す


あぁ、アレはオレが殺したのだ

あぁ、ならばアレはどこかに捨てなければ


思い返せばこの時の考えは初めての人殺しで動揺し、すでに考えは狂っていたのだ

愛用していた布切れの上に老人をのせ、せめてと血濡れたナイフを抜き老人を見えないように包んでから背中に上半身を乗せるように担ぎ込んだ

思ってたよりも余りの軽さに驚きはしたが急いで部屋を飛び出し、まだ朝日が登り切らず薄暗いスラムの通りを進み奥へ奥へと進む


そしてたどり着いた城壁前の掘

部屋の血生臭さと酒の強い匂いよりもおぞましいほど朽ち果て腐り果てた赤黒い「何か」が捨て去られ忘れ去られた堀の穴

そこにオレは躊躇なく老人だった物を突き落とした


背負っていた物から解放され、軽くなった身体に心まで軽くなった気がした

その場を振り返ることなどなく、どことなく浮かれ気分で元来た道を戻る最中も先ほどの部屋の中での葛藤など吹き飛び清々しい気持ちであった。何ていったってあんな痛い思いをすることは無いのだし、理不尽な暴言を吐かれることも無い


生きていく(すべ)は手に入ったわけだし、もう空腹を我慢することもなくなった


そう考えていたら早々に部屋に戻って来た

中に入れば未だにキツイ臭いが鼻をかすめ、さすがに嫌だなと盗みと一緒に叩き込まれた掃除と証拠隠滅を施し今までの近づくことすら出来なかったベットに恐る恐る潜り込めば余りの心地よさに眠気が襲ってきた


固い床と肌寒い布切れ一枚とは違い柔らかで暖かい場所だ

こんなことならもっと早くに……と思いながらオレは安らかに眠りへとついた



それから数日たったがオレは生きている

老人を殺した事に対しては特に気にしてすらいない。むしろ精々しておりやっぱりもっと早く殺しておけば良かったと思うほどだ


今日も今日とて獲物を見定め、すれ違いざまに気付かれないようサッと拝借して何くわぬ顔で少し足早に裏道に入り込んでしまえばこちらのもんだ

早速と中身を確認すれば今回はどうやら当たりだったらしく中々の金額が入っていた。したり顔で隠れ家の部屋へと戻ろうとすれば目の前に立ちはだかる大きな壁


いや、違う

さっき盗んだコレの持ち主だ


オレの倍はある背丈に厳つい顔の男。さらには隣には男の仲間だと思わしき奴が2人後ろに立って、男共々ニヤニヤと嗤ってコチラを見ていた


あぁ、どうやらやっぱりまだ浮かれてたらしい

オレは盗んではいけない奴から盗むという初歩的な間違いを犯してしまったみたいだ


一歩男達が近づき、オレは一歩下がる。さらに一歩男達が近づき、オレはさらに一歩下がろうとして後ろの何かにぶち当たった。慌てて後ろをチラリと一瞬確認し、壁でこれ以上は進めないと前を向けば拳を振り上げる男の姿


そのすぐ後に鋭い痛みと揺れる脳みそ、口に広がる血の味を感じ倒れこもうもしたオレの腹に足で蹴りつけたのだろうまた痛みがはしる。その勢いのまま後ろの壁に激突し、背中にも衝撃が加わり口の中にたまった血を吐き出しながら倒れた


そこからはもうひたすら痛みが代わる代わる身体中からきて、そのうち呼吸すら保てなくなってきて、ついには何もかも感じなくなって意識も消え失せ


オレの短い生涯は終わりを告げたのだった

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